ハイチは今、どうなっているのか。
2010年3月12日発行
JMM[JapanMailMedia] No.574 Friday Edition http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
□ 春 具 (はる えれ):ハーグ在住・化学兵器禁止機関(OPCW)勤務
■ 『オランダ・ハーグより』 春 具 第239回
「ハイチ」
1月12日、ハイチで大地震がおきてから、今日でちょうど三か月がたちます。
震度7という巨大な揺れは、かの国の首都ポルトープランス(フランス語でPortau
Prince と書く。カタカナで書くと奇妙に響きますな)を直撃し、都市の崩壊はす
さまじいものであった。
テレビや新聞は瓦礫を映し、途方にくれる人々を映し、救援隊の活躍を映し、死者は20万人を超えたと地震災害の怖さを伝えておりました。
だがそのすぐあと、チリで震度8.8というもっとおおきい地震がおき、さらにトルコでも震度6の地震が続き、オーストラリアに洪水がおきるなどの天変地異がつづ
くと、メディアはすぐそっちへ行ってしまい、時が過ぎて生存者の確認・救出が打ち切られ、セレブによるチャリティが一段落し、駆けつけたジャーナリストたちも荷物を片付けて帰路につく。彼らが潮が引くようにすっかりいなくなって、ハイチはほとんどニュースから消え去ってしまった。
そのようななかで、地震のあと、ワシントンに本部を置くInter-AmericanDevelopment
Bank 米州開発銀行(IDBと略称される)で社会局局長をしている畏
友川端ケイからフェイスブックのメッセージがとどきました。
彼女は1月なかば、メキシコへ出張をしたのですが、そのとき会議に居合わせたハイチの外務大臣から、地震のあとをみてみませんかと誘われ、出張チームがそのまま
ハイチまで行ってきたというのです。その生の印象をフェイスブックに書き綴ってきたのであります。
「今週、わたしたちは被災したハイチを訪問する機会に恵まれた。現場を見て米州開発銀行が何をどのように支援すればいいか実地に考えることができた。惨禍は想像を絶する凄惨なもので、とても言葉で表せるものではなかったが、わたしたちはひとびとがへこたれることなく尊厳と快活さをもって復興に立ち向かう姿に圧倒された。ハイチでは、政府機関の建物が崩壊し、多くの職員が家族や住居を失っているにもかかわらず、彼らはバラック建ての仮庁舎に出てきて超人的な仕事をしていた。ハイチは政治学に定義されるような“失敗した国”ではない。ハイチは(ふらふらしていはいるけれど)民主的に選ばれた政府を持つ国で、国際社会が支援の手を差し伸べなけれ
ばやっていけない国ではないのである。いまハイチは瓦解の中からプライベート・セクターを復帰させ、かつ弾みをつけてよりよい国家に作り変えようという気概をもって努力をしている国なのである。」川端ケイはそう言っておりました。
(ちょっと川端ケイについて説明しますと、彼女はもともと世界銀行にいたのですが、
ご主人[緒方貞子難民高等弁務官の官房長であったゾーレン・ジェソンピーターセン氏]にくっついてジュネーブに住み、彼の隠居とともにふたたび世銀に戻った後、昨年だったですか、米州開発銀行にヘッドハントされた開発経済問題の逸材であります。
いまはこの銀行でラ米諸国の社会政策策定(教育、医療、住宅、労働、ジェンダーなど・・・)の局長をしているが、政府の助けを借りることなく、局長のレベルまで自力で昇進したエコノミストであります。国際機関の局長ポストくらいのハイポジションになると母国政府の政治的な支援がないと昇進できないと、昇進できない人たちは言いますが、そんなことはないという例であります。)
わたくしはちょうど先々週ワシントンにいて、川端邸に居候をしていたのですが、彼女がディナーに招いたIDBや世界銀行の同僚友人たちと席をともにしながら、国際行政の現場はハイチの悲劇を前に何を考え、どのような復興戦略を立てているのか、
そのあたりを聞いてまいりました。
ハイチは第一次産品資源(ボーキサイトのような鉱物、コーヒー、サトウキビ、農産物・・・)は比較的豊かであるらしい。だが、この国は世界でもっとも腐敗した国のひとつでもあって、豊かな資源にもかかわらず、そこからの収益は腐敗にいってしまい、インフラ投資へまわされることがながいあいだなかった国家であります。
さらに、北米との最恵国条項による優遇も政府を怠惰にし、資源貿易からの収入を基本インフラ(すなわち、住宅整備、教育、医療福祉、農業などの整備)に使ってくることがなかった。一次産品依存の体質は、一昨年からの世界金融危機の直撃により、ハイチ経済をずたずたにした。
経済はきりきり舞いをし、日用品や食料の暴騰に対して市民の暴動までおきたのであります。彼女ら開発銀行の人たちは、ハイチは「失敗した国」ではなく、「脆弱な国家 Weak State 」にすぎないというが、こ
のまま行くとFailed State へ落ち込んでしまう寸前の国なのであります。
だが、環境のおおきな変化というものは、地震であれ洪水であれ政変であれ、国や国民に脅威であるけれども、同時に絶好のチャンスでもあるのであります。
で、IDBやほかの開発援助機関は、今回の地震を天から与えられた「好機」(という言い方はまずいかな)、とにかくインフラ改革促進のチャンスとうけとめて、国家再建の青写真をつくっております。
簡単に説明してもらいましたが、IDBなどがおこなおうとするのはこういうことらしい。
1.自活力:
上にも述べたようハイチは資源が豊かである。そして労働力は安価でもある。この好条件をPRして世界から(とくに北米から)投資を募る。ハイチは腐敗した国ではあ
るけれど、いまの元首はいちおう民主的なメカニズムで選出されているのである。そのことは投資家を安心させる要素であるはずだ。
2.人口の分散:
ハイチはほかの途上国と同様に、都市部に人口が集中し、スラム化している。郊外や地方を魅力的な土地として、ひとびとを分散させる。
3.インフラストラクチャーの整理・整備:
国が成り立っていくには住宅、教育機関、医療機関、道路、鉄道、電力、水道などが必要である。あたりまえのことであるが、これまでハイチは、これらを作りっぱなしにしてきた。インフラは、作り上げてもメンテナンスをしなければ疲労し、腐食していく。ハイチのインフラはできた当初は立派だったようですが、道路も住宅もエネルギー供給も、どれもいまは無残に粗大ゴミとなっているというのであります。それは開発機関・援助支援国家らの関心がメンテナンスにまで至らないできたこともおおきな原因であったのですが、メンテナンスのためには教育と訓練がキーとなる。ハイチは国民の38パーセントが15歳以下という人口比率だという。作り上げたインフラストラクチャーを腐食させないためにも、初等中等教育の徹底が必要なのであります。
これらの必要性は、ハイチに関してすでに知られ論じられてきたことであるが、平時のハイチではなかなか進めることのできなかった国家再建計画であった。
さらにその先、ハイチは上にも述べたように「腐敗国家」とされておりますから、支援をするならば、その意味でも監視・監査をすることが肝要である。
こういう話がありました。1984年にエチオピアで飢餓が発生したとき、ブームタウンラッツというパンクバンドのメンバーであるボブ・ゲルドフが中心になっておおくのミュージシャンが集まり「バンドエイド」というチャリティがおこなわれたことを読者は覚えておかれよう。あのときの収益はエチオピアに寄付されたのですが、つい先日BBCが「あのときの寄付は、じつは飢饉の犠牲者に届かず、ほとんどが反政府軍にわたって武器購入に使われた」というレポートをだしたのであります。ボブ・ゲルドフはBBCに出演してそのBBCのレポートを否定しておりましたが、彼の怒りはさらにエスカレートして、昨日には、「BBCはまるで根拠のない報道をした、
その責任は重い」とまで言って、BBC会長の辞任を要求しておりました。だがわたくしが思うに、当時はまだセレブによる支援チェリティは揺籃期であったから、報道のような結果になっていたとしてもおかしくなかったかもしれません。でありますから、アカウンタビリティという視点からも監視・監査は支援にも不可欠なメカニズムなのであります。
物的資源があり、人的資源がある。そのことは「脆弱な国家」ハイチにとってはおおきな可能性であり、その意味では、川端ケイのいうように、「いまのハイチは、国家再建モデルの実験場」なのであります。緊急支援は生々しいニュースになるが、国づくりとは、メディアの喧噪が去り、国際社会の同情が消えたところから始まる長く辛抱強いプロセスなのであります。
ハイチはいまそのプロセスの入り口にたっている・・・というわけであります。
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春(はる)具(えれ)
1948年東京生まれ。国際基督教大学院、ニューヨーク大学ロースクール出身。行政学
修士、法学修士。78年より国際連合事務局(ニューヨーク、ジュネーブ)勤務。2000
年1月より化学兵器禁止機関(OPCW)にて訓練人材開発部長。現在オランダのハ
ーグに在住。共訳書に『大統領のゴルフ』(NHK出版)、編書に『Chemical Weapons
Convention: implementation, challenges and opportunities』(国際連合大学)が
ある。(
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JMM[JapanMailMedia] No.574 Friday Edition
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
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バンドエイドの寄付金は
全部、反政府軍の武器になっていたのか。
本当なら悲しい話だ。