「ツイッター in China」なぜ、政府にネットを制限されているのにツイッターが使えるのか。
■ 『大陸の風ー現地メディアに見る中国社会』 第174回
「ツイッター in China」
□ ふるまいよしこ :北京在住・フリーランスライター
第174回
「ツイッター in China」
先週、12日月曜日の午前、コンピュータをつけてツイッターを開くと、中国人ツイーターたちがなにやら朝から浮足立っていた。いつもはクールに外国ニュース記事を翻訳転載するオピニオンリーダーたちが流すツイートを見ると、なぜだかえらく「にやけて」いるのだ。
文字だけのツイートでどうして相手が「にやけてる」ことが分かるのか、て? 実は不思議なことにツイッターのヘビーユーザーが流す大量のツイートを日々追っかけていると、実際に現実の世界ではその人に会ったことがなくてもご本人がどんな表情を浮かべてそれを流しているのかがだんだん「見えて」くるようになる。もちろん、それはわたしもほぼ毎日ツイッターに貼りついているヘビーユーザーの一人だからか
もしれないが、まるで「文字は人を表す」かのようにオピニオンリーダーたちの気分が時として手に取るように分かる。
ただ、その日浮ついていたのは一人や二人ではなかった。あの人もこの人も、もちろん日ごろから軽口ツイートを流す中国人ツイーターもいるのだが、その日は見回す限りの常連たち一人ひとりがぽわぽわぽわぽわ、とタンポポの種のようにおかしな雰囲気をツイッター中にまき散らしていた。
「どしたんだ、今日はこりゃ?」と思わず尋ねたら、台湾のツイッターユーザーから答が返ってきた。「昨夜ね、日本のアダルトビデオ(AV)女優の蒼井そらさんのツイッターアカウントが見つかって大騒ぎだったんだよ。キミがそこにいれば、いろいろ中国人のツイーターたちの『お手伝い』ができただろうに」…はぁ?
とまぁ、その辺の流れは日本のメディアでもかなり流れたので、ご存じの方も多いはず。そして、中国での日本AV人気は以前この「大陸の風」でも「色情・和諧・飯島愛」というレポートで取り上げたので覚えておられる方もおられるだろう。
( http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report4_1512.html )
そんな中で蒼井さんのツイッター出現は中国人ツイートたちに「遠い向こうの人とツイッターで会話ができる!」という意外性をもたらしたが、さらに中国人ファンの興奮に油を注いだのは中国からのフォローが激増したことに気付いた蒼井さんが、翻訳サイトを使って中国語でツイートしたためだった。
実のところ翻訳サイトは便利だが、誤訳も多い。この時も蒼井さんが使った「ファン」という日本語が「球迷」と誤訳されたまま流れたことが中国人ファンに逆に大受けした。というのも、「球迷」は確かに「ファン」という意味だが、一般にサッカーやバスケットボールなど球技の「ファン」を指す。俳優のファンなら一般に「影迷」(「影」は映画「電影」を指す)だが、「球」には偶然にも俗語として女性の胸を指すので、AV女優の蒼井さんが使った「球迷」という言葉に中国人ファンたちも誤訳と知りつつ大喜びしたのだ。
そんな事情が分かってからよく眺めると、日ごろは硬派のツイッターオピニオンリーダーたちですら時事ニュースを3本くらい流したかと思うと、ふたたび蒼井さん話題が出現する、といったそんなへらへら状態が、14日に青海省で大地震が起きるまでずっと続いたのだった。
しかし、青海省の地震が起きるとツイーターたちは活発に情報収集に取り掛かった。
思い起こせば2年前の四川省地震の時には、中国ではほとんどツイッターは使われていなかったので、ニュースポータルサイトと、日ごろから多くの読者や太い情報のパイプを持っている著名ブロガーのブログを飛びとびはしごして、そこで紹介されていた、現地に暮らす、あるいは現地に知り合いがいる読者が提供する情報の切れはしやリンクを拾って歩きまわった。それが今回の地震ではツイッターをのぞいているだけで、情報を持つ誰かがつぶやき(発信し)、それを誰かが転送し、さらに誰かが転送する、そうやって流れてくる情報を拾い続けた。
「そんな情報を信じて、ガセねたがまことしやかに飛び交ったらどうするんだ?」そう思われる方もいるだろう。日本でもこれと全く同じ疑問の声が、2月末のチリ地震で起こった太平洋の津波情報の伝達に、ツイッターを使った原口総務相に向けて発せられた。確かにガセねたをつかまされる可能性がまったくないとは言い切れない。実際に、わたしも今回の地震の直後に日ごろから信用している人が流した情報を転送したら、それを読んだ人から「本人がその後それが誤報だったという訂正を流している」と指摘され、慌てて訂正ツイートを流すという目にあった。
それでも、過去1年間、中国でツイッターが認知され始め、情報ツールとして利用されるようになって以来、今回の地震情報においてツイッターは最も落ち着いた使われ方をしたように思う。そこでは人々はガセ情報が流れることをとても警戒していて、流れてくる情報の転送にかなり慎重になっていた。さらに1年前よりも、半年前よりも、一般のツイッターユーザーの間で「信用できる」あるいは「慎重に情報を取り扱
う」と思われているオピニオンリーダーたちの風評がある程度確立したらしく、そんなオピニオンリーダーたちが転送しない情報は大規模に転送されまくられることはなかった。
そこでは多くの中国人ツイーターたちが信頼性という点を第一義に、注意深く情報を流していることがよく見て取れた。彼らはそんな信頼性とやらをどうやって見分けていたのか?
その答が、冒頭で述べたように大量の情報を毎日流しているヘビーユーザーのツイートの「表情」だ。彼らのツイートを読み続けることでその人となりが分かり、現実に会ったことがない人でもどんな立場に立つ人か、信頼できる情報を流す人かはおの
ずと知れてくる。だから、中国語のツイッターでは日ごろから熱心にツイートする人にはそれなりに多くのフォロワーがついているし、ツイッターで見かける以外では実際に何をやっている人なのか分からない人でも発言の多い人にはフォロワーは多い。
つまりフォロワー数は日々彼らのコメントを読んでいる人たちによる、信頼のバロメーターだと言っていい。
しかし、一方で今回の青海地震では、四川地震と比べて入ってくる情報があまりにも少なすぎた。四川省は重慶市が十数年前に切り離されて直轄市となる前は中国国内で最も人口の多い土地だったこと、次にそんな四川省地区から多くの人が就学や就職で四川を離れて各大都市をはじめとする他都市に移り住んでいるために、四川地震ではそんな人たちを通じた現地の情報があっという間に他の土地にも伝わった。さらにはそこが経済的に遅れている西部地区開発の窓口都市として、日ごろから多くの産業や視線を集めていることも情報伝達が速かった理由だろう。
それに比べ、今回地震が起こった青海省は高原地帯で住民もまばらだ。四川地震でも震源地は山村だったが、逆にそこで暮らす人たちが周囲に出て行った人たちと強烈につながっていることを見せ付けたが、青海省ではぽつりぽつりとしか情報が入ってこなかった。そしてそうやって入ってくる情報も「◎◎地区では80%の家が倒壊したらしい」という不確実な情報がいつまでも転送され続け、情報のアップデートはかなり遅かった。本格的に現地発といえる情報が流れ始めたのは、午後5時過ぎくらいに最初のメディア関係者が現地に到着した頃で、朝8時前に起こった地震からほぼ出勤日1日分が過ぎていた。
さらに感じたのが、青海省における情報インフラの弱さだ。四川地震では携帯のメッセージや電話を使って伝えられた情報が次々に転送されたり、ウェブサイトに記録されていった。今回の青海省地震ではそれすらも非常に遅かった。ツイッター上で、事件報道のツイート伝達において百戦錬磨の連中が待っているのに、本当に驚くほど情報が伝わってこなかった。青海にツイッターが普及していないというのではない、
電話やインターネットといったインフラ及びそれを使って家族や故郷の安否を確認した人もいたはずなのに、それが外に流れて来ないという情報のパイプライン構造の弱さ、というべきだろう。
その原因は震源地がチベット族という、中国の主流文化ではない人たちの居住地だったからか? 救援活動が始まってからも多くのチベット語の通訳ボランティアが活躍していることが伝えられているが、言葉が原因だったのか? それとも日ごろからチベット族居住地とその他の地域の情報の往来が日ごろから完全に遮断されているためなのか? さらには情報だけではなく、人と人との往来があったのかどうか?
四川地震の時の圧倒的な情報の洪水を経験しただけに、今回の青海省からの情報の少なさは痛ましいものがある。
しかし、それでもツイッターという速報型ツールが見せ付けたのは、現地入りしたメディア関係者からの情報発信力だ。一部で情報統制がささやかれ、そして実際にそれを裏付けるような情報も流れてはいたが、北京や上海、広州などの大都市から早速駆けつけたジャーナリストたちが夕方過ぎから次々と見聞きしたこと、そして自分たちが現地に行く道すがら体験したことを携帯電話を使ってツイッターに流し始めたのである。
さらに、英紙「デイリーテレグラフ」、米テレビ「CNN」、カタールのテレビ局「アルジャジーラ」の英語チャンネルなど、中国報道経験の豊かな外国人記者がそれぞれ英語でツイートしたものを、次々と中国語に翻訳してほぼ時差なしに流す中国人ツイーターたち。高原地帯の青海省で高山病の症状に悩まされながら彼らが送ってくるつぶやきは、習慣的に体裁や正義感にとらわれやすい中国人記者からの情報を大きくサポートするものだった。このような連携はこれまでにも国内でなにか事件が起こるたびに行われてきたが、今回はそんな外国人記者たちがもたらす情報は現地情報が少ないだけに非常に貴重だったし、そういう意味では多くの中国人ツイーターにとって、蒼井さんのケースと同じように初めて「外国」と時差なし、言葉の壁なしで触れあえた体験だったといえるかもしれない。
ここで一つ説明しておこう。よく日本人や香港人に尋ねられる、「中国ではツイッターはアクセスをブロックされていると聞いた。なぜあんたはツイッターができて、他の中国人もツイートしてるんだ?」と。
その通り。わたしもこれまでこのレポートで触れて来たが、中国政府は「好ましくないウェブ情報管理」のために、万里の長城(グレートウォール)をもじった「グレートファイアーウォール」(中国語では「防火長城」、通称「GFW」)というアクセスブロックを敷いている。それはどういうものか、簡単に言えば、かつての万里の長城のように外部からの敵や物品のモノの流入及び流出を防ぐ関所のような役目を果たすもので、GFWはもっぱら中国国内から外部へのインターネットアクセスのルートを遮断している。
中国の外にあるサーバーを使って運営されているツイッターやフェースブック、あるいはその他のウェブサイトは、このGFWによって中国国内からのアクセスが遮断される。一方で中国国内に置かれたサーバーを利用するウェブサイト(ブログなどを含む)は、直接中国当局が「法律に則って」内容の検閲を行っているわけだ。先月、中国から香港に本拠地を移した検索エンジンのグーグル中国はつまり、中国国内のサーバーを利用していれば当局による「合法な」検閲の対象であり、それを拒むことは「違法」となるが、一国二制度の政策がとられている香港のサーバーを使えばその対象にはならない。そういうからくりがある。
ならば、GFWでアクセスを遮断されているウェブサイトにどうやったらアクセスできるのか。実はそこにはいろいろな手段が流通しており、それはアメリカで軍事目的で開発されたものだったり、中国から追放された宗教団体が国内の人々に情報を伝達する目的で開発したものだったり、あるいはただひたすら商業的な目的で開発されたものだったり、徹底的にボランティア的な気持ちから開発されたりとさまざまだ。
「上には政策あり、下には対策あり」と昔から言われている中国では、そういった手段や情報はその気になれば周囲に転がっているのを拾うだけでいい。
もちろん、当局もそういった手段の取り締まりには躍起になっているが、基本的に雨後のタケノコをモグラたたきで探し当てるようなもので出て来てはつぶされ、つぶされては出て来る、という状態が繰り返されている。だいたい、そんな当局で働く人たちも、現実にそんなアンチGFW(「翻墻」=壁越え)手段を使って海外情報を取得しているのだから、根絶できるわけがない。
さらにツイッターはいわゆるオープンソース形式をとっていて、他人がツイッターを利用するためのソフトウェア作りを推進している。中国では上記のような理由から、ブロックされたウェブサイトにアクセスする人たちはまずIT関係者、そしてジャーナリストが多いが、そういったソフトの開発技術、そして情報の伝達テクを持つプロたちによって、ツイッターにアクセスするための方法を開発して世間に広める、というサイクルが出来上がった。
そうして中国国内からツイッターにアクセスした人は、ほぼ一人残らずアンチGFW派である。さらにまたツイッターのサーバー自体が中国政府の内容規制が届かない海外にあるために、中国人のツイッターユーザーたちは、国内ウェブサイトではつぶやけない、あるいはつぶやいても管理者によってすぐに削除される情報をそこでがんがん流すという習慣が出来上がった。つまり、「ツイッター=政府当局の行動や規制を観察、討論する場」という位置づけとなった。
もちろん、アクセスが遮られているためにそのユーザー数は約20万人程度(ヘビーユーザーたちによる目算)と、600万人と言われる日本人ツイッターユーザーに比べて格段に少ない。さらに中国のインターネットユーザーはすでに3億人を超え、日本の総人口の2倍を軽く超えている。しかし、実際には13億強の人口からするとそのネットユーザーは30%にも足らず、9000万人を超えた日本とは比較にならないし、そのユーザーの多くも実はインターネットゲームを楽しむ若者が中心というのが現実だ。
しかし、そこに確実に外国の情報をさっと手にし、共有し、冷静に正確な情報を見分けて流そうと虎視眈々と「潜伏」している20万の人たちがいる。これが今後どのようなパワーを生むのか。
そうだ、最後に付け加えておこう。先に触れた蒼井そらさんフィーバーはその後、こんなツイートが出て来てまたちょっとした騒ぎを引き起こした。
「蒼井さん、PayPalのアカウントを作ってください。ぼくらは海賊版で蒼井さんを見てますが、お金を払いたくなくて海賊版を見ているのではなくて、正規版が手に入らないからなのです。なのであなたにきちんとお金をお支払いしたいと思っています」
「PayPal」とは、インターネット決済サービスのことだ。つまり、蒼井さんがそこにアカウントを作ってくれれば彼らはそこにきちんとお金を払いたい、というのである。
わたしはこれを読んだ瞬間、あまりの律義さに驚き、そしてあまりの突飛な提案に爆笑した。わたしがこれを転送するとそれを読んだ日本人ツイーターもかなり驚いたようで、さまざまな反響が返ってきた。
しかし、これが翌日蒼井さんを「振り込め詐欺につながるかも」という心配に陥らせたようで、彼女がブログで日本語、中国語の両方を使って、「気持ちはありがたいけれど、もしアカントを開く時には正式にブログでお知らせします。だから、むやみな送金の話には乗らないで」と呼びかける騒ぎに発展した。中国人ツイーターたちもその反応に驚き、何人かがわたしにその理由を尋ねて来たが、日本での振り込め詐欺の多さについて説明したところ、多くの人たちが納得し、さらに「AV女優だというけれど、日本人芸能人の社会的責任感はすばらしい」と、さらに蒼井さんを絶賛する声が続いた。ここでまた、彼らはツイッターを通じて生身の日本人に触れたのである。
ところで、特筆すべきは蒼井さんにPayPalのアカウント開設を求めるメッセージを送ったのは、実はわたしが翻訳してみなさんに読んでいただいたブログ「グーグル、百度と谷歌のこと」を書いた霍炬さんだった。
( http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report4_1921.html )
IT技術者としての責任感と、AVファンとしてのまじめさ。我われ日本人もここで中国人ツイーターの意外性に触れることができた。
そんな積み重ねが両者にとっての信頼感につながって行く日も近いかもしれない。
*****
中国北京在住の皆さまへお知らせ:わたしの新著『中国新声代』を北京で購入、受け取りができるようになりました。人気観光スポット南鑼鼓巷そばの前圓恩寺胡同にある「文鳥カフェ」さんで予約を受け付けています。お名前/連絡先電話番号/購入希望冊数をメールで hsuzuki97(a)hotmail.com までお知らせください。お引き渡し予定日を折り返しご連絡いたします。
----------------------------------------
ふるまいよしこ
フリーランスライター。北九州大学外国語学部中国学科卒。1987年から香港在住。
近年は香港と北京を往復しつつ、文化、芸術、庶民生活などの角度から浮かび上がる中国社会の側面をリポートしている。著書に
『香港玉手箱』(石風社)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883440397/jmm05-22 )
『中国新声代』(集広舎)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4904213084/jmm05-22 )
個人サイト:( http://wanzee.seesaa.net )
JMM [Japan Mail Media] No.580 Thursday Edition
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
「ツイッター in China」
□ ふるまいよしこ :北京在住・フリーランスライター
第174回
「ツイッター in China」
先週、12日月曜日の午前、コンピュータをつけてツイッターを開くと、中国人ツイーターたちがなにやら朝から浮足立っていた。いつもはクールに外国ニュース記事を翻訳転載するオピニオンリーダーたちが流すツイートを見ると、なぜだかえらく「にやけて」いるのだ。
文字だけのツイートでどうして相手が「にやけてる」ことが分かるのか、て? 実は不思議なことにツイッターのヘビーユーザーが流す大量のツイートを日々追っかけていると、実際に現実の世界ではその人に会ったことがなくてもご本人がどんな表情を浮かべてそれを流しているのかがだんだん「見えて」くるようになる。もちろん、それはわたしもほぼ毎日ツイッターに貼りついているヘビーユーザーの一人だからか
もしれないが、まるで「文字は人を表す」かのようにオピニオンリーダーたちの気分が時として手に取るように分かる。
ただ、その日浮ついていたのは一人や二人ではなかった。あの人もこの人も、もちろん日ごろから軽口ツイートを流す中国人ツイーターもいるのだが、その日は見回す限りの常連たち一人ひとりがぽわぽわぽわぽわ、とタンポポの種のようにおかしな雰囲気をツイッター中にまき散らしていた。
「どしたんだ、今日はこりゃ?」と思わず尋ねたら、台湾のツイッターユーザーから答が返ってきた。「昨夜ね、日本のアダルトビデオ(AV)女優の蒼井そらさんのツイッターアカウントが見つかって大騒ぎだったんだよ。キミがそこにいれば、いろいろ中国人のツイーターたちの『お手伝い』ができただろうに」…はぁ?
とまぁ、その辺の流れは日本のメディアでもかなり流れたので、ご存じの方も多いはず。そして、中国での日本AV人気は以前この「大陸の風」でも「色情・和諧・飯島愛」というレポートで取り上げたので覚えておられる方もおられるだろう。
( http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report4_1512.html )
そんな中で蒼井さんのツイッター出現は中国人ツイートたちに「遠い向こうの人とツイッターで会話ができる!」という意外性をもたらしたが、さらに中国人ファンの興奮に油を注いだのは中国からのフォローが激増したことに気付いた蒼井さんが、翻訳サイトを使って中国語でツイートしたためだった。
実のところ翻訳サイトは便利だが、誤訳も多い。この時も蒼井さんが使った「ファン」という日本語が「球迷」と誤訳されたまま流れたことが中国人ファンに逆に大受けした。というのも、「球迷」は確かに「ファン」という意味だが、一般にサッカーやバスケットボールなど球技の「ファン」を指す。俳優のファンなら一般に「影迷」(「影」は映画「電影」を指す)だが、「球」には偶然にも俗語として女性の胸を指すので、AV女優の蒼井さんが使った「球迷」という言葉に中国人ファンたちも誤訳と知りつつ大喜びしたのだ。
そんな事情が分かってからよく眺めると、日ごろは硬派のツイッターオピニオンリーダーたちですら時事ニュースを3本くらい流したかと思うと、ふたたび蒼井さん話題が出現する、といったそんなへらへら状態が、14日に青海省で大地震が起きるまでずっと続いたのだった。
しかし、青海省の地震が起きるとツイーターたちは活発に情報収集に取り掛かった。
思い起こせば2年前の四川省地震の時には、中国ではほとんどツイッターは使われていなかったので、ニュースポータルサイトと、日ごろから多くの読者や太い情報のパイプを持っている著名ブロガーのブログを飛びとびはしごして、そこで紹介されていた、現地に暮らす、あるいは現地に知り合いがいる読者が提供する情報の切れはしやリンクを拾って歩きまわった。それが今回の地震ではツイッターをのぞいているだけで、情報を持つ誰かがつぶやき(発信し)、それを誰かが転送し、さらに誰かが転送する、そうやって流れてくる情報を拾い続けた。
「そんな情報を信じて、ガセねたがまことしやかに飛び交ったらどうするんだ?」そう思われる方もいるだろう。日本でもこれと全く同じ疑問の声が、2月末のチリ地震で起こった太平洋の津波情報の伝達に、ツイッターを使った原口総務相に向けて発せられた。確かにガセねたをつかまされる可能性がまったくないとは言い切れない。実際に、わたしも今回の地震の直後に日ごろから信用している人が流した情報を転送したら、それを読んだ人から「本人がその後それが誤報だったという訂正を流している」と指摘され、慌てて訂正ツイートを流すという目にあった。
それでも、過去1年間、中国でツイッターが認知され始め、情報ツールとして利用されるようになって以来、今回の地震情報においてツイッターは最も落ち着いた使われ方をしたように思う。そこでは人々はガセ情報が流れることをとても警戒していて、流れてくる情報の転送にかなり慎重になっていた。さらに1年前よりも、半年前よりも、一般のツイッターユーザーの間で「信用できる」あるいは「慎重に情報を取り扱
う」と思われているオピニオンリーダーたちの風評がある程度確立したらしく、そんなオピニオンリーダーたちが転送しない情報は大規模に転送されまくられることはなかった。
そこでは多くの中国人ツイーターたちが信頼性という点を第一義に、注意深く情報を流していることがよく見て取れた。彼らはそんな信頼性とやらをどうやって見分けていたのか?
その答が、冒頭で述べたように大量の情報を毎日流しているヘビーユーザーのツイートの「表情」だ。彼らのツイートを読み続けることでその人となりが分かり、現実に会ったことがない人でもどんな立場に立つ人か、信頼できる情報を流す人かはおの
ずと知れてくる。だから、中国語のツイッターでは日ごろから熱心にツイートする人にはそれなりに多くのフォロワーがついているし、ツイッターで見かける以外では実際に何をやっている人なのか分からない人でも発言の多い人にはフォロワーは多い。
つまりフォロワー数は日々彼らのコメントを読んでいる人たちによる、信頼のバロメーターだと言っていい。
しかし、一方で今回の青海地震では、四川地震と比べて入ってくる情報があまりにも少なすぎた。四川省は重慶市が十数年前に切り離されて直轄市となる前は中国国内で最も人口の多い土地だったこと、次にそんな四川省地区から多くの人が就学や就職で四川を離れて各大都市をはじめとする他都市に移り住んでいるために、四川地震ではそんな人たちを通じた現地の情報があっという間に他の土地にも伝わった。さらにはそこが経済的に遅れている西部地区開発の窓口都市として、日ごろから多くの産業や視線を集めていることも情報伝達が速かった理由だろう。
それに比べ、今回地震が起こった青海省は高原地帯で住民もまばらだ。四川地震でも震源地は山村だったが、逆にそこで暮らす人たちが周囲に出て行った人たちと強烈につながっていることを見せ付けたが、青海省ではぽつりぽつりとしか情報が入ってこなかった。そしてそうやって入ってくる情報も「◎◎地区では80%の家が倒壊したらしい」という不確実な情報がいつまでも転送され続け、情報のアップデートはかなり遅かった。本格的に現地発といえる情報が流れ始めたのは、午後5時過ぎくらいに最初のメディア関係者が現地に到着した頃で、朝8時前に起こった地震からほぼ出勤日1日分が過ぎていた。
さらに感じたのが、青海省における情報インフラの弱さだ。四川地震では携帯のメッセージや電話を使って伝えられた情報が次々に転送されたり、ウェブサイトに記録されていった。今回の青海省地震ではそれすらも非常に遅かった。ツイッター上で、事件報道のツイート伝達において百戦錬磨の連中が待っているのに、本当に驚くほど情報が伝わってこなかった。青海にツイッターが普及していないというのではない、
電話やインターネットといったインフラ及びそれを使って家族や故郷の安否を確認した人もいたはずなのに、それが外に流れて来ないという情報のパイプライン構造の弱さ、というべきだろう。
その原因は震源地がチベット族という、中国の主流文化ではない人たちの居住地だったからか? 救援活動が始まってからも多くのチベット語の通訳ボランティアが活躍していることが伝えられているが、言葉が原因だったのか? それとも日ごろからチベット族居住地とその他の地域の情報の往来が日ごろから完全に遮断されているためなのか? さらには情報だけではなく、人と人との往来があったのかどうか?
四川地震の時の圧倒的な情報の洪水を経験しただけに、今回の青海省からの情報の少なさは痛ましいものがある。
しかし、それでもツイッターという速報型ツールが見せ付けたのは、現地入りしたメディア関係者からの情報発信力だ。一部で情報統制がささやかれ、そして実際にそれを裏付けるような情報も流れてはいたが、北京や上海、広州などの大都市から早速駆けつけたジャーナリストたちが夕方過ぎから次々と見聞きしたこと、そして自分たちが現地に行く道すがら体験したことを携帯電話を使ってツイッターに流し始めたのである。
さらに、英紙「デイリーテレグラフ」、米テレビ「CNN」、カタールのテレビ局「アルジャジーラ」の英語チャンネルなど、中国報道経験の豊かな外国人記者がそれぞれ英語でツイートしたものを、次々と中国語に翻訳してほぼ時差なしに流す中国人ツイーターたち。高原地帯の青海省で高山病の症状に悩まされながら彼らが送ってくるつぶやきは、習慣的に体裁や正義感にとらわれやすい中国人記者からの情報を大きくサポートするものだった。このような連携はこれまでにも国内でなにか事件が起こるたびに行われてきたが、今回はそんな外国人記者たちがもたらす情報は現地情報が少ないだけに非常に貴重だったし、そういう意味では多くの中国人ツイーターにとって、蒼井さんのケースと同じように初めて「外国」と時差なし、言葉の壁なしで触れあえた体験だったといえるかもしれない。
ここで一つ説明しておこう。よく日本人や香港人に尋ねられる、「中国ではツイッターはアクセスをブロックされていると聞いた。なぜあんたはツイッターができて、他の中国人もツイートしてるんだ?」と。
その通り。わたしもこれまでこのレポートで触れて来たが、中国政府は「好ましくないウェブ情報管理」のために、万里の長城(グレートウォール)をもじった「グレートファイアーウォール」(中国語では「防火長城」、通称「GFW」)というアクセスブロックを敷いている。それはどういうものか、簡単に言えば、かつての万里の長城のように外部からの敵や物品のモノの流入及び流出を防ぐ関所のような役目を果たすもので、GFWはもっぱら中国国内から外部へのインターネットアクセスのルートを遮断している。
中国の外にあるサーバーを使って運営されているツイッターやフェースブック、あるいはその他のウェブサイトは、このGFWによって中国国内からのアクセスが遮断される。一方で中国国内に置かれたサーバーを利用するウェブサイト(ブログなどを含む)は、直接中国当局が「法律に則って」内容の検閲を行っているわけだ。先月、中国から香港に本拠地を移した検索エンジンのグーグル中国はつまり、中国国内のサーバーを利用していれば当局による「合法な」検閲の対象であり、それを拒むことは「違法」となるが、一国二制度の政策がとられている香港のサーバーを使えばその対象にはならない。そういうからくりがある。
ならば、GFWでアクセスを遮断されているウェブサイトにどうやったらアクセスできるのか。実はそこにはいろいろな手段が流通しており、それはアメリカで軍事目的で開発されたものだったり、中国から追放された宗教団体が国内の人々に情報を伝達する目的で開発したものだったり、あるいはただひたすら商業的な目的で開発されたものだったり、徹底的にボランティア的な気持ちから開発されたりとさまざまだ。
「上には政策あり、下には対策あり」と昔から言われている中国では、そういった手段や情報はその気になれば周囲に転がっているのを拾うだけでいい。
もちろん、当局もそういった手段の取り締まりには躍起になっているが、基本的に雨後のタケノコをモグラたたきで探し当てるようなもので出て来てはつぶされ、つぶされては出て来る、という状態が繰り返されている。だいたい、そんな当局で働く人たちも、現実にそんなアンチGFW(「翻墻」=壁越え)手段を使って海外情報を取得しているのだから、根絶できるわけがない。
さらにツイッターはいわゆるオープンソース形式をとっていて、他人がツイッターを利用するためのソフトウェア作りを推進している。中国では上記のような理由から、ブロックされたウェブサイトにアクセスする人たちはまずIT関係者、そしてジャーナリストが多いが、そういったソフトの開発技術、そして情報の伝達テクを持つプロたちによって、ツイッターにアクセスするための方法を開発して世間に広める、というサイクルが出来上がった。
そうして中国国内からツイッターにアクセスした人は、ほぼ一人残らずアンチGFW派である。さらにまたツイッターのサーバー自体が中国政府の内容規制が届かない海外にあるために、中国人のツイッターユーザーたちは、国内ウェブサイトではつぶやけない、あるいはつぶやいても管理者によってすぐに削除される情報をそこでがんがん流すという習慣が出来上がった。つまり、「ツイッター=政府当局の行動や規制を観察、討論する場」という位置づけとなった。
もちろん、アクセスが遮られているためにそのユーザー数は約20万人程度(ヘビーユーザーたちによる目算)と、600万人と言われる日本人ツイッターユーザーに比べて格段に少ない。さらに中国のインターネットユーザーはすでに3億人を超え、日本の総人口の2倍を軽く超えている。しかし、実際には13億強の人口からするとそのネットユーザーは30%にも足らず、9000万人を超えた日本とは比較にならないし、そのユーザーの多くも実はインターネットゲームを楽しむ若者が中心というのが現実だ。
しかし、そこに確実に外国の情報をさっと手にし、共有し、冷静に正確な情報を見分けて流そうと虎視眈々と「潜伏」している20万の人たちがいる。これが今後どのようなパワーを生むのか。
そうだ、最後に付け加えておこう。先に触れた蒼井そらさんフィーバーはその後、こんなツイートが出て来てまたちょっとした騒ぎを引き起こした。
「蒼井さん、PayPalのアカウントを作ってください。ぼくらは海賊版で蒼井さんを見てますが、お金を払いたくなくて海賊版を見ているのではなくて、正規版が手に入らないからなのです。なのであなたにきちんとお金をお支払いしたいと思っています」
「PayPal」とは、インターネット決済サービスのことだ。つまり、蒼井さんがそこにアカウントを作ってくれれば彼らはそこにきちんとお金を払いたい、というのである。
わたしはこれを読んだ瞬間、あまりの律義さに驚き、そしてあまりの突飛な提案に爆笑した。わたしがこれを転送するとそれを読んだ日本人ツイーターもかなり驚いたようで、さまざまな反響が返ってきた。
しかし、これが翌日蒼井さんを「振り込め詐欺につながるかも」という心配に陥らせたようで、彼女がブログで日本語、中国語の両方を使って、「気持ちはありがたいけれど、もしアカントを開く時には正式にブログでお知らせします。だから、むやみな送金の話には乗らないで」と呼びかける騒ぎに発展した。中国人ツイーターたちもその反応に驚き、何人かがわたしにその理由を尋ねて来たが、日本での振り込め詐欺の多さについて説明したところ、多くの人たちが納得し、さらに「AV女優だというけれど、日本人芸能人の社会的責任感はすばらしい」と、さらに蒼井さんを絶賛する声が続いた。ここでまた、彼らはツイッターを通じて生身の日本人に触れたのである。
ところで、特筆すべきは蒼井さんにPayPalのアカウント開設を求めるメッセージを送ったのは、実はわたしが翻訳してみなさんに読んでいただいたブログ「グーグル、百度と谷歌のこと」を書いた霍炬さんだった。
( http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report4_1921.html )
IT技術者としての責任感と、AVファンとしてのまじめさ。我われ日本人もここで中国人ツイーターの意外性に触れることができた。
そんな積み重ねが両者にとっての信頼感につながって行く日も近いかもしれない。
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中国北京在住の皆さまへお知らせ:わたしの新著『中国新声代』を北京で購入、受け取りができるようになりました。人気観光スポット南鑼鼓巷そばの前圓恩寺胡同にある「文鳥カフェ」さんで予約を受け付けています。お名前/連絡先電話番号/購入希望冊数をメールで hsuzuki97(a)hotmail.com までお知らせください。お引き渡し予定日を折り返しご連絡いたします。
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ふるまいよしこ
フリーランスライター。北九州大学外国語学部中国学科卒。1987年から香港在住。
近年は香港と北京を往復しつつ、文化、芸術、庶民生活などの角度から浮かび上がる中国社会の側面をリポートしている。著書に
『香港玉手箱』(石風社)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883440397/jmm05-22 )
『中国新声代』(集広舎)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4904213084/jmm05-22 )
個人サイト:( http://wanzee.seesaa.net )
JMM [Japan Mail Media] No.580 Thursday Edition
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部