台湾府の北限は「鶏籠城」尖閣諸島が台湾の領土に含まれていなかったことを意味する。
尖閣は中国のもの?
覆す証拠ここにあり
今こそ日本に国家戦略を(拓大・下條教授)
2010年12月01日(Wed) 下條正男 (拓殖大学教授)
下條正男 (しもじょう・まさお) 拓殖大学教授
國學院大學大学院文学研究科博士後期課程修了。1983年、韓国の三星グループ会長秘書室勤務。1994年、市立仁川大学客員教授。1999年から拓殖大学国際開発研究所教授。著書に『日韓歴史克服への道』(展転社)や『竹島は日韓どちらのものか』(文藝春秋)などがある。
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中国が尖閣諸島の領有権を主張する根拠は、「昔から台湾の一部だった」ということである。だが、その主張を根底から覆す証拠が、拓殖大学・下條正男教授の調べで見つかった。
その証拠とは、中国の地理書『大清一統志』に出てくる「北至鶏籠城」という記述。これは、台湾府の北限は「鶏籠城」までであり、尖閣諸島が台湾の領土に含まれていなかったことを意味する。
だが、この事実を日本の多くのメディアは報じておらず、政府からも「とくにアプローチはない」と言う。下條教授は、こうした客観的な歴史の事実を突きつけることが、中国の尖閣諸島を巡る動きを封じる手段となり、韓国の竹島問題、ロシアの北方領土問題にも釘を刺すチャンスと訴える。
──「尖閣諸島が台湾の一部ではなかった」ことを示す証拠を見つけられたそうですが、それについて詳しく教えてください。
【写真1】 『大清一統志』(光緒辛丑秋上海寶善斎石印本)巻三百三十五、「台湾府図」から。乾隆九年・1744年刊の『大清一統志』では巻二百六十に所収。
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下條正男教授(以下、下條教授):国立公文書館等には清の乾隆帝(1711~1799年)の勅命によって編纂された『大清一統志』という地理書が所蔵されています。これは、清朝の時代に編纂され、1744年に全356巻として完成したものです。いわば、中国の中央政府が国家事業として編纂した勅撰本ですが、その巻260で、台湾(府)の北東の境を、「北至鶏籠城」(北、鶏籠城に至る)と記述しているのを見つけました。鶏籠城は、台湾本島の北東部に位置しており、現在の地名では「基隆」付近です。基隆と尖閣諸島は約200kmも離れており、その間には棉花島や花瓶島といった島々も存在しますが、『大清一統志』では、それらの島々さえ台湾の領土の範囲に含めていないのです。つまり、1895年に日本政府が尖閣諸島を領土に編入したとき、そこが「無主の地」であったという日本側の主張は正しい、ということになります。中国は、尖閣諸島を「昔から台湾の一部だった」という理由で領有権を主張していますから、その主張を根底から覆すことができるわけです。
現に『大清一統志』に収録されている「台湾府図」(写真1)でも、「鶏籠城界(境)」と記述されていますし、同時代に地方政府が編纂した『台湾府誌』にも同様の図(写真2)と記録があります。
こうした事実は、11月4日付の産経新聞(2面)で取り上げられましたが、その後、他のメディアが報じることはありませんし、自民党の一部の国会議員の方が強い関心を示しているものの、政府からは何のアプローチもありません。
──メディアや政府からアプローチがないのは、なぜだと思われますか?
下條教授:そもそも、日本のメディアや政治家の多くは、国家主権や領土問題に対する関心が低いのです。尖閣の漁船衝突ビデオなどが大々的に報じられると、一見関心が高いようにも見えますが、根本的な問題には目が向けられていません。今回も、いつのまにか公務員の情報漏えい問題や中国警戒論に局限されました。私がこれまで研究してきた韓国との竹島問題も、本来は領土問題であるはずなのに、これを漁業問題(地域の問題)に矮小化しようとする一部勢力の動きも感じます。
⇒次ページ 「韓国を見習えば尖閣を奪える」と言い始めた中国
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また、日本にはそういった領土問題、つまり国家主権に関することを考え、提言する機関がないのも事実です。韓国では島根県が「竹島の日」条例を制定すると、「東北アジア歴史財団」という組織を教育科学技術部の管轄下に設置し、年間約10億円もの予算を与えています。政府主導のもとに歴史認識問題に関する韓国の外交戦略を練っているのですが、中国でも、社会科学院が同じような役割を果たしています。しかし、日本では、たとえば竹島問題であれば、外務省の北東アジア課が担当し、日本海呼称問題については海上保安庁が専管するなど、国家としての基本戦略がないままに、縦割り行政の中で迷走しているのが現状です。
その結果、韓国に竹島の不法占拠を許し続け、2006年には竹島周辺の海底地名問題を機に、韓国は排他的経済水域の基点を鬱陵島から竹島に移しました。そして、今度は中国が、「韓国の手法を見習えば尖閣諸島を奪える」と言い始めている始末です。
──尖閣諸島の問題が、韓国の竹島問題と関連しているということでしょうか?
下條教授:そうです。香港の週刊誌「亜州週刊」は9月26日号で、「韓国奪回独島風雲録」と題し、「韓国の対日強硬策をモデルにすれば、日本から尖閣諸島を奪うことも不可能ではない」と報じました。
拓殖大学国際学部・下條正男教授
(研究室にて撮影)
そして、ロシアの北方領土に対する動きも、これに連動していると見るべきです。というのも、時期を同じくして9月25日、ロシアは9月2日を「対日戦勝記念日」に定め、翌26日にはメドベージェフ大統領が訪中しました。そして、中ロ両国元首による「第二次世界大戦終結65年に関する共同声明」を発表したのですが、そこでは「中ロは第二次世界大戦の歴史の歪曲、ナチスや軍国主義分子とその共犯者の美化、解放者を矮小化するたくらみを断固として非難する」と日本を非難しています。これは韓国側の歴史認識と同次元です。その流れの中で、メドベージェフ大統領の国後島訪問が行われたのですが、日本のメディアは、国後島訪問を大々的に取り上げても、その背後のつながりをほとんど報じません。
このような中国、ロシア、韓国の現状を指して、10月9日のチャイナネットでは、日本は「四面楚歌」の状態にあると報じているのです。
そこで韓国の国会(独島領土守護対策特別委員会)(*1)も11月25日、「東アジアでの中日、ロ日の領土紛争は、独島領有権の主張に好機」。「(尖閣諸島を実効支配している)日本が中国に対抗する論理は、(竹島を占拠する)私達が、日本に対し、独島の領有権を主張するためにそのまま使えばよい」。「日本は四面楚歌に置かれた」としました。
しかし、中韓ロが同じ土俵に上がった今こそ、日本は領土問題の解決に漕ぎ出すチャンスです。領土問題を国際舞台の場に持ち込み、今回見つかった史料のように、歴史的事実を突きつけることによって、これらの国々の主張を論破していくことができるからです。
*1:独島は竹島の韓国名。独島領土守護対策特別委員会は2008年10月、日本の文部科学省が中学校社会科の学習指導要領解説書に竹島問題を記述したことに反発して発足。
──国際舞台の場というのは、具体的には国連を指しているのでしょうか?
下條教授:国連もひとつの場ですが、もっと広い意味で、国際世論と捉えてもらったほうがよいかと思います。
⇒次ページ 日本が情報戦で勝つためには・・・
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少なくとも、これまでの日本は、国際舞台を利用した韓国のプロパガンダに翻弄されてきました。例えば8月22日、韓国がオランダのハーグで「第16回、東海(*2)地名と海の名称に関する国際セミナー」(東海研究会、東北アジア歴史財団主催)を開催した際も、日本側は十分な反論をしていません。日本が反駁しない限り、国際世論は中韓ロに同調し、日本は領土問題でも発言権を失うかもしれません。日本海の呼称については、韓国が国連の地名標準化会議などで画策した結果、世界の35%が韓国側の主張する「東海/日本海」の併記を採用したと、韓国側は伝えています。
*2:韓国では独島が日本海にあると日本の領海内にあるようで不適切、日本海を韓国側の呼称である東海に改めるべきと主張。韓国側の主張に歴史的根拠がない事実は、すでに「WEDGE」2009年5月号「日本海が地図から消える? 韓国のでたらめ
領土工作」で指摘。
──国際舞台で戦うために、日本はまず何を始めるべきでしょうか?
下條教授:まずは、メディアが正しい情報を流していくことが重要です。メディアが報道することによって政治家の関心が高まりますし、国民の関心も高まれば、世論が政治家を後押しする形ができます。それと同時に、国際社会に向けた情報発信を行っていくことです。韓国は、自国の主張を英文に翻訳してネット上で流し、「独島(竹島)は韓国の領土」という広告を、ニューヨークタイムズやワシントンポスト、タイムズスクエアの電光掲示板にまで出すなど、あらゆる手段を駆使して国際世論にアピールしています。また、シンポジウムを頻繁に主催しては、韓国側の主張に同調する各国の学者たちを招き、彼らを利用して自国の正当性を宣伝しているのです。
日本も韓国のやり方を見習って、英文での情報発信やシンポジウムの開催など、対抗措置を講じていかなければなりません。ただ、そのためには、シンクタンクの存在が不可欠です。シンクタンクには、歴史、地理、国際法の専門家を集め、東アジアの歴史や地理をトータルに見ながら、今後どのような問題が起きてくるかを予測し、事前に対策が練れる体制を整えるべきです。日本の現状は、尖閣諸島、北方領土、竹島、それぞれ研究者が個々に研究を続けています。これらの研究者を一堂に集めて、日本の基本戦略を練っていくべきかと思います。
※記事中の写真は、すべて下條教授による提供
下條正男氏(拓殖大学国際学部教授)
國學院大學大学院文学研究科博士後期課程修了。1983年、韓国の三星グループ会長秘書室勤務。1994年、市立仁川大学客員教授。1999年から拓殖大学国際開発研究所教授。著書に『日韓歴史克服への道』(展転社)や『竹島は日韓どちらのものか』(文藝春秋)などがある。