日本の「危機管理の欠如」
2011年5月10日発行
JMM [Japan Mail Media] No.635 Extra-Edition4
http://ryumurakami.jmm.co.jp/supported
by ASAHIネット
■from MRIC
□ HOPE FOR THE BEST PREPARE FOR THE WORST
最高を望みながら、最悪に備える
■ 松本慎一:ベイラー研究所
【テキサスでも日本の対応に戸惑い】
ボストンの細田満和子先生が、MRICに「日本の震災へのボストンからの思い」とい
うタイトルで、海外の支援を断る日本に対してアメリカが戸惑っていることや、日本
人に「世界市民意識Global Citizenship」を持つ提言を発表されていました。私も、
テキサスでアメリカ人が日本の対応に戸惑っていることを経験しており、細田先生の
意見に同感です。
【ベイラーの災害支援部門】
ベイラーには、災害時に被災地に救援物資や義援金を送るためにFaith in Action
Initiativesという部門があります。Dr. Donald Swellがディレクターを務めていま
すが、彼の居室は、迅速にプロジェクトを進められるようにベイラー全体のトップで
あるMr. Joel Allisonやベイラー大学病院の病院長のMr. John McWhorterと同じフロ
アーにあります。震災当日、私は偶然東京にいたのですが、直後からDr. Swellから
連絡があり、義援金と支援物資の供給プロジェクトがすでにはじまっていました。た
だ、日本に支援物資の受け入れ態勢が整っておらず、特に医療機器は輸入の規制があり、支援物資の供給は暗礁に乗り上げかかっていました。我々は幸い、上先生と上先生の教室の方々の助けがあり、やっと支援物資を送ることが可能になったのですが、多くの海外からの支援物資は実際に送ることができず、断念されているのでしょう。
今回、実際に支援物資を被災地に届けるために、上教室からベイラーに留学されている滝田先生に日本に行ってもらいたいとベイラーに伝えると、Dr. Swellの部屋に
呼ばれ、そのまま、病院長に直談判に行き、その場でOKがもらえました。ベイラーか
らの支援物資は相馬市など必要なところに届く手配が整いました。
【危機管理の欠如】
支援を断る日本、原発の作業員を守るための自己血幹細胞移植(谷口プロジェクト)が進まない日本、原発事故の対応をみて、私自身確信したことがあります。それは、日本の「危機管理の欠如」です。
谷口プロジェクトでは菅直人首相が「作業者が被爆を受けないような基準を設けているので、自己血幹細胞の準備は必要ない」と返答をし、一方で、原発の安全対策の研究に対し「原発は安全であり、そのような研究はかえって不安を引き起こす」という危機管理上あり得ないコメントが日本のリーダーから平気で聞かれます。
アメリカではよく、「Hope for the best, prepare for the worst (最高を望みながら、最悪に備える)」ということわざが引用されます。日本ではさながら、「最高を望み、最悪を起こさない」と未だに多くのトップが信じているのでしょう。「最悪に備える」というコンセプトを日本のリーダー達が持っていたら、谷口プロジェクトの重要性がすぐに理解できたでしょうし、原発の事故が起きた直後に迅速に的確な対応が出来ていたでしょう。海外からの支援物資を受け入れる準備も日頃からできており、断るなんて矛盾したことが起こらなかったはずです。
【最高を望みながらも、最悪に備えよう】
私が研修医の頃は、医療にミスがあってはいけないと習っていました。その後、医
療においては、「人間はミスを犯す」つまりHuman Errorのコンセプトが徐々に浸透
し始めました。ただ、ミスを犯した時の対策が進んでいません。
「谷口プロジェクトを支えよう」というタイトルのMRICの記事に、アメリカではFDAは新しい医療や最先端の臨床のプロジェクトを開始するときにNoとは言わないが、何かあればすぐさまプロジェクトを止めることを書かせてもらいました。
FDAは、プロジェクトを止めた際に、直ちに現場に人を送り、原因の究明を行い、再開の条件を決定したり、中止にしたりという決断を行うのです。
日本には、このようなシステムはありません。
つまり、日本の危機管理の欠如は、災害時の被害拡大のみならず、新しい医療や最先端医療の遅延の原因にもなっているのです。
アメリカでは、自国での災害のみならず、他国での災害にも直ちに、災害時の対策が開始されることを目のあたりにしました。
細田満和子先生の言われる、Global Citizenshipを私も感じました。日本にもGlobal Citizenshipという考えがあればよいのでしょうが、その前に世界の危機管理の常識であるHope for the best, prepare for the worstを学ぶ必要があります。
ベイラー研究所
松本慎一
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