「パンドラの箱を開けるのは今。 宿直問題は国民的議論の入口にすぎません!」梅村聡:参議院議員
2009年4月29日発行JMM [Japan Mail Media] No.529 Extra-Edition
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■ 医療に対する提言・レポート from MRIC
「パンドラの箱を開けるのは今。
―宿直問題は国民的議論の入口にすぎません!」
□梅村 聡:参議院議員
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■ 医療に対する提言・レポート from MRIC
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去る4月14日、参議院厚生労働委員会で、勤務医の労働環境に関して質問をさせていただきました。勤務医の労働環境といえば、先立つ3月下旬、愛育病院が労働基準監督署の査察・是正勧告を受け、夜間の常勤医確保が困難であることを理由に総合周産期母子医療センターの指定返上を都に打診したことは、皆様ご記憶に新しいかと思います()。同様の査察を、日赤医療センターはじめ複数の医療機関が受けていたことも報道されました。勤務医の労働実態が労働基準法の定める範囲に収まらない、順守しないのでなく守れないという状況は、全国的に常態化しています。
ただし、今回の私の質問の意図は、それを今日明日どうにかしろというものではありません。私は質問の中で、切り口として、医療法16条の定める「宿直」と、労働基準法労基法上の平成14年3月19日の局長通達にある「宿直」の意味合いが異なることを指摘しました。(答弁の詳細につきましては、梅村さとしオフィシャルサイトからロハス・メディカルweb掲載記事にリンクしています。
http://www.s-umemura.jp/link.html
)。ただ、いずれにしても問題はそうした言葉や概念云々に限ったことではないのです。むしろ宿直問題は、医療における労働問題がいかに遅れているかの象徴に過ぎず、医療費の議論を含め、今後の医療のあり方を考える上での入口に過ぎないと考えています。
【 なぜ宿直問題を取り上げたのか 】
さて、今回私がなぜこの宿直問題を取り上げたのか、そもそもの問題意識に立ち返るなら、私が一昨年に政治の世界に足を踏み入れたきっかけにまで遡ります。
私は2001年に医学部を卒業し、公立病院で医師として働き始めました。それからの約7年間、日々、多忙で過酷な勤務実態を自ら体験したわけです。勤務時間帯以外でさえ、オンコールといって呼び出しをいつ受けても対応できる体制が求められ、要は四六時中、医療に縛り付けられた状態の毎日でした。とはいえそれでも、「できるならやればいい。そこまで悪い制度でもない」くらいに思い、従事していたのです。
ところが、そうした状況の中である日、同じように働いていた同僚が体を壊しました。いざそうなってみると、彼の生活を保障するものは何もありません。時間外賃金も支給されるわけでなく、急な呼び出しに手当てがつくわけでもない、それでも身を挺して医療に貢献した挙句、体を壊して働けなくなっても、多くの医師には何の身分保障もないのです。その事実を目の当たりにして、私も愕然としました。実際、「こ
れではやっていられない」と、多くの先輩医師が現場を去る姿も見送ってきました。
それでも近年、こうした実態が徐々にマスコミにも取り上げられるようになってきました。ただし、その内容はというと、国民の興味を誘うニュース性の強い事例に焦点をあてて、感情に訴えるものが通例です。法律や制度の矛盾・問題点を浮かび上がらせ、細部を詰め、現状を許している法的根拠から是正していくような作業は行われてこなかったのです。
しかし、そうした部分を放置することで、最終的に被害を受けことになるのは患者さんです。それなのに国民へ向けたわかりやすい議論は、それを担うべき政治の舞台においてさえ、なかなか行われてきませんでした。例えば医療事故調査委員会の設置に関しても、多くの論点について議論が錯綜しているものの、一般国民に訴える内容というより、医療関係者や当事者の論理や焦りばかりが目についてしまいます。
一方、宿直とそれを規定する法律の問題は、非常に論点が明快で、かつ、勤務医の過酷な労働実態を消極的にも容認する根拠となっています。そこで、一般の方にもわかりやすい議論ができると考え、取り上げさせていただいたというわけです。
【 医療における労働問題は数十年遅れている 】
実際、この質疑応答の後、多くの一般の方々から、直接メールを頂きました。なかでも一番印象的だったのが、奈良在住の方から頂いた感想です。「医療の世界では、労働問題に関して、まだそんな段階の議論をしているんですか」と驚かれたというのです。
確かに、労働条件にまつわる労働運動、そして労働組合法や労働基準法の制定といった過程は、一般の感覚では、既に数十年も前に終わっている部分です。それが医療界では未確立。これまでずっと放置され、あるいは別の道を歩む中で避けて通ってきてしまったのです。
なぜ医療の世界だけそのようなことになったのでしょうか。
医療はこれまで単なる職業というより、武士道などと同じような「道」(どう)、すなわち「医療道」として扱われてきた、そう私は考えています。そのことが、一般的な労働環境に関する取り組みから医療を置き去りにしてきたと考えます。「医療」の「道」としての精神は、例えば日本医師会のまとめた『医師の職業倫理指針』( http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20080910_1.pdf
)の「医の倫理綱領」にも現れています。「人類愛を基に全ての人に奉仕」「生涯学習の精神」「尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高める」「医療を通じて社会の発展に尽くす」「営利を目的としない」といったことが、明記されているのです。
こうした精神は、その伝道者たる先輩医師によってずっと受け継がれてきたものであり、何より私自身、医師としてこれを否定するものではありません。むしろ、これらは患者さんにも求められてきたものでもあったでしょう。特にこれまでの日本という国、その国民性の中では、馴染みが良かったことも事実です。
しかし1990年頃から、日本全体が、急速に変わってきています。それ以前の日本では、企業に勤めるサラリーマンは会社とともに人生を歩み、あるいは会社に人生を捧げていたといっても過言ではありません。終身雇用が当たり前で、会社の運動会や旅行に家族で参加することも普通でした。職業を「道」と捉えることは、サラリーマンをはじめ日本人全体に根付いた文化だったのです。ところが今や非正規雇用人口は増加の一途をたどり、会社に自分の人生を捧げるという感覚は過去のものとなってきています。
それでも医療「道」だけは、変わらずにきました。もちろん、現場の実態は大きく変わっています。多くの医師は、日中は3分診療に追われ、その後は病室を回り、夜も宿直、そのまま翌朝の勤務につくという日々です。「道」の精神の下にそうした過酷な状況にも耐えてきたわけですが、気づいてみれば、医師も看護師その他のコメディカルも、やはり絶対的に足りていなかった。ここへきてようやく、本田宏医師や小松秀樹医師らが、ブログや著書でそうした現状をあからさまにしはじめたということなのでしょう。
【 ここからが議論のはじまり 】
では今後、議論をどのように展開していくべきでしょうか。
まず、今回のように委員会で質疑を行うのが何のためかというと、一番の目的は、今後の議論の“材料づくり”にあるのです。今回の委員会でも、こちらの質問に対する舛添厚労大臣の見解は、議事録に残っています。厚労大臣の見解は、イコール厚労省の見解です。大臣が委員会で「見直します」と発言したなら、厚労省が「見直します」といっているのと同じこと。議事録にその証拠が残っているので、今後は例えば1ヶ月後あるいは1カ月おきに、その見直しが本当に進んでいるか、厚労省にチェックを入れていくのが基本的なところです。
また、委員会では宿直の規定から始まって、救急医療対策支援事業や、現在の労働実態による患者さんへのリスクの話についても局長や大臣との質疑応答を行いました。
しかし、こうした委員会での一連の議事内容は、厚労省の審議会や中医協などの場には届いていないのが実情です。本来なら、そういう人たちの耳に入れなければ、話がその場限りに終わってしまう。実際そういうことは、少なくないのです。そこで私は、例えばこの委員会を記録したビデオテープを、中医協の委員のもとへ自ら届けようかとも考えています。
ただ、最終的には、国レベルでのお金の問題=予算の議論の中に食い込まないことには、解決は望めないでしょう。そこにも一筋縄でいかない要因がいくつもあるのですが、舛添厚労大臣もパンドラの箱を開けることに関して「きちんとやりたい」と発言した以上、ひとつずつ手をつけていくしかありません。今からです。そうすべき時にきているはずです。
これまでも、医療費に関する議論は延々と続けられてきています。端的に言えば、診療報酬の切り上げによって病院の財政を立て直し、看護師他のコメディカルを増員して医師の業務負担を減らすことは、勤務医の労働実態改善のための有効な対策とし
て考えられるはずです。しかしながら、医療費は一貫して削減されてきました。ところが削減すべき根拠は、「超高齢社会で医療費が増大し、財政を圧迫する」ということ以外、合理的な説明や議論がなされてきたわけではありません。
その一方で、厚労省は数々の補助金政策を打ち立ててきました。それはひとえに厚労官僚が補助金を権限拡大の材料としてきたからに他なりません。天下り先の確保につながったことも多かったことでしょう。そうして病院に補助金をばら撒きながら、厚労官僚が目を向けている先は、実は財務省です。最終的にはそこが予算を握っているからです。財務省の顔色を伺っている限り、厚労官僚が診療報酬すなわち医療費を抑え込もうとしつづけるでしょう。
【 医療費=お金の問題の議論が難しい理由 】
医療費についての議論がなかなか進展しないのには、「お金」というものの性質も大いに関係しています。
例えば東京-大阪間を移動するのに、新幹線だと1万8000円かかります。この金額は高いでしょうか安いでしょうか。ちなみに、夜行バスだと4000円ですが、何時間もかかります。どちらを選択するかは、人それぞれの経済状況プラス価値観によるわけです。
医療も同じです。あるアンケートで、国としてどのような医療政策をとるべきかを人々に尋ねるにあたり、「1、律に高負担・高給付、2、一律に低負担・低給付、3、基本は低負担・低給付だが、個人的にお金をかけるほど高給付が得られる」という3つの医療のかたちを提示しました。ちなみに現在の日本の医療は「低負担・中給付」であり、単純な理屈から言ってもこれは継続が不可能です。アンケートの結果では、2、が最も支持されたそうです。この結果を見ると、本音の話し合いが必要であることを痛感させられると同時に、価値観に基づく議論によって金額設定に関するコンセンサスに達するのは困難であることがわかります。
一方、現在の医療費の議論において、増額を求める根拠としてポピュラーなのは、GDP比の国際比較を引き合いに出すもの。つまり、「日本のGDPに占める医療費の割合は8%、この水準は主要先進7か国で最下位」といった主張です。こうしたGDP比の議論は学問的にもおおよそ正しく、たしかに官僚を動かそうとするには適切な手法かもしれません。ところが問題は、GDPに占める医療費の割合が国際的に見て低かろうが高かろうが、国民にとってはどちらでもいいというのが本当のところだということです。医療費を負担しているのは国民ですが、その国民に向けた話とはなっていないのです。今、医療費増額の財源を確保するために税金の無駄遣い探しが各所で行われていますが、それもさることながら、その労力を、増額について国民の「納得」を得るための根拠をそろえることに差し向けることも先決だと思います。
ここで、先のアンケートでは3、より2、に支持が集まりました。これは国民の多くが医療費を捻出できないくらいに困窮していることの現れでしょうか。格差の拡大によりこれ以上の負担が困難な方が増える一方、日本の個人金融資産は1500兆円に上るとも言われます。しかも団塊の世代が大量に定年を迎え、今やその6割以上を
65歳以上の世代が保有しているそうです。それが貯金としてほとんどしまい込まれているのが、長引く不況の一因とさえされています。なぜ投資や消費を控えるのか。それは将来に対する「不安感」があるからです。いざという時のために、各自で溜め込んでいるのです。それだけ今の医療や介護の制度に対しては、「納得」が得られていないということです。
しかし、これを逆から考えれば、「納得」が得られるならば、国民が現在の水準を上回る医療費を負担することも本来可能なはずと言えます。低負担では低給付しか得られませんが、負担の水準を引き上げることができれば、給付の水準もそれだけ上げることができます。そう考えると、日本の医療が目指すべきは、中負担・中給付ということになるのかもしれません(図らずも麻生総理の主張と重なりますが)。
となると、国民の「納得」につながるとは思えないGDP比の議論だけでは、ますます足りないということになります。国民にとってわかりやすい話の進め方としては、「この規模の医療機関でこのレベルの医療体制を整えるには、これだけの数の医師やコメディカルが必要で、その賃金はどれくらいで、そこから人件費の総額を計算すると……」というように、コストを積み上げていくことによって必要な医療費を提示す
る、というのが最も正攻法ではないでしょうか。私たち国会議員はこれまで、国民の感情に訴えるやり方か、あるいはマクロ的なデータに基づく官僚向けの議論、そのどちらかに偏っていましたが、本来あるべき姿は、その中間にいて国民を納得に導き、官僚を説得することであるはずです。
【 パンドラの箱を開けるタイミングは今 】
であるとしても、データを各病院に出させるのか、いつ出させるのか、というのは難しい問題です。関係各所、各省庁等の歩調が合わないままに本当のところを露にしてしまえば、法律の問題、指定基準の問題、いろいろな点で現実との齟齬が明るみになり、現場が大混乱に陥ることも考えられます。ですから私は今回の質疑でも「明日どうこうするという話でない」旨、まず申し上げました。
それでも、2010年度の診療報酬改定をこのまま黙って見送るわけにはいきません。そこに反映させるにはあと半年以内に、この議題を壇上に乗せる必要があります。
パンドラの箱を開けるなら、やはり今なのです。
梅村 聡:参議院議員 民主党大阪府連副代表 日本内科学会認定内科医師
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