生産コストの赤字分を国が補填(ほてん)する「戸別所得補償制度」 | 日本のお姉さん

生産コストの赤字分を国が補填(ほてん)する「戸別所得補償制度」

農家への戸別所得補償、来年度は稲作で先行

 農林水産省は13日、民主党が政権公約(マニフェスト)で2011年度からの全面実施を掲げていた農家への戸別所得補償制度について、10年度は先行してコメを対象に全国で始める方針を固めた。

 15日に提出する来年度予算の概算要求に少なくとも3000億円を盛り込む見通しだ。

 民主党のマニフェストでは、10年度は戸別所得補償制度のモデル事業を実施するとしていた。新政権発足後に、品目ごとに実施するのか、地域ごとに実施するのかで調整が続いていた。

 党内では、来年の参院選に向け、農政の転換をアピールできる戸別所得補償制度を全国で実施するよう求める声が強かった。コメ以外の品目については、生産費や流通価格を調べる必要があり、10年度予算では制度実施のための調査費用を計上する意向だ。

10月14日3時15分配信 読売新聞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091014-00000004-yom-bus_all

米作り、赤字分をチャラに 「戸別所得補償制度」は本当に農家を救うのか


 実りの秋を迎え全国の農村が稲刈りで活気づく中、政権交代により米をめぐる農政が大きく変わろうとしている。鳩山内閣は日本の農業の生き残り策として、生産コストの赤字分を国が補填(ほてん)する「戸別所得補償制度」の創設を掲げた。全国の耕作放棄地が埼玉県の面積に匹敵するほど厳しい農業の現状に対し、新政策はどう応えるのか。なぜ農家の多くは米作りを続けられないのか。東北の米どころを訪ねた。


 ■マニフェスト「初めて見た」

 「栗駒米」で知られる宮城県栗原市の栗駒地区。米作農家の菅原清一さん(47)は山すそに広がる田んぼで青いコンバインに乗り、黄金色に実った稲穂を刈り取っていた。

 「天候不順だったが、出来はまあまあかな」。菅原さんは平日は勤めに出て、週末は72歳の父と水田を耕作する典型的な兼業農家。戸別所得補償制度について尋ねると、「仕組みがよく分からないから、何とも言えないというのが正直なところだ。寄り合いでもあまり話題にならない」。

 近くの田んぼで稲刈りをしていた米作農家、小野寺博さん(75)も「どういう政策か分からんが、現実的に米余りと米価の安値にどう対応してくれるのか。外国との貿易交渉はどうするのか」と言って、記者が持参した民主党の「マニフェスト(政権公約)」をしげしげと眺めた。初めて目にするという。

 ■「無責任なばらまき政策」

 戸別所得補償制度は、米などの農産物の販売価格が生産費を下回った場合、差額を国が補填する制度。民主党はマニフェストで平成23年度から年間1兆円の所得補償を行うと明記。赤松広隆農林水産相は22年4月から、地理的な条件が異なる複数の地域でモデル事業を始めると表明している。

 制度は、自公政権が19年に始めた「品目横断的経営安定対策(現=水田・畑作経営所得安定対策)」への対案だった。「戦後農政の大転換」と呼ばれたこの政策により国は原則、耕地面積4ヘクタール以上の大規模農家や、20ヘクタール以上の耕地をまとめた集落営農にしか補助金を出さなくなった。だが「小規模農家切り捨て」と批判され、民主党は同じ19年夏の参院選で、規模の大小にかかわらず原則、農産物を販売するすべての農家に所得を補償する制度を公約にした。

 ただ、制度の全容は2年たっても不透明のままだ。予算も、現在の減反政策にかかる年間約2千億円の5倍に当たる年間1兆円とあって、自民党などから「無責任なばらまき政策」「赤字が補填されるのでは農家の生産意欲をそぐ」といった批判が出ている。5代目農家という菅原さんは刈り終わったばかりの田んぼを見つめ、こう訴えた。

 「私らだって税金をもらうばかりが解決策とは思っていない。一番の問題は米価が安すぎることだ。昔みたいに米だけ作って食っていけるように、農家が再生産を続けられるようにしてもらえないものだろうか」

 ■“時給”179円の「産業」

 「時給」179円。

 これは、農林水産省が平成19年産米について、原価計算の手法で米の生産コストを計算し、1農家の1時間当たりの報酬を算出した額だ。稲作の「家族労働報酬」と呼ばれ、戦前から続く「米生産費統計」に毎年、元となるデータが公表されている。

 農水省経営・構造統計課によると、昭和50年代から平成の初めまでは時給600~700円で推移し、平成7年は1059円だったが、その後12年は475円、17年331円、18年256円と下がり続けている。

 理由は米価の下落だ。米はかつて国が買い支える公定価格だったが、平成7年の食糧管理法廃止により自主流通米を認めて一部自由化された。16年には食糧法が改正されて流通がほぼ完全に自由化された。

 価格決定を市場原理に委ねた結果、米価は20年前の1俵(60キロ)1万8千円から下落傾向を続け現在は1万2千円程度。減反(生産調整)や高関税で価格を下支えしても止められなかった。農水省は「米の消費量が減っている上、消費者の低価格米への志向が強いため」と分析する。

 宮城の米作農家、菅原清一さんは「今の米価なら機械を買うだけで赤字になる。整備代もかかる」。稲刈りに使う青いコンバインは、走行用ベルトが古くなり切れかかっていた。交換に60万円かかると言われ、あきらめたという。

 ■持続可能な農業のために

 全国の農地に占める水田の割合は54%で、米作農家の8割は菅原さんのような兼業農家だ。彼らが農業を続けてこられたのは、勤めや年金といった農業外の収入があるからだった。

 しかし、不況と小泉構造改革による公共工事の削減で地方の仕事が減り、兼業部分の収入は10年で半減した。農業をあきらめる農家は年間6万戸に上り、農家数は16万9千戸まで減った。その分、耕作放棄地は増え、すでに全農地の1割にあたる38万ヘクタール。埼玉県の面積に相当する。農業就業人口289万人の6割は65歳以上の高齢者だ。

 民主党は「基本的には農家の規模が小さいからと門前払いはしない」(政策調査会)と話すが、戸別所得補償制度により、中小農家は農業を続けていけるようになるのだろうか。

 熊本大学の徳野貞雄教授(59)=農村社会学=は「自民党時代のように農業団体や生産施設へ補助金を出すやり方から、農村の『戸別』の人々へ目が向いてきたことは評価できる。だが、赤字分の補填では農家に利潤は残らず、将来への投資には回らない。農業を続けていくための希望は生まれない」とした上で、こう話す。

 「農業問題は消費者の問題でもある。農水大臣から一般の消費者まで、ご飯1杯の値段をどれだけの人が知っているだろうか。茶碗1杯はわずか25円、このうち農家に渡るのは12円。消費者からすればご飯は安いほうがいいだろうが、それで農家はやっていけるのか。将来も続けられるのか。そこを考えることから、政治家も消費者も農と食のあり方を探っていくべきではないか」

 ■「生産意欲高める制度に」

 米作農家と一口に言っても、中小農家と大規模農家では温度差が異なる面もある。

 国内で2番目に大きな湖だった八郎潟を干拓してできた秋田県大潟村。平均的な経営規模は16ヘクタールと全国平均の約5倍に上る。

 自身も大潟村での米作農家の2代目である高橋浩人村長(49)は戸別所得補償制度について、「言い方は悪いが、手を抜いても国が所得を補償してくれるようなものだ。頑張って収量を上げると、所得補償の対象にならない懸念もある。低所得者に対する安全網だけでなく、努力した分は報われるようなシステムがないと生産意欲につながっていかないのではないか」と話す。

 月刊誌「農業経営者」副編集長、浅川芳裕さん(35)は「最大の問題は、農産物の販売コストと販売金額の差、つまり『赤字額を補填』する仕組みであることだ」とした上で「農家にとっては、赤字が増えれば増えるほど、国からもらえる金が増える。頑張らない農家でも手厚い補償を得られるのでは、健全な競争原理は働かず、日本は赤字農家だらけになる」と話す。

 東京大学の生源寺真一教授(57)=農業経済学=は「財源の懸念やばらまきだという表面的な批判は続出したが、踏み込んだ検討は先送りされている。民主党の説明も不十分だ」とした上で、こう指摘した。

 「ただ、財源をどうするのかといった単純な議論からの批判には賛成できない。農業への必要な財源の投入をためらうべきではないからだ。もちろん、それはいずれ国民に恩恵をもたらすような投資的な内容でなければならないだろう」

 宮城の菅原さん宅では、稲刈り後、機械を使った乾燥作業が続いていた。8時間から10時間かかるという。大型乾燥機の様子を気にしながら、菅原さんは最後にこう言った。

 「農家が元気だと、工業も元気になる。トラクター、軽トラ、重機、タイヤ…どんどん売れるから。今はどこの農家も安い韓国製を買っているが、余裕があれば本当は国産品を買いたい。農家が再生産できる米価なら、国産品に手が出せるようになる」