もしデフォルトに追い込まれるとしたら、予想もしなかった偶然がいくつか、同時に起きたような場合です
2011年7月29日
JMM [Japan Mail Media] No.646 Monday Edition-1
supported by ASAHIネット
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
Q:米国債がデフォルトした場合の日本への影響は?
◇回答
□水牛健太郎 :日本語学校教師、評論家
■今回の質問【Q:1222】
冷泉さんのレポートに詳細が紹介されていましたが、アメリカでは「財政再建問題」を巡って、オバマの民主党と、共和党の対立が続いています。このまま対立が続き、収拾不可能となり、「デフォルト」という事態になった場合、世界経済、および日本経済はどのような影響を受けることになるのでしょうか。
村上龍
■ 水牛健太郎 :日本語学校教師、評論家
冷泉さんもお書きになっているように、あくまで政争が原因であって、本当に財政
がにっちもさっちもいかないという状態ではないので、当面の影響は限定的でしょう。
しかし象徴的な意味合いは極めて大きなものがあって、歴史的には「アメリカが経済
覇権を失う道程の一里塚」と見なされる可能性があります。
アメリカでファイナンスを学ぶと、「non-risk asset」(リスクのない資産)という
言葉が出てきて、ちょうど数学の0のように、それを基準にして資産のリスクとリタ
ーンを考えるという論理構成になっています。今はどうなのかわかりませんが、私が
アメリカにいた十年ほど前には、この「non-risk asset」が米国債であるということ
になっていました。教科書にもそう書いてあったし、授業でも当然のように、そう教
わったのです。米国債はリスクなしで、リターンが(たとえば)年利3%ある、リス
クがある資産はそれ以上のリターンが必要だ、というようなぐあいです。米国以外の
国の国債はどんなに財政がよかろうが、当然のように米国債よりもハイリスクである
ということになっていました。
いくら十年前であっても、ずいぶんと能天気な話だと思いましたが、軍事力によって担保された経済覇権国というのがどういうものか、ここに集約されていると思います。米国債がデフォルトすることはないという前提で、その上にすべての経済システムが組み立てられているということです。バブル期日本の「地価は絶対に下がらない」という「土地神話」に似ていますが、それよりもはるかに強固で長年にわたって信じ
られてきた前提なのです。
その前提が崩れることの意味をアメリカの政治家が知らないわけはありません。政治的な駆け引きのために米国債をデフォルトさせてしまうということは、ごく控えめ
に言って、とても愚かなことです。妥協を成立させようという動機は大きいに違いな
く、実際にデフォルトに追い込まれる可能性は、少ないのではないかと私は予想して
います。
もしデフォルトに追い込まれるとしたら、予想もしなかった偶然がいくつか、同時に起きたような場合です。航空機事故などの大きな事故や歴史上の大事件の際には、通常ありえないような偶然がいくつも同時に起きています。そのうちの一つでもそうなっていなかったら、その事故や事件は起きなかったに違いないのですが、どういうわけか偶然が重なってしまうのです。そのようにして大戦争が起きたり、大きな帝国が滅んだりしています。
最初に書いたように、今回もしデフォルトになったとしても、その当面の影響は小
さなものにとどまるでしょう。しかし、一度米国債がデフォルトすれば「non-risk
asset」ではなくなります。数学の0が0でなくなり、アメリカ経済のすべての底に
ある基準が崩れることになるので、その影響は徐々に大きく、決定的なものになって
いくことは間違いありません。
日本語学校教師、評論家:水牛健太郎
●○○JMMホームページにて、過去のすべてのアーカイブが見られます。○○●
( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
JMM [Japan Mail Media] No.646 Monday Edition-1
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】97,902部