頂門の一針 「邦人死刑は“国内問題”か」 | 日本のお姉さん

頂門の一針 「邦人死刑は“国内問題”か」

邦人死刑は“国内問題”か
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        伊藤 正

30年余前、魏京生裁判をめぐり、北京の女性幹部とやり合ったことがあった。

魏氏は1978年秋の民主化運動活動家で、時の実力者、トウ小平氏を「新たな独裁者」と攻撃したため逮捕され、79年10月、反革命宣伝・扇動罪などで懲役15年の判決を受けた。

憲法は言論の自由を保障しており、言論内容で罪を問うのは不当、との私の主張が激論の始まりだった。

女性幹部は「魏京生はわが国の社会主義制度の転覆を図った反革命分子であり、重罰は当然」と反論、かみ合わない議論の末、彼女は言った。

「これは中国国内の問題であり、外国人が口出すべきではない。あなたは、なぜ赤の他人の魏京生に関心を持つのか」

「同じ人間だからですよ」と答えると、女性幹部はきょとんとしていた。

で、「例えば魏京生があなたの弟だったらどうなんです」と追い打ちをかけると、彼女は一瞬動揺し、黙ってしまった。

中国で麻薬密輸罪で死刑が確定していた日本人4人の刑が9日までに執行された。

中国では薬物犯罪は重罪であり、1日に福建省で死刑を執行された男は、前歴があったとはいえ、直接の罪状はヘロイン66グラムの所持だった。

日本人4人は1キロ以上の覚醒(かくせい)剤密輸にかかわっており、中国側は「中国の法に基づき裁判は公正に行われ、死刑は妥当」としている。

先の女性幹部同様、中国の国内問題というわけだ。

この件に関し、櫻井よし子氏は8日付本紙朝刊で、鳩山由紀夫首相が「刑罰が厳しすぎるという思いはある、一般国民は中国はこわい国だと思うかもしれない。

しかしそれが日中関係に亀裂を生じさせないよう政府として努力していく」と述べたことを批判している

日本国民の命よりも日中関係悪化を懸念するかのような首相の発言は、首相としての資格に疑問を抱かせる、との櫻井氏の指摘は鋭い。

それは国民の命を守るべき首相の国民の命への無関心を示しているからだが、関係悪化を懸念しているのは中国であり、首相発言は二重の本末転倒なのだ。

昨年12月末、同じ麻薬密輸罪で英国人が死刑執行を通告された際の英政府は、刑執行までの7日間に、中国政府に死刑囚の精神疾患などを理由に執行停止を求め、計10回の交渉を重ねている。

陣頭指揮をとったブラウン首相は刑執行後、中国政府を非難する声明を出した。

交渉や抗議で中国の決定が変わったわけではない。

しかしこの問題を通じて、英政府は、自国民保護への決意と同時に、毎年、大量の死刑判決を生む中国の司法制度の問題点を世界にアピールした。

その背景には、人権保護への高い意識があり、中国の人権状況改善に向けた力にもなる。

4人もの日本人が死刑執行された日本は、交渉も抗議もすることなく「懸念」を表明しただけだった。

中国で中国の法を犯した以上、中国の決定を受け入れるほかないという物わかりの良さだが、その裏には、鳩山政権の腰の引けた対中姿勢がある。

日中関係筋によると、これまで中国で薬物犯罪で摘発された日本人は26人、うち10人の未決囚の中には、死刑判決が出る可能性のある者もいるという。

薬物犯罪は重罪とはいえ、国際標準からかけ離れた中国の死刑制度を見直させる努力が必要だ。

そうでないと、日本は、中国の人権問題に無関心との国際社会の評価がさらに広まったいくだろう
。(産経新聞 中国総局長)