民主党は、国民の税金を使ってショーを繰り広げる
わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 1988号
2010(平成22)年7月24日(土)
大韓航空機爆破テロの位置づけ:西村眞悟
「逮捕されるべき犯罪者が、要人扱い」:古澤 襄
第1988号
大韓航空機爆破テロの位置づけ
━━━━━━━━━━━━━━
西村 眞悟
まず、22日のことからご報告する。来日中の大韓航空機爆破犯人の金賢姫は軽井沢の鳩山君の別荘から出て、東京上空を約40分ほど遊覧飛行をした後、帝国ホテルに入って夕方の「晩餐会」に出席した。
その時、政府認定拉致被害者以外の拉致被害者を調査している「特定失踪者調査会」の荒木和博会長が、特定失踪者の写真を詰めたバッグをもって帝国ホテルを訪れ、金賢姫においてその写真を閲覧して見覚えのある人物がいるか否か確かめる機会を与えて欲しいと中井大臣に申し入れた。
すると、中井大臣は、言を左右して荒木氏を1時間以上ドアの前で待たせたうえ、ホテル従業員が食事などを運ぶときに用いるバックヤードから、金賢姫とともに「逃げた」。
そもそも金を招いた政府の任務は、拉致被害者の情報を金から得ることである。しかしながら政府は、その情報を得る機会を荒木氏に与えなかった。と言うより、荒木から逃げた。
これで、この度の金来日が、菅民主党政権の仕組んだ人気浮揚の軽薄なパホーマンスであることが明らかになった。
私は、荒木和博が帝国ホテルに行く1時間前に、特定失踪者の事務所で彼と会っていた。その後帝国ホテルでの顛末は、新幹線で新大阪に着いてから知った。
拉致被害者救出の為に、情報収集に果敢に突き進んだ特定失踪者調査会会長荒木和博、あっぱれである。
菅内閣の面々と、政府のこの度のVP金賢姫接待要員は、何の為にその地位にあって歳費を受け取っているのか。歳費なく身銭を切って拉致被害者を調査している荒木和博らの爪の垢でも飲めと言いたい。
彼らは、拉致被害者を救出するためにいるのではなく、拉致被害者を食い物にして人気を得ようとしている。
次に、我が国との関係で大韓航空機爆破事件を位置づけておかねばならない。そうすれば、この度の政府の対応が、如何に軽佻浮薄な本質からずれたものであるか明らかになる。
まず、骨肉が争う凄惨な朝鮮戦争は北朝鮮の金日成による武力侵攻から始まった。武力による朝鮮半島統一は、北朝鮮の悲願であり「国是」であり、今も変わっていない。(もっとも、菅内閣と民主党のなかには、未だに朝鮮戦争は南の韓国がアメリカとともに北朝鮮に侵攻して始めた、と北朝鮮と同じことを言っている左翼がいることに注意)
1968年1月、北朝鮮の武装ゲリラの南侵が失敗する。しかし、武装ゲリラ達は、韓国大統領の官邸である青瓦台近くまで迫った。
このゲリラによる直接的な武力侵攻の失敗を受けて、北朝鮮は、対日工作活動を強化して間接的侵攻を模索する。1970年のよど号ハイジャック事件以来、北朝鮮は対日工作を強化し始めた。
その結果が、1974年8月15日の文世光事件、即ち、朴大統領狙撃事件である。また、この時期、我が国内でも、同年同月30日に三菱重工本社ビル爆破事件が起こり、日韓両国とも騒然たる状況になった。
そこで、文世光事件であるが、これこそ日本経由の南侵モデルとなったもので、日本人拉致と大韓航空機爆破はこの文世光事件から組み立てられた犯行といえる。
ゲリラの直接侵攻失敗以来、対日工作を強化した北朝鮮は、在日韓国人文世光(22歳)を北朝鮮の工作員に仕立てることに成功する。
朝鮮総連生野支部政治部長金○○は、文世光に資金をあたえ射撃訓練を施し日本人の真正なパスポートを用意する。文世光は大阪湾に入った万景峰号の船内で、北朝鮮工作員から、8月15日の韓国の復光節の式場で韓国朴大統領を狙撃せよとの指令をうける。
文世光は、大阪府警の高津派出所から奪われたピストルを持って日本人として韓国に入国し、式典会場で朴大統領を狙撃する。しかし、弾は大統領から外れて大統領夫人に命中する。
文世光は、その場で逮捕され全てを自供して犯行は北朝鮮のテロという事実が判明した。しかし、この文世光によるテロの結果、何が起こったか。
韓国内の世論は、北朝鮮を非難するのではなく、日本を非難し反日暴動が巻き起こった。日韓の国交断絶寸前という状態になった。文世光が在日であること、日本人になりすましていたこと、日本の警察のピストルが犯行に使われたこと等の要因からであろうか、不可解であるが、韓国世論が反日に激高したことは確かである。
そこで、北朝鮮は、この韓国内の現象を眺めて、日本人をテロ犯人に使えば、日韓関係を破綻させ、北朝鮮にとって南侵の絶好の条件が整うと判断した。
ここから生まれてきたのが、日本人拉致と蜂谷真一と蜂谷真由美(金賢姫)の「日本人父娘」による1987年11月29日の大韓航空機爆破テロである。
振り返れば、我が国政府が文世光事件の背景を徹底的に調査し捜索すれば、その後の日本人拉致や大韓航空機爆破は防げたかもしれない。
1974年に時点で、文世光を工作員にした朝鮮総連生野支部政治部長を逮捕し、文世光が射撃訓練をした東京の病院を家宅捜査し、万景峰号を調査しさらに朝鮮総連を徹底的に調べ上げているべきであった。
しかし、時の田中内閣はそのどれもしなかった。その理由は、推測であるが、日中国交樹立を果たしたその次は、日朝国交樹立で締めたいと功名心を燃やしたからだろう。
このように、時の内閣が人気浮揚または功名心から、国家に対する脅威を甘く見れば、相手はどこまでも付け入ってくるのが国際政治である。
この教訓を忘れて、この度も政権の人気浮揚のために、金賢姫をVP扱い有名人扱いしているが、我が国への脅威を忘れた愚かな政治の所業だと言わざるをえない。
我が国政府は、彼女から、日本人になりすました動機そして、大韓航空機を爆破した指令を出した人物の名前、日本人を拉致した犯人の名前と官職などは、明確に聞き取りしておく必要がある。
「逮捕されるべき犯罪者が、要人扱い」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
古澤 襄
1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫の呼称は多くのメデイアは元工作員としたが、NHKは元死刑囚で通した。日本政府は破格のVIP扱いで遇したが、期待された拉致情報は得られなかった。
唯一の収穫は小泉訪朝によって拉致問題が日本国内で知れ渡り、テロ国家・北朝鮮に対する認識が広まったものの、最近では忘れ去られようとしていたのが、あらためて国民各層に拉致問題が解決していないことを訴えたことではないか。
金賢姫来日以来、韓国メデイアの報道を毎日、ウオッチしているが、朝鮮日報、聯合ニュース、中央日報、東亜日報の主要メデイアはほとんど扱っていない。
1987年11月29日の大韓航空機爆破事件は、乗客・乗員115人全員が死亡する悲惨な北朝鮮によるテロ事件だが、実行犯の金勝一工作員はバーレーンの空港で自殺、金賢姫は逮捕され、身柄を12月15日に韓国へ引き渡された。ソウルの国家安全企画部で尋問が行なわれ、犯行を自供している。
北朝鮮は金賢姫が「北朝鮮の工作員ではない」として、今日に至るまで大韓航空機爆破事件の関与を否定している。
金賢姫は国家保安法、航空法、航空機運航安全法違反で1989年2月3日に起訴、裁判所は一・二審とも死刑判決を下し、1990年3月27日に死刑が確定した。
しかし盧泰愚大統領は「事件の生き証人」という政治的な配慮から、事件遺族の抗議の中、4月12日に特赦した。北朝鮮のテロ活動に対するカードとして温存する政治的な配慮があったと思われる。
すでに国家安全企画部の尋問で金賢姫の犯行は解明されている。北との融和政策を推進した金大中、盧武鉉政権下では金賢姫の存在は、むしろ厄介者の扱いを受けて、金賢姫も生活に窮する状態になっている。拉致に関する金賢姫の知見も1987年以前に限られ、最近の拉致被害者の情報は当然のことながら持っていない。
20日未明に来日した金賢姫は、23日まで日本に滞在したが、北朝鮮ウオッチャーが予測した通り拉致に関すする新情報は無かった。
韓国メデイアだけでなく海外メデイアも金賢姫来日については冷淡である。英インディペンデント紙は「ジェット機爆破事件の北朝鮮元工作員が日本で歓迎される」と題し、もっともありえないスパイ物語と報じた。
また、日本国籍の偽造パスポートで大韓航空機爆破を試み、一度死刑を宣告された金元工作員は、東京の羽田空港で逮捕されなければならない。
にもかかわらず、彼女の地位は犯罪者どころか、まるで要人扱いだ、と金元工作員の待遇を疑問視している。
さらに英ガーディアン紙は金元工作員はこれまでにも被害者の家族と何度か会見しており、新しい情報が提供されることは期待できないとした。
日本のメデイアの熱狂的な報道振りとは対照的である。
むしろ一過性の熱狂的な報道にもかかわらず時間の経過とともに冷却化する可能性がある。それは金賢姫来日に期待を抱いた拉致被害家族にとっても不幸な出来事になる。冷却化させない政府関係者の具体的な行動が、これから求められる。
2010.07.23 Friday name : kajikablog
2010(平成22)年7月24日(土)
大韓航空機爆破テロの位置づけ:西村眞悟
「逮捕されるべき犯罪者が、要人扱い」:古澤 襄
第1988号
大韓航空機爆破テロの位置づけ
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西村 眞悟
まず、22日のことからご報告する。来日中の大韓航空機爆破犯人の金賢姫は軽井沢の鳩山君の別荘から出て、東京上空を約40分ほど遊覧飛行をした後、帝国ホテルに入って夕方の「晩餐会」に出席した。
その時、政府認定拉致被害者以外の拉致被害者を調査している「特定失踪者調査会」の荒木和博会長が、特定失踪者の写真を詰めたバッグをもって帝国ホテルを訪れ、金賢姫においてその写真を閲覧して見覚えのある人物がいるか否か確かめる機会を与えて欲しいと中井大臣に申し入れた。
すると、中井大臣は、言を左右して荒木氏を1時間以上ドアの前で待たせたうえ、ホテル従業員が食事などを運ぶときに用いるバックヤードから、金賢姫とともに「逃げた」。
そもそも金を招いた政府の任務は、拉致被害者の情報を金から得ることである。しかしながら政府は、その情報を得る機会を荒木氏に与えなかった。と言うより、荒木から逃げた。
これで、この度の金来日が、菅民主党政権の仕組んだ人気浮揚の軽薄なパホーマンスであることが明らかになった。
私は、荒木和博が帝国ホテルに行く1時間前に、特定失踪者の事務所で彼と会っていた。その後帝国ホテルでの顛末は、新幹線で新大阪に着いてから知った。
拉致被害者救出の為に、情報収集に果敢に突き進んだ特定失踪者調査会会長荒木和博、あっぱれである。
菅内閣の面々と、政府のこの度のVP金賢姫接待要員は、何の為にその地位にあって歳費を受け取っているのか。歳費なく身銭を切って拉致被害者を調査している荒木和博らの爪の垢でも飲めと言いたい。
彼らは、拉致被害者を救出するためにいるのではなく、拉致被害者を食い物にして人気を得ようとしている。
次に、我が国との関係で大韓航空機爆破事件を位置づけておかねばならない。そうすれば、この度の政府の対応が、如何に軽佻浮薄な本質からずれたものであるか明らかになる。
まず、骨肉が争う凄惨な朝鮮戦争は北朝鮮の金日成による武力侵攻から始まった。武力による朝鮮半島統一は、北朝鮮の悲願であり「国是」であり、今も変わっていない。(もっとも、菅内閣と民主党のなかには、未だに朝鮮戦争は南の韓国がアメリカとともに北朝鮮に侵攻して始めた、と北朝鮮と同じことを言っている左翼がいることに注意)
1968年1月、北朝鮮の武装ゲリラの南侵が失敗する。しかし、武装ゲリラ達は、韓国大統領の官邸である青瓦台近くまで迫った。
このゲリラによる直接的な武力侵攻の失敗を受けて、北朝鮮は、対日工作活動を強化して間接的侵攻を模索する。1970年のよど号ハイジャック事件以来、北朝鮮は対日工作を強化し始めた。
その結果が、1974年8月15日の文世光事件、即ち、朴大統領狙撃事件である。また、この時期、我が国内でも、同年同月30日に三菱重工本社ビル爆破事件が起こり、日韓両国とも騒然たる状況になった。
そこで、文世光事件であるが、これこそ日本経由の南侵モデルとなったもので、日本人拉致と大韓航空機爆破はこの文世光事件から組み立てられた犯行といえる。
ゲリラの直接侵攻失敗以来、対日工作を強化した北朝鮮は、在日韓国人文世光(22歳)を北朝鮮の工作員に仕立てることに成功する。
朝鮮総連生野支部政治部長金○○は、文世光に資金をあたえ射撃訓練を施し日本人の真正なパスポートを用意する。文世光は大阪湾に入った万景峰号の船内で、北朝鮮工作員から、8月15日の韓国の復光節の式場で韓国朴大統領を狙撃せよとの指令をうける。
文世光は、大阪府警の高津派出所から奪われたピストルを持って日本人として韓国に入国し、式典会場で朴大統領を狙撃する。しかし、弾は大統領から外れて大統領夫人に命中する。
文世光は、その場で逮捕され全てを自供して犯行は北朝鮮のテロという事実が判明した。しかし、この文世光によるテロの結果、何が起こったか。
韓国内の世論は、北朝鮮を非難するのではなく、日本を非難し反日暴動が巻き起こった。日韓の国交断絶寸前という状態になった。文世光が在日であること、日本人になりすましていたこと、日本の警察のピストルが犯行に使われたこと等の要因からであろうか、不可解であるが、韓国世論が反日に激高したことは確かである。
そこで、北朝鮮は、この韓国内の現象を眺めて、日本人をテロ犯人に使えば、日韓関係を破綻させ、北朝鮮にとって南侵の絶好の条件が整うと判断した。
ここから生まれてきたのが、日本人拉致と蜂谷真一と蜂谷真由美(金賢姫)の「日本人父娘」による1987年11月29日の大韓航空機爆破テロである。
振り返れば、我が国政府が文世光事件の背景を徹底的に調査し捜索すれば、その後の日本人拉致や大韓航空機爆破は防げたかもしれない。
1974年に時点で、文世光を工作員にした朝鮮総連生野支部政治部長を逮捕し、文世光が射撃訓練をした東京の病院を家宅捜査し、万景峰号を調査しさらに朝鮮総連を徹底的に調べ上げているべきであった。
しかし、時の田中内閣はそのどれもしなかった。その理由は、推測であるが、日中国交樹立を果たしたその次は、日朝国交樹立で締めたいと功名心を燃やしたからだろう。
このように、時の内閣が人気浮揚または功名心から、国家に対する脅威を甘く見れば、相手はどこまでも付け入ってくるのが国際政治である。
この教訓を忘れて、この度も政権の人気浮揚のために、金賢姫をVP扱い有名人扱いしているが、我が国への脅威を忘れた愚かな政治の所業だと言わざるをえない。
我が国政府は、彼女から、日本人になりすました動機そして、大韓航空機を爆破した指令を出した人物の名前、日本人を拉致した犯人の名前と官職などは、明確に聞き取りしておく必要がある。
「逮捕されるべき犯罪者が、要人扱い」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
古澤 襄
1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫の呼称は多くのメデイアは元工作員としたが、NHKは元死刑囚で通した。日本政府は破格のVIP扱いで遇したが、期待された拉致情報は得られなかった。
唯一の収穫は小泉訪朝によって拉致問題が日本国内で知れ渡り、テロ国家・北朝鮮に対する認識が広まったものの、最近では忘れ去られようとしていたのが、あらためて国民各層に拉致問題が解決していないことを訴えたことではないか。
金賢姫来日以来、韓国メデイアの報道を毎日、ウオッチしているが、朝鮮日報、聯合ニュース、中央日報、東亜日報の主要メデイアはほとんど扱っていない。
1987年11月29日の大韓航空機爆破事件は、乗客・乗員115人全員が死亡する悲惨な北朝鮮によるテロ事件だが、実行犯の金勝一工作員はバーレーンの空港で自殺、金賢姫は逮捕され、身柄を12月15日に韓国へ引き渡された。ソウルの国家安全企画部で尋問が行なわれ、犯行を自供している。
北朝鮮は金賢姫が「北朝鮮の工作員ではない」として、今日に至るまで大韓航空機爆破事件の関与を否定している。
金賢姫は国家保安法、航空法、航空機運航安全法違反で1989年2月3日に起訴、裁判所は一・二審とも死刑判決を下し、1990年3月27日に死刑が確定した。
しかし盧泰愚大統領は「事件の生き証人」という政治的な配慮から、事件遺族の抗議の中、4月12日に特赦した。北朝鮮のテロ活動に対するカードとして温存する政治的な配慮があったと思われる。
すでに国家安全企画部の尋問で金賢姫の犯行は解明されている。北との融和政策を推進した金大中、盧武鉉政権下では金賢姫の存在は、むしろ厄介者の扱いを受けて、金賢姫も生活に窮する状態になっている。拉致に関する金賢姫の知見も1987年以前に限られ、最近の拉致被害者の情報は当然のことながら持っていない。
20日未明に来日した金賢姫は、23日まで日本に滞在したが、北朝鮮ウオッチャーが予測した通り拉致に関すする新情報は無かった。
韓国メデイアだけでなく海外メデイアも金賢姫来日については冷淡である。英インディペンデント紙は「ジェット機爆破事件の北朝鮮元工作員が日本で歓迎される」と題し、もっともありえないスパイ物語と報じた。
また、日本国籍の偽造パスポートで大韓航空機爆破を試み、一度死刑を宣告された金元工作員は、東京の羽田空港で逮捕されなければならない。
にもかかわらず、彼女の地位は犯罪者どころか、まるで要人扱いだ、と金元工作員の待遇を疑問視している。
さらに英ガーディアン紙は金元工作員はこれまでにも被害者の家族と何度か会見しており、新しい情報が提供されることは期待できないとした。
日本のメデイアの熱狂的な報道振りとは対照的である。
むしろ一過性の熱狂的な報道にもかかわらず時間の経過とともに冷却化する可能性がある。それは金賢姫来日に期待を抱いた拉致被害家族にとっても不幸な出来事になる。冷却化させない政府関係者の具体的な行動が、これから求められる。
2010.07.23 Friday name : kajikablog