朝鮮戦争にわが国が関与し、米韓に加担し戦う筋は全くない。
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成24(2012)年10月10日(水曜日)
通巻第3782号
(読者の声6)貴誌年10月9日通巻第3781号で、東海子様は、「吉田首相が朝鮮戦争直前の1950年急遽来日したダレス長官の再軍備要請を断った」
その真意として、「それは吉田は直後に始まる朝鮮戦争に新日本軍が国連軍名目で突っ込まれることを恐れたからといいます。(奇襲の情報があった)米国は吉田に常備軍の規模として戦前を10万人上回る30万人体制を要求しました。この10万が朝鮮戦争用と考えられます」
とのべられ、吉田の再軍備拒否を肯定的に評価しておられるようですが、私は同意できません。
わが国が朝鮮戦争に加担し得ない理由は、他に正論をもって主張すべきであったと考えるからです。東海子様のいわれるように、開戦前の奇襲の情報に基づいて断ったのならば、なおさらのこと、その時点では、ヌラリクラリと返事を先延ばしすべきところだったでしょう。
その「正論」とは、下記の通りです。
そもそも、朝鮮半島が南北に分離対立したのは、ポツダム宣言に引用された「カイロ宣言」の「(米中英3国は)朝鮮ノ人民ノ奴隸状態ニ留意シ軈(やが)テ朝鮮ヲ自由且独立ノモノタラシムルノ決意ヲ有ス」という怪しげな規定を根拠に米ソが分割占領し、勝手に独立させたことによるものである。
そのような手続きを経ない南北兩朝鮮韓の対立と戦争は、わが国からみれば、連合国同志の内紛のようなものでしかない。
朝鮮戦争にわが国が関与し、米韓に加担し戦う筋は全くない。
わが国が再軍備しても、米軍の要求を受け容れる筋は全くないのである。
このような主張を堂々とすべきだった、というのは、当時の状況からすれば吉田にとってやや酷な要求かも知れないが、正論を主張し、また、独立国に必須な再軍備のチャンスを逸した誤りは、明確にしておかなければならない。
この機会を逸したことが、今日の竹島問題や慰安婦問題にも繋がっている。
結局、米軍は、国連軍として北朝鮮及び中共軍と戦うことになるのだが、そのことは、被占領国にして国連未加盟のわが国は国際法的にも朝鮮戦争に参加し得ないことを裏付けているといってよい。
また李承晩は、日本軍が来るならば、北朝鮮とともに日本と戦う、といったそうだから(片岡鉄哉『さらば吉田茂』=『日本永久占領』による。)、そもそも日本の参戦は不可能だった。
片岡鉄哉氏は、同書で、ここで日本が参戦していれば、海外派兵のできる普通の国になっていた、と述べているが、そこまで考えるのは無理だろう。
とは云え、政治的に米韓側を支援するのは当然のことであり、米軍の抜けたあとの自国防衛のために、(警察予備隊ではなく、若しくは警察予備隊とは別に)国軍をつくるべきときだった。
なお米軍(国連軍)の後方支援を(非公式に)行うこと、また実際に行われた機雷除去などは、妥当なことだったと思う。
東海子様のいわれる趣旨は、ここで反論したようなものとは違うかも知れないが、日頃考えてきたことを述させていただいた。
(東埼玉人)