日米安保を盾に安定選んだ台湾
総統選で民進党の蔡英文氏が勝つと信じた支持者から国民党の現職、馬英九氏を選んだ台湾住民の「奴隷根性」を嘆く声も聞こえたが、それは言い過ぎで、単に「商人気質」なのである。
農民は「一所懸命」に土地を守るために戦うが、商人はカネさえ儲(もう)かれば相手を選ばないということだろう。
≪総統選で民進党の拠点崩す≫
加えて、中国共産党と国民党は民進党の拠点の南部に莫大(ばくだい)な資金を投入し、共産党は一次産品を高値で大量に買い付けた。
国民党は投票所に党員を配して有権者に携帯電話で自党への投票を依頼し、投票に来るとカネを渡したとか、検察官が民進党側の不正は摘発しても国民党側の不正は見過ごしたとか、民進党支持者から聞いた。
だから、南部でも得票差が前ほど開かなかった。
知人は「台湾の選挙は実に不公平」と嘆いた。
もともと国民党で、同党とは支持層が重なる親民党の宋楚瑜氏の立候補で、国民党側が危機感に燃えて選挙運動を活発化させ、得票率を伸ばしたという説もある。
≪虚構の「中華民国」体制護持≫
今回、台湾の民主主義は成熟したという評価があった。選挙期間でも街中が静かなこと、投票率が漸減していることを理由にしているのならまだしも、開票後にもめ事がなかった点を根拠にしているのであれば、噴飯ものである。
2000年総統選で先の宋楚瑜氏が、04年は国民党の連戦氏が結果を不服としたのは自らが負けたからである。
国共内戦に敗れて渡ってきた中国大陸系の台湾住民は負けるとうるさいのに対し、本土系の台湾住民は負けは潔く認める傾向がある。
08年も今回も国民党が勝ったからもめなかっただけのことを「民主主義の成熟」と捉えるのはいささか無理があろう。
「中華民国」体制護持派の聯合報は投票翌日の15日付で、「中華民国」が台湾の主流の民意だと書いた。
「中華民国」は1949年の中華人民共和国建国により中国大陸での統治権を失ったというのが客観的事実なのに、である。
しかも、米中とも自ら存在を認めない「中華民国」体制から台湾が離れていくのを許さない。
「中華民国は流亡政権」と断言した民進党主席の蔡英文氏は訪米後に、「台湾は中華民国、中華民国は台湾」と言わされた。
米中とも現状の変更を容認しないのである。
民進党が言う「独立」とは「中華民国」体制打倒を意味する。
その民進党はとっくに独立綱領を自ら封印し、「中華民国」体制を受け入れた、いや、呑(の)まされた。
2009年10月、米連邦高裁が「台湾の国際的地位と台湾人権保護」を求めた提訴に対し「1964年来、台湾人は無国籍であり、国際社会で認められた政府はなく、人民はいまなお政治煉獄(れんごく)の中で暮らしている」との判断を下した。
台湾は米中から「裸の王様」の役割を演じさせられ、その背後では、台湾の保護か奪取かをめぐる米中の熾烈(しれつ)な綱引きが展開されているというのが実情である。
≪民意は「現状維持」にあり≫
では、そんな台湾の有権者は今回の選挙で何を選択したのか。
結論からいえば、日米安保体制が台湾を守る「現状維持」、つまり「安定」を選んだのである。
昨年、焦点が当たった米国のアジア回帰は、実は1995年に始まる一連の動きの一環である。
米国防総省が「東アジア戦略報告」(ナイ・イニシアティブ)を出して日米安保を再定義した。
東アジアに米軍前方展開兵力10万人態勢を維持し、日米安保を強化するというもので、呼応して、村山富市政権が新防衛計画大綱を閣議決定する。
日米安保は台湾安定を使命に取り込んだと見ていい。
台湾の有権者は、国民党の方が民進党より対日・対米外交を円滑にこなすと判断したのだろう。
民進党はかねて人材難がいわれ、外交安保関係の人材は殊に薄い。
とすれば、日米両国の役割は明白だ。
日米安保体制を適切に運用して地域の安定を守ればいい。
2期目の馬英九政権は、予告通り中国との和平協議を始めよう。
今秋の中国共産党大会で党指導者のポストである総書記を退任する胡錦濤氏にとって、それは党大会以前でなければならない。
台湾統一への途を開いたという功績を手に入れられれば、引退後も一目置かれることになるからである。
こうした難しい状況下で、今回、台湾の住民がつかみ取った選択肢が日米安保体制を共産党による併呑圧力の盾にするという「現状維持」の策だったとすれば、台湾の民意の賢さと強(したた)かさに改めて瞠目(どうもく)せざるを得ないのである。(いはら きちのすけ)http://sankei.jp.msn.com/world/news/120125/chn12012503040000-n1.htm