アメリカから見た福島第一の「2つの謎」とは?冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
2011年4月30日発行JMM [Japan Mail Media] No.633 Saturday Edition
http://ryumurakami.jmm.co.jp/
supported by ASAHIネット
■ 『from 911/USAレポート』 第511回
「アメリカから見た福島第一の「2つの謎」とは?」
4月25日より細野豪志補佐官の主導で「官邸」「原子力安全・保安院」「東電」
の三者による合同記者会見がスタートしました。事故の直後に、私はこうした合同会
見ができれば情報の確度が上がるというような主張をしたことがありますが、事故後
一ヵ月半を経過したこの時点での合同会見のスタートには、むしろ弊害があると考え
ます。
というのは、事故直後の混乱状態の中では、合同でやれば「何が分かり、何が分からないのか?」「そのデータは全員が認めるものなのか?」という照合をしてゆく中
で、情報の確度が上がることが期待できました。混乱の意味がそこで明らかになるからです。ですが、45日を経過した現時点では反対に「お互いの情報やデータ、あるいは解釈のズレ」をウラで突き合わせて、「統一見解」を作ることが可能になっており、混乱の痕跡を消した操作後の情報を見せられることになるからです。
勿論、私はこの期に及んで官邸主導で「原発が安全」であるように見せかけるため
の「捏造」を積極的にやるとは思いません。ですが、お互いのメンツを重んじ「訂正
や謝罪」を嫌う官僚組織を守るために、辻褄の通る話を作り上げるということは十分
にあり得ます。
役所や政治とはそういうものだという醒めた見方もあるかもしれませんが、今回と
いう今回は無責任なことは言っていられません。福島第一の事故は国際的な問題に発展しており、IAEAや米国NRC(原子力委員会)なども独自の調査を進めていま
す。そうした見解と大きく異なるような「日本側の公式見解」を掲げ続けて最後に破
綻してしまうと、日本の原発技術や原子力行政の信頼度が、いや政府の威信そのものが失われるからです。
例えば、ニューヨークタイムスは、今週27日の水曜日に東京発の大西哲光(のり
みつ)記者とケン・ベルソン記者の連名による『原発のトラブルは共犯のカルチャーと結びついている』というセンセーショナルなタイトルの記事を掲載しています。
「1面のトップ(右上四分の一)+8面(全面)」というボリュームを使って、東電を取り巻く「政官財」の「癒着」が延々と綴られているのですが、ケイ・菅岡という日系人の元GEの技術者による実名証言も入っていて、いわゆる「隠蔽の告発もの」のパターンからは踏み出していないものの、なかなか迫力のある記事です。
そうした印象論に加えて、国際社会から見ると、福島第一で現在進行中の事態に関しては、既に政府と東電の説明に対する疑念が生じているのです。具体的な疑念と、印象論としての「隠蔽と土下座のカルチャー」への違和感が結びつくと、日本としては更に苦境に立たされる危険があります。
6月のニースでのサミット、そして直後のIAEA閣僚級会議で外交失態を演じな
いためにも、そして日本の原発危機を乗り切る支援を勝ち取るためにも、事故の概要把握の精度をいかに高めるか、海外からの疑念をどう晴らすのかというのは重要な問題です。
今回は、特に以下の二つの「謎」について指摘しておきたいと思います。
一つ目の「謎」は、1号機と3号機の水素爆発の原因です。
現時点で「燃料棒が異常高温となったために燃料被覆管のジルコニウムが高温で水と反応して水素が発生した」のが主因であるというのは、アメリカのNRCや専門家
の見解でも、日本側の説明でも一致しています。問題は、その水素がどうして原子炉建屋の上部に充満したのかという点です。
アメリカでは、GEの同型炉に詳しい専門家、例えば前IATA研究員で今は仏ア
レヴァ系列の会社の研究員でありスタンフォード大講師でもあるアラン・ハンセン氏
や、MIT研究員のジム・ウォルシュ氏、同じくMITのジョセフ・オーメン研究員などが一致した見解を表明しています。「炉心溶融の進行により圧力容器内の圧力が上昇して危険な状態になった場合は、水蒸気爆発による放射性物質の大規模な飛散を
避けるために『第五の、そして最後の砦』である建屋上部内にベントして圧力を逃が
す」のがこのGEマーク1型炉の仕様であり、今回もそうであったという推定です。
その結果として、蒸気と一緒に水素が建屋上部にベントされ、その濃度が濃かったために爆発に至ったというのです。話としてロジックは一貫しています。
ですが、先週来色々な形で発表されてきた日本側の解説では、「ベントは圧力容器
からではなく、その外の格納容器内の圧力上昇のためで、しかも排気筒という施設を経由して外気に直接行った」というのです。この説明では、様々な疑問点が出てきます。まず、これでは燃料被覆管から発生した水素がどうして建屋上部に充満したのかが不明であり、水素爆発の原因が解明されません。
また外気に直接ベントを行ったとしたら、その際に放射性物質が大量に飛散してい
たはずで、そうであれば風向きの判断などの責任問題が出てきます。また外気に直接ベントをしていたのなら、建屋内にはそれほど放射性物質は出ていないことになり、その場合は水素爆発による飛散はほとんどなかったことになります。その排気筒ですが、何らかのフィルター機能や、電動バルブなどの機能のついたものであれば、事故直後の「全電源喪失」状態であれば作動しなかった可能性も否定できません。
ベントのタイミングと水素爆発の因果関係にも疑問が出てきます。ベントの遅れの
ために水素爆発が起きたという説がありますが、仮にそうならば、格納容器が圧力で壊れて上部が破損し、軽い水素が建屋に漏れたというストーリーになります。ですが、格納容器の上部が壊れているのなら、水蒸気と共に猛烈な放射性物質の飛散が続いているはずです。それ以前の話として、アメリカの技術者が口を揃えて「GEマーク1型炉のベントは建屋内に行うのが仕様」と言っているのに、どうして話が食い違うのか、謎が謎を呼ぶというのはこのことだと思います。
一つの憶測は、菅首相を退陣に追い込みたい勢力の側では、首相がムダな視察を行ったために「ベントが遅れ」その結果として「総理のせいで水素爆発が起きた」というようなストーリーにこだわっているという可能性です。水素爆発の直後からこの話
は出たり入ったりしており、もしかすると官邸は別として、保安院や東電は各方面の
政治的なプレッシャーを受けて「どう説明したらいいか」立ち往生しているのかもし
れません。
もう一つは、排気筒から出そうとしたが上手く作動せず、混乱の中で建屋内にベントしたという可能性です。
原発には「ブローアウトパネル開放機構」というのがついていて、2007年の中越地震の際の柏崎刈羽では、緊急停止時に開放機構が作動しています。実際に今回も2号機では海側にパネルが開いて、建屋上部に濃厚な水素が充満するのを防止しており、少なくとも建屋上部での水素爆発は回避できています。
もしかしたら、1号機と3号機に関しては、東電はそのあたりの危機対応について、
暗中模索でやっていたということかもしれません。圧力と温度が上昇し、圧力容器の
水蒸気爆発という「この世の終わり」の恐怖を抱え込む中、ブローアウトパネルを開
放できないまま建屋上部にベントしたというシナリオです。その時に、東電だけでな
く保安院も右往左往しており、その混乱状態での判断について、メンツがあるので現
時点で誤りを認めたくないのかもしれません。あるいは、水素爆発というショッキン
グな事象を受けて政府なり東電の中枢が激怒してしまい、以降は実務レベルからは真実を語る自由は奪われているのかもしれません。
いずれにしても、放射性物質飛散と建屋上部の崩壊という重大な結果を招いた水素爆発の原因について、現時点で見解がまとまらないというのは不自然です。この際ですから日本的な「恥」の感覚は捨てて、全電源喪失、複数原子炉の燃料棒溶融という人類史上初の事態において、自分たちがいかなる格闘をしたのか、失敗も含めて正々堂々と情報開示して欲しいのです。国際社会が要求しているのはそれです。
第二の「謎」は、4号機の燃料プールです。
アメリカでは、NRCのヤツコ委員長をはじめ、多くの専門家が、この4号機の燃
料プールの問題に重大な関心を払っています。それは「使用済燃料プールの加熱と発火」という事故は、アメリカの、そして世界の原子力政策における「使用済み燃料の安全な貯蔵」という大きなテーマに直結するからです。
同時に、ヤツコ委員長は「もしかしたら大量の放射性物質飛散は、1号機から3号
機の原子炉ではなく、4号機の燃料プールから発生しているのではないか?」という
問題意識を持っているようです。初期に「4号のプールはカラの可能性あり」と証言
して大騒ぎになったのも、このヤツコ氏ですし、4月11日の上院での委員会証言で
は断定的な言い方は避けていましたが、こうした可能性を排除はしないと言っていた
のは確かです。
NRCが注目している観点は以下のようなことだと推測されます。彼等は「使用済み核燃料プール一般が危険」だということに「なりすぎる」と、アメリカの原発政策が総見直しになるので困るのです。そこで「日本固有の問題」だとしたい、そうした動機を持っていると思われます。「日本固有の問題」というのは、海外で悪名高い「特殊な定期点検間隔」のことです。
核燃料の交換サイクルは一般に24ヶ月とされています。24ヶ月毎に原子炉を停
止して燃料棒を取り出して新しいものに交換する、その際に必要な原子炉の点検を行うというのが、アメリカでもフランスでも行われている「原子炉設計の仕様に基づく
運転方法」です(「ウォール・ストリート・ジャーナル」の4月13日の記事など)。
ところが、日本の場合は法律で「原子炉の定期点検は12ヶ月プラスマイナス1ヶ月
毎に行う」ということが義務付けられており、実際は13ヶ月毎に原子炉を停止して
点検をしています。
ということは、海外では「24ヶ月燃やして燃え尽きた燃料」だけが使用済み燃料
プールで冷却されるのですが、日本の場合は13ヶ月ごとに定期点検をしているため
に、点検中は「半分燃え残っている燃料棒」が「以前から貯蔵されている使用済み燃料棒」と一緒にされているのです。4号機のプールが発火(東電は認めていませんが)したり、相当に危険な状態が続いたかもしれないという中で、NRCは「問題は日本独特の危険な定期点検制度にあり」という話に持って行こうとしている、そう考えるべきだと思います。
日本政府としては、例えば6月のIAEA閣僚級会議などで、定期点検のサイクル
について「13ヶ月では危険だから24ヶ月にすべき」などということが国際基準と
して決定されては大変だという認識を持っていると思われます。まず対外的にはメン
ツが丸つぶれになる一方で、国内的には「事故が起きて原発の危険性が明らかになったのに、どうして点検間隔を伸ばすのか?」という反対派や地元の突き上げを受けて立ち往生することは目に見えているからです。
実は、この「13ヶ月から24ヶ月サイクルへ」という変更を、日本政府は進めよ
うとしていたのです。2008年から09年にかけて省令の変更という形で、12ヶ
月(プラスマイナス1ヶ月)という厳格な規定から最大24ヶ月間隔への柔軟な運用
を可能にしようとしていました。事故前の東電は福島第二をテストケースにしてその
実現を模索していたようです。東北電力も東通でやろうとしていました。13ヶ月か
ら16ヶ月、あるいは18ヶ月へ、そして段階的に24ヶ月へというステップでの提
案がされていたところだったというのです。
この「サイクルの延長」については、保安院の資料では「効率化」と、「起動と停
止を繰り返すことによる部品劣化の問題」が主要な動機のようで、そこには「使用中
の核燃料を一旦取り外してプールで冷却することの危険性」という認識はありません
でした。いずれにしても、24ヶ月へというのは、海外の基準から言えば正しい方向
なのですが、保安院としては効率を追求する電力会社と、あくまで検査間隔拡大に反対する地元対策の間で「板挟み」になっていたと見られます。
一方で、この事故を受けて海外から「13ヶ月で燃料を出すようなことをしていた
から事故になった。少なくとも4号機のプールはそうだ」という指摘をされるとなる
と、保安院も東電も益々もって地元との合意が見えなくなり、板挟みどころか、両論
の間で引き裂かれるような状況になりかねません。そこで、4号機のプールの状態については、できるだけ「深刻でない」ように理解したいという動機と願望が発生する
のではと考えられます。
では、この問題では「海外の24ヶ月」が絶対正しいのかというと、そう簡単でも
ないのです。省令改正当時の保安院の資料には、「老朽化した原発に対する検査体制」について、「停止を繰り返して何度も温度を上げ下げすることで劣化する部分」と「単に運転時間が経過することで劣化する部分」を切り分けて、どんな間隔でどんな検査を行い、どんな部品交換をしたら良いかという細かな議論も入っていたのです。
本来なら、「日本なりの精緻な老朽化対策と検査体制」という議論は海外に対して
説得力のあるレベルにあったのではと思われるのですが、今回の事故を契機に「熱い燃料棒を外して検査するという危険性」が海外から指摘されると、日本としてはどちらを目指したら良いか混乱状態に至るわけです。東電も経産省も、そのことを恐れていると推測されますし、下手に振舞えば国際社会から一層の不信感を持たれることにもなると思います。
4号機のプールの水位に関して当初から強気の楽観論を続けてきたのも、今週になって改めて「放水を続けてもプールの水位が上がらないのは、水漏れがあるためではないか」などと発表したと思うと、数日後には「いや水漏れはなかった」と言うなど、支離滅裂な発言が続いているのはそのためだと考えることで、辻褄が合ってきます。
海外の厳しい目を受けて、28日に東電は「4号機のプールは燃料溶融寸前だった
が、奇跡的に隣接する箇所から水が流れこんで回避した」という「珍説」を披露して
います(読売新聞電子版による)。水漏れの証拠がなかった以上、楽観論を貫くためにはそうしたストーリーまで必要としているというのは、彼等の筋書きが破綻しつつあると言えます。
そんな中、29日にはプールの水温が摂氏96度に下がったと言っていますが、本
当なら「画期的な明るいニュース」のはずです。その一方で、4号機のプール内の写
真と動画が公開されていますが、燃料棒の先端が黒く崩れているのは過熱があった結果と見えるのに、東電は溶融の事実をまだ認めていません。事態が少しずつ改善へ向かっているのですから、遅きに失したとはいえ、改めて事実と向かい合うべきです。
6月のIAEA閣僚級会議では、使用済み燃料の安全な保管体制は重要な議題になるはずです。方向としては「危険な建屋内プール保管は禁止」「冷却プールの電源の二重三重化」「ウェット冷却後のドライ冷却の安全基準」「運搬時の安全基準」「ドライ中間貯蔵の安全基準」「再処理しない場合の永久貯蔵の安全基準」という段階の全てが議論されるべきで、その真剣な議論のためにも、4号機のプール(3号機もそうですが)で起きたことは正確な把握が必要と思います。
ちなみに、建屋内のプールでの冷却が禁止されるようですと、使用中の「熱い」燃
料を出し入れする運用は廃止せざるをえず、結果的に13ヶ月ごとの点検というのは
不可能になると思われます。多くの原発で新たなプールを建設するのは大変である一方で、そうなれば検査サイクルの延長について、地元による理解を得る可能性も出てくるのではと思います。
いずれにしても、この二つの謎、つまり「水素爆発の原因」そして「4号機プール
の状態」という問題は、メンツや過去の経緯を気にすることなく、事実と向かい合わ
なくては先へ進めない重大な問題です。事故原因の究明と国際的な新しい安全基準策定のために、どうしても「真実」の解明が必要です。
永田町では「菅首相をサミットに行かせたら、汚染水放出の不始末で袋叩きになっ
て国益を損ねる」などという説が展開されているようですが、この件は誰が行こうが、
とにかく謝罪しかないわけで、仮に総理が交代したとしても「前任者のせい」などと
言って開き直ることはできないと思います。そんなことより、とにかくこの「2つの謎」について、詳細な事実を解明し、その意味合いも理解した上で国際社会に対して説明するということは、総理のクビをすげ替える話などより、はるかに重要です。
作られた統一見解ばかりの「合同会見」を、細野補佐官が「仕切る」様子を見てい
ると、本当にこの「2つの謎」の重大さが分かっているのか大変に心配になります。
そんな中、事故原因究明の第三者委員会を作るという動きもありますが、「口裏合わせ」の可能性を排除しない限り、海外の厳しい視線に対抗できるような成果は期待できません。まして政権を代えたからといって、混乱が進むだけで改善にはならないと思います。
(付記)4月27日(水)から28日(木)にかけて、米国南部から東北部一帯では
巨大な(寒暖落差の激しい)寒冷前線の通過により多数の竜巻が発生し、本稿の時点で最大の被害を受けたアラバマ州をはじめ、6つの州で総計300名の死者が出ています。瓦礫の山と化したコミュニティの映像を見ていると、日本の津波被災地と見紛う光景に息が止まる思いがします。
米国の南部の人々は日本の東北の人々と同様に精神的に粘り強いですが、さすがに今回の「想定外の被害」には激しいショックを受けているようです。日本の被災地から米国の被災地へ何らかの連帯のメッセージを送っていただけると有り難く思います。
翌日のアメリカは、英国の「ロイヤル・ウェディング」ニュースで盛り上がっていま
すが、これはアメリカに「自粛のカルチャー」がないだけで、竜巻被害を軽視してい
るのではありません。
冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ
●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
JMM [Japan Mail Media] No.633 Saturday Edition
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部