軽視された「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」
2011年5月27日発行JMM [Japan Mail Media] No.637 Monday Edition-3
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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
■今回の質問【Q:1213】
東京電力の原子力発電所事故に関する損害賠償のスキームがほぼ決まりました。国と電力会社が設立する新機構が損害賠償を支援する形となるようです。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110512ddm002040098000c.html
このスキームですが、どう評価すべきなのでしょうか。
村上龍
■ 金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
損害賠償スキームの評価の前に、今回の原発事故に関する損害について上限を設けず全額を東京電力に賠償責任として負わせた措置に対する是非が問われる必要があると考えます。
言うまでもなく「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」の適用の問題です。
原子力損害賠償制度においては、原子力事業者に過失の有無に拠らず損害賠償の責任を定める(=無過失責任)と同時に、一事業所当たり千二百億円の賠償の履行を確保することを求めています。
賠償の履行を確保するため、供託や民間の損害保険への加入を求めると同時に、地震などの自然災害による損害をカバーする政府との補償契
約も用意されています。また、無限責任が原則である一方、損害が措置額を超え、原子力事業者の能力では被害者の保護が図れない場合は、政府が必要な援助を行うものとしています。
このように、原子力損害賠償制度は、被害者への補償を確保すると同時に、民間事業者に原子力事業の推進を担わせる上で、極めて妥当な枠組みを提供しているといえます。仮に、この制度を事実上反故にした場合、今後の原子力事業の推進を民間事業者に担わせることは難しくなるでしょう。
改めて原賠法を読み返して感じるのは、これほど分かり易い文章で書かれた法律は珍しい、ということです。国として原発を推進する、その上ではこの法律が原発の地元住民にも直接読まれる、そして政策に理解と信頼を得る、そのようなところまで考慮されていたのかもしれません。しかし残念ながら、この法律の解釈はそれほど簡単でも明瞭でもなかったようです。
無過失責任を定めた第三条の但し書きでは、「ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない。」とありますから、今回の事故の損害は東京電力の無過失責任ではなく、東京電力に対して不法行為による故意または過失が立証された場合のみ損害賠償責任が生じることになります。さらに、国の措置を定めた第十七条では「政府は、第三条第一項ただし書の場合(略)、被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講ずるようにするものとする。」とあります。
しかし現状で、この解釈に対する国民の反発を恐れない者は少ないでしょう。また、損害を国の責任として引き受けた場合の措置について、条文で「被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講ずる」として、「損害賠償」についての言及を避けていることからも分かるように、国の立場として深刻な矛盾を抱えることになります。
つまり、原発事故が関連しているとはいえ、天災地変又は社会的動乱に起因する私的財産の損害であれば、自助努力による回復が前提であって、国が補償するべき
ものではなくなるためです。
これは、同じ震災被害者の間でも、津波などの自然災害の被災者と原発事故の被災者との補償格差という形でも矛盾が表面化します。
このような政治的な軋轢を回避するため、あくまでも東京電力に損害賠償の無限責任を負わせる一方で、新機構を通じて損害賠償を支援するスキームが用意された、というのが実状でしょう。
国の負担で損害賠償を行いながら、国が直接賠償に関与することを回避するマネー・ロンダリングの仕組ともいえます。
また、東京電力に損害賠償の無限責任を認めたことで破綻が必至となり、その損害賠償を支援するスキームを通じて破綻企業である東京電力の株主や債券保有者が不当に保護されるという形にもなっているわけです。
このような事例を作ったことは、当然、多くの指摘を受けているように、結果的に金融市場に大きなゆがみを残すことになるでしょう。
一部の報道では、東京電力の破綻処理=融資債権の減免に対しては、金融機関から「国策である原発推進への協賛である東京電力への融資について貸手責任を問われるのはおかしい」との主張があったとされます。あくまでも報道を前提としての意見ですが、これは間違った議論と言えます。
金融機関による東京電力への融資は、あくまでもその安全性と収益性から判断して実行されたものであり、そうでなければ株主への責任を問われるべきものです。
また、原発を推進する国策とは全く中立な運用会社などの機関投資家が、同様に東京電力の社債への投資を判断し実行していることからも、一定の情報と金融知識を有する者の合理的な判断の範疇を超えるもの、との主張は妥当性が乏しいものと思われます。
もちろん、プライドの高い金融機関としては、運用会社の判断と同レベルに扱われることには不満もあるかもしれません。
むしろ、そうしたことよりも、東京電力への融資や社債投資において、原賠法の存
在がどのように判断されたかは検証される必要があるでしょう。個人的には、原賠法を根拠として一定額以上の損害賠償責任は国が負担する形での処理方法が、より手続き的には正当であったと思います。
もちろん、原発事故によって生じた損害賠償責任が直接的に国民負担となることによって、原賠法や原発推進そのものの是非が議論の対象となることは避けられなかったと思いますし、また避けるべきでもありませんでした。
これが「社会的影響度の大きな企業破綻に対する救済の是非」に論点がすり替えられたのは残念です。
さらに、法治国家として、ここまで法的な枠組みや手続きが軽視されるというのは重大な問題だと思われます。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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