ヤップ島はもうすぐチュウゴクのモノある!
ヤップ島に中国資本
大開発始めるワケ
2012年05月11日(Fri) 谷口智彦 (慶應義塾大学大学院SDM研究科特別招聘教授)
谷口智彦 (たにぐち・ともひこ) 慶應義塾大学大学院SDM研究科特別招聘教授
明治大学国際日本学部客員教授。2008年7月まで3年間外務省で外務副報道官。元日経ビジネス記者、編集委員、ロンドン外国プレス協会会長。著書に『同盟が消える日』(編訳、ウェッジ)など。
中国はいま某国で
中国はアフリカや中南米、太平洋諸国でどんな活動をしているか。日本の報道が見落としてきた第三国での動きを追いかける。ウェッジ誌連載中のコラムを逐次アップ。
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ヤップ島と聞くと大戦中日本軍が展開していたのを思い出す。今はダイバー天国だとか、行くにはグアムで乗り継ぎ1時間半ほど飛ぶ。
石を貨幣として使ったことでも知られる約100平方キロの平和な島が、じき姿を一変させる。中国企業が一大リゾートとして開発するからだ。
中国人の中国人による
中国人のための開発
四川省成都市に本社を置く「会展旅游集団(Exhibition & Travel Group=ETG)」が中国側主体で、会長の鄧鴻氏がヤップへ行き、今年1月12日に地元代表と覚書を交わした。
報道によれば計画はゴルフコースを15もつくったうえカジノを複数開き、ホテルを10棟建てようとするものだ。合計室数は当初4000、将来棟数を増し2万室にする意向もある。
覚書は島の伝統や自然を守るよう定めた項目を含むものの、冒頭の2項でETGが「フル・スケール」の開発を実施できること、地元はそれを最大限支えるべきことを明記している。
順調に運んだ場合、小豆島より小さいヤップ島は、計画第一期が終わる2015年頃までに姿形をすっかり変貌させていることだろう。
鄧鴻氏は飛行場を拡げ、日本や韓国からの直行便を受け入れたいようだが、一島丸々借り上げるに等しい事業の採算は、中国人が大挙来るのを当てにしたものに違いない。グアムと違ってヤップでなら、中国人は初めから一番客になれる。中国人の中国人による、中国人のための開発となるだろう。
鄧鴻氏はランボルギーニなど高級車の収集が有名な富豪で、長者番付の常連である。米国紙の取材で「友人と政治のどちらを取るか」聞かれ、政治(=党)だと躊躇なく答えたことがある。数百億円は下らないという個人資産を築くに当たっては、党との密接な関係を随所で役立てただろう。
鄧鴻氏は03年、四川省アバ・チベット族チャン族自治州の森を切り開き、インターコンチネンタル・ホテルを誘致した。現在はチベット仏教の聖地ラサに一大ホテルをやはりインターコンチネンタルと組んで建設中だ。前者はユネスコ世界自然遺産の指定を受けた地域を劣化させかねない一角での事業、後者はチベットの世俗化・漢族化を象徴する企画で、いずれも北京の意向を暗黙裡に体して動いたと見る方がむしろ自然だ。
第2列島線上に位置するヤップ島
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ヤップ島だけではない。鄧鴻氏はサモアとも覚書を手交済で、ホテル建設に乗り出す。中国の影響力浸透が著しいフィジーは、中国と南米を結ぶ航路の中間点に当たり海軍寄港地として好適だ(本欄10年11月号)。やや東北東にあるサモアにも同じ意義があろう。翻ってヤップは中国が言う「第2列島線」上、真珠湾からフィリピンに向かう米海軍を牽制し得る位置にある。だからこそ戦時中、帝国海軍は近くのトラック環礁を泊地とした。
どうやら中国が望む西太平洋分割の方法論が透けて見えだした。手つかずに等しい小島嶼国に民間を装う資本を大量投下し、中国人滞在人口を増やした後、やおら政治・軍事的浸透を図る戦略か。その関心は、戦前日本に属し、今米国の保護下にあるいわゆる南洋諸島をひとつの焦点とする。
ヤップ島が属すミクロネシア連邦は独立国で、大統領は日系のエマニュエル・モリ氏。「冒険ダン吉」のモデルとされる高知出身・森小弁の曾孫だ。さりとて日本には時々会議を開いて氏らを呼び(今年はその「島サミット」開催年)、限られた援助を与えるくらいしかできない。米国も、保護国としながら管轄を国務省でなく国立公園などと同様内務省に任せて今まで来た。
弱いところを中国はうまく衝いた。ヤップには独立気運がある。実現でもした日には、北京が真っ先に承認することだろう。