オバマ大統領は本気で頑張っている。
2010年11月13日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.609 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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supported by ASAHIネット
▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第484回
「アッと驚く『アメリカ版仕分け』、どこまで本気なのか?」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第484回
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「アッと驚く『アメリカ版仕分け』、どこまで本気なのか?」
11月10日の水曜日、オバマ大統領がアジア歴訪のため留守にしているワシント
ンで、一つのニュースが流れました。オバマ政権のホワイトハウスが主導しての発表
なのですが、その内容が余りにも衝撃的なために大統領の韓国入りのニュースは、一
部の局の夕方のニュースでは吹っ飛んでしまっていました。オバマ大統領が今年の2
月に大統領令によって設置した「財政規律改革委員会」という諮問委員会(コミッ
ション)があるのですが、この委員会の2名の共同委員長が12月1日の本報告を前
に、仮報告書の発表を行ったのです。
2名の共同委員長というのはアラン・シンプソン(元上院議員=共和党)、アース
キン・ボウルズ(クリントン政権時の大統領主席補佐官=民主党)で、この2名の下
にブルース・リード事務局長(クリントン政権時の補佐官=民主党)と18名の委員
(コミッショナー)によって構成されています。この委員は、超党派の国会議員と民
間の経営者などから構成されており、なかなか重厚な布陣です。
この仮報告書ですが、2020年までに3.8トリオン(310兆円)の財政赤字
を削減するという壮大なシナリオになっており、パワポのスライドのような体裁のP
DFファイルで一般公開もされています。この日はその太い青線が横に入った報告書
の表紙が、TVニュースやインターネットの記事にあふれていました。簡単に要約す
ると、以下のような内容です。
(1)公的年金の満額支給開始年齢を69歳に引き上げ
(2)50万ドル(4千万円)以上の不動産ローン利子の税額控除廃止
(3)1ガロン(3.8リットル)当たり15セントのガソリン税増税
(4)法人税率を26%に低減することで結果的な景気上昇で増収へ
(5)連邦政府の人員の10%削減
(6)100ビリオン(80兆円)の軍事費削減
(7)診療報酬の抑制による医療費の伸び率カット
(8)議会主導の補助金(イアマーク)の全廃
他にも税率表の簡素化であるとか、代替ミニマム課税(他の計算方法で税額が低減
されても一定額を下回ることはできないというルール)の廃止、農業補助金のカット、
最低賃金層への脱貧困手当の創設など多岐に渡る内容が書かれており、それらを積み
上げることでプラスマイナス合計3.8トリオンの財政赤字削減になる、そんな内容
になっています。
ちなみに報告書の前文には非常に強い調子のスローガンが掲げてあり、委員会の
「ヤル気」を感じさせます。
1.アメリカを現在より未来へ向けてより良い国にするのは愛国的責務である。
2.問題は現実にあり解決には痛みを伴う。安易な道はない。全ての可能性を検討す
べくワシントンが主導すべきだ。
3.実行不能な約束はダメだ。
4.経済再生の微妙な状況の足は引っ張らない。削減は全て2012年から。
5.本当に困窮している人間には保護を惜しまない。
6.成長と競争力維持への投資を優先。
7.負担不可能な歳出は発見しだいカット。
8.生産性と効率追求を高い基準で要求。
9.税制は改革して簡素化。
10.長期的観点から健全なアメリカに。
それにしても絶妙なタイミングです。この発表と前後して、ソウルのG20では経
常収支の数値目標が議論され、合意には至りませんでしたがアメリカとしては自国の
腹案を持って臨むことができた形です。また同じタイミングの米中首脳会談では、米
国の流動性供給を為替誘導だという中国からの非難に対して、それはあくまで景気対
策であり、財政規律に関しては別途厳しい案を持っているというカードを切ることに
もなったと思われます。
そうした経済外交上の効果と同時に、オバマ不在のワシントンで発表するという計
算も見え隠れします。というのは、大統領の諮問委員会が超党派で提案したというと
聞こえは良いのですが、議会との協議などはほとんど動いていないのです。18名の
委員の中には、既に自分は基本案に反対だというメンバーも出てきていますし、民主
共和の両党からは早速色々な声が上がっています。例えばナンシー・ペロシ現下院議
長(民主)などからは、早速「強硬な反対論」が出てきています。
大統領が不在の状況で衝撃的な財政規律志向の提案をブチ上げる、すると最初のリ
アクションとしては議会の左右の両派からの反対の声になるだろう、そうした両派の
反対論をある程度世論に印象づけておいて、帰国後の大統領はその真ん中の中道のポ
ジションから調整のイニシアティブを取ろう、そんな計算があるように見えます。私
は、かねてより「ティーパーティーの財政規律論に真っ向から反論しない」オバマに
は「歯がゆい」ものを感じていましたが、こういう切り札を隠しているとは恐れ入り
ました。
勿論、この「過激な原案」はそのまま12月1日の本報告になるとは思えません。
また本報告に入ったとしても、それが予算案なり法律という形で実現するかは全く分
かりません。勿論、多くの点で「復活折衝」があり、最終的な形は相当に違うものに
なると思われます。ですが、この仮報告、そして12月の本報告を軸にすることで、
当面の最大の政治課題である財政赤字の問題が、議論される大枠はできたと思います。
面白い展開になってきました。
この報告書の中の論点は、どれも興味深いものが多く、例えば年金満額年齢の引き
上げであるとか、脱貧困手当の創設などと言うのは、実現可能性は低い部類に入ると
思いますが、詳細案が出たところでどんな議論がされるかは、期待しても良いと思い
ます。その一方で、影響が非常に大きそうなのは軍事費の削減です。
この仮報告では、どうやって100ビリオンの軍事費をカットするのかという具体
案も書かれています。軍人の給与を3年間凍結する、外注費削減を国防総省原案の倍
に、研究開発費を10%削減、などという数字と共に、目を引くのは「在外米軍基地
の三分の一を廃止」という項目です。この辺りは、いわゆるペンタゴンの「リフォー
メーション(組織再編成)」で盛り込まれた経費節減策を、更に倍増させるという基
本的な発想から来ており、大変な議論になることが予想されます。
東アジアの状況、とりわけ在日米軍への影響も大きいでしょう。「思いやり予算」
という珍奇な名称で呼ばれている現地負担分への増額要求などは更に強まることが予
想されますし、日本への自主防衛的な負担の要求もエスカレートする可能性がありま
す。兵器の共同開発や、開発自体の見直しという問題も出てくるでしょう。ジャブ
ジャブ軍事費を使って威嚇しておいて、外交ではソフトに行くのがブッシュ時代の対
ロ対中戦略だとしたら、逆に軍事費は最低限にしつつ、外交戦・心理戦・経済戦での
均衡政策へ傾斜するのがオバマ流ということには、既にそうした兆候がありますが、
それが更に徹底されるということも考えられます。
そのオバマ大統領は、横浜APEC出席のために、本稿が配信されるころには二度
目の訪日中だと思います。今回のアジア歴訪は、様々な意味があります。まず最初に
訪れたインドは、パキスタンとの国境紛争を抱えある意味では「反テロの前線」でも
あるし、一方で準英語圏としてアメリカから多くの雇用が移転されていることから、
両国には貿易赤字の問題がある中での訪問となりました。また、次に訪れたインドネ
シアは、オバマ大統領が少年期の4年間を過ごした場所として縁のある国、しかも過
去2回の訪問予定がキャンセルになっていた「念願の訪問」ということで話題性もあ
る場所です。
ですが、今回の歴訪に関してはアメリカのメディアの反応は冷淡です。朝晩の主要
なニュース番組での扱いは小さく、淡々と事実を伝えるだけですし、例えばインドネ
シアで行った「イスラムへのメッセージ」の演説などは、TVではほとんど報道され
ませんでした。ミシェル夫人がインドネシアの男性政治家に「握手」を求めて非難さ
れたとか、その非難を沈静化するためにヴェールをかぶって登場したというようなエ
ピソードもアメリカではほとんど報道されていません。
こうした傾向に関しては、オバマが「イスラム教徒」だとして保守派が騒ぐので、
一連のエピソードが報道されないという面は確かにあるかもしれません。ですが、そ
れ以前の問題として、とにかく今回のアジア出張は、一にも二にも経済が主要なテー
マであり、オバマは「アメリカを売り込みに行くのだ」ということになっています。
一般向けのTVニュースではなく、経済局や経済紙での報道にはG20における人民
元を巡る駆け引き、韓国とのFTAの合意失敗などの問題が詳しく報じられています。
のんきな「オバマ夫妻の外遊日記」的な報道をするムードはないのです。
いずれにしても、オバマのアメリカは、「ねじれ国会」に対しても中道政策での正
面突破を狙って、とにかく景気の再生、そして次のステップとしては財政規律への復
帰目指してこれまでとは違う政策を取ってくるでしょう。委員会の仮報告の話に戻り
ますと、発表の翌日の11日にはワシントンの左右両派から早速反対論が噴出してい
ます。恐らくオバマとしては計算済みで、帰国次第「中道のチャンピオン」のような
顔をして調整の主導権を取るつもりでしょう。ちなみに共和党の穏健派は比較的静か
なようで、既にホワイトハウスとのコミュニケーションは始まっているようです。ち
なみに「ティーパーティー」系の政治家は「ガソリン税増税」にしても「不動産ロー
ン利子控除削減」にしても「あらゆる増税には反対」という原理主義から批判を開始
しているようです。
----------------------------------------------------------------------------
冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ
ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22 )
JMM [Japan Mail Media] No.609 Saturday Edition
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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「アッと驚く『アメリカ版仕分け』、どこまで本気なのか?」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第484回
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「アッと驚く『アメリカ版仕分け』、どこまで本気なのか?」
11月10日の水曜日、オバマ大統領がアジア歴訪のため留守にしているワシント
ンで、一つのニュースが流れました。オバマ政権のホワイトハウスが主導しての発表
なのですが、その内容が余りにも衝撃的なために大統領の韓国入りのニュースは、一
部の局の夕方のニュースでは吹っ飛んでしまっていました。オバマ大統領が今年の2
月に大統領令によって設置した「財政規律改革委員会」という諮問委員会(コミッ
ション)があるのですが、この委員会の2名の共同委員長が12月1日の本報告を前
に、仮報告書の発表を行ったのです。
2名の共同委員長というのはアラン・シンプソン(元上院議員=共和党)、アース
キン・ボウルズ(クリントン政権時の大統領主席補佐官=民主党)で、この2名の下
にブルース・リード事務局長(クリントン政権時の補佐官=民主党)と18名の委員
(コミッショナー)によって構成されています。この委員は、超党派の国会議員と民
間の経営者などから構成されており、なかなか重厚な布陣です。
この仮報告書ですが、2020年までに3.8トリオン(310兆円)の財政赤字
を削減するという壮大なシナリオになっており、パワポのスライドのような体裁のP
DFファイルで一般公開もされています。この日はその太い青線が横に入った報告書
の表紙が、TVニュースやインターネットの記事にあふれていました。簡単に要約す
ると、以下のような内容です。
(1)公的年金の満額支給開始年齢を69歳に引き上げ
(2)50万ドル(4千万円)以上の不動産ローン利子の税額控除廃止
(3)1ガロン(3.8リットル)当たり15セントのガソリン税増税
(4)法人税率を26%に低減することで結果的な景気上昇で増収へ
(5)連邦政府の人員の10%削減
(6)100ビリオン(80兆円)の軍事費削減
(7)診療報酬の抑制による医療費の伸び率カット
(8)議会主導の補助金(イアマーク)の全廃
他にも税率表の簡素化であるとか、代替ミニマム課税(他の計算方法で税額が低減
されても一定額を下回ることはできないというルール)の廃止、農業補助金のカット、
最低賃金層への脱貧困手当の創設など多岐に渡る内容が書かれており、それらを積み
上げることでプラスマイナス合計3.8トリオンの財政赤字削減になる、そんな内容
になっています。
ちなみに報告書の前文には非常に強い調子のスローガンが掲げてあり、委員会の
「ヤル気」を感じさせます。
1.アメリカを現在より未来へ向けてより良い国にするのは愛国的責務である。
2.問題は現実にあり解決には痛みを伴う。安易な道はない。全ての可能性を検討す
べくワシントンが主導すべきだ。
3.実行不能な約束はダメだ。
4.経済再生の微妙な状況の足は引っ張らない。削減は全て2012年から。
5.本当に困窮している人間には保護を惜しまない。
6.成長と競争力維持への投資を優先。
7.負担不可能な歳出は発見しだいカット。
8.生産性と効率追求を高い基準で要求。
9.税制は改革して簡素化。
10.長期的観点から健全なアメリカに。
それにしても絶妙なタイミングです。この発表と前後して、ソウルのG20では経
常収支の数値目標が議論され、合意には至りませんでしたがアメリカとしては自国の
腹案を持って臨むことができた形です。また同じタイミングの米中首脳会談では、米
国の流動性供給を為替誘導だという中国からの非難に対して、それはあくまで景気対
策であり、財政規律に関しては別途厳しい案を持っているというカードを切ることに
もなったと思われます。
そうした経済外交上の効果と同時に、オバマ不在のワシントンで発表するという計
算も見え隠れします。というのは、大統領の諮問委員会が超党派で提案したというと
聞こえは良いのですが、議会との協議などはほとんど動いていないのです。18名の
委員の中には、既に自分は基本案に反対だというメンバーも出てきていますし、民主
共和の両党からは早速色々な声が上がっています。例えばナンシー・ペロシ現下院議
長(民主)などからは、早速「強硬な反対論」が出てきています。
大統領が不在の状況で衝撃的な財政規律志向の提案をブチ上げる、すると最初のリ
アクションとしては議会の左右の両派からの反対の声になるだろう、そうした両派の
反対論をある程度世論に印象づけておいて、帰国後の大統領はその真ん中の中道のポ
ジションから調整のイニシアティブを取ろう、そんな計算があるように見えます。私
は、かねてより「ティーパーティーの財政規律論に真っ向から反論しない」オバマに
は「歯がゆい」ものを感じていましたが、こういう切り札を隠しているとは恐れ入り
ました。
勿論、この「過激な原案」はそのまま12月1日の本報告になるとは思えません。
また本報告に入ったとしても、それが予算案なり法律という形で実現するかは全く分
かりません。勿論、多くの点で「復活折衝」があり、最終的な形は相当に違うものに
なると思われます。ですが、この仮報告、そして12月の本報告を軸にすることで、
当面の最大の政治課題である財政赤字の問題が、議論される大枠はできたと思います。
面白い展開になってきました。
この報告書の中の論点は、どれも興味深いものが多く、例えば年金満額年齢の引き
上げであるとか、脱貧困手当の創設などと言うのは、実現可能性は低い部類に入ると
思いますが、詳細案が出たところでどんな議論がされるかは、期待しても良いと思い
ます。その一方で、影響が非常に大きそうなのは軍事費の削減です。
この仮報告では、どうやって100ビリオンの軍事費をカットするのかという具体
案も書かれています。軍人の給与を3年間凍結する、外注費削減を国防総省原案の倍
に、研究開発費を10%削減、などという数字と共に、目を引くのは「在外米軍基地
の三分の一を廃止」という項目です。この辺りは、いわゆるペンタゴンの「リフォー
メーション(組織再編成)」で盛り込まれた経費節減策を、更に倍増させるという基
本的な発想から来ており、大変な議論になることが予想されます。
東アジアの状況、とりわけ在日米軍への影響も大きいでしょう。「思いやり予算」
という珍奇な名称で呼ばれている現地負担分への増額要求などは更に強まることが予
想されますし、日本への自主防衛的な負担の要求もエスカレートする可能性がありま
す。兵器の共同開発や、開発自体の見直しという問題も出てくるでしょう。ジャブ
ジャブ軍事費を使って威嚇しておいて、外交ではソフトに行くのがブッシュ時代の対
ロ対中戦略だとしたら、逆に軍事費は最低限にしつつ、外交戦・心理戦・経済戦での
均衡政策へ傾斜するのがオバマ流ということには、既にそうした兆候がありますが、
それが更に徹底されるということも考えられます。
そのオバマ大統領は、横浜APEC出席のために、本稿が配信されるころには二度
目の訪日中だと思います。今回のアジア歴訪は、様々な意味があります。まず最初に
訪れたインドは、パキスタンとの国境紛争を抱えある意味では「反テロの前線」でも
あるし、一方で準英語圏としてアメリカから多くの雇用が移転されていることから、
両国には貿易赤字の問題がある中での訪問となりました。また、次に訪れたインドネ
シアは、オバマ大統領が少年期の4年間を過ごした場所として縁のある国、しかも過
去2回の訪問予定がキャンセルになっていた「念願の訪問」ということで話題性もあ
る場所です。
ですが、今回の歴訪に関してはアメリカのメディアの反応は冷淡です。朝晩の主要
なニュース番組での扱いは小さく、淡々と事実を伝えるだけですし、例えばインドネ
シアで行った「イスラムへのメッセージ」の演説などは、TVではほとんど報道され
ませんでした。ミシェル夫人がインドネシアの男性政治家に「握手」を求めて非難さ
れたとか、その非難を沈静化するためにヴェールをかぶって登場したというようなエ
ピソードもアメリカではほとんど報道されていません。
こうした傾向に関しては、オバマが「イスラム教徒」だとして保守派が騒ぐので、
一連のエピソードが報道されないという面は確かにあるかもしれません。ですが、そ
れ以前の問題として、とにかく今回のアジア出張は、一にも二にも経済が主要なテー
マであり、オバマは「アメリカを売り込みに行くのだ」ということになっています。
一般向けのTVニュースではなく、経済局や経済紙での報道にはG20における人民
元を巡る駆け引き、韓国とのFTAの合意失敗などの問題が詳しく報じられています。
のんきな「オバマ夫妻の外遊日記」的な報道をするムードはないのです。
いずれにしても、オバマのアメリカは、「ねじれ国会」に対しても中道政策での正
面突破を狙って、とにかく景気の再生、そして次のステップとしては財政規律への復
帰目指してこれまでとは違う政策を取ってくるでしょう。委員会の仮報告の話に戻り
ますと、発表の翌日の11日にはワシントンの左右両派から早速反対論が噴出してい
ます。恐らくオバマとしては計算済みで、帰国次第「中道のチャンピオン」のような
顔をして調整の主導権を取るつもりでしょう。ちなみに共和党の穏健派は比較的静か
なようで、既にホワイトハウスとのコミュニケーションは始まっているようです。ち
なみに「ティーパーティー」系の政治家は「ガソリン税増税」にしても「不動産ロー
ン利子控除削減」にしても「あらゆる増税には反対」という原理主義から批判を開始
しているようです。
----------------------------------------------------------------------------
冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ
ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22 )
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■ 『from 911/USAレポート』第482回
「ティーパーティーを理解するためのQ&A」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第482回
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「ティーパーティーを理解するためのQ&A」
アメリカの中間選挙は、いよいよ来週火曜日の投開票ということで、終盤の情勢は
共和党の圧倒的な有利ということになっているようです。この現象は「あれほど期待
されたオバマの民主党がどうしてここまで落ち目なのか?」という驚きを世界に発信
しているわけですが、逆に共和党の躍進を引っ張っている「ティーパーティー」につ
いては、その正体といいますか、その実態を理解するのは難しいように思います。で
すから、選挙直前の今、もう一度その「ティーパーティー」について、Q&A形式で
まとめておこうと思います。
(「ティーパーティー」は共和党の党内派閥なのか?)
確かに「ティーパーティー」の支持者には、民主党支持者はほとんどいないと思い
ます。では、100%が共和党支持なのかと言うと実は良く分からないのです。では、
共和党の中ではどんな勢力を嫌っていて、どんな勢力に近いのかというと、これも明
確ではありません。確かに穏健派といわれるような「リベラル政策に理解を示す」政
治家は嫌っているようですが、その点をもって「ティーパーティー」の定義にはでき
ないのです。一つ言えるのは、「ワシントンの既成勢力」には激しい反発を示すとい
う点です。何らかの既得権益に結びついているとか、自身の権力にしがみついている
という種類の政治家だと思うと、激しく攻撃をしてきます。何よりも、自分たちの方
が正しいと考えていて、共和党のために全力で応援するという考えは弱いのです。そ
んなわけで、党内派閥ではありません。党内の横断的な反主流センチメントの受け皿、
あるいは「ぶっ壊し屋」というのが正しいと思います。これに対して、共和党穏健派
の反発も出ています。例えば、そのために分裂選挙になっているフロリダとアラスカ
の上院がいい例です。
(「ティーパーティー」と宗教保守派はどう違う?)
ブッシュを二期にわたって大統領の座に押し上げた「宗教保守派」あるいは「福音
派」と「ティーパーティー」はどう違うのでしょうか? 基本的にかなりの部分は重
なってくると思います。ですが、宗教保守派の基盤は教会組織としっかり結びついて
おり、その点で、例えばブッシュの側近だったカール・ローブ元補佐官などが「教会
単位の票読み」をやるというような選挙が可能でした。ですが、「ティーパーティ
ー」の場合は、基盤らしい基盤はないのです。自営業者を中心としたボランティア組
織がまずあって、その人々が「フェイスブック」や「ツイッター」で流すメッセージ
や活動の呼びかけで、いわば「ゲリラ的に」運動が広がってきたのです。ちなみに、
そのカール・ローブ氏は今週「サラ・ペイリン」には大統領の「資質なし」と断言し
て騒動になっています。
(「ティーパーティー」の思想はどこまで過激なのか?)
この「ティーパーティー」は単なる保守とは違います。また、共和党の伝統にある
ような「秩序ある小さな政府」とも違います。例えば、政治学の言い方で「夜警国
家」といって、政府の機能を治安と国防に限定するという考え方がありますが、「テ
ィーパーティー」の考える政府像からは、例えば「夜警」の部分はカットの対象にな
るのです。つまり武装を認められた個人が自衛する権利(銃規制への反対)が大事で
あって、警察の充実には反対ということも言うのです。その延長で、例えば「中央銀
行によるドル紙幣発行への反対」、つまり「地域通貨」の推進とか、連邦の「教育
省」の廃止と各地方自治体での教育の自由の確保などということも言っています。
「地域通貨」とか「カリキュラムの自主性」というと、日本ではリベラル的な自由を
連想しますが、そうではなくて銃の武装と、白人至上主義、プロテスタント至上主義
で自立して「よそ者」の影響を排除したいという動機がある以上、全くの保守思想な
のです。自由なカリキュラムというのは、例えば進化論を否定して天地創造を「歴史
や理科で」教える自由ということだったりするのです。
(21世紀の現在に、どうして「進化論の否定」なのか?)
その原点には、「人間の先祖がサルのはずはない」「人間だけが選ばれた存在」と
いう意識がありますが、それ以上に「科学的知識をひけらかして、自分たちを見下
す」エリート層への反発心が暴走させているといっていいでしょう。こうした動きは、
南部を中心とした宗教保守には以前からありましたが、「ティーパーティー」の場合
は、特にアンチ・エリートの怨念が強いので、改めてこの点を政治問題にしたがるの
だと思います。
(「ティーパーティー」の「政府そのものへの疑義」は無政府主義とどう違う?)
日本で無政府主義というと、ロシア革命の前段階で、ツァーリや貴族が農民を奴隷
のように支配している旧帝国の体制に絶望して、無政府主義の名のもとに爆弾テロに
走ったグループとか、過激な労働運動と結びついた運動など左翼系の思想というイメ
ージがあります。ですが「ティーパーティー」の場合は、限りなく保守の立場からの
「中央政府の否定」なのです。歴史的に見れば、奴隷制を維持したいためにアメリカ
合衆国から南部が離脱したこともあるわけですし、ペイリンの夫などは過去に「アラ
スカ独立運動」に属していたこともあります。
(「ティーパーティー」の組織はどうなっているのか?)
そのようにゲリラ的に広がってきた運動ですが、組織はどうなっているのかという
と、全米で一本化されてはいないのです。では全く組織になっていないのかというと、
そうでもなく、有名なものではいくつかのグループがあります。「全米ティーパーテ
ィー・コアリション(同盟)」「ティーパーティー・エキスプレス」「テーパーティ
ー・ネーション」などが有名ですが、では考えに違いがあってズレがあるのかという
と、そうでもなく、例えば「コアリション」は地方のグループのゆるやかなネットワ
ークであり、「エキスプレス」は遊説部隊であり、「ネーション」は全国イベントの
主催をするというように、機能別に分かれているのです。そしてそれぞれが、必要に
応じて自然発生的に出てきたとも言えます。その点では、組織政党というより、有志
グループの集合体としての「運動」と言う言い方が正確かもしれません。
(サラ・ペイリンは「ティーパーティー」のリーダーなのか?)
そんなわけで「ティーパーティー」というのは、組織ではないので、サラ・ペイリ
ンも「具体的な組織のリーダー」という存在ではありません。事実、彼女は前アラス
カ州知事、前副大統領候補という以外に、現時点では何も役職はありません。ですが、
この「ティーパーティー」運動における彼女の存在感は絶対的なものがあります。今
回の中間選挙の候補者についても、彼女が支持してはじめて「ティーパーティー系候
補」という認知を得るのです。いわば、運動のシンボルとして、求心力としての存在
感はたいへんなものがあるのです。リーダーとは言えないが、リーダー以上だとも言
えるのです。
(サラ・ペイリンを、あえて日本の政治家にたとえると?)
コストカッターということでは蓮舫大臣、大衆受けする権威へのチャレンジャーと
いうことでは橋下知事、国粋主義ということでは稲田朋美議員、多少荒っぽく「噛み
付く」ところでは三原じゅん子議員・・・と言いますか、この4人を足して4で割っ
たような、いや4で割らないで更に何かを足したような存在感のあるキャラという感
じでしょうか。
(「ティーパーティー」の小さな政府論は、日本の「仕分け」とどう違う?)
今、蓮舫大臣との共通性を指摘しましたが、コストカッターの象徴として(実務能
力は別として)人気があるという点で申し上げただけで、中身は全く違います。日本
の民主党の「仕分け」は、官公労とは敵対しない、つまり終身雇用の国家公務員の定
員削減というのは基本的に「しない」というウラの合意を前提にしています(教科書
を印刷しないでPDFで配るとかいう話に時間が割かれるのはそのためです)が、ペ
イリンを中心とした「ティーパーティー」の主張する「小さな政府」はもっと徹底し
ています。彼らが主張するのは、人員削減も含めた徹底的な行政コスト削減です。
(そんなに保守的な「ティーパーティー」なら、中国や北朝鮮にも強硬なのか?)
確かに「反イスラム」とか「911を忘れるな」ということで言えば、彼等は国粋
主義的です。またペイリンの息子が従軍したように、軍や兵士への無条件の支持とい
う意味での国粋主義も濃厚です。ですが、同時に彼等は極めて「内向き」なのです。
仮に中国や北朝鮮がアメリカを敵視してきたり、核の問題でアメリカの脅威になると
したら激しく非難しますが、例えば彼らに「民主化」を迫ろうという考え方は弱いの
です。アメリカでは、例えばチベットの自治に関心のあるのは「絶対平和主義の仏教
徒リチャード・ギア」に代表されるリベラルですし、北朝鮮の拉致問題に関心を示す
のもリベラルだけです。他国の民主化などは知った事ではないのです。まして、ノー
ベル平和賞問題など、まるで関心はありません。そもそも彼等はノーベル平和賞を嫌
っているし、アムネスティなども敵だと思っています。一方で、大統領の広島での献
花なども「合衆国は謝罪しない」という彼等は絶対反対でしょうし、広島オリンピッ
クなどが実現しようものなら、ボイコットするでしょう。
(「ティーパーティー」はどうして環境問題に否定的なのか?)
今回のメキシコ湾での流出事故があったにも関わらず沖合油田の開発を無条件に支
持、更には「温暖化は人類の行動の結果ではない」とするなど、環境意識に関しては
世界の異端と言っていいのがアメリカの保守です。その背景には「過酷な自然の中で
耐えている開拓者には、ちっぽけな人間が自然への加害者という実感がない」という
ことがあります。その結果として、金持ちの都市住民が勝手に都市型の浪費生活をし
ていて、その反省から「温暖化理論」などを勝手に妄想しているというロジック、あ
るいはヨーロッパの偽善者の陰謀だと思っている人もいます。
(「ティーパーティー」は中間選挙後の政局をどうするつもりなのか?)
この点は全く分かりません。一つのシナリオは、オバマとの徹底対決を志向して政
局のイニシアティブを取るという可能性です。医療保険改革法案の撤廃や、ありとあ
らゆる公的資金注入への反対などを貫いて、オバマ政権をガタガタにするのを狙って
くるという可能性です。もう一つのシナリオは、個々の「ティーパーティー系新人議
員」には能力資質の問題から、それほど活躍でいない、つまり共和党議員団の中で埋
没するか、奇矯な言動を指摘されて無力になってしまうという可能性もあります。で
は、彼等自身が、どんな戦略を持っているのかというと、これも分かりません。ある
意味では、今回の中間選挙というのは「ティーパーティー」運動に、2012年の大
統領選に向けての戦略を考えさせる機会だとも言えます。
(ズバリ「ペイリン大統領」の可能性はあるのか? そして「ティーパーティー」の将
来は?)
先程申し上げたように、ブッシュの側近だったカール・ローブ元補佐官は「ペイリ
ンには大統領の資質はない」と断言していますが、これに挑発されるようにペイリン
自身は「ET」という「芸能ワイドショー」番組の中で「誰もいい人がいなかったら、
自分で立候補することはあるんですか?」という質問に答えて「勿論ですよ」と言っ
てしまっています。これが事実上の出馬宣言だとしてかなり報道されているのですが、
この経緯から見ても「まともな話」にはなりそうもないと思います。ペイリンは、自
分がを擁立されて「ティーパーティー」が共和党をジャックするのか、共和党の実務
家候補の支持に回るのか、やがて選択の時が来ると思っていました。ですが、もしか
したらその前に、共和党本流の強烈な巻き返しの前に急速に勢いを失うかもしれませ
ん。
(中間選挙、注目の選挙区は?)
先程申し上げた「保守分裂」つまり、アンチ「ティーパーティー」の穏健保守が無
所属あるいは非公認で出ているアラスカと、フロリダです。フロリダは、追い詰めら
れた民主党候補を「辞退」させて、その票を中道保守のクリスト前知事に回し、当選
したら民主党系に取り込む工作を、他でもないビル・クリントンがやっているという
報道があります。それ以上に注目されるのがアラスカで、公認争いに敗れた現職が非
公認候補として勢いをつけてきており、ペイリンのお膝元で「ティーパーティー」相
手に善戦しています。ここで負けると「パーティー」は一気に火が消えたようになる
可能性もゼロではありません。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ
ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22 )
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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】 ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
■ 『from 911/USAレポート』第482回
「ティーパーティーを理解するためのQ&A」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第482回
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「ティーパーティーを理解するためのQ&A」
アメリカの中間選挙は、いよいよ来週火曜日の投開票ということで、終盤の情勢は
共和党の圧倒的な有利ということになっているようです。この現象は「あれほど期待
されたオバマの民主党がどうしてここまで落ち目なのか?」という驚きを世界に発信
しているわけですが、逆に共和党の躍進を引っ張っている「ティーパーティー」につ
いては、その正体といいますか、その実態を理解するのは難しいように思います。で
すから、選挙直前の今、もう一度その「ティーパーティー」について、Q&A形式で
まとめておこうと思います。
(「ティーパーティー」は共和党の党内派閥なのか?)
確かに「ティーパーティー」の支持者には、民主党支持者はほとんどいないと思い
ます。では、100%が共和党支持なのかと言うと実は良く分からないのです。では、
共和党の中ではどんな勢力を嫌っていて、どんな勢力に近いのかというと、これも明
確ではありません。確かに穏健派といわれるような「リベラル政策に理解を示す」政
治家は嫌っているようですが、その点をもって「ティーパーティー」の定義にはでき
ないのです。一つ言えるのは、「ワシントンの既成勢力」には激しい反発を示すとい
う点です。何らかの既得権益に結びついているとか、自身の権力にしがみついている
という種類の政治家だと思うと、激しく攻撃をしてきます。何よりも、自分たちの方
が正しいと考えていて、共和党のために全力で応援するという考えは弱いのです。そ
んなわけで、党内派閥ではありません。党内の横断的な反主流センチメントの受け皿、
あるいは「ぶっ壊し屋」というのが正しいと思います。これに対して、共和党穏健派
の反発も出ています。例えば、そのために分裂選挙になっているフロリダとアラスカ
の上院がいい例です。
(「ティーパーティー」と宗教保守派はどう違う?)
ブッシュを二期にわたって大統領の座に押し上げた「宗教保守派」あるいは「福音
派」と「ティーパーティー」はどう違うのでしょうか? 基本的にかなりの部分は重
なってくると思います。ですが、宗教保守派の基盤は教会組織としっかり結びついて
おり、その点で、例えばブッシュの側近だったカール・ローブ元補佐官などが「教会
単位の票読み」をやるというような選挙が可能でした。ですが、「ティーパーティ
ー」の場合は、基盤らしい基盤はないのです。自営業者を中心としたボランティア組
織がまずあって、その人々が「フェイスブック」や「ツイッター」で流すメッセージ
や活動の呼びかけで、いわば「ゲリラ的に」運動が広がってきたのです。ちなみに、
そのカール・ローブ氏は今週「サラ・ペイリン」には大統領の「資質なし」と断言し
て騒動になっています。
(「ティーパーティー」の思想はどこまで過激なのか?)
この「ティーパーティー」は単なる保守とは違います。また、共和党の伝統にある
ような「秩序ある小さな政府」とも違います。例えば、政治学の言い方で「夜警国
家」といって、政府の機能を治安と国防に限定するという考え方がありますが、「テ
ィーパーティー」の考える政府像からは、例えば「夜警」の部分はカットの対象にな
るのです。つまり武装を認められた個人が自衛する権利(銃規制への反対)が大事で
あって、警察の充実には反対ということも言うのです。その延長で、例えば「中央銀
行によるドル紙幣発行への反対」、つまり「地域通貨」の推進とか、連邦の「教育
省」の廃止と各地方自治体での教育の自由の確保などということも言っています。
「地域通貨」とか「カリキュラムの自主性」というと、日本ではリベラル的な自由を
連想しますが、そうではなくて銃の武装と、白人至上主義、プロテスタント至上主義
で自立して「よそ者」の影響を排除したいという動機がある以上、全くの保守思想な
のです。自由なカリキュラムというのは、例えば進化論を否定して天地創造を「歴史
や理科で」教える自由ということだったりするのです。
(21世紀の現在に、どうして「進化論の否定」なのか?)
その原点には、「人間の先祖がサルのはずはない」「人間だけが選ばれた存在」と
いう意識がありますが、それ以上に「科学的知識をひけらかして、自分たちを見下
す」エリート層への反発心が暴走させているといっていいでしょう。こうした動きは、
南部を中心とした宗教保守には以前からありましたが、「ティーパーティー」の場合
は、特にアンチ・エリートの怨念が強いので、改めてこの点を政治問題にしたがるの
だと思います。
(「ティーパーティー」の「政府そのものへの疑義」は無政府主義とどう違う?)
日本で無政府主義というと、ロシア革命の前段階で、ツァーリや貴族が農民を奴隷
のように支配している旧帝国の体制に絶望して、無政府主義の名のもとに爆弾テロに
走ったグループとか、過激な労働運動と結びついた運動など左翼系の思想というイメ
ージがあります。ですが「ティーパーティー」の場合は、限りなく保守の立場からの
「中央政府の否定」なのです。歴史的に見れば、奴隷制を維持したいためにアメリカ
合衆国から南部が離脱したこともあるわけですし、ペイリンの夫などは過去に「アラ
スカ独立運動」に属していたこともあります。
(「ティーパーティー」の組織はどうなっているのか?)
そのようにゲリラ的に広がってきた運動ですが、組織はどうなっているのかという
と、全米で一本化されてはいないのです。では全く組織になっていないのかというと、
そうでもなく、有名なものではいくつかのグループがあります。「全米ティーパーテ
ィー・コアリション(同盟)」「ティーパーティー・エキスプレス」「テーパーティ
ー・ネーション」などが有名ですが、では考えに違いがあってズレがあるのかという
と、そうでもなく、例えば「コアリション」は地方のグループのゆるやかなネットワ
ークであり、「エキスプレス」は遊説部隊であり、「ネーション」は全国イベントの
主催をするというように、機能別に分かれているのです。そしてそれぞれが、必要に
応じて自然発生的に出てきたとも言えます。その点では、組織政党というより、有志
グループの集合体としての「運動」と言う言い方が正確かもしれません。
(サラ・ペイリンは「ティーパーティー」のリーダーなのか?)
そんなわけで「ティーパーティー」というのは、組織ではないので、サラ・ペイリ
ンも「具体的な組織のリーダー」という存在ではありません。事実、彼女は前アラス
カ州知事、前副大統領候補という以外に、現時点では何も役職はありません。ですが、
この「ティーパーティー」運動における彼女の存在感は絶対的なものがあります。今
回の中間選挙の候補者についても、彼女が支持してはじめて「ティーパーティー系候
補」という認知を得るのです。いわば、運動のシンボルとして、求心力としての存在
感はたいへんなものがあるのです。リーダーとは言えないが、リーダー以上だとも言
えるのです。
(サラ・ペイリンを、あえて日本の政治家にたとえると?)
コストカッターということでは蓮舫大臣、大衆受けする権威へのチャレンジャーと
いうことでは橋下知事、国粋主義ということでは稲田朋美議員、多少荒っぽく「噛み
付く」ところでは三原じゅん子議員・・・と言いますか、この4人を足して4で割っ
たような、いや4で割らないで更に何かを足したような存在感のあるキャラという感
じでしょうか。
(「ティーパーティー」の小さな政府論は、日本の「仕分け」とどう違う?)
今、蓮舫大臣との共通性を指摘しましたが、コストカッターの象徴として(実務能
力は別として)人気があるという点で申し上げただけで、中身は全く違います。日本
の民主党の「仕分け」は、官公労とは敵対しない、つまり終身雇用の国家公務員の定
員削減というのは基本的に「しない」というウラの合意を前提にしています(教科書
を印刷しないでPDFで配るとかいう話に時間が割かれるのはそのためです)が、ペ
イリンを中心とした「ティーパーティー」の主張する「小さな政府」はもっと徹底し
ています。彼らが主張するのは、人員削減も含めた徹底的な行政コスト削減です。
(そんなに保守的な「ティーパーティー」なら、中国や北朝鮮にも強硬なのか?)
確かに「反イスラム」とか「911を忘れるな」ということで言えば、彼等は国粋
主義的です。またペイリンの息子が従軍したように、軍や兵士への無条件の支持とい
う意味での国粋主義も濃厚です。ですが、同時に彼等は極めて「内向き」なのです。
仮に中国や北朝鮮がアメリカを敵視してきたり、核の問題でアメリカの脅威になると
したら激しく非難しますが、例えば彼らに「民主化」を迫ろうという考え方は弱いの
です。アメリカでは、例えばチベットの自治に関心のあるのは「絶対平和主義の仏教
徒リチャード・ギア」に代表されるリベラルですし、北朝鮮の拉致問題に関心を示す
のもリベラルだけです。他国の民主化などは知った事ではないのです。まして、ノー
ベル平和賞問題など、まるで関心はありません。そもそも彼等はノーベル平和賞を嫌
っているし、アムネスティなども敵だと思っています。一方で、大統領の広島での献
花なども「合衆国は謝罪しない」という彼等は絶対反対でしょうし、広島オリンピッ
クなどが実現しようものなら、ボイコットするでしょう。
(「ティーパーティー」はどうして環境問題に否定的なのか?)
今回のメキシコ湾での流出事故があったにも関わらず沖合油田の開発を無条件に支
持、更には「温暖化は人類の行動の結果ではない」とするなど、環境意識に関しては
世界の異端と言っていいのがアメリカの保守です。その背景には「過酷な自然の中で
耐えている開拓者には、ちっぽけな人間が自然への加害者という実感がない」という
ことがあります。その結果として、金持ちの都市住民が勝手に都市型の浪費生活をし
ていて、その反省から「温暖化理論」などを勝手に妄想しているというロジック、あ
るいはヨーロッパの偽善者の陰謀だと思っている人もいます。
(「ティーパーティー」は中間選挙後の政局をどうするつもりなのか?)
この点は全く分かりません。一つのシナリオは、オバマとの徹底対決を志向して政
局のイニシアティブを取るという可能性です。医療保険改革法案の撤廃や、ありとあ
らゆる公的資金注入への反対などを貫いて、オバマ政権をガタガタにするのを狙って
くるという可能性です。もう一つのシナリオは、個々の「ティーパーティー系新人議
員」には能力資質の問題から、それほど活躍でいない、つまり共和党議員団の中で埋
没するか、奇矯な言動を指摘されて無力になってしまうという可能性もあります。で
は、彼等自身が、どんな戦略を持っているのかというと、これも分かりません。ある
意味では、今回の中間選挙というのは「ティーパーティー」運動に、2012年の大
統領選に向けての戦略を考えさせる機会だとも言えます。
(ズバリ「ペイリン大統領」の可能性はあるのか? そして「ティーパーティー」の将
来は?)
先程申し上げたように、ブッシュの側近だったカール・ローブ元補佐官は「ペイリ
ンには大統領の資質はない」と断言していますが、これに挑発されるようにペイリン
自身は「ET」という「芸能ワイドショー」番組の中で「誰もいい人がいなかったら、
自分で立候補することはあるんですか?」という質問に答えて「勿論ですよ」と言っ
てしまっています。これが事実上の出馬宣言だとしてかなり報道されているのですが、
この経緯から見ても「まともな話」にはなりそうもないと思います。ペイリンは、自
分がを擁立されて「ティーパーティー」が共和党をジャックするのか、共和党の実務
家候補の支持に回るのか、やがて選択の時が来ると思っていました。ですが、もしか
したらその前に、共和党本流の強烈な巻き返しの前に急速に勢いを失うかもしれませ
ん。
(中間選挙、注目の選挙区は?)
先程申し上げた「保守分裂」つまり、アンチ「ティーパーティー」の穏健保守が無
所属あるいは非公認で出ているアラスカと、フロリダです。フロリダは、追い詰めら
れた民主党候補を「辞退」させて、その票を中道保守のクリスト前知事に回し、当選
したら民主党系に取り込む工作を、他でもないビル・クリントンがやっているという
報道があります。それ以上に注目されるのがアラスカで、公認争いに敗れた現職が非
公認候補として勢いをつけてきており、ペイリンのお膝元で「ティーパーティー」相
手に善戦しています。ここで負けると「パーティー」は一気に火が消えたようになる
可能性もゼロではありません。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など
がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ
ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22 )
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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
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オバマ米大統領、インドネシアで演説 「世界の模範」と称賛
- 2010年11月10日 19:57 発信地:ジャカルタ/インドネシア【11月10日 AFP】アジア歴訪中のバラク・オバマ(Barack Obama
)米大統領は10日、インドネシア・ジャカルタ(Jakarta
)のインドネシア大(University of Indonesia
)で演説した。オバマ大統領は独裁国家から民主国家に転換した同国をイスラム社会と欧米諸国の双方にとっての模範国家だと称賛した。
集まった学生ら約6000人にオバマ大統領が、「私はもちろん、インドネシアにいたころの私を知っている学友たちの中にも、いつの日か私が合衆国大統領としてジャカルタに戻ってくると予想していた人はひとりもいないだろう」と語ると大きな拍手が起きた。さらにオバマ大統領は「そして、インドネシアでこの40年間に起きた素晴らしい物語を予想できた人もほとんどいなかっただろう」と続けた。
10日の講演は2009年にエジプトのカイロ大学(Cairo University )でイスラム世界に融和を呼びかけた演説をほうふつとさせるものだった。オバマ大統領は「誰かがささやいた噂が真実を覆い隠し、平和に暮らしていたコミュニティ間で暴力が起きる」緊張した時代における寛容さの例としてインドネシアをたたえた。
一方で、パキスタンとアフガニスタンの国境地帯やイエメン、ソマリアなどで活動する国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda )との戦いは断固として進めると述べた。
■夫妻でモスクも訪問
インドネシアは8日間で4か国を訪問する今回のアジア歴訪の2か国目の訪問国。今回の歴訪には米国がアジアとの戦略的関係を強化し、アジアに輸出市場を開拓する狙いがある。オバマ大統領のインドネシア訪問は、これまでに2度延期されていた。オバマ大統領は9日、スシロ・バンバン・ユドヨノ(Susilo Bambang Yudhoyono )大統領と会談し、安全保障、貿易、気候変動など幅広い分野での両国関係の強化を定めた「包括的パートナーシップ協定」に調印した。
滞在時間が24時間に満たない駆け足の訪問ながら、大学での演説に先立ちオバマ大統領はミシェル(Michelle Obama )夫人とともに、ジャカルタ市内にある東南アジア最大のモスク、イスティクラル・モスク(Istiqlal Mosque )を訪問した。ミシェル夫人は薄緑色のパンタロンスーツに、緑とゴールドのふち飾りがついたベージュのヒョウ柄のスカーフというファッションだった。
モスクの前でオバマ大統領夫妻を眺めていたイスラム教徒の指導者(53)は、「(オバマ氏の)モスク訪問を誇りに思う。インドネシアの多くの若者は米国を敵視してきたが、今回の訪問を機に彼らの米国を見る目も変わってくれれば」と語った。
大学での演説後、オバマ大統領はムラピ(Merapi )山噴火による航空機への影響を懸念して、予定を2時間繰り上げてインドネシアを離れ、20か国・地域(G20 )首脳会議が行われる韓国・ソウル(Seoul )に向けて出発した。(c)AFP/Stephen Collinson
http://www.afpbb.com/article/politics/2774619/6437399