生きているってすごいこと
生きているって
すごいこと
生きているって
特別なこと
いろんな病気やケガや事故の可能性があったし、
今もあらゆるところに事故や病気の可能性があるのに、
今、生きている
中年になっても
生きている
長い間、いろんな危険や事故や病気に
サバイバルできたってことは、
老けてきて、全体的にダメになってきたってこと
それでも
なんとか、生きている
今、生まれたばかりの
赤ちゃんも、生い先の短くなったであろうお年寄りも、
中年になったわたしも、みんな
同じ場所で生きている
生きているというレベルでは、みんな平等だ。
ただ、人によって経済的な条件が違うし、
身体的な条件も違う
熱い国に生まれた人、寒い国に生まれた人、
四季がある国に生まれた人
独裁者の支配下にある国に生まれた人、
民主的な選挙で
国の代表が選ばれる国に生まれた人、
貧しい国に生まれた人、富める国に生まれた人
条件は違っても、
人の心は
同じだけ価値がある。
その同じ人間が、
他人の自由を奪うなんてことは一番悪いこと
他人の命や自由を
奪えるのは、
人間に命を与えた
神さまだけだから
そして、悪人を裁いて、治安を守ることは、
国をまとめる
責任を持った人のすること
生きている人には
望みがある
神さまを信じて
神さまと共に生きることができる望みと、
死後に神さまの元に
行く望みがある
死んでしまえば、
神さまにそれを願う
チャンスがなくなる
死んでしまえば、
神さまを無視して
自分の欲望のままに
神さまの喜ばれないことをしてきた悪を悔いて、
罪を赦されたいと
神さまに願う時間が
なくなる
だから、生きている間の苦労や失敗を自覚する時間は、
神さまのことと
死後の永遠の時間のことを考えるチャンスだと思えばいい
楽しいことと辛いことは、一緒にやってくる
愛する人に出会う喜び、愛する人が去っていく悲しみ
愛する人が喜ぶ姿を見ることもあるだろうし、
愛する人が病気になったり事故にあって
苦しむ姿を見ることも
あるだろう
自分も健康だったり、
不健康だったりする
五体満足だったり、そうでもなくなったりもする
会いたいと思うほど好きな人がいたり、
その同じ人を好きでなくなったりもする
子どもが生まれて
喜んだり、子どもが
自分よりも先に亡くなって悲しんだりする
恋人がいたのに、
恋人が他の人を好きになっていくのを
観ていなければならない人もある
愛するペットと過ごす
幸せな時間と、愛する
ペットが死んでいく
悲しい時間はセットでくる
それでも、人間は
いろいろな喜びと悲しみを抱えて生きて行く
神さまにもらった時間を味わいながら
生きて行く
そして、人間の問題は
結局は、
心の中の罪の性質だと気がついた場合は、
神さまに赦しを求めて
罪を赦していただくことができる
罪を赦された人間は、
神さまの喜ぶことを
喜ぶ
神さまは、罪を裁くことができるただ一人の方であり、
罪を赦すこともできるただ一人の方だから、
生きている間に、神さまに出会うことができたなら、
その人の人生は
大成功
そして神さまと人に
喜ばれることができたら、
かなり幸せと言えるんじゃないかな
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人の罪が赦されるためには、
罪のために
身代わりに罰を受ける罪の無い人が必要で、
それは、神さまの
ひとり子がこの世に
来られ、
聖書の預言の数々を全て成就しながら、
最後には十字架の上で死んで
墓にほおむられ
三日目によみがえられたことで、終わっている。
そんな
おいしい話があるわけが無いと言う人は
実は自分の努力で
自分の罪を始末できると考えている自信満々の人。
そんな方法しか
罪を赦される方法が
無いのだと分かった人は、神さまのこの
計画を
受け入れるでしょう。
いや、受け入れるしか
罪とその裁きから
救われる道は無いのです。
主、イエス・キリストが
自分の罪の身代わりに十字架にかかった
神のひとり子だという
神さまが昔から
預言者に書かせた預言の救い主を
自分の救い主だと
認める者はタダで救われるのです。
これが福音です。