対日けん制強化へー中国が恐れる尖閣「2022年問題」
対日けん制強化へ
中国が恐れる尖閣「2022年問題」
2012年05月24日(Thu) 森 保裕 (共同通信論説委員兼編集委員)
森 保裕 (もり・やすひろ) 共同通信論説委員兼編集委員
1957年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。81年共同通信入社。91~95年北京支局記者。98~2001年中国総局長、05~08年台北支局長を経て現職。
チャイナ・ウォッチャーの視点
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリストや研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。執筆者は、富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)、城山英巳氏(時事通信社中国総局特派員)、平野聡氏(東京大学准教授)、森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)、三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)。
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亡命ウイグル人組織の独立運動や尖閣諸島の領有権をめぐり、中国が対日けん制を強めてきた。温家宝首相は5月に訪中した野田佳彦首相に対し、中国の「核心的利益」を尊重するよう要求し、胡錦濤国家主席は野田佳彦首相との個別会談を拒否した。中国は5月下旬に予定していた軍の制服組トップ、郭伯雄中央軍事委員会副主席の訪日も中止した。
中国は、新疆ウイグル自治区の独立を求める亡命ウイグル人組織、世界ウイグル会議(ラビア・カーディル主席、本部ドイツ・ミュンヘン)が5月中旬、欧米以外では初めての代表大会を都内で開催したことを問題視。尖閣についても、日本が実効支配を強めていると激しく反発している。
今年は日中国交正常化40周年だが、日中間の対立が続けば、さまざまな記念行事にも深刻な影響が出かねない。中国はなぜここまで血相を変えているのか。これまで台湾やチベットなどについて、使ってきた「核心的利益」は、尖閣諸島にも用いることを決めたのか。中国の思惑を検証した。
対日外交の大物が警告
日中間の対立が表面化する直前の4月下旬、中国から中日友好協会の唐家?会長が来日し、野田首相と会談した。唐氏は日本語が堪能な元外交官で、かつて駐日公使、外相、国務委員(副首相級)を務めた中国の対日外交担当の大物だ。
唐氏は野田首相との会談後、記者団に対し「一部の問題で日中関係が損なわれることがないよう望んでいる」と強調した。会談の具体的な内容については「想像に任せる」と明らかにしなかった。
唐氏と親しい日本の外交筋によると、唐氏は滞在中「日本政府がカーディルにビザを出せば、たいへんなことになる」としきりに警告していたという。野田首相に対しても同様の圧力を掛けたに違いない。
ウイグル大会
執拗な働き掛けの理由
一方、中国の程永華大使は日本の国会議員全員に対し、世界ウイグル会議の大会開催に抗議し、カーディル主席ら幹部と接触しないよう求めた署名入りの書簡(5月8日付)を送った。
書簡には「中国新疆ウイグル自治区は紀元前1世紀から中国の重要な一部」「世界ウイグル会議は中国の分裂をたくらむ反中国組織」「日本での大会会議開催は中国への内政干渉で、日本自身の安全にも害がある」などと記されていた。
こうした執拗な働き掛けや、世界ウイグル会議の大会開催後の日本に対する報復的なハイレベル交流の凍結は尋常ではない。このあわてぶりは隣国、日本が「新疆独立運動の拠点」となるのを中国指導部が最も恐れていることを示している。
「カーディル女史は暴動の首謀者」と非難
新疆ウイグル自治区では、トルコ系ウイグル族の独立運動が根強く続いている。北京五輪開幕直前の2008年8月には、同自治区カシュガルの武装警察部隊が手製爆弾などで襲撃され、警官16人が死亡するテロ事件が発生した。
また、09年7月には区都ウルムチでウイグル族のデモから大規模暴動が発生、漢族との対立が深まり、中国側によると、漢族ら197人が死亡、1700人が負傷。中国建国以来、最大規模の少数民族の暴動事件となり、3暴動に関与したとして35人に死刑判決を言い渡された。
「カーディルは暴動の首謀者だ。ウイグルの独立運動を続けており、テロ組織とも関係を持つ。(中国からインドに亡命中のチベット仏教の精神的指導者)ダライ・ラマ14世に比べ、レベルが低く、ウイグル自治区について主張する内容もうそが多い。ウイグル独立勢力と日本の右翼が連携して反中国の動きを強めている。尖閣問題でも同様の動きがあり、これらを容認するのは、日本政府が対中国政策を変更したためではないかとの見方も出ている」。中国の外交筋はこう懸念を表明した。
「日本の尖閣の実効支配を打破」
今年3月16日、尖閣諸島付近の海域で中国の監視船2隻が日本の接続海域に入り、うち1隻は25分間、領海内に侵入した。これに関連し、中国共産党の機関紙、人民日報は3月21日付の紙面に、中国海洋局傘下の中国海監(海上保安庁に相当)の東シナ海総隊責任者に対するインタビュー記事を掲載した。
「定例巡航で主権を示す」と題した記事によると、責任者は16日から始めた尖閣海域での巡視活動について「実効支配を続け、時効によって釣魚島(尖閣諸島)を得ようとする日本の企みを実際の行動によって打破し、中国の主権を示す」「今年に入って、日本の官民が釣魚島問題で頻繁な動きをするため、これに対応した」と二つの理由を挙げた。
また、責任者は06年7月に東シナ海海域で「主権を守るための定期巡航」を初めて実施、07年3月には同定期巡航の制度を確立したと説明した。
中国が恐れる「2022年問題」
日中軍事筋によると、中国には「実効支配が50年続くと国際法の判例で尖閣が日本の領土として定着しかねない」との強い危機感がある。1972年5月の沖縄復帰により、尖閣諸島が米国から返還されて50年後は2022年5月となるため「2022年問題」ともいわれる。
責任者は「巡視活動は日本が40年間にわたって次第に強めてきた実効支配を弱める効果がある」と説明。日本側の動きとしては(1)議員の尖閣視察や上陸(2)尖閣を含む無人島の命名(3)海上保安庁法と外国船舶航行法改正の動き-を列挙し「実効支配を強化しようとしている」と決め付けた。
都知事の発言やウイグル大会で態度硬化
中国の外務省や学者は尖閣問題の棚上げを主張してきたが、中国の海洋権益を守る中国海洋局は「日本の実効支配を弱めるための定期巡航」を行っており、棚上げではなく、実際の行動によって、現状を変更しようとしている。
つまり、尖閣をめぐる最近のさまざまな日中間のトラブルをも理由に挙げているが、実効支配の打破が目的なら、そうしたトラブルがあってもなくても定期巡航(故意の領海侵犯を含む)を行うというロジックとなる。この点に日本政府は注意を払うべきだ。
中国指導部としては、尖閣をめぐる3月までのさや当てに加え、4月には石原都知事の尖閣購入計画が表面化、5月の世界ウイグル会議の大会も開催されることになり、態度をさらに硬化させた。
「あいまい戦略」で日本に圧力
温家宝首相が野田首相との会談で中国の「核心的利益」について述べた部分(5月14日付人民日報)は次の通りだ。
「温家宝首相は中国側の新疆、釣魚島問題についての原則的な立場をあらためて述べ、日本側に対し、中日間の政治的な4文書の原則精神に則り、中国側の核心的利益と重大な関心をきちんと尊重し、慎重かつ妥当に関係問題を処理し、両国関係発展の正しい方向を堅持するよう促した」
この核心的利益がウイグル、尖閣の両方の問題にかかるのか、ウイグルは核心的利益、尖閣は重大な関心なのかは、はっきりしない。
日本外務省の担当者は会談後のブリーフィングで「尖閣について核心的利益と結び付ける発言はなかった。一般的な形としては、核心的利益と重大な関心事項を尊重するということが大事だという発言はあった」と解説した。
中国の外交筋は筆者の質問に対し、尖閣も中国の核心的利益なのかは明言を避け、あいまい戦略によって、日本に圧力をかける姿勢を示した。
米国には譲歩の姿勢
中国は従来、「祖国の完全統一」の対象である台湾や、建国以来、実効支配を続けながらも独立運動が続くチベットや新疆ウイグルなどの自治区について「核心的利益」という言葉を用いて、主権・領土を守る決意をアピールしてきた。しかし、領有権を主張しながらも他国に実効支配されている島を含む南シナ海の南沙諸島や、日本が実効支配する尖閣諸島については、この言葉を用いたことはなかった。
ところが、中国側は2010年3月に訪中した米国のスタインバーグ国務副長官とベーダー国家安全保障会議アジア上級部長(いずれも当時)に対して、南シナ海も「核心的利益」に属するとの新方針を伝達した。米政府はクリントン国務長官が南シナ海の自由航行確保は「米国の国益」と断言するなど強く反発。中国側は同年秋までに、南シナ海を「核心的利益」とは言っていないと当時の発言を否定し、新方針を取り下げた。
中国脅威論と「伝家の宝刀」
一方、中国政府は11年9月、中国脅威論を抑えるために発表した「平和発展白書」の中で、中国の核心的利益を(1)国家の主権(2)国家の安全(3)領土の保全(4)国家の統一(5)中国の憲法が確立した国家の政治制度と社会全体の安定(6)経済・社会の持続的な発展の基本保障――と定義した。
この定義に照らして推論すれば、中国は尖閣も南沙も「古来、中国固有の領土」と主張してきたのだから、核心的利益に当てはまる。だが、中国は米国とのやりとりの中で、この言葉が非常に強烈であり、挑発的な意味にとられかねないことを知った。これ以上、世界の中国脅威論をあおりたくはない。
だから、みだりに「伝家の宝刀」を持ち出さないが、ちらりと刃を見せて相手国にブラフをかけることができればよいと考え、核兵器の有無を明確にしない「あいまい戦略」のように日本をけん制しようしているのではないか。
初の海洋協議の意義
10年9月の中国漁船衝突事件で生じた日中両国の相互不信は根深く、事件後「東シナ海を平和・協力・友好の海とする」(08年5月の共同声明)との目標からは遠ざかる一方である。
尖閣など東シナ海の危機管理について、両国関係機関が話し合う初の「海洋協議」が5月15、16の両日、中国浙江省杭州市で開かれた。全体会議のほか、複数のテーマごとに分科会を設けて協議する方針だったが、議論できたテーマは「政策と海洋法」だけにとどまった。
日中関係悪化の表れだが、協議には日本から外務省、防衛省、海上保安庁、環境省など、中国側は外務、国防両省と国家海洋局などの担当者約50人が参加した。頻発する海洋摩擦の当事者機関が衝突の防止のために話し合いの席に着いた意義は大きい。こうした対話チャンネルを有効活用し、両国は日中友好の大局に立って、冷静な話し合いによって問題の解決を図るべきだ。
著者
森 保裕(もり・やすひろ)
共同通信論説委員兼編集委員
1957年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。81年共同通信入社。91~95年北京支局記者。98~2001年中国総局長、05~08年台北支局長を経て現職。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1917?page=1
尖閣は中国のもの?
覆す証拠ここにあり
今こそ日本に国家戦略を(拓大・下條教授)
2010年12月01日(Wed) 下條正男 (拓殖大学教授)
下條正男 (しもじょう・まさお) 拓殖大学教授
國學院大學大学院文学研究科博士後期課程修了。1983年、韓国の三星グループ会長秘書室勤務。1994年、市立仁川大学客員教授。1999年から拓殖大学国際開発研究所教授。著書に『日韓歴史克服への道』(展転社)や『竹島は日韓どちらのものか』(文藝春秋)などがある。
WEDGE REPORT
ビジネスの現場で日々発生しているファクトを、時間軸の長い視点で深く掘り下げて、日本の本質に迫る「WEDGE REPORT」。「現象の羅列」や「安易なランキング」ではなく、個別現象
の根底にある流れとは何か、問題の根本はどこにあるのかを読み解きます。
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中国が尖閣諸島の領有権を主張する根拠は、「昔から台湾の一部だった」ということである。だが、その主張を根底から覆す証拠が、拓殖大学・下條正男教授の調べで見つかった。その証拠とは、中国の地理書『大清一統志』に出てくる「北至鶏籠城」という記述。これは、台湾府の北限は「鶏籠城」までであり、尖閣諸島が台湾の領土に含まれていなかったことを意味する。だが、この事実を日本の多くのメディアは報じておらず、政府からも「とくにアプローチはない」と言う。下條教授は、こうした客観的な歴史の事実を突きつけることが、中国の尖閣諸島を巡る動きを封じる手段となり、韓国の竹島問題、ロシアの北方領土問題にも釘を刺すチャンスと訴える。
──「尖閣諸島が台湾の一部ではなかった」ことを示す証拠を見つけられたそうですが、それについて詳しく教えてください。
【写真1】 『大清一統志』(光緒辛丑秋上海寶善斎石印本)巻三百三十五、「台湾府図」から。乾隆九年・1744年刊の『大清一統志』では巻二百六十に所収。
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下條正男教授(以下、下條教授):国立公文書館等には清の乾隆帝(1711~1799年)の勅命によって編纂された『大清一統志』という地理書が所蔵されています。これは、清朝の時代に編纂され、1744年に全356巻として完成したものです。いわば、中国の中央政府が国家事業として編纂した勅撰本ですが、その巻260で、台湾(府)の北東の境を、「北至鶏籠城」(北、鶏籠城に至る)と記述しているのを見つけました。鶏籠城は、台湾本島の北東部に位置しており、現在の地名では「基隆」付近です。基隆と尖閣諸島は約200kmも離れており、その間には棉花島や花瓶島といった島々も存在しますが、『大清一統志』では、それらの島々さえ台湾の領土の範囲に含めていないのです。つまり、1895年に日本政府が尖閣諸島を領土に編入したとき、そこが「無主の地」であったという日本側の主張は正しい、ということになります。中国は、尖閣諸島を「昔から台湾の一部だった」という理由で領有権を主張していますから、その主張を根底から覆すことができるわけです。
現に『大清一統志』に収録されている「台湾府図」(写真1)でも、「鶏籠城界(境)」と記述されていますし、同時代に地方政府が編纂した『台湾府誌』にも同様の図(写真2)と記録があります。
こうした事実は、11月4日付の産経新聞(2面)で取り上げられましたが、その後、他のメディアが報じることはありませんし、自民党の一部の国会議員の方が強い関心を示しているものの、政府からは何のアプローチもありません。
──メディアや政府からアプローチがないのは、なぜだと思われますか?
下條教授:そもそも、日本のメディアや政治家の多くは、国家主権や領土問題に対する関心が低いのです。尖閣の漁船衝突ビデオなどが大々的に報じられると、一見関心が高いようにも見えますが、根本的な問題には目が向けられていません。今回も、いつのまにか公務員の情報漏えい問題や中国警戒論に局限されました。私がこれまで研究してきた韓国との竹島問題も、本来は領土問題であるはずなのに、これを漁業問題(地域の問題)に矮小化しようとする一部勢力の動きも感じます。
⇒次ページ 「韓国を見習えば尖閣を奪える」と言い始めた中国
【写真2】 范咸撰『重修台湾府志』(乾隆12年序)巻首「台湾府総図」
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また、日本にはそういった領土問題、つまり国家主権に関することを考え、提言する機関がないのも事実です。韓国では島根県が「竹島の日」条例を制定すると、「東北アジア歴史財団」という組織を教育科学技術部の管轄下に設置し、年間約10億円もの予算を与えています。政府主導のもとに歴史認識問題に関する韓国の外交戦略を練っているのですが、中国でも、社会科学院が同じような役割を果たしています。しかし、日本では、たとえば竹島問題であれば、外務省の北東アジア課が担当し、日本海呼称問題については海上保安庁が専管するなど、国家としての基本戦略がないままに、縦割り行政の中で迷走しているのが現状です。
その結果、韓国に竹島の不法占拠を許し続け、2006年には竹島周辺の海底地名問題を機に、韓国は排他的経済水域の基点を鬱陵島から竹島に移しました。そして、今度は中国が、「韓国の手法を見習えば尖閣諸島を奪える」と言い始めている始末です。
──尖閣諸島の問題が、韓国の竹島問題と関連しているということでしょうか?
下條教授:そうです。香港の週刊誌「亜州週刊」は9月26日号で、「韓国奪回独島風雲録」と題し、「韓国の対日強硬策をモデルにすれば、日本から尖閣諸島を奪うことも不可能ではない」と報じました。
拓殖大学国際学部・下條正男教授
(研究室にて撮影)
そして、ロシアの北方領土に対する動きも、これに連動していると見るべきです。というのも、時期を同じくして9月25日、ロシアは9月2日を「対日戦勝記念日」に定め、翌26日にはメドベージェフ大統領が訪中しました。そして、中ロ両国元首による「第二次世界大戦終結65年に関する共同声明」を発表したのですが、そこでは「中ロは第二次世界大戦の歴史の歪曲、ナチスや軍国主義分子とその共犯者の美化、解放者を矮小化するたくらみを断固として非難する」と日本を非難しています。これは韓国側の歴史認識と同次元です。その流れの中で、メドベージェフ大統領の国後島訪問が行われたのですが、日本のメディアは、国後島訪問を大々的に取り上げても、その背後のつながりをほとんど報じません。
このような中国、ロシア、韓国の現状を指して、10月9日のチャイナネットでは、日本は「四面楚歌」の状態にあると報じているのです。
そこで韓国の国会(独島領土守護対策特別委員会)(*1)も11月25日、「東アジアでの中日、ロ日の領土紛争は、独島領有権の主張に好機」。「(尖閣諸島を実効支配している)日本が中国に対抗する論理は、(竹島を占拠する)私達が、日本に対し、独島の領有権を主張するためにそのまま使えばよい」。「日本は四面楚歌に置かれた」としました。
しかし、中韓ロが同じ土俵に上がった今こそ、日本は領土問題の解決に漕ぎ出すチャンスです。領土問題を国際舞台の場に持ち込み、今回見つかった史料のように、歴史的事実を突きつけることによって、これらの国々の主張を論破していくことができるからです。
*1:独島は竹島の韓国名。独島領土守護対策特別委員会は2008年10月、日本の文部科学省が中学校社会科の学習指導要領解説書に竹島問題を記述したことに反発して発足。
──国際舞台の場というのは、具体的には国連を指しているのでしょうか?
下條教授:国連もひとつの場ですが、もっと広い意味で、国際世論と捉えてもらったほうがよいかと思います。
⇒次ページ 日本が情報戦で勝つためには・・・
少なくとも、これまでの日本は、国際舞台を利用した韓国のプロパガンダに翻弄されてきました。例えば8月22日、韓国がオランダのハーグで「第16回、東海(*2)地名と海の名称に関する国際セミナー」(東海研究会、東北アジア歴史財団主催)を開催した際も、日本側は十分な反論をしていません。日本が反駁しない限り、国際世論は中韓ロに同調し、日本は領土問題でも発言権を失うかもしれません。日本海の呼称については、韓国が国連の地名標準化会議などで画策した結果、世界の35%が韓国側の主張する「東海/日本海」の併記を採用したと、韓国側は伝えています。
*2:韓国では独島が日本海にあると日本の領海内にあるようで不適切、日本海を韓国側の呼称である東海に改めるべきと主張。韓国側の主張に歴史的根拠がない事実は、すでに「WEDGE」2009年5月号「日本海が地図から消える? 韓国のでたらめ
領土工作」で指摘。
──国際舞台で戦うために、日本はまず何を始めるべきでしょうか?
下條教授:まずは、メディアが正しい情報を流していくことが重要です。メディアが報道することによって政治家の関心が高まりますし、国民の関心も高まれば、世論が政治家を後押しする形ができます。それと同時に、国際社会に向けた情報発信を行っていくことです。韓国は、自国の主張を英文に翻訳してネット上で流し、「独島(竹島)は韓国の領土」という広告を、ニューヨークタイムズやワシントンポスト、タイムズスクエアの電光掲示板にまで出すなど、あらゆる手段を駆使して国際世論にアピールしています。また、シンポジウムを頻繁に主催しては、韓国側の主張に同調する各国の学者たちを招き、彼らを利用して自国の正当性を宣伝しているのです。
日本も韓国のやり方を見習って、英文での情報発信やシンポジウムの開催など、対抗措置を講じていかなければなりません。ただ、そのためには、シンクタンクの存在が不可欠です。シンクタンクには、歴史、地理、国際法の専門家を集め、東アジアの歴史や地理をトータルに見ながら、今後どのような問題が起きてくるかを予測し、事前に対策が練れる体制を整えるべきです。日本の現状は、尖閣諸島、北方領土、竹島、それぞれ研究者が個々に研究を続けています。これらの研究者を一堂に集めて、日本の基本戦略を練っていくべきかと思います。
※記事中の写真は、すべて下條教授による提供
下條正男氏(拓殖大学国際学部教授)
國學院大學大学院文学研究科博士後期課程修了。1983年、韓国の三星グループ会長秘書室勤務。1994年、市立仁川大学客員教授。1999年から拓殖大学国際開発研究所教授。著書に『日韓歴史克服への道』(展転社)や『竹島は日韓どちらのものか』(文藝春秋)などがある。
著者
下條正男(しもじょう・まさお)
拓殖大学教授
國學院大學大学院文学研究科博士後期課程修了。1983年、韓国の三星グループ会長秘書室勤務。1994年、市立仁川大学客員教授。1999年から拓殖大学国際開発研究所教授。著書に『日韓歴史克服への道』(展転社)や『竹島は日韓どちらのものか』(文藝春秋)などがある。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1152?page=1
安保激変
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中国が尖閣諸島にこだわる理由
南西諸島防衛の課題
2012年03月21日(Wed) 小谷哲男 (法政大学非常勤講師)
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小谷哲男 (こたに・てつお) 法政大学非常勤講師
1973年、兵庫生まれ大阪育ち。専門は日米同盟と海洋安全保障。日本国際問題研究所研究員及び平和・安全保障研究所研究委員を兼務。同志社大学法学研究科博士課程満期退学。米国ヴァンダービルト大学日米関係協力センター客員研究員、岡崎研究所特別研究員等を歴任。平成15年度防衛庁長官賞受賞。平和・安全保障研究所・安全保障研究奨学プログラム13期生。中公新書より海洋安全保障に関する処女作を出版準備中。
安保激変
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尖閣諸島を形成する大正島
那覇から西に進路を取って慶良間(けらま)諸島の上空を通過すると、沖縄諸島最西の久米島を右手に眺めたのを最後に、ヘリの窓の向こうには東シナ海の深い青が続いた。1時間ほどすると、突然水平線から岩山が現れた。尖閣諸島を形成する大正島である。
さらに30分ほど飛行を続けると、今度は緑の緩やかな丘が目に飛び込んできた。久場(くば)島である。2010年9月に海上保安庁の巡視船に衝突した中国漁船が違法操業をしていたのは、この島を基点とする日本の領海内であった。
続いて、尖閣諸島最大の魚釣(うおつり)島がその姿を現した。そばには北小島と南小島も見える。魚釣島にはかつて使われていた船着き場や鰹節工場の跡、簡易灯台もある。2004年3月には、中国人がこの島に不法上陸している。
離島名称めぐる日中の対立
2010年9月に起きた漁船衝突事件は、この久場島を基点とする日本領海内での違法操業が原因だった
尖閣沖漁船衝突事件以降、中国の漁業監視船が頻繁にこの海域に出現し、領海も侵犯している。2012年に入って日本政府が尖閣周辺の離島の名称確定作業を行っていることがわかると、『人民日報』は中国の「核心的利益」を損なうと強く批判し、中国政府も対抗してこれら離島の中国名を発表しただけでなく、3月16日には海洋監視船が尖閣周辺に現れて領海を侵犯した。
沖縄本島から魚釣島までの距離が450キロ、宮古島からは210キロ、石垣島からは170キロである。2010年12月に日本政府が策定した「防衛計画の大綱」では、南西諸島防衛の強化が打ち出され、尖閣諸島の防衛がその一つの焦点となっている。この東シナ海の孤島をヘリで視察しながら、南西諸島防衛の課題について考えた。
なぜ、中国は尖閣をめぐって強硬姿勢を続けるのだろうか。
まずは、経済上の理由が考えられる。尖閣諸島は、明治政府によって1895年に日本の領土に編入された。戦前には一時定住者がいたこともあったが、現在は無人島となっている。1968年に国連極東アジア経済委員会が尖閣周辺に莫大な石油・ガスが埋蔵されている可能性を指摘すると、中国と台湾が突然領有権を主張するようになった。
13億人のタンパク源確保
また、尖閣周辺はカツオやマグロなどの大型魚が獲れる良好な漁場でもある。中国にとっての漁業は、13億人のタンパク源を確保し、農村部の余剰労働力を受け入れる役割を果たしている。乱獲によって中国近海の漁業資源が枯渇しつつあるため、漁船が尖閣近海に進出する誘因が高まっている。
軍事上の理由もある。中国は1980年代から近海防衛を重視し、日本列島、南西諸島、台湾、フィリピン群島、インドネシア群島、シンガポールなどからなる「第一列島線」までの防衛力強化に取り組んできた。近年、中国海軍は近海防衛から遠海防衛へと舵を切りつつあり、とりわけ沖縄本島と宮古島の間に広がる宮古海峡から太平洋に出て、伊豆・小笠原諸島とマリアナ諸島を結んだ「第二列島線」までの海域での活動を活発化させている。
15世紀に西洋列強が極東に進出して以来、これら列島線はアジアの覇権を握る鍵であった。スペインはフィリピンを領有し、オランダは台湾とインドネシアを、イギリスはシンガポールを支配した。ペリー提督率いるアメリカ東インド艦隊は、日本に開国を迫る前に沖縄と小笠原に寄港地を確保している。つまり、アジアの地政学は長らく“列島線をめぐる戦い”であった。その帰結が、日米で列島線を奪い合った太平洋戦争である。
中国の「5頭の龍」とは
しかし、軍事力で列島線を奪い合った帝国主義の時代はもはや過去である。現在、列島線はアメリカの同盟国・友好国の施政下にあり、中国がこれを軍事力で強引に奪うことは容易ではない。そこで、中国はこれら列島線が生み出す沿岸海域、つまり東シナ海や南シナ海の支配に重点を置いている。これらの海域は沿岸国の排他的経済水域(EEZ)であるため、今日のアジアの地政学は“EEZをめぐる戦い”に変容しているのである。
北小島南小島
各国は国連海洋法条約に基づいて基点から200海里までEEZを主張することができるため、東シナ海や南シナ海に点在する島はEEZの基点として極めて重要である。だからこそ中国は東シナ海の尖閣諸島や南シナ海の西沙・南沙諸島の領有権を強硬に主張していると考えられる。EEZを拡大して漁業・エネルギー資源の確保を目指すとともに、EEZを領海の延長と位置づけて他国の軍事活動を制限することが中国の海洋戦略の本質である。
ただし、中国政府が一丸となってこの戦略を実践しているわけではない。海軍の他に、海洋監視船を運用する国家海洋局や漁業監視船を運用する農業部漁業局など、「5頭の龍」と呼ばれる5つの海洋関係機関がある。諸機関の間で政策の調整が行われることはまれで、むしろ影響力の拡大をめぐって相互に競合関係にあると考えられている。海洋関連機関を統合する動きもみられるが、それぞれの利害を調整するのは容易ではないだろう。
「基」から「動」へ
では、このような中国の海洋戦略に対し、どのように南西諸島を守るべきであろうか。
まず、南西諸島防衛を尖閣の防衛に矮小化するべきではない。漁業監視船や海洋監視船は尖閣周辺での活動を活発化させているが、海軍はむしろ宮古海峡からの太平洋への進出を常態化させつつある。いずれは大隅海峡やバシー海峡からも太平洋に出るようになるであろう。中国機に対して航空自衛隊がスクランブル発進する数も急増しており、最近は戦闘機が接近することも多くなっている。南西諸島は1000キロ以上の長さがあり、数百の島から成り立っている。尖閣の防衛は、南西諸島防衛という大きな枠組みの中で考えなくてはならない。
新たなアクセス拠点の確保を急げ
「防衛大綱」は自衛隊を全国に均等に配備する従来の「基盤的防衛力」ではなく、各部隊が高い機動力や警戒監視能力を備えて迅速に展開する「動的防衛力」という概念を導入した。現在、南西諸島防衛の強化のため、日本最西端の与那国島への沿岸監視部隊の配備、潜水艦部隊の増強、那覇基地の戦闘機部隊の増強、宮古島の固定式3次元レーダーの更新等により、周辺海空域における警戒監視や即応能力の向上が計画されている。しかし、これらは基本的に「基盤的防衛力」の延長に過ぎない。
「動的防衛力」の観点から、南西諸島防衛は陸海空による統合任務として実践されなくてはならない。東日本大震災の救援活動は自衛隊の統合作戦の貴重な先例となったが、同時に自衛隊の揚陸輸送能力が不十分であることも証明した。南西諸島が広大な海洋戦域であることを鑑みれば、海上自衛隊の将官の下に陸海空からなる統合任務部隊を創設して揚陸輸送能力を強化し、統合訓練・演習を常態化するべきである。その上で、日米共同対処能力を高める必要がある。
また、南西諸島の地勢を考えると、既存の施設以外にも自衛隊が平時・有事に使用できる空港・港湾施設を整備しておく必要がある。先島諸島では下地空港や新石垣空港、拡張中の石垣港などが防衛や災害救援の際に重要な拠点となり得る。薩南諸島では、馬毛島や奄美大島、徳之島等が候補となろう。地元では誘致による経済効果を期待する声もあるが、活動家に扇動された反対運動も予想されるため、慎重な検討が必要である。しかし、新たなアクセス拠点の確保なしに南西諸島防衛は成り立たない。
尖閣ブランドの確立と実効支配の強化を
尖閣に関しては、近海での漁業を中心とする経済活動を活性化させるとともに、不法操業や不法上陸を取り締まる法執行の強化を通じた実効支配の確立が求められている。
尖閣諸島は石垣市の一部であるが、燃料費や高い波、そして中国船とのトラブルを懸念して、石垣島から漁に出ることはまれとなっている。石垣島の八重山漁協は、尖閣近海で獲れるカツオやマグロに「尖閣」ブランドをつけることを計画しているが、すでに「尖閣」が個人によって商標登録されているため異議申し立ての準備をしている。尖閣周辺での経済活動を強化するためにも、八重山漁協が「尖閣」ブランドを管理することが望ましい。加えて、尖閣に漁船の避難港やヘリポートを設置し、漁船の安全を向上させる必要もある。
最後に、海上保安庁も南西諸島防衛の重要な要素と考えるべきである。尖閣沖漁船衝突事件以降、石垣島の第11管区海上保安本部にはヘリコプター搭載型の巡視船が1隻追加配備され、離島への不法侵入があった場合は海上保安官に逮捕権を与えることも検討されている。しかし、中国公船の尖閣近海での活発な活動や大量の漁船が違法操業を行う可能性を考慮すれば、巡視船のさらなる増強は不可欠である。とりわけ、世界最大の巡視船である「しきしま」型を配備すれば、実効支配を強化する上で効果的であろう。
*文中写真はすべて筆者による提供です。
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著者
小谷哲男(こたに・てつお)
法政大学非常勤講師
1973年、兵庫生まれ大阪育ち。専門は日米同盟と海洋安全保障。日本国際問題研究所研究員及び平和・安全保障研究所研究委員を兼務。同志社大学法学研究科博士課程満期退学。米国ヴァンダービルト大学日米関係協力センター客員研究員、岡崎研究所特別研究員等を歴任。平成15年度防衛庁長官賞受賞。平和・安全保障研究所・安全保障研究奨学プログラム13期生。中公新書より海洋安全保障に関する処女作を出版準備中。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1761?page=1