和食を食べて、日本人らしさを取り戻せ! | 日本のお姉さん

和食を食べて、日本人らしさを取り戻せ!

第14回 発酵学者・食文化論者 小泉武夫 の場合
食べれば食べるほど
舌の感性は鋭くなるんです
小泉先生、最近はどんなおいしいものを食べましたか?

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「先週食べたのはおいしかったですよ。札幌の『海鮮まるだい亭』というところで、“ウニとカニの甲羅焼”というのを食べたんです。毛ガニのミソと身をほぐしたやつの上に、生ウニをのせて甲羅で焼くんですけどね、とてもおいしかった。私には“発酵仮面”とか、“味覚人飛行物体”とか、“鋼鉄の胃袋”とか、いろんなあだ名がありますけど、“ムサボリッチ・カニスキー”というのもそのひとつなんですね。もし日本にカニ評論家という職業があったら、明日から看板をさげられるくらいのカニ好きの私が、『世の中にはこんなうまいカニ料理があったのか』と驚かされた。うれしいですね。私が“味覚人飛行物体”として、全世界を飛び回っているのは、そんな驚き、喜びを求めているからだといえるでしょう」

しかし、評論家になれるくらい、たくさんのカニを食べてしまうと、飽きたりすることはありませんか?
「とんでもない! 飽きるどころか、いつもフレッシュ。食卓にカニがあると、わくわくした気分になります。舌というのは、食べれば食べるほど感覚が鋭くなるんです。『おいしい』という感動によって鍛えられるんですね。
その証拠に、『みそ汁が嫌い』という日本人はいないでしょう? 日本人として生まれた私は、ご飯も納豆も大好きです。こういう民族食は、食べ飽きるということがありません。三度三度食べても、『おいしい』と感じることができます。その感動は、何度も食べることで増幅されるんです」

「おいしい」という感動は、
遺伝子の影響によるものです

私たち人間は、なぜ「おいしい」と感じることができるのでしょう?
「それには、私たちの体を作っている遺伝子という因子が大きく関係しています。遺伝子には、“民族の遺伝子”と“家族の遺伝子”というふたつの種類があって、それがどんな食べ物を『おいしい』と感じるか、プログラムしているんです。
モンゴロイドという民族の遺伝子を持った日本人はすべて、生まれて間もないころにお尻が青くなる蒙古斑を持っています。これは、アングロサクソンとか、ゲルマンにはない特徴です。
その他にも日本人には、他の民族にはないさまざまな特徴があります。例えば、日本人の腸は欧米人の腸に比べて、1・5倍くらいの長さがあるんです。“民族の遺伝子”によって、体がそのように作られているんですね。
なぜそういうことが起こったかというと、日本人が長い間、食べ続けてきた食べ物が大きく関係しています。日本人が長い間、食べてきたものというと、お米とか麦ですね。おかずは欧米から比べると質素なもので、キンピラゴボウとか豆腐のおからとか、繊維質のものを食べてきました。だから、日本人の腸は長くなったんです。肉というのは栄養効率のいい食べ物で、腸が短くても素早く栄養を吸収できるんですが、繊維質の食べ物から栄養を吸収するには、ある程度の時間が必要なんですね。
これは自然界の動物すべてに当てはまる特徴で、ライオンのような肉食動物と、ウサギのような草食動物の腸の長さの割合を比べてみると、同じことが起こります。腸の長さは、肉食動物より草食動物のほうが長いんです。
このように食べ物というのは、生き物の体のつくりにも影響を与えるほど、大きな力を持つものなんですね」

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日本人は肉を食べるなとは言いません。
でも、上手に食べるべきなんです
日本人の体のつくりは、肉食動物というより、草食動物に近いんですね?
「そうです。日本人は大昔からずっと、肉を食べてきませんでした。だから、いきなり肉食中心の生活をはじめると、体によくない影響を及ぼします。
例えば、そういう状態になるとアシドーシスといって、体液を酸性にしようとする作用が働くんですが、これは体がだるくなったり、肩こりになるだけでなく、いろいろな病気の原因になります。
それからこれは、国立がん研究センターの調査によってわかったことですが、肉を多く食べる日本人は大腸がんになるリスクが高くなります。


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だからといって、私は『日本人は肉を食べるな』と言いたいわけではありません。日本人には日本人なりの肉の食べ方があるということ。そうですね、私が上手な肉の食べ方としておすすめしたいのは、すき焼きです。小さな子どもは、『今日の晩ごはんはすき焼きだよ』というと『わ~い!』と喜んで、肉ばかり食べようとしますが、しっかりしたお父さんお母さんなら『肉ばかり食べてないで、野菜も食べなさい』と注意しますよね。それと同じで、野菜といっしょに食べたら肉はさらにおいしくなりますし、栄養の吸収もよくなります。まさに一石二鳥の食べ方だといえるでしょうね」
日本人よ、和食にかえれ!
日本人が長年、食べ続けてきた「和食」とは、どんな食べ物なのでしょう?

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「和食は、八つの食材によって成り立っています。
一つ目は、根菜類。ニンジンやゴボウ、大根、イモなど、土の中に入っている根っこや茎ですね。
二つ目は、菜っ葉。白菜、ホウレンソウ、小松菜などがこれに含まれます。
三つ目は、青果。トマトやキュウリ、それからリンゴやブドウ、ナシなどのくだものもここに入ります。
四つ目は、山菜ときのこ。ワラビやゼンマイ、シイタケやシメジなどの山の幸です。
五つ目は、豆類。特に大豆は“畑の肉”と呼ばれるほどの豊富なタンパク質を摂取できるので、豆腐や納豆にして毎日の食卓にのぼるだけでなく、発酵させて、味噌や醤油の原材料として活躍します。
六つ目は、海草。ワカメやヒジキ、海苔などのことですね。
七つ目は、主食の米。それから麦。
最後の八つ目は、動物タンパク質です。日本人は昔から牛や豚などの肉を食べなかったかわりに、魚を食べてきました。だけど、食卓に必ず魚がのぼったかというと、そうではありません。魚は日本人の民族食のひとつで、肉より栄養を摂取する効率がよいというデータもあるくらいですが、海から離れた土地に住んでいた人にとっては、なければないですむ食材でした。
つまり、和食というのは最初に挙げた、七つの食材で構成されています。それらの食材に共通しているのは、植物だということです。
植物というのは、動物のように自分で移動することができませんから、生きていくための栄養を摂取するには、太陽の光を浴びて光合成するか、地に根をおろして栄養素を吸い取るしかありません。
地面の栄養素というのは、カルシウム、カリウム、マグネシウム、鉄、マンガン、亜鉛などのミネラルです。和食を食べてきた日本人は、つねに豊富なミネラルを摂取していたわけです。
食べ物が人間に大きな影響を与えると言いましたが、食べ物は体のつくりだけでなく、心にも大きな影響を与えるんです。というのも、和食に豊富に含まれているミネラルは、副腎髄質というところから分泌されるアドレナリンという興奮ホルモンの働きのバランスを整え、ストレスを軽減する作用があるからです。日本人の性格がおだやかで、困難な事態にも冷静に対処することができるのは、和食パワーのおかげだと私は思っています。

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ところが、戦後60年間で肉や油の消費量は急速に増え、日本人のミネラルの摂取量は4分の1に落ちてしまいました。これは、“あの人は切れ者だ”とか“頭がキレる”という具合に、かつて褒め言葉だったはずの“キレる”という言葉が逆の意味に使われるようになったことと無関係ではないでしょう。
それから、ミネラルのひとつである亜鉛は、“セックス・ミネラル”ともいわれていて、精子をつくるための重要な役割を果たします。もしかしたら、女性化して“草食男子”と呼ばれている現代の若者が現れるのは、当然のことだったのかもしれません。
また、日本人の死因の上位を生活習慣病が占めているのも、肉や油にかたよった食習慣が原因になっていることも言うまでもありません。
だから私は、声を大にして主張します。
日本人よ、和食にかえれ! 
和食を食べて、日本人らしさを取り戻せ! と」

日本人は世界でもまれな
究極のベジタリアンなのです
日本人が和食ばなれすることで、かつての日本人らしさを失ってしまうとしたら、それはとても寂しいことですね。

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「その通りです。実は、先に述べた八つの食材のうち、最後の動物性タンパク質にたよらず、植物中心の食習慣を持つ民族というのは、とても珍しいんです。ヨーロッパやアフリカは典型的な肉食文化の土地です。北米と南米、オセアニアももちろん、肉食が中心。いずれも、植物を育てて栄養を摂取するより、動物を狩って食べたほうが効率のよい風土から生まれた食文化です。アジアはどうかというと、中国をはじめ、お隣の韓国も肉食なんですね。
そこで私はかねてから、“日本人は究極の菜食主義者(ベジタリアン)である”という『小泉武夫学説』を提唱してきました。日本の食文化は、四季おりおりの自然の変化が生んだ独自の文化です。これは、世界に誇れる食文化だと断言できますよ。
和食が何より優れているのは、ぜいたくをしなくてもおいしく食べられるところにあります。
どんぶりにホカホカの炊きたてご飯をよそい、醤油をかけてかきまぜた納豆とぶっかけ、箸でズルズルズルっとかっ込むだけで、日本人に生まれてよかったとしみじみ感じますよね。それはぜいたくな食事でも何でもなく、当たり前のように毎朝、味わうことができます。


それから漬け物も、朝の食卓には欠かせないものです。昔は“こんこ巻き”と言いましたが、白菜の漬け物の葉っぱのところに醤油を少したらして、そこにご飯をクルクルッと巻いて食べるんです。巻いているそばから、よだれがピュルピュルと出て、あっという間に胃袋に消えてしまいます。
ちょっと太めのメザシがあれば、私は『うわーっ、おいしそ~う』と声をあげてしまいます。納豆と漬け物とメザシ、これだけのおかずで、どんぶり三杯はかるくいけますよ。
そういえぱ今日は、お昼も豪華です。名づけて、小泉家流“親子丼”。お見せしましょうか?」

─はいっ、ぜひお願いします。
「今日は事務所で原稿を書く日なので、お昼のぶんはこうして家から持ってくるんです。

おかずのひとつは、新潟県村上市のシャケ。もうひとつは北海道産の筋子。それを、福島産のお米で炊いたご飯をチンしてのせるだけ。シャケと筋子で“親子丼”というわけですね。
2000円もする銀座のレストランのランチより、これが何よりのごちそうです。いやー、よだれが出てきました。お昼が楽しみです(笑)」

私は野生のおいしさを
カエルとヘビから学びました
和食がおいしいのは、日本人の“民族の遺伝子”を満足させるからなんですね?
「その通りです。そして、生まれ育った土地によって、何をおいしいと感じるかは微妙に変わります。いうなれば、“家族の遺伝子”の影響を受けているわけですね。
私は、福島県のいわき市の隣、小野新町(現・小野町)という町の造り酒屋の家に生まれました。神棚が四つもあるくらいの大きな家で、母屋の裏には酒蔵がズラリと並んでいました。
杜氏さんは地元の職人ではなく、新潟県の越後杜氏、あるいは岩手県の南部杜氏がやって来てお酒を醸造していました。杜氏さんたちは、子どもだった私にいろいろなことを教えてくれましたよ。
特に印象深いのは、カエルの食べ方、ヘビの食べ方を教わったことです。
カエルは、アカガエルというのがいちばんうまいんですが、つかまえたら、皮をさっとはいで串に刺してあぶるだけで、喜んでむさぼりました。アカガエルはジャンプ力があるので脂分が少ないですが、身がしまって実にいい味なんです。肉としては鶏肉に似ていますが、当時の私にとっては名古屋コーチンや比内鶏にも負けないくらいの美味でした。

ヘビも、つかまえたらシャーッとその場で皮をはいで、口のほうからキューッと割いていくと、内臓が全部、一本の帯みたいにしてきれいに取れるんです。それに塩をパッパと振って、串に刺して炭火で焼きます。それを骨ごとバリバリ、ガリガリ食べる。
家の前には池があって、ボウフラが湧いて蚊が生息していました。カエルたちは、そこに群がる蚊を食べるためにやってきたんですね。ヘビは、そのカエルを食べるために集まってきます。そこへ私が待ちかまえている。私は、家の近所の食物連鎖の頂点にいたわけですね(笑)。
カエルもヘビも、野生の食材のおいしさを私に教えてくれました。私が海外を旅してクモやカブトムシをバリバリと食べてこられたのは、こうした経験を積んできたからでしょう」
うまいものを食べているおかげで
私は健康そのものです
しかし小泉先生は、根っからの食いしん坊ですね。


「そうですねぇ。だって、人間がいちばん幸せなのは、『うまいなぁ』、『おいしいなぁ』と感じているときなんじゃないでしょうか。それは、命が喜んでいる瞬間なんです。
おいしいものを食べているおかげで、68歳になっても私の肌はツルツル。病院に通ったこともありません。医者をやっている息子が最近、体を調べてくれましたが、悪いところはひとつもなかったそうですよ」
「おいしい」という感動は、健康のバロメーターでもあるんですね?
「そうです。私はある機会があって、最後の晩餐に何を食べたいかを聞かれたことがありました。一所懸命考えたけど一品にしぼれなくて、結局、『最後の晩餐に何を食べたいか』ではなくて『最後の1日』にしてもらい、朝昼晩の3食を選ばせてもらいました。
朝は、焼き納豆です。フライパンに油をちょっとひいて、中火にしたところでパックの納豆をのせます。納豆の真ん中にくぼみをつくって、そこに卵を落とすんです。どんぶりでフタをして3分もすると、香ばしくなった納豆の上に、半熟の目玉焼きができあがり。それをどんぶりのご飯にのせて、かつおぶしと醤油をかけて、クチャクチャ、パクパク……。まぁ、あっという間に食べてしまうでしょうね。
お昼は、かつぶしご飯です。削ったかつおぶしに、ネギの白いところをみじん切りにしたのをまぜて、炊きたてのご飯のうえにまいて醤油をたらします。これを、『い~っただ~っきま~す』と言って、元気にいただく。ご飯を白菜に巻いた“こんこ巻き”でもいいですね。


いよいよ最後の晩は、クジラのペッパーステーキ。これこそが私の、最後の晩餐です。鯨肉は、赤身の安いもので構いません。油をひいたフライパンでジューッと両面を焼くと、表面は灰色、中はレアでちょうどよくなります。最後にジャンジャカジャンジャンと盛大にコショウを振りかけるんですが、高級レストランにあるような黒コショウは使いません。ご近所のナントカ食堂とかラーメン屋さんにあるような、赤いキャップの白コショウ、これをパッパカパッパと振りかけるんです。醤油をまわしがけして、炊きたてのご飯の上にのせて、むしゃむしゃとむさぼれば、『こんなにおいしいものを食べることができて、自分の人生は最高だったなぁ』と思えるはずです。
いや、また元気になって、最後の晩餐どころか、『また明日も食べた~い!』なんてことになるかもしれません。いや、それくらいおいしいんです。うそだと思ったら、試してごらんなさい」

略歴
1943年 福島県小野町の酒造家に生まれる。
1966年 東京農業大学農学部醸造学科卒業
1976年 博士論文「酵母の生成する香気に関する研究」で東京農業大学より農学博士号を取得
1982年 東京農業大学応用生物科学部醸造科学科教授
1994年 財団法人日本発酵機構余呉研究所(滋賀県余呉町)所長
2009年3月 東京農業大学を定年退職
現在、東京農業大学の名誉教授。
その他、鹿児島大学、琉球大学、別府大学、広島大学の客員教授をつとめる。



専門分野
醸造学、発酵学、食文化論、農業、街づくり


主な受賞歴
日本醸造協会伊藤保平賞、日本発明協会白井賞、読売新聞社オピニオン賞、日本発明協会西日本支部会賞、日本発明協会東日本支部会賞、三島海雲学術奨励賞など

・1996年度 教育映画祭最優秀作品賞 (映画『発酵の魅力』)
・1998年6月 随筆『中国食材考』ベストエッセイに選ばれる (日本エッセイストクラブ・文芸春秋)
・1999年1月 ギャラクシー賞 (NHK『ようこそ先輩課外授業』・テレビ番組批評家懇話会放送文化顕彰委員会)
・2004年4月 第51回産経児童出版文化賞 (『しょうたとなっとう』・ポプラ社刊)
・2010年5月 第12回学校図書出版賞 (『未来へ伝えたい日本の伝統量理全6巻』・社団法人全国学校図書館協議会)



スキル
・おいしいものを求め続ける情熱
・おいしい料理を探し当てる嗅覚
・おいしさを世に伝える言語能力



『すごい和食』
小泉武夫 著 ベスト新書 830円


「食の冒険家」、「味覚人飛行物体」の異名を持つ小泉先生が、日本人が大昔から食べてきた和食の魅力を語る。和食は、目、耳、鼻、舌、食感の五感で味わうとともに、私たち日本人の心と体に大きな影響を与えてきた。

しかし戦後60年、欧風化した食生活によって、日本人は日本人らしさと健康を失いつつある。そして、3月11日には東日本大震災が起こった。

福島県の造り酒屋に生まれ、自然の食材のおいしさを味わってきた小泉さんは、「東北の伝統的な食文化が崩れ去ってしまうのではないか」と危惧する。

各章末に設けられたコラム「東北うまいもの・ひと口紀行」には、東北復興の願いがこめられているかのようだ。和食を通して、本当の日本人らしさ、元気さを取り戻したい。そう願う人には必読の書である。

http://c.filesend.to/plans/career/body.php?od=120131.html&pc=1