今日は、イースター(復活祭)。
今日は、イースター(復活祭)。
教会では、イエス・キリストの復活(ふっかつ)についての
メッセージを聞いた。
イエス・キリストが十字架にかけられて
死なれたことまでは、日本人は知っている。
でも、墓にほうむられて三日目によみがえられたことは
たぶん知らない。イースター(復活祭)も当然、知られていない。
クリスマスは、イエス・キリストの降誕を祝うということは
やや知られているかも、、、しれない。
単に、誕生を祝っていると思っている人が
ほとんどだろうな。
イエス・キリストが三日目に復活することは
聖書の予言として昔から書いてあるし
イエス・キリストも予告しておられた。
死んで、そのままなら、
誰が神さまから遣わされた救い主だと
理解できるだろうか?
ダビデ王さまの子どものソロモンの家系である
マリヤが、通常の人間の男女の営みとは
関係なく、処女のまま聖霊によってイエス・キリストを
身ごもったことは、イエス・キリストの弟子が4人、
各地に書き送った手紙が大勢の人々によって
手書きで書き写され、そのコピーが増殖しつづけ
ついには、新訳聖書としてまとめられている。
イエス・キリストが普通の人間ではない方法で
お生まれになったことは聖書に詳しく
しつこく書かれている。
だいたい、そんな突拍子も無いことは、
普通は書かないものであるが、その時代に生きている
多くの人々が、イエス・キリストが旧約聖書に予言されている
救い主で、神さまが人類のために遣わした独り子だと
まともに信じたのだ。だから、ローマ帝国が潰れても
多くの信者が残った。イエス・キリストが
いろいろな奇跡を行ったことも、新約聖書に
はずかしげもなく、堂々と多数書かれているし、
4人の弟子も4人とも、イエス・キリストが
行われた奇跡を(とても信じられないような内容の)
バンバン書いている。4人の記述は多くが重複している。
一緒に、イエス・キリストの奇跡を見たので
当然のことだろう。
でも、弟子たちが手紙に書き記したかったことは、
イエス・キリストが奇跡を行ったことではない。
弟子たちが伝えたかったことは、福音である。
全ての生き物の創造主である神さまが
人間を罪の裁きから救うために、
罪の無い神さまの独り子が身代わりとなって
十字架にかかって、死ぬために来られたこと。
三日目に聖書の預言どおりよみがえられて
大勢の人々の前に現れて、みんなが見ている前で
天に昇っていかれたこと。
その神さまの愛と恵みを受け取るだけで、
罪が赦されて罪の無い者とみなされ、
神さまの国である天国に行けるいのちを得るということ。
人間は、神さまを信じて救われて天国に行くことが
できるという
「福音」を伝えるために弟子たちは、手紙を各地の教会や
当時の有名人に書き送ったのだった。
たまたま夜に観たテレビ番組では
「日本人の知らない禁断の地」という題名で
日本人が、
アメリカの福音派の教会を紹介していた。
アメリカ人は、証拠も無く創造説を信じているのではない。
日本人が証拠も無く進化論を信じているのだ。
だいたい、過去の出来事は、現在生きている人間が
科学的に証明できるものではなく、
今、そろっている証拠によって、推理して
導かれることを「事実」として認めるものだ。
テントの中で寝ている間に、熊が来たかどうかは
テントの周りに足跡があるかどうか、
熊に食われた食料の乱れた様子などから
検討して「熊が夜中に来た。」と考えるものなのだ。
信長や秀吉が本当にいたのかどうか、
日本人はどうやって信じるのか。
彼らが本当にいたという証拠が多数残っているからではないか。
イエス・キリストがいたこと、いろいろな
奇跡をされたこと、イエス・キリストが言われたこと、
十字架にかけられて死なれたこと。死後、三日目に
よみがえったと、多くの人に信じられたこと。
ローマのネロ皇帝でさえ、イエス・キリストが神さまが
遣わした救い主であると信じるクリスチャンたちを
消滅させることができなかったこと。
その後、旧約聖書の予言がどのように成就したのかを
説明するための新約聖書が世界中に伝わり、
多くの人がイエス・キリストをキリスト(救い主)と
信じたという過去を見ると、信長や秀吉がいたか
いなかったかを知るための資料より、もっと多くの
資料がそろっているのだった。
イエス・キリストの行動の
全てを記録した弟子たちによる手紙と、
不思議な事件によってイエス・キリストを信じた
元バリバリのユダヤ教徒だったパウロの手紙
などがまとめられ新約聖書として編集された。
多くの人たちによって、弟子たちが書いたもの
だけが厳選されて自然とまとめられたのが
新約聖書だ。
神さまは、人間が神さまに創られた霊的存在であるにも
かかわらず、神さまから離れて迷い出て、勝手な宗教を
作り出して拝んでいることと、結局は
いろいろな悪魔の働きに惑わされて
罪の奴隷となって、そのまま死後に裁きの場所である
地獄に行くことを願っておられないのです。
福音とは、神さまと人間を隔てる罪が赦されて
罪の罰から救われる方法があるという「良い知らせ」
のことをいうのです。
罪の無い神さまの独り子が
十字架にかかり、人類の代表として神さまから
裁きを受けて死に、三日目によみがえることで
イエス・キリストを信じる者がひとりも地獄に落ちて
滅びてしまうむなしい人生を送ることなく、
罪と死と裁きに対する勝者として
神さまと共に生きること、死後に天国に行くこと。
その神さまと独り子が行ったことを
信じる者が信じるだけで救われることを
「福音」という。
宇宙や地球や自然界の生き物を見る限り、
また、人間の体の仕組みなどを見る限り、
「うまくできている」ことはみんなが認めることだと思う。
それを、神さまの存在を信じず、時間と偶然が
勝手に全てを現在の形にこねあげたと
信じるのが正しいのか、
それとも、この調和のある全ての物を
創造された創造主が存在すると信じるのが正しいのか、
それは、あなたが、現在、出揃っている物件を見て
決めることができる。学校で習ったからそのまま
信じているのが日本人である。
そのクセ死後の世界や魂の存在や霊の存在も信じている人が
ほとんどなので、たぶん、神さまに関してまじめに
考えることが無いのが日本人なのだと思う。
でも、本当は、神さまがいることは
みんなうすうす分かっているじゃないかな。
だから、霊的なものに異常に関心があるし、
ふらふらと他人が言う怪しいまやかしごとに振り回されている
スピリチュアル難民が多いのだ。
ぜひ、一度、本屋さんで聖書を購入して読んで
もらいたいものです。そして神さまの気持ちを
受け取ってほしいものです。
神さまの気持ちはひとつ。
罪の裁きから救われて、神さまのところに
帰ってくること。イエス・キリストが復活することは
旧約聖書の時代から予言されていた。
あなたが神さまの遣わした救い主がイエス・キリストなのだと
分かりやすいように、証拠作りのためによみがえられたのだと
わたしは信じています。そのまま死んでお終いだったら
ただの人間じゃん。救い主は、聖書の330余りの予言を
全て成就して証拠とされたのです。
イエス・キリストがよみがえられたことは、
当時の人間が真剣に信じてきたことです。
そして、世界中のクリスチャンが真剣に信じていることです。
アメリカにも、それを真剣に信じている人々がいる。
イエス・キリストは、神さまが使わされた救い主で、
この方の名前(救い主)を信じる者は救われます。聖書にそう書いてあります。
神さまがいるなら、人間をほったらかしにはしないでしょう。