復興は順調なのか、滞っているのか?結論から言うと、かなり遅れている
『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
Q:被災地の復旧・復興は順調なのか、滞っているのか?
◇回答
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:1228への回答ありがとうございました。この原稿は2011年9月11日に書いています。10年前のこの日、わたしはイタリアのパルマにいました。ボローニャへの小旅行から戻ってきて、ホテル前のスーパーマーケットでパルマのチーズと生ハムを買い込み、表に出た瞬間携帯が鳴り、当時パルマに所属していた中田英寿の事務所からで、「ニューヨークが大変なことになっている」という知らせでした。
翌日、パリに1泊し、13日にヨーロッパを離れたのですが、大西洋便が全便欠航
していて、シャルル・ドゴール空港は混乱していました。ラウンジで搭乗を待ってい
る間、2度警報が鳴り、爆発物らしいものが見つかったので空港の外に出るようにと
言われ、治安部隊に付き添われて避難したのを覚えています。
最近ある友人から、「JMMは、9.11を風化させずにやってこられた希有なメ
ディア」と言われ、うれしくなるとともに、事件の記憶・影響はどうやって風化する
のだろうと考えました。生活に直結するようなネガティブな影響が続いている場合は
風化しないでしょう。またその事件が一過性のものではなく、それ以前から現在まで
問題は解決せずに続いているという認識があれば、風化しにくいのかも知れません。
9.11の直後、ニューヨークから届いた冷泉さんのレポートの衝撃は忘れられま
せん。事件直後にもかかわらず、その筆致は冷静で、厳密で、かつ充分に抑制されていました。すぐに「連載」をお願いし、10年が経過しました。もしJMMが9.1
1の風化を免れているとしたら、冷泉さんのレポートに負うところが大きいと思って
います。『from 911』というタイトルは、わたしと冷泉さんの共作ですが、「from」
だけで「to」がありません。象徴的だと思います。
その冷泉さんの10年に及ぶレポートを、G2010で電子書籍化することができ
ました。
「FROM911、USAレポート 10年の記録」
~Vol.1 「911からの10年、テロ戦争とはなんだったのか?」~
【配信ストア】App Store http://itunes.apple.com/jp/app/id460233679?mt=8
【対応機種】iPad/iPhone/iPod touch (※iOS4以上に対応)
【価格】350円(税込)
【発売元】株式会社G2010
2つの続編をアプリ内で追加購入可。(各350円)
Vol.2「ブッシュの8年、草の根保守とイラク戦争の日々」
Vol.3「オバマ、性急な改革者か? それとも政治的怪物か?」
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このような電子本の製作・販売は、JMMを主宰しG2010という会社を興して、
はじめて可能になったわけで、わたしの誇りです。
■今回の質問【Q:1229】
9.11から10年ですが、3.11からは半年が経ちました。被災地の復旧・復
興は順調と言えるのでしょうか。それとも滞っていると判断すべきなのでしょうか。
村上龍
■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
結論から言うと、政治がリーダーシップを採って行うべき復興はかなり遅れていると考えます。
政治がリーダーシップを取るべき分野と限定したのは、企業などが行っている復興作業は、当初の予想を上回るペースで進んでいる一方、菅政権が、当初、早急に行うと約束したことについては、信じられないほど進捗していないと考えるからです。
先日、民主党の主要支持母体の関係者と話をする機会がありました。彼は、「民主党政権、特に菅政権がここまでひどいとは思わなかった」と指摘していました。彼がそう感じる一つの理由は、「東北地方の海岸線にある瓦礫の一部は殆ど手が付いていない」ということでした。
政府の方針が決まらず補正予算の編成も遅れているため、当事者である地方公共団体が手を出せることは限定されているようです。
元々、菅政権当時、緊急の1次補正を組んだ後、間髪をいれずに本格的な復興の予算を組むという方針だったと思います。
それは、民主党の政治家諸氏からも聞いた覚えがありますから、恐らく与党全体でコンセンサスが出来ていたと考えられます。
ところが実際には、本格的な復興のための予算は、いまのところ全く見通しが立っていないように見えます。
それを糊塗するかのように2兆円程度の2次補正予算を組み、それでお茶を濁している状況だと思います。
しかも、野田新政権が発足しても、任命9日目にして、重要閣僚が不適切な発言の責任を取って辞任に追い込まれています。それに対して海外メディアの論調はかなり厳しく、中には、「民主党には政権を担当する能力がないのではないかと疑われる」と伝えているようです。
このような状況では、いつになったら、本格的な復興に向けてのプラン作りが具体化するのでしょう。とても心配です。
他にもいくつかの会議で、東北の被災県から来た人たちにヒアリングすると、「政府には、もう期待しない」という強いニュアンスの答えが返ってくることがとても多いようです。
被災の規模が大きく、依然、厳しい状況であるため、彼らが感じていることが厳しいということを割り引くとしても、政治が主導しなければならない、復興策が進んでいるとはとても思えません。
知り合いの官僚の一人は、「民主党政権は、様々な会議を作ってアリバイを作ることに奔走していた」と言っていました。
それが事態を的確に表しているか否かは分りませんが、当たらずと言えども、遠からずというのが実態だと思います。
もう一つ気になるのは、野田新政権が復興策を考える時に、直ぐに財源の問題が優先されることです。
確かに、大規模な復興事業を行うとすれば、財源が重要であることは当然だと思います。
特に、現在のわが国の財政状況を考えると、そうした議論には相応の説得力があります。しかし、それよりも重要ことは、復興プランとして何をするかを考えることです。
しかし、その前に、財源問題に行き当たり、先に進まない閉塞状況に陥っていると考えます。
そうではなくて、まず復興のグランドのプランを練って、それに必要な資金は、民間企業や海外の投資資金と共同で捻出するなど色々な方策を考えるべきだと思います。
ある番組で、中国で震災復興を担当した人と話す機会がありました。彼は、「色々な
可能性を考えるべきだし、日本ならそれができるはずだ」と指摘していました。
それをせずに、ただ財源が心配だと言っていても、復興は前に進まないというロジックで
した。
もちろん、中国とわが国では状況が異なりますから、同じ議論ができないことは理
解します。しかし、財政の呪縛にとらわれすぎては、多くの避難者を救済することさ
えできません。それでよいとは決して考えられません。
民主党政権は、復興のプロセスが遅れていることを充分に理解することが必要で、それに対する迅速な方策をうつべきです。それができないと、国民は、早晩、政治に対する期待を失うことでしょう。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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