政府の態をなしているとはとても言えません。
JMM [Japan Mail Media] No.660 Monday Edition-4
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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
Q:TPP議論の前提として考慮すべきことは?
◇回答
□金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
□中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長
□津田栄 :経済評論家
■今回の質問【Q:1236】
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への交渉参加の賛否が大きな話題となっています。率直に言って、わたしは交渉参加・加盟の是非がよくわかりません。TPP問題を考えるとき、議論の前提としてどういったことを考慮すべきなのでしょうか。
村上龍
■ 金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
日本は世界貿易機関(WTO)体制の下で貿易自由化の恩恵を最大限に享受してきた立場にあります。同時に、通商外交においては、国内の農水産業の保護に腐心してきた経緯もあります。
日本が過去に自由貿易協定(FTA)に対して消極的であった理由としては、WT
Oを中心とした多角的貿易体制を維持・強化するという建前と同時に、個別のFTA
交渉での農水産物輸入に関する譲歩が既成事実としてWTOにおける交渉に影響することを恐れた、といった要因も指摘されます。
また、日本の輸出産業が広範な対象地域、品目および輸出形態を持つことから、個別交渉で権益をカバーしていくには膨大な労力が必要なこととも個別のFTA交渉に消極的だった理由とされています。
しかし結果的には、WTOを通じた貿易交渉は行き詰まっており、欧州連合(EU)
など各地域で事実上の関税同盟が成立している現実があります。従って、日本も20
01年1月に開始されたシンガポールとの経済連携協定(EPA)交渉を契機として
FTA積極推進に政策を転換していますが、これは遅すぎたとはいえ当然の決断と言
えるでしょう。ただし、現状では個別のFTA交渉の負担に対する認識から、TPP
などのような多国間・汎地域的な交渉に軸足が移りつつある、というのが世界的な潮
流のようです。
そのような中で、TPPへの交渉参加・加盟の是非が改めて大きな議論を呼んでい
る背景には、当然ながら米国の存在があります。米国は日本にとって重要な外交・経済・貿易の相手国であり、最も関係強化が必要な相手国であると同時に、世界最大の農産物輸出国として日本にとって農産物貿易に関して直接の交渉を最も持ちたくない相手国でもあるからです。
TPP反対派は、参加によって日本の農業は壊滅的な被害をうけると主張していま
す。TPPが例外品目なく100%自由化を前提とするFTAである以上、最も大き
な影響が想定されるのが農業分野です。ただし、TPP反対派は、あくまでも農産物
貿易自由化を阻止したいのか、自由化の下で日本の農業が存続するための保護政策を求めたいのか、立場を明確にすべきでしょう。
実際、世界的に見ても、ほとんどの国が何らかの農業保護政策を採用しているのが現実です。そこでは、高率の関税や政府による価格・流通統制による国内価格維持などの規制による手法から、農産物の流通や価格を自由化する一方で農家への直接の所得補償や国内農業の構造改革を進める手法への流れがあります。民主党も、自由貿易協定の拡大に伴う農産物輸入の自由化に備えて、農業所得補償制度の導入などを掲げてきました。
一方で、国民の立場として、TPPへの交渉参加・加盟の議論の論点を整理してお
く必要があります。まず経済連携の強化による経済活性化の効果については、少なくとも日本の製造業などの輸出産業にとって不利益となることはないでしょうから、雇
用や所得などの面では改善が期待されます。また、農水産物輸入の自由化などによる食料品価格の低下などは、消費者としての広い層に恩恵をもたらします。反面、自由化に伴って農業所得補償制度などの保護策が導入されると、その原資としての税負担の増加を受け入れる必要があります。
農業所得補償制度の主旨からすれば、自由化に伴って国内農産物の価格も低下しますが、その低下分と税負担の増加はほぼ見合うものとなります。補助金政策がもたらす家計の効用への影響としては、経済学の簡単な枠組みの中で、補助金政策を廃止した場合の方が効用は改善するか最低でも維持されることが示されます。例えば、国産米に対する補助金を廃止し価格が上昇しても、税負担の軽減分で同様な消費が実現できる上に、同じ予算制約のなかでより良い効用をもたらす消費の組み合わせの選択余地の価格弾力性がゼロ=価格が変動しても消費量に影響しない場合が当てはまります。
米などの主食産物が補助金対象とする根拠とされてきたといえます。
ただし、このような関税の撤廃とそれに伴う農業保護政策の導入は、「消費者」か
ら納税者としての「国民」への負担の移転を意味します。農水産物価格など食料品価格の低下は低所得者層にとっては相対的に大きな恩恵となりますが、保護政策の原資が税負担となれば高所得者層には過大な負担が生じる可能性があります。農林水産省は関税撤廃によって減少する農業生産を約4兆円と算定していますが、内外価格差を所得保障で補填し国内農業の競争力維持をはかるのに必要な追加的な金額規模が同程度まで拡大することも視野に置く必要があります。
もちろん、このような農業保護政策の負担そのものをどこまで拡大してよいのか、
という議論は必要です。同時に、震災復興費用なども含めて高所得者層に負担が集中する中で、所得再分配的な機能の拡大に対しても、一定の歯止めが必要でしょう。
また、米国からの混合診療の解禁と民間医療保険会社の日本参入の解禁の要求によって日本の健康保険制度が崩壊する、との懸念も一部で示されています。政府からは医療分野はTPPでの交渉対象外との反論もありますが、そもそも現状の健康保険制度の維持への限界に対する自覚もあるのでしょう。健康保険料は約11%の料率での報酬比例でかつ負担上限は月額と賞与を合わせ年収約2千万円と極めて所得再分配的な負担構造となっており、負担の拡大は既に困難です(全国健康保険協会管掌健康保険料、介護保険第2号被保険者に該当する場合、負担は雇用者と折半、東京都)。
野田佳彦首相はG20首脳会議で、2010年代半ばまでに消費税率を段階的に1
0%に引き上げると表明し、社会保障と税の一体改革に伴う消費税増税を実質的な国際公約としました。これは第一義的には、日本の財政に対する信認を確保することを主旨としていると考えられます。同時に、社会保障負担などは消費税で幅広い層に負担を求めるなど、国民負担の配分についても再設計が必要となっているとの認識を示したものといえるでしょう。一方、TPP反対派である民主党の山田正彦前農相はTVの討論番組で、TPP議論の論点は経済格差問題にある、と喝破しました。私は同氏のTPP反対の主張には全く賛同いたしませんが、この点に関しては重要な指摘だと思います。ただし、TPP参加による格差拡大への懸念というよりも、所得再分配的な制度・機能に依存することの限界、という問題だと考えます。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
■ 中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長
議論の前提としては、あくまでも“国益”であろうと考えます。逆に言うと、それ
以外の論理は、無視しなければ政治判断はできないであろうと言うことです。
TPPとは、「加盟国間の貿易において、工業品、農業品、知的財産権、労働規制、
金融、医療サービスなどをはじめ、全品目の関税を10年以内に原則全面撤廃することにより、貿易自由化の実現を目指すFTAを包括するEPAを目標としたもの。実
質的に相互の関税自主権の放棄」ですから、様々な分野で競争が促進されます。競争の促進は同時にこれまでの商慣行を打ち破る可能性が出てきます。関税で守られてきたものがあるとすれば、それは白日のもとに晒されることになります。
これまでの競争力が脅かされるかその危険性が高まる業界(農業や医療サービスなどが特に顕著とされています)とその後ろ盾を必要とする議員はTPP反対でしょう
し、それによって競争力が高まる可能性がある場合(工業品などはそうなる公算が高いとされています)と同議員はTPP賛成ということになるでしょう。実に簡単な構
造ですが、このままでの議論を続ければ平行線となることは目に見えているわけです。
TPP加入による経済効果は、内閣府が算出しています。10年間でGDP2.4
~3.2兆円の増加というものです。しかし、同じ政府でも農林水産省は11.6兆
円の損失と雇用340万人減(廃業農家が代替しないことを前提とした場合)と算出
し、経済産業省はTPPに参加しなければ、GDP10.5兆円の減少と雇用81.
2万人減(日本は不参加、韓国が米中EUとFTA締結)と算出するなど、ちぐはぐ
ぶりを発揮しています。管轄省庁にしてみれば、農業が凋落する可能性は言語道断だし、製造業に活力が出る可能性は大歓迎ということなのでしょう。
しかし、農業のように、ある程度縮小均衡にある事業と、まだ活力を持っている製
造業の状況は配慮する必要はあるのではないでしょうか。食糧自給率の低い我が国の防衛上のことを考えるに及んでも、ある程度の農業生産の確保は必要でしょうが、既に、中国産やチリ産、ブラジル産、など生産地は様々な農業産品になってきています。
今更、TPPに参加しようがしまいが、それ程多くのことが変わるとは思えないとい
うのが実感です。もちろん、ミクロ的に見れば、そして個々の農家の方の生活環境を
考えれば、一変してしまう可能性があり、危険だと言わざるを得ません。しかし、そ
の分は、国の制度変更による生活負担増なのですから、国の負担で補充すべきなのではないかと考えられるでしょう。 一方、製造業はまだ日本に残されているはずの競争力をこうした政治的判断により、韓国などに転嫁してしまう愚は避けなければならないという気がします。事業として、上下をつけるのはしてはならないことですが、
成長推移の段階に違いがある以上、それは事実として受け止める必要があると考えます。
例外なく参加するのがTPPの原則です。農業産品は不都合だから参加しない、製
造業は都合がいいから参加する、というわけにはいきません。前述した政府計算では、参加した場合には、農業のマイナス分が11.6兆円としても、製造業で減少しない分が10.5兆円ありますから、1.1兆円のマイナス分が残る計算になります。し
かし、その他の入り繰りもあるので、内閣府が言うところのTPPに参加で全体のG
DP押し上げ効果2.4~3.2兆円というのも納得ができる数字です。
そこでもう一度考えるのが国益というキーワードです。GDP押し上げ効果が2.
4~3.2兆円あるということは、その程度はTPP参加で国益が得られるというこ
とと解せます。仮にこれを国益としてTPPに参加したとしても、弊害が様々出てく
る可能性はあるので、その経過観察は怠るべきではありません。予期できなかった問題が大きすぎる影響をもたらせば、TPPからの脱退も考えてよいのでしょう。
先日、高一の息子が政経の授業で、TPPに参加すべきか否かというディベートを
やったそうです。結局、示唆された回答は、「どちらとなるかの正解はない」が、
「正当な議論の後、導き出された回答こそが正しい」というものだったそうです。そ
うです。どちらとなるかの正解がないがゆえ、そしてその判断基準は、置かれた立場
によって、様々に変化するがため、TPP参加も不参加もそれなりに正当化できる議
論が展開できているわけです。しかしながら、現在の政治の程度は、この高一の授業より、かなり低いものになっていると言わざるを得ないでしょう。正当な議論が展開できず、持論のぶつけ合いばかりになっているから、です。最後は政治責任で、野田総理が判断するそうですが、それは正当な議論の後、導き出されていない分、不満が残る結果になるのではないかとの懸念をもたずにはいられません。
BNPパリバ証券クレジット調査部長:中空麻奈
■ 津田栄 :経済評論家
TPPに関して、賛成派、反対派の対立が先鋭化していますが、その中心は製造業
などの輸出企業と農業関係者です。実は、その背後にいる各々の既得権益者たちが、本当の利害関係者であって、彼らの対立をあおっているといえましょう。それは、賛成派では経済産業省や経団連・経済同友会などの経済団体であり、企業から献金を受けている政治家であり、企業などにつながりのある経済学者である一方、反対派も農林水産省や農協などの農業関連団体であり、やはり票と献金を受けている政治家であり、農業などにつながりのある学者です。
つまり、政官業学が、各々の既得権益でつながっていて、それを守ろうとしている
といえます。もちろん、新聞を中心とするマスメディアをみていると、そろってTP
P賛成の論陣を張って、反対派を批判しています。彼らも、ここまで徹底していると
ころをみると、何か裏があるのではないかと勘繰りたくなりますが、考えてみると、日本の主要産業を占めている大手輸出企業から莫大な広告費をもらっていますから、賛成派に属する既得権益者といえなくもありません。
さて、多くの国民は、TPPについては実際よく分からず、戸惑っているのが実態
なのではないでしょうか。熱くなって対立している人も、また死活問題になる既得権
益者たちも、このTPP問題を十分理解しているのかというと、実は、よく理解して
いないように見えます。両者は、貿易における関税の問題だけを見て、輸出で有利になる賛成派、輸入で不利になる反対派で分かれて、自分たちの正当性のことだけを訴えて対立しているとしか言えません。
しかし、Q:1234でも述べましたが、TPP問題は、24分野にまたがる広範囲なものであって、工業製品や農産物などのモノの貿易における自由化、関税撤廃の問題はほんの数分野であり、サービス・投資などの自由化のほうがはるかに多くの分
野で交渉しなくてはならず、実はそちらが大きな問題なのだということです。そう見ると、TPP参加交渉問題は、今の賛成派や反対派にとっては、死活問題なのですが、
結局TPPの小さな分野で争っているように見えるだけです。
そこから言えることは、このTPP問題が、なぜ多くの国民に分かりづらく、その
交渉参加の是非で判断がつかないのかというと、貿易の利害関係者ではなく、消費者でもある広く国民にとってどんなメリットがあるのか、あるいはデメリットは何かが、国民に見えないからです。つまり、TPP参加交渉に関する根本的な問題は、政府が国民にTPPの情報を正確に示していないことに尽きます。あるいは、国民に混乱を起こさせないためにという名目で、政府はTPPの情報を国民に公開していないのかもしれません(個人的には、福島原発問題で都合のいい情報だけを流し、余計な混乱を防ぐという理由で国民に不利な情報を隠して相当な時間がたってから発表するという政府の隠ぺい体質を考えると、政府は意図的にTPPの情報を出していないのではと疑いたくなります)。
前にも書きましたが、政府は、国民にメリット・デメリット、リスク、譲れないラインを示すことが必要です。つまり、政府は、まず今知りえるTPPの情報を包み隠さず公開して、TPPに参加したときには国民にどんな利益がもたらされ、逆にどんな負担が発生するかというメリット及びデメリットを示すべきです。その上で、もし状況が変化したときにどんなリスクが起きるのかをも、国民に見せるべきです。最後に、守るべき範囲、あるいはどうしても認められず、国民の利益に反するようなルール導入には賛成しないという譲ることのできないラインを国民に説明すべきでしょう。
それがないからこそ、国民は判断がつかず、困惑しているのだといえます。
政府閣僚から、TPP参加交渉に参加しなければ、情報が得られないから、示すことができないという説明をしますが、それでは政府の態をなしているとはとても言え
ません。国民にどんなメリット、デメリットがあるのか分からないのに、外交交渉に入るなどあり得ないことです。
少なくとも交渉に入る前にある程度の情報を収集するのが常識のはずです。そうした情報収集及び外交交渉戦略が見られないことも問題が大きいといえましょう。
無防備に交渉する政府は、とても危なっかしく、信頼におけないといえますし、もし情報を得ていながら国民に不利益が大きいから示せずに交渉に入るならば、国民を裏切っていることになります。
そうしたTPPのメリット、デメリットは国民に判断を任せるべきであって、このまま国民に知らせずに行えばそのやり方はギリシャのパパンドレウ政権に似ているといえましょう。
ところで、10月25日に、内閣府は、TPP参加による経済効果として実質国内
総生産(GDP)を0.54%(金額ベースで2.7兆円)押し上げるとの試算を公
表しましたが(経産省、農水省の、変な条件をつけて自分の都合のいいかけ離れた数字を出してきたのに比べて、政府として一本化を図って示したのはいいのですが)、これはどうも10年間の経済効果であって、あまりに効果が小さく、国民にどれだけのメリットがあるのか疑問を持ちます。ましてや、マクロの数字では、国民は実際どんなメリットがあるのか実感できません。政府は、ミクロの面から私たちの生活にどれだけの利益があるのか、あるいは負担が起きるのかを見せるべきでしょう。
個人的には、自由貿易は重要であり、関税がなくなれば、消費者である多くの国民にメリットがあるといえましょう。それは商品で関税分が安くなって、生活を実質的
に豊かにすることになるからです。そして、関税により国民の負担が政府へ収益とし
て入って、それが既得権益化していることを考えれば、それがなくなることは、国民
には利益になるはずです。また、高い費用を農家に押し付け、それを国の補助金で回収するビジネスモデルで稼ぎ、一方で農家を疲弊させてきた農協などからその既得権益を奪い、国民の負担を減らすことができるのであれば、国民にはメリットになるは
ずです。それ以上に大きなメリットがあるのは、非関税障壁の撤廃だといえましょう。
数字で示すことができませんが、行政による規制で商品・サービスが高くついていま
したが、こうした規制がなくなり、自由化されるのであれば、国民の生活にプラスに
なるはずです。
ただし、一方で、賛成派は、TPPに参加しなければ、企業が海外に出ていって産
業の空洞化を招くと言いますが、TPPに参加しなくても、前にも書きましたが、関税において最大の輸出先のアメリカではあまり大きな問題にならず、産業の空洞化を
引き起こすようなことはないはずです。
今起きている問題は、先にも言いましたが、
円高による競争力の喪失と企業の海外移転です。
それはTPPに参加しなくても起きる問題です。
TPPを持ち出しているのは、その円高をどう対処していくのかが問題なのに、何も手が打てず責任逃れをするためのように見えます。
しかも、TPP参加がもたらすのは、モノの貿易面だけでなく、サービス・資本の
自由化もあります。もし資本の直接投資が自由化されれば、最適な生産拠点を求めて投資が進むことになり、むしろ日本の企業は海外に移転しやすくなって、今のままの状況で行けば逆に産業の空洞化を拡大させるかもしれません。これに対して、日本の企業が産業の空洞化を避け、雇用を守るというのであれば、どう対処するか示すべきですが、それができなければ、日本の雇用の縮小とともに賃金の下落により、国民の生活は貧しくなる恐れもあります。企業は、TPPに参加すべきというならば、この日本から逃げないと誓約するとともにいかに雇用を守るかを見せるべきでしょう。
もう一つ、自由貿易が継続するという前提で進められていますが、経済のグローバル化、自由化がもたらすものが格差の拡大であって、それに耐えられないとしてイギリスでの暴動やアメリカの反ウォール街デモにもみられたように、反動が起きようとしています。
もし、これが世界的な流れになれば保護主義的な動きになって、前提が崩れますし、また今後食料は世界的な問題になって自国民優先に働けば、自由貿易が機能しなくなるかもしれません。
そうしたリスクもありますから、欧米は、自国民の食料を確保できるように税金によって農家への所得補償で農業を維持していますから、日本も、国民全体の負担で専業で農業をする農家に所得補償する制度で自国農業を維持していくようにするべきでしょう。また日本の地域に根差した文化や伝統、あるいは地方の自然についても、国民の資産であり、同じように国民の税金で支える必要があり、それがコストになってきましょう。
このように、TPPによる国民の利益と負担を見せていないことが、この問題を分
かりにくくしているとともに、賛成派・反対派が主張しても自己の都合にしか見えず、
ともに国民から理解を得ていないのではないでしょうか。
また、政府は、そもそもTPP参加とTPP交渉参加は別であり、交渉に参加しても途中で署名せずに降りることや国会批准しないこともあると説明していないことにも問題があると思います。
アメリカはTPP交渉に参加したら離脱は許されないと言いますが、それは脅しであり、逆にアメリカの主張だけがまかり通るならば離脱するという脅しをかけて交渉に臨むタフネスさが日本に求められます。
その意味で、TPP交渉に参加して、自分たちの主張を通して、国民の利益の最大化を図るという政府の意志を示してほしいのですが、それも示していません。
そこにも国民の不安があるからこそ、TPP交渉参加の是非
に判断がつかないのではないでしょうか。そして、これまで世界の笑いものになるほ
どの日本外交の稚拙さを考えると、TPP交渉に参加すること自体、リスクが大きい
のかもしれません。
最後に、最近多くの人たちから聞くことは、今の政府は信用できないということです。
福島原発事故にも見られたように、年金不安を解消するために年金支給開始年齢の引き上げ案を唐突に発表したり、震災に見舞われた東北の復興資金についても、十分な議論もなされず、初めから増税ありきの財務省主導の増税路線を採用したり、財政再建についても、野田首相が国会演説でお茶を濁して国民に説明しないで11月3、4日のG20で消費税増税を公約し、増税法案通過後に国民に信を問う総選挙をすると説明するなど、国民を無視する姿勢が、民主党政権ができてから、顕著になってきたからだと思います。
同時に、マスメディアに対しても、どこに行っても信用できないという声を聞きますが、政府にべったりになって情報独占を既得権益化して政府の情報をそのまま流したりするだけで、国民の立場に立って政府発表を疑問に思ったり、政府を追及したりしないからだといえます。
一方で、重要な問題を国民に説明しないまま決定する政府は、国民を信用していないのではないかと思うところがあります。
これほどまで国民と政府との間に信頼がないならば、国民に選挙で問うべきですが、今の民主党政権は敗北してしまうことを恐れて、独断専行で物事を決めていこうとしています。また官僚たちも、今の民主党政権には愛想を尽かしていますが、一方で、崖っぷちにいる能力のない彼らを利用して消費税増税や年金問題について懸案事項を通してしまおうという考えが根底にあって、それが、今回のTPP問題にも表れているのではないかと思います。しかし、そうし
た事態は日本の民主主義の危機といえましょう。
もう一つは、ここまで揉めるようになったTPP問題は、菅前首相が昨秋TPP交渉参加検討を突然打ち上げてからです。
それは、中国漁船の尖閣諸島侵犯事件で処理を誤って、一気に支持率を落としたためといわれますが、実際は中国の脅威が現実化していることが背景にあります。
同時に、普天間基地移転問題が、鳩山元首相により御破算になってしまい、アメリカから強い不満があります。
そうしたことを考えると、
今回のTPP参加交渉を急ぐ背景は、純粋に経済的な問題からではなく、アメリカとの関係改善、あるいは対中国など多分に政治的外交的側面が働いている可能性があります。
とにかく、日本政府は国民に説明責任を果たしていませんし、マスメディアは真摯になって国民のために情報を流さないことが大きな問題といえましょう。
経済評論家:津田栄
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍