米国と韓国のFTAが前進、日本への影響は?
2011年10月17日発行
JMM [Japan Mail Media] No.658 Monday Edition
supported by ASAHIネット
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
Q:米国と韓国のFTAが前進、日本への影響は?
◇回答
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:1233への回答、ありがとうございました。「ウォール街を占拠しよう」の
デモンストレーションですが、わたしも、三ツ谷さんの回答に似た違和感を持ってTV
を見ていました。60年代末の若者の反抗ですが、確かに社会主義、もしくは牧歌的な
アナーキズムというイデオロギーがあり、またほとんどの先進国では経済が成長して
いました。当時の国家権力は、若者たちの反抗を容認していたわけではありませんが、
どこか大目に見ていたようなところがあったのではないかと思います。
政治の世界以外でも、反体制的なヒッピーと呼ばれる人たちがいました。彼らはロ
ックという音楽を求心力の1つにしていて、ウッドストックなど歴史に残る大規模な
フェスティバル、コンサートが盛んに開催されていました。若者たちの反体制的なム
ーブメントが終焉に向かったのは、70年代に入ってからですが、個人的には、オイル
・ショックの影響が大きかったのではないかと考えています。オイル・ショックは
「資源は無尽蔵ではない」というごく当たり前の事実を、為政者、支配層、メディア
などに突きつけたのだと思います。また、「有限な資源」は、経済成長の限界を示唆
していました。
再分配する資源が有限だという事実は、体制側の対応を変化させました。ただし、
その変化が自覚的なものだったかどうかはわかりません。そして、「果てしない成長」
の幻想から醒めたのは為政者や支配層だけではありませんでした。基本的に高学歴で
知的だった反体制的なムーブメントの参加者たちの多くは、やがて資源の再配分がゼ
ロサムになっていくと気づき、体制の中で重要な地位を占めることに関心を移します。
その後反体制運動はカルト的になり、テロや内部粛正など、袋小路へと向かいました。
現代の国家や政府は、当時よりもさらに余裕・余力がないと思われます。今回のウォ
ール街に対する示威行動は、その思想的バックグラウンドも、戦略も、着地点も、わ
たしはよくわかりません。
----------------------------------------------------------------------------
■今回の質問【Q:1234】
米国と韓国の自由貿易協定(FTA)が発効に向けて前進したようです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111014-00000115-san-bus_all
日本はどのような影響を受けるのでしょうか。
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村上龍
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■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
米国と韓国がFTAを締結することによって両国の貿易量が増加することは、わが
国の産業界に大きな影響をもたらすことが予想されます。そうした事態に対して、産
業界からは既に、政府のTPPに対するスタンスをより積極化するよう要請が出てい
ます。確かに、韓国は、自国の人口が約4千万と相対的に小さく、しかも、わが国同
様に少子高齢化の問題を抱えていることもあり、自由貿易を積極的に推進する戦略は
かなり明確です。それに対して、わが国では、主に農業部門からの強い反対意見もあ
り、国としての戦略が必ずしも明確ではありません。
まず、わが国と韓国との貿易関係をみると、わが国にとって、韓国は中国、米国に
次ぐ第3位の貿易相手国です。今までは、わが国の貿易黒字が続いており、昨年も約
360億ドルの貿易黒字を計上しています。その内容は、わが国から韓国へ自動車部
品、機械、素材などを輸出する一方、韓国からは主にIT関連機器などを輸入する構
造になっています。
わが国の産業構造の変遷を振り返ると、1980年代、わが国は"世界の工場"とし
て、素材から組み立て=アッセンブリーを経て完成品までをほぼ一貫して国内で生産
し、それを海外市場に輸出する構造を持っていました。しかし、90年代に入り、韓
国や中国、台湾など、相対的に人件費の低い諸国の追い上げを受け、次第に労働集約
性の高い産業分野では競争力を失っていきました。
それに伴い、わが国企業は生産拠点を少しずつ中国などへ移転することになります。
ただ、重要な素材や部品、さらには機械などを国内で生産し、それを海外企業に提供
するビジネスモデルを作り上げてきました。それによって、わが国は、今でも貿易黒
字を計上することができています。対韓国の貿易黒字も、そうしたわが国の産業構造
の変化を鮮明に表していると考えられます。
問題は、韓国は米国やEUなどとのFTA交渉を積極的に推進しており、それが今
後、色々な成果をもたらすと考えられることです。主力輸出品である自動車について
は、米国の2.5%の関税は5年間延長されるようですが、それ以外の製品群につい
ては、韓国は、米国の関税が殆どかからない状態で輸出ができることになります。そ
れは韓国にとって大きなメリットであることは間違いありません。
特に、IT関連製品などわが国と直接激しい競争を展開している分野では、韓国は、
大消費地である米国やEUに無税で輸出が可能になります。それが、相対的にわが国
製品群の競争力を低下させることは確かです。そうした事態に対して、わが国企業の
間で、最近、ある変化が起きているようです。それは、わが国の有力企業が、ライバ
ルである韓国内に工場を建設するケースが見られることです。
例えば、わが国企業が高いシェアを握っている、炭素繊維の工場を韓国に建設する
計画を見ても分ります。従来、わが国企業は炭素繊維の工場を国内から移転する方針
はありませんでした。海外に工場を建設すると、生産工程の技術などが流出すること
が懸念されていたからです。ところが、韓国の積極的なFTA締結の動きによって、
そうした製品を韓国で生産し、それをFTAの枠組みを使って韓国から輸出すること
が有利になったと考えられます。もちろん、韓国内での需要の伸びも大きな支援材料
になったことでしょう。
もう一つ気になるのは、米国から韓国へ機械などを輸出する場合、当然、関税負担が低下するはずです。
JMM [Japan Mail Media] No.658 Monday Edition
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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
Q:米国と韓国のFTAが前進、日本への影響は?
◇回答
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:1233への回答、ありがとうございました。「ウォール街を占拠しよう」の
デモンストレーションですが、わたしも、三ツ谷さんの回答に似た違和感を持ってTV
を見ていました。60年代末の若者の反抗ですが、確かに社会主義、もしくは牧歌的な
アナーキズムというイデオロギーがあり、またほとんどの先進国では経済が成長して
いました。当時の国家権力は、若者たちの反抗を容認していたわけではありませんが、
どこか大目に見ていたようなところがあったのではないかと思います。
政治の世界以外でも、反体制的なヒッピーと呼ばれる人たちがいました。彼らはロ
ックという音楽を求心力の1つにしていて、ウッドストックなど歴史に残る大規模な
フェスティバル、コンサートが盛んに開催されていました。若者たちの反体制的なム
ーブメントが終焉に向かったのは、70年代に入ってからですが、個人的には、オイル
・ショックの影響が大きかったのではないかと考えています。オイル・ショックは
「資源は無尽蔵ではない」というごく当たり前の事実を、為政者、支配層、メディア
などに突きつけたのだと思います。また、「有限な資源」は、経済成長の限界を示唆
していました。
再分配する資源が有限だという事実は、体制側の対応を変化させました。ただし、
その変化が自覚的なものだったかどうかはわかりません。そして、「果てしない成長」
の幻想から醒めたのは為政者や支配層だけではありませんでした。基本的に高学歴で
知的だった反体制的なムーブメントの参加者たちの多くは、やがて資源の再配分がゼ
ロサムになっていくと気づき、体制の中で重要な地位を占めることに関心を移します。
その後反体制運動はカルト的になり、テロや内部粛正など、袋小路へと向かいました。
現代の国家や政府は、当時よりもさらに余裕・余力がないと思われます。今回のウォ
ール街に対する示威行動は、その思想的バックグラウンドも、戦略も、着地点も、わ
たしはよくわかりません。
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■今回の質問【Q:1234】
米国と韓国の自由貿易協定(FTA)が発効に向けて前進したようです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111014-00000115-san-bus_all
日本はどのような影響を受けるのでしょうか。
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村上龍
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■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
米国と韓国がFTAを締結することによって両国の貿易量が増加することは、わが
国の産業界に大きな影響をもたらすことが予想されます。そうした事態に対して、産
業界からは既に、政府のTPPに対するスタンスをより積極化するよう要請が出てい
ます。確かに、韓国は、自国の人口が約4千万と相対的に小さく、しかも、わが国同
様に少子高齢化の問題を抱えていることもあり、自由貿易を積極的に推進する戦略は
かなり明確です。それに対して、わが国では、主に農業部門からの強い反対意見もあ
り、国としての戦略が必ずしも明確ではありません。
まず、わが国と韓国との貿易関係をみると、わが国にとって、韓国は中国、米国に
次ぐ第3位の貿易相手国です。今までは、わが国の貿易黒字が続いており、昨年も約
360億ドルの貿易黒字を計上しています。その内容は、わが国から韓国へ自動車部
品、機械、素材などを輸出する一方、韓国からは主にIT関連機器などを輸入する構
造になっています。
わが国の産業構造の変遷を振り返ると、1980年代、わが国は"世界の工場"とし
て、素材から組み立て=アッセンブリーを経て完成品までをほぼ一貫して国内で生産
し、それを海外市場に輸出する構造を持っていました。しかし、90年代に入り、韓
国や中国、台湾など、相対的に人件費の低い諸国の追い上げを受け、次第に労働集約
性の高い産業分野では競争力を失っていきました。
それに伴い、わが国企業は生産拠点を少しずつ中国などへ移転することになります。
ただ、重要な素材や部品、さらには機械などを国内で生産し、それを海外企業に提供
するビジネスモデルを作り上げてきました。それによって、わが国は、今でも貿易黒
字を計上することができています。対韓国の貿易黒字も、そうしたわが国の産業構造
の変化を鮮明に表していると考えられます。
問題は、韓国は米国やEUなどとのFTA交渉を積極的に推進しており、それが今
後、色々な成果をもたらすと考えられることです。主力輸出品である自動車について
は、米国の2.5%の関税は5年間延長されるようですが、それ以外の製品群につい
ては、韓国は、米国の関税が殆どかからない状態で輸出ができることになります。そ
れは韓国にとって大きなメリットであることは間違いありません。
特に、IT関連製品などわが国と直接激しい競争を展開している分野では、韓国は、
大消費地である米国やEUに無税で輸出が可能になります。それが、相対的にわが国
製品群の競争力を低下させることは確かです。そうした事態に対して、わが国企業の
間で、最近、ある変化が起きているようです。それは、わが国の有力企業が、ライバ
ルである韓国内に工場を建設するケースが見られることです。
例えば、わが国企業が高いシェアを握っている、炭素繊維の工場を韓国に建設する
計画を見ても分ります。従来、わが国企業は炭素繊維の工場を国内から移転する方針
はありませんでした。海外に工場を建設すると、生産工程の技術などが流出すること
が懸念されていたからです。ところが、韓国の積極的なFTA締結の動きによって、
そうした製品を韓国で生産し、それをFTAの枠組みを使って韓国から輸出すること
が有利になったと考えられます。もちろん、韓国内での需要の伸びも大きな支援材料
になったことでしょう。
もう一つ気になるのは、米国から韓国へ機械などを輸出する場合、当然、関税負担が低下するはずです。
それは、米国製品の相対的な競争力を高めるはずです。
米国の試算によると、米国から韓国への輸出も大きく増加することが想定されます。そうなると、わが国企業が生産する機械などの生産財の競争力が低下することが懸念されます。
ロンドンでアナリストをしている友人は、「日本の様に資源が限られて海外への依
存度が高く、国内の人口問題を抱えた国は、自由貿易に対する積極姿勢を示しやすい
のではないか」とメールを送ってきた。彼の言わんとするところは、何故、日本は自
由貿易の体制を積極的に推進しないのか不思議に見えるということなのでしょう。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
【編集】 村上龍
【発行部数】98,231部
ロンドンでアナリストをしている友人は、「日本の様に資源が限られて海外への依
存度が高く、国内の人口問題を抱えた国は、自由貿易に対する積極姿勢を示しやすい
のではないか」とメールを送ってきた。彼の言わんとするところは、何故、日本は自
由貿易の体制を積極的に推進しないのか不思議に見えるということなのでしょう。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
【編集】 村上龍
【発行部数】98,231部
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韓米FTA発効に暗雲か 韓国与野党間の溝深く
聯合ニュース 10月16日(日)15時12分配信
【ソウル聯合ニュース】米国議会で実施法案が可決された韓米自由貿易協定(FTA)について、韓国議会の批准が遅れる可能性が出てきた。両国は韓米FTAの来年1月発効を目指すが、タイムリミットまで時間は多くない。
与党ハンナラ党の黄祐呂(ファン・ウヨ)院内代表と最大野党・民主党の金振杓(キム・ジンピョ)院内代表は15日深夜に行われたテレビ討論に出演し、韓米FTA批准案の国会処理に対して討論したが、溝は埋まらなかった。
黄氏がタイムリミットを設けて両党で議論しようと提案したが、金氏は「時間を区切って論じる問題ではない」と拒否した。
黄氏は、米国の議会批准が韓国国会の批准条件としていた民主党のこれまでのスタンスを指摘。「条件は満たしたはず。不具合があるなら批准案の処理後に議論しよう」と呼び掛けた。これに対し、金氏は「なぜ米国に合わせて批准を急がなければならないのか」と歩み寄らなかった。
金氏は「韓米FTA自体に反対しているわけではない。国民に与える影響をできる限り少なくし、国益を守るのが政治だ」と主張した。民主党は国内農畜産業が大きな打撃を受けることなどを理由に、米国との再交渉を求めている。一方、政府与党は来年1月の発効を目指し、10月の通常国会での批准を目指す。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111016-00000007-yonh-kr
聯合ニュース 10月16日(日)15時12分配信
【ソウル聯合ニュース】米国議会で実施法案が可決された韓米自由貿易協定(FTA)について、韓国議会の批准が遅れる可能性が出てきた。両国は韓米FTAの来年1月発効を目指すが、タイムリミットまで時間は多くない。
与党ハンナラ党の黄祐呂(ファン・ウヨ)院内代表と最大野党・民主党の金振杓(キム・ジンピョ)院内代表は15日深夜に行われたテレビ討論に出演し、韓米FTA批准案の国会処理に対して討論したが、溝は埋まらなかった。
黄氏がタイムリミットを設けて両党で議論しようと提案したが、金氏は「時間を区切って論じる問題ではない」と拒否した。
黄氏は、米国の議会批准が韓国国会の批准条件としていた民主党のこれまでのスタンスを指摘。「条件は満たしたはず。不具合があるなら批准案の処理後に議論しよう」と呼び掛けた。これに対し、金氏は「なぜ米国に合わせて批准を急がなければならないのか」と歩み寄らなかった。
金氏は「韓米FTA自体に反対しているわけではない。国民に与える影響をできる限り少なくし、国益を守るのが政治だ」と主張した。民主党は国内農畜産業が大きな打撃を受けることなどを理由に、米国との再交渉を求めている。一方、政府与党は来年1月の発効を目指し、10月の通常国会での批准を目指す。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111016-00000007-yonh-kr