日本軍はトランプゲームの最後の「ババ」を掴まされたということだ。   | 日本のお姉さん

日本軍はトランプゲームの最後の「ババ」を掴まされたということだ。  

メディアの偏向は意図的か
NHK特集『調査報告 日本軍と阿片』の狡猾な編集

田中秀雄(日本近現代史研究家・自由主義史観研究会会員)

例年の戦争特集番組が多い8月に放送されたNHKの『日本軍と阿片』は、旧日本軍の悪辣さを強烈にイメージさせるという影響度ではかなり大きな部類に入るだろう。  

しかしおそらくこの番組の真の狙いは、靖国神社から所謂A級戦犯を除外させるか、そうできなくても、永遠に首相の参拝を阻止する意図のもとにできている。中国でアヘン蔓延を推進した戦犯的な人物として、処刑された東條英機や板垣征四郎を象徴的に登場させているからである。  

私がこの1時間番組を見た印象を一言で言うならば、ものの見事に日本軍はトランプゲームの最後の「ババ」を掴まされたということだ。  

このNHKスペシャルが狡猾なところは、一応は蒋介石や閻錫山の名前が登場し、中国の国民政府や諸軍閥がアヘンを軍資金にしていることを、申し訳程度に報じていることである。しかし私たちが翻訳したラルフ・タウンゼントの『暗黒大陸中国の真実』、『アメリカはアジアに介入するな!』を読んでもらえれば分かるように、アヘンを政治、軍事のもっとも大事な資金源にしていたのは中国の軍閥の長たちである。  
『アメリカはアジアに介入するな!』では、タウンゼントは自ら撮った福建省の一大平原に作付されたアヘン畑の写真を掲載している。当地を支配していた軍閥の名前も分かっている。共産党がアヘンを資金源にしていたこともタウンゼントは知っているのである。  

我々の現代的な常識が通用しないことは、当時の中国のアヘン蔓延の実態を知れば充分であろう。軍閥は農民に食糧を作らせずにアヘンを栽培させ、それを巻き上げるのだが、栽培させて税金を取る、販売と喫煙に際しても税を取るというように、彼らの政権維持のためのあくどい貴重な膨大な資金源となっていたのだ。  

またアヘン吸引は日本ではむろん犯罪だが、当時の上海や北京、天津など大都会では、一風変わった喫茶店程度の感覚で人々は自由に出入りしていた。

拙著『石原莞爾と小澤開作』に小澤の友人として登場する中国文学者の村上知行は、『支那及び支那人』(昭和13年)という著書に、断髪モガを髣髴とさせる日本からやってきた活発なI女史を引き連れて北京のアヘン屈を探訪したことを載せている。そこでの詳細な喫煙方法やら、一人で来る男性客のために娼婦もいることまでも紹介している。  

むろん、その売り上げは中国政府の収入である。  

彼は書く。「当時北京には中世期の英国の居城を髣髴せしめるような、巨大な鴉片窟があった。4階建ての内部は幾つかの小部屋に分かれていたが、それが悉く鴉片を売り、鴉片を吸引せしめる場所だった」。 記述の内容からすると、この時期は満洲事変以後で支那事変以前のことだと分かる。本が出た年からみれば、日本軍が占領した後の昭和13年にはなくなっていたわけだ。  

支那事変は小澤開作が事変後の『改造』座談会で「陰で赤い舌を出していた」と述べているように(拙著参照)、盧溝橋事件も含めて中国共産党とソ連の謀略であった。日本軍が通州事件や大山事件で決然と立ち、中国の北京や上海、主要な都市、地域を軍事占領した後には、当然、その地における軍政の施行が問題となる。そんな準備は、(盧溝橋事件が起こらなければ戦争を起こそうなどとは思っていない)日本軍にあるわけがない。  

日本軍の特務や後の興亜院が里見甫を使ってアヘンの集買をやらせていたことは事実だが、それはまさに当時の特務機関関係軍人が番組で証言したように、ほかに方法がないための「死活問題」だったのだ。ほかに信用に値する通貨がない以上、アヘンを利用するしかなかったのが日本軍である。つまり、追い出した中国国民政府が収益源としていたアヘンをそのまま利用せざるを得なかっただけということだ。  

このNHK番組は、中国国民政府のそうした実態を主張しない。蒋介石政府が漢口でのアヘン取締りをしていたという映像は、日本軍の悪辣さを当時の国際聯盟に訴えた「宣伝映画」であり、それをそのまま信じて放映する無神経さは日本の公共放送とは思えない。せめて「ババ」を掴まされたのだという程度の解説はするべきではないだろうか。  

満洲国の五族協和、王道楽土の理想郷は、満洲国全土にあるアヘン窟の数多い実態によって嘘であることが分かるとNHK番組はいう。その証拠として出したのが「満洲国警務総局の内部資料」(昭和16年)という写真資料である。

満洲国のおどろおどろしいイメージの決定版とも言いたいのだろうか。姑息な編集としか言いようがない。佐藤慎一郎先生が書いた『大観園の解剖』に出ている写真そのものではないか。満洲のハルビンにあったアヘン窟であり、売春宿でもあった大観園を佐藤先生が調査した記録である。  

大観園の周りの道路には、毎日の干からびた全裸死体が何体も放り出される。それを長い鈎でひっかけてトラックで回収して回るのがハルビン市の役目である。まるで燃えないゴミの回収のようだが、市はこれを共同墓地に埋めに行く。NHK番組は、干からびた死体も、墓地の棺桶に入った男性器が丸見えの死体写真も紹介したが、革靴を履いた足も写りこんでいた。これが、調査をした佐藤先生の足である。


上部の革靴は佐藤慎一郎先生の足

ついでながら、共同墓地のことを佐藤先生は「万人坑」とこの本で書いている。日本軍がやったという生き埋め、虐殺とは全く無縁の言葉である。虚仮脅しに日本人は本当に弱い。

全裸死体が毎日無造作に放り捨てられ、死体のすぐ脇では、気にもせず屋台の朝飯を食べる中国人がいる“魔窟”大観園には、満洲国政府も恐ろしくて手が出なかった。大正時代に満洲に渡り、中国語も流暢な、蒋介石や国民政府の要人とも関係の深かった佐藤慎一郎でなければ、ここの内部調査はできないというので先生が頼まれたのだ。  

私が、佐藤先生から直接聞いたところによると、梅毒症状で息をするたびに鼻がプルプルと震え、鼻が欠けた大歓園に住む売春婦にも聞き取りをしたという。むろん体には触れない。娼婦の使う蚕棚のようなベッドの四方の壁、天井はつぶされた南京虫の死骸でびっしりだった。開いた天井の穴からは、数角を払えば性交の模様を覗き見できる。


大観園の娼婦と客

2階に上る階段の下には、これから捨てられる枯れ枝のような死体が積み重なっていた。アヘン中毒で死ぬ者は、その死の直前に周りの者から、着る物一切身ぐるみ剥がされる。だから放り捨てられるときは丸裸なのだ。佐藤先生は調査中に人が殺される時のかすかなうめき声も聞いている。

満洲には山東省からの移民が多かった。大観園で死んだ無縁者の腹を開けてアヘンを詰め、親族の遺体だとして故郷の山東省に送り返す形で密輸していたことも分かった。  

NHKは巧妙にごまかしているが、“魔窟”大観園は満洲国政府とはまったく関係がない。ハルビンの顔役の一人である中国人が堂々と経営していたのだ。日本軍が支配していた満洲国を、支配されながら陰で嘲笑していたのが中国人だったのだ。


上木賃宿から放り投げられた屍

満洲国はアヘンを専売にしていたことは番組でも言っている。

専売にしたのは、これが1895年以来の台湾の統治でアヘン患者を急激に減らすことに成功した唯一の方法だったからである。これは医者でもあった後藤新平民政長官の考えであった。専売による収入は、患者の厚生費や福祉事業に当てられる。このやり方を満洲国政府も踏襲しようとしたのである。

しかし主に熱河省(現在は河北省に併合)で栽培されているアヘンは、専売のために農民からの購入価格は決められている。それを尻目に、専売価格より高価に買い取って資金源にしていたのが中国共産党である。それは北京や天津、上海で販売されて活動費となった。そのことは石原莞爾の側近だった協和会の山口重次が証言している(『石原莞爾と小澤開作』参照)  

こうした事情は、見かけ上は日本軍の占領下にあるというだけの支那本部 China proper ではさらに顕著なものだった。天津や上海の租界には、日本の警察力は及ばず、共産党や国民党の特務の跳梁跋扈するところだった。彼らの融通無碍な活動力がどこからくるのか? よほどのぼんくらでない限り、誰でも分かる。日本軍の特務がアヘンを使わなかったら、彼らが独占していただけのことである。  

NHKの調査力なら、その程度のことを調べるのは可能だろう。もっとも調べる気力も、調べたところで放映することもなかっただろう。  

ついでながら、私は大観園の跡地を見学している。今も荒涼とした跡地には、「洗浴」と書かれた看板の店があった。中国人ガイドは、お風呂屋さんだが、売春施設でもあるのだと言った。

文革を散々に体験して日本に逃れてきた故石原栄次は、私のところに佐藤先生も激賞するユニークな中国通信誌を送ってくれていた。その中に、遼寧省のアヘン患者80万人とあった。また旧満洲の朝鮮族の研究者である私の知人は、農民が道端でアヘンを売っていたのを目撃している。この話を聞いたのは10年ほど前である。  

佐藤慎一郎著『大観園の解剖』は、今は原書房刊で手に入る。それを現代仮名遣いに直す手伝いをしたのはこの私である。
http://www.jiyuushikan.org/rekishi/rekishi168.html