子宮頸がんワクチンを考える 第1回 【ヒト・パピローマウイルス (HPV)】 | 日本のお姉さん

子宮頸がんワクチンを考える 第1回 【ヒト・パピローマウイルス (HPV)】

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2010年6月16日発行
JMM [Japan Mail Media]                No.588 Wednesday Edition
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 ■ 『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 上 昌広

   第59回:子宮頸がんワクチンを考える 第1回


子宮頸がんワクチンを考える 第1回

 子宮頸がんワクチンが話題になっています。昨年、グラクソ・スミスクライン社(GSK)から子宮頸がん予防ワクチン(サーバリックス)が販売されたからです。
子宮頸がん対策は、大きく変わりつつあります。何回かにわけて、この問題を考えたいと思います。

 一般人向けの子宮頸がんワクチンの説明は、GSKが作成したHPが秀逸で、お奨めです。( http://allwomen.jp/ )

【若年女性で増加している子宮頸がん】

 子宮頸がんは中年女性でもっとも頻度が高い癌です。日本では、毎年1万5000人が罹患し、3500人程度が亡くなっています。問題は、20~30代の女性の罹患が増加していることです。30代に限れば、人口10万人あたりの罹患者は約55人で、2位の乳がんの30人を大きく引き離しています。また、子育て世代を直撃するため、欧米では「マザーキラー」と呼ばれています。

【子宮頸がん対策は早期発見が重要】

 この癌の特徴は、進行が遅いため、早期発見すれば治癒が期待できることです。子宮頸がんは癌化する前に、前癌病変として局所に留まることが知られています。これを「異形成」と呼びます

 異形成であれ、子宮頸がんであれ、早期に発見できれば、高い確率で治癒します。
例えば、がん細胞が上皮内だけに留まる0期の患者さんの場合、5年生存率は、ほぼ100%です。ところが、がん細胞が骨盤を超えて広がったり、膀胱や直腸に浸潤したIV期では5年生存率が30%程度です。この場合、がんを抱えながら生きている人が多く、治癒を期待することは困難です。また、たとえ治癒したとしても、手術の
後遺症を抱えて悩むことがあります。

【検診】

 子宮頸がんの早期発見のため、検診が重要です。我が国では、地域住民検診として20歳以上の女性を対象に、2年に一度の子宮がん検診を受けることが推奨されています。

 ところが、我が国では受診率が低いことが、大きな問題となっています。OECDHealth Data 2009によれば、我が国の受診率は21%で、米国85%、英国79%、韓国57%を大きく下回ります。婦人科受診の敷居の高さ、学校教育の中で健康問題をきっちりと取り上げてこなかったことなど、様々な原因が考えられます。

 ちなみに、このような状況は変化しつつあります。最近では、マスメディアも子宮がん検診の重要性を報道するようになりましたし、女子大生たちが自発的に啓発活動を始めました。例えば、『女子大生リボンムーブメント』や『I Know プロジェクト』 という運動があります。現役女子大生たちが、子宮頸がん検診率・ワクチン接種率向
上を目指し活動しており、多くのメディアで取り上げられています。当事者の自律的な活動は、医療を向上させる最大の力です。

女子大生リボンムーブメント ( http://ribbon-m.com/ )
I knowプロジェクト ( http://iknowcc.com/ )
 

【ヒト・パピローマウイルス (HPV)】

 子宮頸がんは、以前から性交渉との関係が指摘されていましたが、多くの誤解が流布されました。例えば、1840年頃、フィレンツェの医師が、子宮頸がんは既婚婦人や売春婦に起こりやすいことに気づいたと記載されています。ただ、修道女は乳がんになりやすかったため、乳がんと子宮頸がんは密接に関連すると考えたようです。
また、1950年代には恥垢、1970年代にはヘルペスと関連すると考える医師が多かったようです。
The History of Cervical Cancer:
( http://www.ehow.com/about_5554342_history-cervical-cancer.html )

 この関係を解明したのが、ドイツのハラルト・ツアハウゼン博士です。1983年、

子宮頸がん組織からヒト・パピローマウイルス(HPV)16、18型を分離し、子宮頸がんがウイルス感染によって生じるという学説を提唱しました。この仮説は、その後の様々な研究を通じて証明され、現在、子宮頸がんの99%がHPVと関連すると考えられています。

 性行為を通じて感染したHPVが、子宮頸部粘膜の基底細胞に持続感染すると、細胞が変化し、「異形成」状態になります。多くの場合、数年以内に正常組織に戻るのですが、一部の患者では子宮頸がんへと進展します。なぜ、一部の患者で子宮頸がんに進行するかは、まだ十分にわかっていません。

 ちなみに、ツアハウゼン博士はHPV感染と子宮頸がん発症の関係を明らかにしたという功績で、2008年にノーベル生理医学賞を受賞しました。この年に同時に受賞したのは、HIVを発見したリュック・モンタニエ氏とフランソワーズ・バレ・シ
ヌシ氏です。
【がんウイルス: HTLV-1】

 1970年代以降、遺伝子工学が発展し、がん研究は飛躍的に進みます。特記すべきは、ウイルスが関与する発癌が、多数報告されたことです。

 例えば、1977年、京都大学の高月清医師・博士たちは、九州に多いT細胞腫瘍を独立した疾患として報告し、「成人T細胞性白血病(ATL)」と名付けました。
この疾患は、元宮城県知事の浅野史郎氏が罹患し、闘病生活を送っていることを告白したものです。1980年、米国NCIのロバート・ギャロ博士の研究室に所属する研究者(Bernard Poiesz, Francis Ruscetti)が、ATLの原因ウイルスHTLV-1を分離しました。この結果、白血病の一部が、ウイルス感染で起こることが証明されました。ちなみに、ギャロ博士は、エイズウイルス発見一番乗りをめぐり、前述のモンタニエ博士と論争になった人物です。彼は、エイズウイルスは、自分が専門とするHTLVの近縁と考え、HTLV-IIIと命名しました。

 HTLV-Iは、輸血・性交渉・母乳を介して感染しますが、大部分は母乳を介した垂直感染です。このため、HTLV-1に感染した母親をスクリーニングし、母乳を止めるだけで、相当数のHTLV-1感染やATLが予防できるはずです。

 ところが、問題は簡単ではなさそうです。今年3月に斎藤滋:富山大学教授がまとめた報告では、我が国のHTLV-1感染者は108万人で、ほぼ横ばい。大都市圏では増加しており、人口の高齢化に伴いATLを発症する患者が増えています。医学の進歩が公衆衛生には全く寄与していなかったことになります。この研究結果は、関係者に衝撃を与えたようで、厚労省は自治体に対策を促し、日本産科婦人科学会は、すべての妊婦がHTLV-1検査を受けるようにガイドラインを変更し、併せて公費負担を求めるようです。がん対策は一筋縄ではいきません。

 余談ですが、HTLV-1感染者は、九州南部以外に、東京の離島、三陸海岸、北海道中部(アイヌ民族)に多いとされています。研究者たちは、HTLV-1は縄文人の先祖が日本列島に持ち込み、その後、弥生人が渡来し、縄文人を辺境に追いやったため、このような分布になったと考えています。

 世界では、アフリカ西部 、オーストラリア先住民 、パプアニューギニアのメラネシア人 、アンデスや北米の先住民にも感染者が多いことがわかっています。これも、

古代における人類の大移動を反映しているのでしょう。

【がんウイルス: C型肝炎ウイルス】

 もう一例、ご紹介しましょう。1989年に米国カイロン社が、非A型非B型肝炎患者からC型肝炎ウイルス(HCV)を分離しました。これは、従来、「血清肝炎」と言われていた病気の主因です。

 輸血の歴史は、肝炎ウイルスとの戦いの歴史です。ライシャワー博士事件をきっかけとした、『黄色い血追放キャンペーン』をご記憶の方は多いでしょう。1964年から66年にかけて、読売新聞の本田靖春記者たちが主導しました。あのキャンペーンにより売血が中止となり、日赤を介した献血へと方向転換されました。

 この結果、60年代初めまで、輸血を受けた患者の二人に一人が発症していた血清肝炎が、70年代には10-20%まで低下しました。その後、72年から始まったB型肝炎ウイルス抗原のスクリーニング、89年からのHCV抗体のスクリーニングにより、輸血後のウイルス肝炎は、今や極めて稀です。このような努力を通じ、輸血の安全性は飛躍的に向上しました。

 残された問題は、肝臓がんです。国内に約200万人の慢性HCV感染者がいて、高率に肝臓がんを発症します。肝がん全体の70~80%程度はHCV感染によると考えられています。また、HCVの検査法が発達したため、輸血による感染は減りましたが、入れ墨、注射のまわし打ち、医療事故、あるいは性交渉での感染は大きな問題です。このような経緯で感染した場合も、将来的には肝硬変、肝臓癌になって、命を落とします。このような場合、検査によるスクリーニングは現実的ではなく、ワク
チンなど、別の対策が必要です。

【感染症対策が癌を減らす】

 HTLV-1やATL以外にも、EBウイルスと悪性リンパ腫、B型肝炎ウイルスと肝細胞がんなどとの関係も明らかになっています。また、ピロリ菌と胃がんの研究なども進みました。このような研究も、がんの一部に感染症が関係していることを示しています。このような研究が積み重ねられ、感染症対策は、がん予防の中核を占め
るに至りました。

【ワクチンで癌を予防できるか?】

 ウイルスによって発がんするのであれば、ワクチンによって予防できるかもしれません。世界中の研究者や製薬メーカーが、鎬を削りました。ところが、これがなかなか成功しませんでした。腫瘍を引き起こすウイルスの大部分は慢性感染するため、ヒトの免疫を刺激しにくいからです。これは麻疹やインフルエンザなどと対照的です。
どのようにして、免疫を刺激して、持続的な免疫を引き起こすか、様々な試行錯誤が繰り返されました。

 この試みの最初の成功例が子宮頸がんワクチンです。2006年6月、米国FDAは、メルク社のHPV6・11・16・18型に対する4価のワクチン:ガーダシルを承認しました。同年9月、欧州でも承認されます。我が国では、2007年12月にメルクの子会社である万有製薬が承認申請し、現在審査中です。

 また、2007年8月、欧州はGSK社の16・18型に対する2価ワクチン:サーバリックスを承認。日本、米国は2009年10月16日の同日に承認されました。

ガーダシル、あるいはサーバリックスは、現在、100カ国以上で承認され、世界中で用いられています

 現在、子宮頸がんについて、様々な議論が進んでいます。その有効性と安全性は?
いつ、誰に打つべきか、そして、その費用は誰が負担すべきでしょうか。次回は、このあたりについて、議論したいと思います。

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上 昌広(かみ・まさひろ)
東京大学医科学研究所 探索医療ヒューマンネットワークシステム部門:客員准教授
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帝京大学医療情報システム研究センター:客員教授
「現場からの医療改革推進協議会」
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「周産期医療の崩壊をくい止める会」
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