市場参加者が景気後退懸念を払しょくしつつある | 日本のお姉さん

市場参加者が景気後退懸念を払しょくしつつある

2011年11月8日発行JMM [Japan Mail Media] No.661 Monday Edition-3
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 ■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
   Q:話題の多かったG20についての所感
   ◇回答
    □北野一   :JPモルガン証券日本株ストラテジスト

■今回の質問【Q:1237】

 イタリアのIMF監視の受け入れ、野田総理の「消費税増税」表明など、話題の多
かったG20でした。今回のG20について、所感をお聞かせいただければと思いま
す。
村上龍
 ■ 北野一   :JPモルガン証券日本株ストラテジスト

G20についての所感。正直に言って、あまり注目しておりませんでした。先週は、
メディア的にはギリシャの一挙一動に振り回されたということになるでしょうが、私
は、ギリシャのYES-NOに関係なく、なんらかの結論に至る論理を探すことに集中しておりました。

 そして、興味深いと思ったのは金相場の動きでした。私は、10月の上旬、金相場
は下落すると考えておりました。株が反発すると見ていたからです。当時の株式相場
と金相場の相関は、株価上昇(下落)→金価格下落(上昇)と逆相関でした。金は、
いわば逃避通貨として扱われていたのです。しかし、その後、株式相場は上昇したに
もかかわらず、金相場も上昇しました。両者の相関が10月中旬を境に一変しました。
株価上昇(下落)→金価格上昇(下落)になりました。金は、逃避通貨ではなく、実
物資産として扱われるようになりました。

 この関係は、先週を通しても変わりませんでした。月曜、火曜とギリシャ情勢への
懸念から株式相場は急落しましたが、金相場も下落しました。水曜、木曜と株式相場が反発すると、今度は金も買われました。市場が、真にクライシス・モードになって
いるなら、月曜、火曜と金は暴騰していたことでしょう。しかし、そうはならなかっ
た。メディアは、ギリシャによって世界経済が崖っぷちに追い込まれたという報道姿
勢でしたが、株式相場と金相場の相関を見ている限り、そんな切迫感はありませんでした。

 G20の場で繰り広げられる修羅場よりも、私は資産間の相関に情報価値があると
考えておりました。ところで、なぜ、株式相場と金相場の相関が変化してきたのか。
簡単に言うと、市場参加者が景気後退懸念を払しょくしつつあるということではない
でしょうか。この夏の景気後退懸念は、欧州発というよりも、米国発であったと思い
ます。それは、ユーロドル相場と米金利を並べてみれば、明らかでしょう。昨年夏は、
ユーロが対ドルで20%近く暴落した後、二番底懸念が広がりました。この夏は、米
国金利が急低下した後に、欧州の債務懸念が再燃しました。

 小さな政府を実現するためには、デフォルトも辞せずという茶会派の強硬な態度が、景況感を一気に冷やしました。景況感が落ち込むと、後講釈的に、米国の日本化懸念が取り沙汰され、米国は構造問題を抱えているので、長期低迷は不可避ということになりました。すると、不況は世界に伝播し、債務残高対GDP比率の分母が小さくなるものですから、財政再建の目標達成は難しいと欧州が動揺し、財政再建を急げということになり、余計に分母(GDP)が縮小し、という悪循環が市場参加者の不安を掻き立てました。

 悪循環が定着するなら、将来は「不確実」ではなく、「確実」になります。不確実
だから、売りと買いが同時にあって、価格が生まれるのですが、確実になると、売り
一辺倒、買い一辺倒になり、価格は成立せず、市場は凶器になります。ギリシャの債
券市場はまさに、そういう状況でしょう。悪循環の結果として、確実に予想されてい
る未来がまだ実現していないから、不安になるわけです。しかし、人間というのは、不思議な生き物で、確実に予想される「死」を恐れて、日々生活しているわけでもなく、まぁ、なんとかするものです。

 さて、米国については、日本同様、バランスシート不況に陥っているとの見方が根
強いのですが、私は、むしろ、バーチャル不況ではないかと思っております。リーマンショック後の米国経済の落ち込みは、バランスシート不況論者が予想した消費不況ではなく、むしろ企業のマインド悪化によるものでした。彼らは、米国経済の成長率がゼロになるという予想のもとに、設備投資を削減し、雇用をカットしました。

実際、本来、実質GDP成長率と等しくあるべき資本ストックの伸び率は2009年、2010年と二年連続でゼロ%台まで低下しました。失業率も、現在の生産活動から推計される水準をはるかに上回っております。

GDPがさほど縮小していないのに、設備投資をやめ、雇用を減らしたことから、企業利益対GDP比率は過去最高になりました。ウォール街でデモが起きる筈です。余談ですが、それと対照的な所得分配になっているのが日本で、企業は雇用を守りました。したがって、日本の株式市場では、ウォール街のデモに対応する格好で、株主の静かな離脱が進んでおります。

 いずれにせよ、問題は、米国企業の将来予想が正しかったのかどうかです。彼らはゼロ成長を予想しました。

実際に、リーマンショック後の米国景気には力強さはありませんが、それでも、2009年以降の平均成長率は2.5%です。ゼロではありません。

おそらく、彼らは予想の修正を余儀なくされるでしょう。

すでに、設備投資の先行指標といわれる資本財受注は、11年ぶりに過去最高を突破しました。ITバブル時のピークを上回ってきたのです。

これは、成長率の下方屈折を余儀なくされた日本では見られなかった現象です。

こうした変化が、前述の金相場と株式相場の相関にも表れているのではないか。G20を横目に、私は、こういうことを考えておりました。

JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一

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