シェアハウスは、貧困層のタコ部屋? | 日本のお姉さん

シェアハウスは、貧困層のタコ部屋?

第13回
シェアハウスに映る死、夢、そして孤独の今
特に都市部の若者を中心に、シェアハウスという新たな居住形態が受け入れられ始めたのはここ数年のことだ。


自身の給与では到底暮らせない都内一等地で、安くて、楽しく、オシャレな生活を送っている者も少なくないだろう。しかし、そうした華やかさから身を潜めるかのように、「貧困」のループに陥った者たちが「新たな共同体」を築き上げるための場になりつつもある。


社会学者・開沼博は、都内を中心に13件のシェアハウスを経営する増田に密着。40代の無職男性・佐藤の死をきっかけに、遺品整理業者が死を「漂白」する現実、さらにはネズミ講が蔓延する実態といった、現代社会を象徴する夢と孤独の輪郭までを映し出していることに気がつく。


シェアハウスとは、「新たな共同性」の拠り所となるユートピアなのか、それとも、孤独と貧困を象徴するタコ部屋に過ぎないのか。連載は全15回。隔週火曜日更新。


趣味の延長でシェアハウス経営がスタート
 突然、増田の携帯が鳴った。着信を見ると、先月から勤める新人スタッフの末吉からだ。
「ちょっとやばいことになりまして……住民の方、亡くなりました」


 増田がシェアハウスの運営を始めたのは5年前のこと。最初は自分自身で少し広めの家を借り、使わない部屋を活用するために、インターネット上に多数存在する無料の“ルームシェア仲間募集掲示板”に書き込みをし、応募してきた人に貸し出す“趣味”に過ぎなかった。


 しかし、自分がその物件から引っ越そうとした際、同居するシェアメイトは住み続けることを望んだため、自分が抜けた部屋に別の人を入れることとなる。それが、“事業”としてシェアハウス経営を始めたきっかけだった。


部屋に置かれた2段ベッドは薄い布で覆われている


 最初の物件に住んでいた時から、「空室が出たら、その赤字を被るのは自分だから」と、シェアメイトに対して賃料を均等に割った金額を請求するのではなく、やや割高な料金を設定していた。

だが、募集をかければ入居希望者が殺到し、結果として自分の家賃すら支払わないで済む状態が続いていた。そのため、自分が後にした部屋に新しい人が住むことになり、その住民から家賃を受け取ることができれば、結果的に利益が生まれることになる。


 増田はその仕組みを次の物件でも試すことにした。

今度は、自分が家賃を負担しなくても常に黒字が出るように、部屋ごとの単価を引き上げることを考えて、少し広めの部屋に2段ベッドを2つ置き、一人当たり3万5000円の家賃を設定した。

すると、これまで1部屋6万円程度で貸していたものが、1部屋で常に2人分(=7万円)もしくは3人分(=10万5000円)、時期によっては4人分(=14万円)の売上が上がるようになる。


 調理器具やエアコン、衣装ケース、テレビなど最低限の生活家具も揃え、「カバン1つ、3万5000円あれば明日から東京生活」とうたって“ルームシェア仲間募集掲示板”で募集を始めると、大量の応募者がやってきた。


想定内の死に講じられなかった具体策
「シェアハウス業界」では、ユースホステルや外国のゲストハウスで昔からあるように、部屋に2段ベッドを置いて貸し出すタイプを「ドミトリー型」と呼んでいる。


増田は、すべての部屋をドミトリー型にし、1つの物件から毎月20万円を超える利益が出るようになると、手元の現金がある限りは、と次々に新しい物件をオープンしていった。


私物が所狭しと詰め込まれるベッド そして現在、運営する物件数は13戸にのぼり、住民も100名を超えた。

毎週の定例会議とスタッフからの日々の報告は、トラブル対応が8割である。


家賃滞納、住民間のモノの貸し借り、近隣からのクレーム……など、さすがに慣れてきていたものの、スタッフからの電話の要件がすぐに思い当たらないときは、常に不安に襲われている。


「また、何か思ってもいないトラブルが起きたんじゃないか」。


想定できる限りの最悪の事態を考えれば、火事や暴行、殺人の舞台にすらなり得る。もしそういった事件が発覚したら、シェアハウスの運営者として管理責任を問われ、業務上過失致死等の刑事罰が追及されることも十二分に考えられる。


“ブタ箱”行きの可能性はゼロではない。「人並みに大学も卒業して、まじめに事業もやってきたけど、ここで全部終わりだな」などと、大げさな想像を絶えず膨らませていた。 

ただ、そこまでの事態でなくとも、これだけの数の住民を抱える状況である。そろそろ死者が出るのでは、とある程度の予想はしていた。


しかし、その場合はどうやって亡くなるのか。

場所は物件内部かそれとも周辺なのか、何らかの事件性があるのかないのか、病気なのかケガなのか……そのパターンを考え始めたらきりがない。


具体的な対応策も講じておこうと考えたこともあったが、結局は途中で諦めてしまった。40代・無職男性の入居を受け入れた理由 末吉は「やばいこと」と言った割に、意外なほど落ち着いた声で話し続けた。


「いや、もう警察呼んでるんです。亡くなったのは佐藤さんです。

いつも昼になったら起きてくるはずなのに、起きてこない。リビングにいた住民が様子を見に行ったらもう亡くなっていて……」 


増田は、佐藤が精神系の病を患い、以前から薬を服用していたことは知っていた。少し前の定例会議で、「シェアハウス内で20代の新規入居者が40代の入居者をイジメている」と話題に上ったことがある。

そのときにイジメられていたのが佐藤であり、入居時の様子を記録した書類を確認していたのだ。 


入居書類を書いてもらう際、40歳を超えているにもかかわらず、自分は無職のため、初期費用をまとめて支払えないと佐藤は言った。

それを聞いた担当者は、入居を断るために「一旦、検討します」と伝えたところ、病気を抱えていること、それによって障害者手帳を持っており社会保障も受けていること、大学の夜間部に通いながら職に就けるよう頑張っていることを語り始め、「トラブルを起こすこともないし、家賃もちゃんと払うからどうにか入居させてくれ」と懇願された。 


増田は、常々、黙って家賃を払ってくれればそれでいいと言っていた。


そのため、そのときの担当者は、もし病気が悪化するなどのトラブルが起きたらすぐに退去してもらう旨を一筆書かせて、入居を認めたのだった。


横たわる遺体をよそに始まった警察の事情聴取家の玄関は住民の靴で溢れている 


佐藤が入居してから既に1年以上が経っていた。都内私鉄沿線駅から5分ほどのところにある物件の定員は20名ほど。

それに対する入居者数の比率、すなわち「稼働率」は、平均して60%程度だった。 元々、何の縁もなかった10名以上が常に生活を共にする場。


「このシェアハウスの雰囲気は自分に合わない」と感じた者であれば、早ければ数週間、そうではなくても平均3ヵ月で退居していく現実がある。


そういったなかでも、イジメられる時期こそあったものの、佐藤はそれなりに落ち着いた生活を送っていたようだ。 

最終的に警察が断定した事実によれば、亡くなる前日、リビングで深夜3時くらいまでシェアメイトとテレビを見ていた佐藤は、毎日服用している薬の分量を間違えたために突然の死を迎えたことがわかっている。 


末吉の報告を聞いた増田は、勤務歴が長いスタッフも現地に向かわせた。

その場の状況説明や書類作成・連絡が必要になった際の対応が必要になることは容易に想像でき、また、佐藤がベッドで失禁しているということも聞いたため、力作業が必要になるだろうと思ったからだった。 


現場に警察が到着すると、佐藤の遺体を確認し、そのままシートでくるんで玄関の前に横たえた。

そして、すぐさま、持ち物や薬といった遺留品の確認を行い、住民には佐藤の普段の様子を、スタッフにはシェアハウスの運営実態を1時間ほど尋ねていた。


「途中、昼過ぎまでの仕事が終わって帰ってきた住民さんがいて、警察が来ているのもそうですけど、玄関前にゴロンと遺体が置いてあったのにはさすがに引いてましたよね。

一応、『まだ帰ってきていない住民さんには、警察が調べているところなんで、あまりこのことを大げさに言わないように』って、咄嗟に言いましたけど」 部屋の清掃はオーナーが自腹で負担 


このとき増田は、インターネットで葬儀社を検索し、WEBページを丁寧につくっている会社を選んで電話をしていた。


多少なりとも向こうにとって想定外の質問をした場合でも、丁寧に話をしてくれるだろうと思ったからである。


「すぐに葬儀のお願いという話ではなくて申し訳ありません。ちょっとした不動産を持っている者なんですが、住民さんが亡くなってしまいまして。一応、警察が今入って現場検証しているんですが、この後の展開ってどうなるんでしょうかね?

不動産オーナーがやらなければならないことって出てくるんでしょうか?

もし葬儀が必要となったら、ぜひ御社にと思うんですが……。


「そうですか。警察が来ているならご遺体は持っていくはずです。あと体液が付着したシーツなどを一緒に持っていく場合も。

それで、警察のほうでも親族を探すでしょうが、オーナーさんも連絡をとっておいたほうがいいかもしれないですね。

親族が対応してくれるなら、遺品受け取りとか汚れた物品の弁償、掃除の費用とかも払ってくれる可能性が出てきます。

でも、そうじゃないと自腹なんで、そこはね」


遺体とか、葬儀とかは?


「あ、それは大丈夫です。もし遺族が遺体の引き取りを拒否すれば、無縁仏ってことで警察が対応することになるだろうし。

警察が引き取る場合は、改めてオーナーさんで葬儀をどうこうするって必要もないでしょうね」 


結果は、「そうじゃないと自腹」だった。


絶縁した親族は遺体の受け取りを拒否 


葬儀社の回答どおり、佐藤の遺体、そしていくつかの遺留品は警察がそのまま持っていった。「原因は薬だろうけど、一応ね……」。

事件性はなく、死因の特定のために司法解剖を行うという。 

一方で、親族への連絡はなかなかつかない。

所持品に特に手がかりもなく、かろうじて入居申込書に兄の連絡先が書いてあったものの、連絡してみると「絶縁しているし、仕事が忙しいから行けない」と言われてしまった。 


警察からも連絡を入れるが、結局、遺体と物件の様子を見に来たのは佐藤が亡くなった翌日の夜。

遺品は持ち帰ったものの、遺体の受け取りは拒否。

そして、「あとはオーナーさんで」という話になってしまった。 


しかし、実のところ、増田はそこから先の対処法を容易に思い浮かべることができた。それは、ある男が言っていたことを思い出したからだ。


「半日動いて50万。仕事を取れさえすれば、毎日でも動きたいんですよ」 


インターネットを使い、シェアハウスにやって来るような身寄りのない人間を集めることで、100名以上を“囲っている”増田。


その増田に、「どうにか客を増やす知恵はないものか」と相談を持ちかけてきたのが、これまでも何度か「物件撤退」を手伝ってもらった井田である。


非正規雇用者の増加で高まる「夜逃げリスク」 

井田は目ざとい男だと増田は思っていた。

最近まで、「夜逃げ屋」ならぬ「夜逃げ後処理屋」として働いていたこともその理由である。 


“夜逃げ”自体は大昔からあったに違いない。

ただ、ここ10年ほどは、不動産賃貸業関係者にとって、これまでとは違った形の「夜逃げリスク」が明確に認識されるようになったという。


例えば、従来のわかりやすいイメージとして、事業の失敗や借金の保証人を原因とした夜逃げを挙げられるかもしれない。

しかし、今では、学校を卒業しても正規雇用に就かずに生活する単身者世帯の「夜逃げ」が多いのだ、と井田は語る。


生活必需スペースは全住民で共有している 


そもそも、現代において、入居段階で求められる契約時の敷金・礼金を支払うこと自体が、少なからぬ者にとって困難になっている状況がある。


例えば、7万円の家に住む場合であっても、敷金・礼金・初月の家賃で4ヵ月分にもなれば、それだけで初期費用は最低でも30万円、家具の準備なども考えれば40万円程度の元手は必要である。


そのため、「ゼロゼロ物件」(敷金・礼金がゼロであり、わずかな初期費で入居できる物件)など、初期費用を家賃に上乗せする形で回収する物件も登場した。 

さらに、彼らは保証人もつけたがらない。


それは、家族・親族との関係が希薄であること、あるいはカタい職についていないがゆえに、家賃の支払いが滞るリスクを自分自身でも認識していることが大きな理由として挙げられる。


そのようなニーズとリスクを吸収する形で「家賃保証会社」(家賃の数割~数ヵ月分程度の保証金を支払うことで、保証人の代わりにオーナー向けの家賃保証をしてくれる)という業態も生まれた。 


井田は長いこと「不動産清掃事業」を営んでいた。

賃貸契約が満了となった物件を訪れて、退居の確認と残置物の処理、故障箇所の修理・清掃を行う仕事である。

そして、その延長として「夜逃げ後処理屋」を行っていた。「夜逃げ後処理屋」の売上は1日最大100万円 「夜逃げ後処理屋」とは、まず不動産オーナーや家賃保証会社との関係を構築し、夜逃げがあった場合に残された荷物の処理を一括して請け負うという仕事である。

通常の「不動産清掃事業」との違いは、残置物が多いということ。


ただ、「これがおいしいんですよ」と井田は語る。

「『夜逃げ後処理』をしてオーナーや家賃保証会社から貰える手間賃自体は、1回5万~数十万ですよ。

まあ、たいしたことはない。作業するバイトの頭数を揃える必要があるから利益もあまり出ないんですよね。

でも、それを『廃品回収業』とつなげれば旨味は倍増するんです。

オフィスに残されたデスクやイス、PC、スチール棚なんかは、中古でも意外と値が張るものが多い。

一応、話としては『引き取った物は捨てますよ』ということになってるけど、それを転売するわけです。

そうすれば、運がいいときには、数十万から100万円近くの利益が出るんですよ」 

個人宅よりも会社事務所のほうが効率が良い。

個人宅の場合、金目のものは夜逃げの時に持っていかれてしまうからだ。


 ただ、インターネットのECサイトやオークションサイトが流行し始め、途上国・新興国からの輸入品も安価で高品質へと変わるなか、いつしか会社事務所の物品による利益も減少を見せる。


そんなとき、井田が次に目をつけたのが「遺品整理屋」だった。


遺品整理業が抱える「民家死骸処理業」の側面 「もう、テレビとか本とかでも取り上げられたりしているんで、だいぶ有名になってきたけど、今でも遺品整理っていうと、なんかすごい細かい作業で尊い仕事みたいに思う人もいるんですよね。


まあ、実際のところはそんなの少ないんですよ。特に、私自身に回ってくるのは“民間死骸処理業”みたいなところで……」 


彼が語る「遺品整理業」とはいかなるものなのか。

家族もおらず、単身者用のアパートで暮らし、そのまま死を迎える「孤独死」が増加するなか、その処理を請け負っているのは、本来そんなことをする義務もない物件のオーナーや管理会社である。


なぜなら、物件から収益をあげるためには、できるだけ早く元の状態を回復する必要があるためだ。 


死者の家族に連絡しようにも、結局連絡のつかない場合も少なくない。

まさに先述の佐藤の例がそうであったように、消防・警察や行政は検死をして遺体や最低限の汚物は回収してくれるものの、それ以上のことはない。


そこで、彼に「遺品整理」の依頼がやってくるのだという。 

死因が自殺であろうと病気であろうと、彼らが見つけられたときには、糞尿や血液を含めた体液が床に流れ出し、染み込んでいることも少なくない。

その処理をするのが井田の仕事だ。

人の形の染み、ウジ虫、目に染みる死臭……壮絶な現場 受注単価は部屋の状況によって15~30万円。


普通のクリーニングであれば支払いを躊躇する金額かもしれないが、ある程度カネを持っているオーナーは、自分で処理するわけもなくすんなりと井田に依頼する。


「別にすごいノウハウがいるわけではない。必要なのはマスクとゴーグル、それと塩素剤を噴霧する機械。あとは少しばかりの勇気かな」 


ニヤッと笑う井田も、はじめての現場では当然の如く「嘔吐した」という。

「とりあえず、ゴム手袋でもつけて、捨てるものだけ捨てて薬を撒けばそれでいいだろう」と乗り込んだ畳敷きの部屋。

そこには、人の形そのままの血液の染み、その上いっぱいに這い回るウジ虫、目まで染みてくる死臭があった。

「吐いていたら仕事にならない」と、気休めにしかならなくとも、香水をつけたマスクとゴーグルを装着するようになったのはそのためだった。 

部屋に入ると、まずは塩素剤を徹底的に噴霧する。そうするとウジ虫も匂いも比較的すんなりと抑えることができるためだ。

他の現場にも連れて行く留学生のアルバイトと2人、ゴミは一気にゴミ袋につめ、使えなくなった畳や家具などは、外を歩く人の目から見てもわからない程度には処理をして粗大ゴミとして出す。

あとの荷物は「廃品回収」するまでだ。 

意外なことに、「仏さん」は何も持っていないことばかりというわけでもないという。ホスト狂いの若い女、家族に見捨てられたバブル長者、他にも「廃品回収」の甲斐がある物を残してこの世を去っていく者たち。 


遺品回収に取りかかる前に、発注者とは、遺品の所有権のすべては井田の手に渡ることを確認した契約を結ぶ。

後から「勝手に処理した」と文句を言われたら窃盗罪になりかねないというのが表向きの理由だが、実際は「二度おいしい」遺品回収業のためでもある。


 仕事は半日で終わる。手伝ってもらうバイトに払うカネは多少弾まなければならないが、それでも1回の仕事で手元に10万円以上が残り、後日モノが売れるごとに5万円、10万円というカネが入ってくる。

100万以上の売上になることも珍しいことではない。

「オーナーさんも喜んで、ぼくも喜んで、あとは仏さんだって、人から見捨てられていたのに、最後に誰かが自分の世話してくれたって、ぼくがその立場になって考えてみても喜んでくれてると思うんですけどねぇ」


佐藤の死に2度目の「漂白」をもたらした日常 増田が井田と知り合ったのは、今も複数の物件を借りているオーナーからの紹介だった。

以前運営していたある物件で、オーナーにシェアハウスとして利用することを十分に説明しておらず、それを知ったオーナーから即時の撤退を迫られたことがある。

そのときに、迅速に人を集めて、手際よく2段ベッドや家具類を持っていってくれたのが井田だった。 

佐藤が亡くなったことを井田に連絡すると、仕事は早かった。


「こんなの、普段やってる『遺品整理』に比べれば何もなかったようなもんです」と言って、1人で1時間も経たぬうちに、汚れも匂いもとってしまった。

そして、残る荷物もゴミ袋にまとめ「また何かあったら使って下さい」と3万円の請求書とともに置いていった。 


その後、佐藤が寝起きしていたベッドは解体されたものの、「そのぶん広くなって荷物を置きやすくなったから」と末吉が住み始めた。


増田にしても、簡単な葬式、お祓い、盛り塩といった何らかの儀式が必要だろうとはじめは思い込んでいたが、「まあいつかやろうか」と言ったままとなり、結局、物件内にはこれまでどおりの日常が戻っていた。 


シェアハウス物件の住民たちにも動揺はほとんど見られない。これには、先述した通り、住民の多くは数ヵ月以内に入れ替わり、その一方で、長期入居者は決まった時間に通勤し同じ時間に帰ってくる安定した生活を送っているため、ことの成り行きを人づてに聞いた程度だったという事情もあるだろう。 


井田が物理的に「漂白」した死は、シェアハウスの日常によって2度目の「漂白」を迎えた。 

家族でもない、恋人でもない、場合によっては友達でもない赤の他人同士による同居生活。


それは「シェアハウス」以外にも「ハウスシェア」や「ルームシェア」「ゲストハウス」などと称され、呼称によって微妙な意味の差異を持つ「住み方」が、若者の新しいライフスタイルの潮流の1つとなっているのは確かだ。


 増田が“事業”としてのシェアハウス運営を始めた当時、長澤まさみ・上野樹里が主演となり、多様な社会問題を織り込んで反響を呼んだドラマ『ラスト・フレンズ』、映画化もされ若者に人気のマンガ『NANA』、芥川賞受賞作『ポトスライムの舟』など、すでに「シェア的な住み方」がその舞台に設定されていたと記憶している。 


そして、その流れはさらに強まっている。

この5年の間で、“趣味”としてのシェアハウス生活を送る者の数は10倍になったのではという見解もあるし、“事業”としてのシェアハウス経営者も業者数ベースで少なくとも数倍には増えたことは間違いない。


メディアが描くシェアハウス像への疑問 “趣味”にせよ“事業”にせよ、またドミトリーにせよ個室にせよ、シェアハウスが都市部の若年層に当たり前の住環境として取り上げられ始めているのは事実だ。


「比較的高学歴の若者が『安い、楽しそう、オシャレに見える』というイメージと共に、クリエイティブな場としての『シェアハウス』を設けて、楽しそうに暮らしている」??。特に、ここ2、3年、そういった趣旨でメディアがシェアハウスを取り上げることも増えてきた。


「そうらしいですね。そんな楽しそうなものがあるって、人に教えてもらうまで知らなかったんですけど。趣味で、無責任にやるんならいいんでしょうがね」。そう話す増田のもとにも、雑誌・新聞・テレビから取材依頼がきたこともあるが、これまですべての取材を断ってきた。


「メディアは、もてはやしておいて、いずれ、何かシェアハウスが絡んだ大事件が起こったときに『シェアハウスという無法地帯』みたいなイメージつけてくるでしょうから。

今から顔出しておく、なんてリスクが高いことはしません。

こんなのタコ部屋だろ、ドヤ街みたいなもんだろ、って言われたら確かにそうですねって思いますもん」

「メディアでは偏ったシェアハウス像がでっち上げられているように思います。確かに、理想の暮らし方的な部分もあると思いますが、カネも、仕事も、情報も、あるいは学歴や能力もない人のほうが潜在顧客としては多いですよ。


実際、うちの顧客も高卒、あるいは大卒でも新卒で働けずに5年、10年生活してきた人が多い。


本当はもっと、学生とか、看護師とか多いかなと思ったんですけど、結局、カネがある人は自分で家を借りたり、個室のシェアハウスに行ってるようです」和室にベッドが置かれた大部屋も用意されている 


先述の通り、シェアハウスの集客はインターネットが主となり、そこで集客のコツを掴むのが鍵だという。


増田も既存の不動産情報サイトを利用したこともあるが、効率が悪い。

「普通のワンルームなり、ファミリー向け物件なりを借りようとする層と、うちの住民の層はだいぶずれているんでしょうね」と語る。

「バイト先や派遣先をクビになったもしくは辞めた、地方から東京に仕事を探しに出てきた、仕事はずっと真面目に続けているんだけど寝に帰るだけの家に8万も9万も払いたくない、外国に行って働きたい……。


理由は人それぞれでも、男女問わず本当にスーツケース1つで動けるような生活をしているひとが多いかもしれないですね」 


しかし、それはまた、テレビに映し出される「ネットカフェ難民」「年越し派遣村」に集まるような人のイメージとも異なるともいう。


増田のもとに送られる応募者データのほとんどが、電子化されて残っている。例えば、直近で集計した980件の応募者データを男女で比較すると、その内訳は男性が409件で女性が571件、年齢平均は男性が28.8歳で女性は27.1歳とある。つまり、全体的に女性が多く、20代後半が中心だ。 


もちろん、シェアハウスの住民像の「中心」から外れた者が入居を望むこともある。

例えば、60代で熟年離婚した女性や、40代の元建設会社経営者の男性は印象的だ。双方の入居を受け入れたものの、60代の女性は「生活保護を受けることにするので、その場合はちゃんとした個室の物件を借りなければならないから」と出て行った。 


一方、40代の男性は、2008年に入居してから現在まで住み続けている。物件内における住民の役割分担や生活環境改善のための定例会議を主催し、「いまは、いろいろな現場を渡り歩きながら食っているみたいなんだけど、暇があるとこっちの経営に口出してきたり。

ありがた迷惑ではあるけど、管理を任せられるという点では助かっている」状況だ。住民のほどよい“群れ具合”が安定経営につながる 


これまでの不動産オーナーから「避けるが勝ち」とされてきた「外国人」「水商売」については、「むしろ、それで真面目に働いて家賃も払ってくれる人も一定数いますから、そんな悪い印象もない」とも語る。


共同生活に欠かせない細かな生活ルール 「管理をしていて、安定する物件とそうではない物件の違いは、当然っちゃ当然ですけど、トラブルメーカーみたいなルールを壊す人がいないということであって、ルールがカッチリしているっていうことですかね。


例えば、シェアハウスの中では『昔からいる人が偉い』みたいな空気になりがちなんです。

洗濯機は何時までとか、風呂を使う順番はこうとか、『昔からいる人』に聞きながらやるし、そこでダメなものはダメだとなるから」

「で、『昔からいる人』自体はどうでもいいんだけど、その『ルールができている感じ』があると、みんな勝手に掃除するし、些細な事で揉めない。


逆に、ルールがないと『なんで家賃払ってんのにこんなことするんだよ』『あいつより自分が偉い』みたいな話になってしまって、『運営者は何やってるんだ!家賃払ってんだから対応しろ』となってしまう」 


こうしたトラブルを発生させないために、増田は、物件に長期入居する者に家賃の一部を免除する替わりに、掃除当番やゴミ捨ての割り振り、さらには、家賃回収まで任せて仕組み化しようとしているという。


「もちろん、ただ黙って家賃も払い、他の住民と全く関わろうとしない、こっちにとっては『都合のいい住民』もいます。一方で、住民同士で頻繁に家飲みをしたり、日雇いのバイトを紹介しあったりする場合もある。うちは男女共用の物件も男女別の物件もありますけど、男女共用物件での男女のトラブルとか、窃盗とかはほとんどないんです。


ずっと日常を共に過ごさなければならないから、面倒くさいという考えが働くんですかね」 「物件によって、ドライなところとウェットなところの差は大きいですね。


ウェットなところだと、さっきの元建設会社経営者もそうだけど、『○○姉さん』とか『父さん』とか呼び合ったり、『母親キャラ』みたいなのができたりとか。


擬似家族的な雰囲気みたいなのができることもありますよ」 


住民同士の関係が近づきすぎても、反対にバラバラに離れすぎても、トラブルが起こりやすくなる。


ほどよい“群れ具合”が、物件運営の安定につながるのだという。 「シェアハウス経営にとって目指すべき『安定』っていうのは、トラブルなく家賃を払ってくれることだけです。

ただ、結局そうはなりにくい層が集まってきているわけで、少し安定しているように見えても一気に崩壊することがある。