日本上空を通過しても撃墜はできない
北朝鮮は4月4日から八日までの間に人工衛星「光明星2号」を「銀河2号」ロケットで打ち上げる計画と、ロケットの落下する海域二か所をロンドンの国際海事機構に通報しました。落下地点を結ぶとロケットは秋田県、岩手県上空を通る見通しです。危険はどの程度? 対策はないのでしょうか?
東に向けて打ち上げるのは普通
ハワイの方角へ 米への脅し?
Q 人工衛星打ち上げは名目で、本当はミサイル実験とも聞くけど、どっちなの。日本の方に飛ばすのは脅しなの?
A ロケットの先端に人工衛星を付けるのか、弾頭を付けるのか、の違いだけだから、衛星かミサイルか、の議論は意味がないんだ。ただ、今回は事前に人工衛星計画を通報している。もし衛星が上がらなかったら「失敗」といわれるから人工衛星だろう。人工衛星は時速2万9000キロ近くで地球を回るから遠心力と引力がつり合う。地球は日本付近の緯度だと時速約1300キロで東に向け自
転しているから、人工衛星を上げるには東に向けて発射し自転を利用するのが普通なんだ。ただ今回太平洋上のロケット落下地点は真東ではなく、その少し南。ハワイに向かうコースだ。アメリカを脅して国交樹立の交渉に目を向けさせるつもりかもね。
Q ハワイを狙うようなミサイルができたなら、日本にとっても脅威でしょ?
A 本当に日本にとって脅威なのは1993年5月に初の実験をした「ノドン」の方だ。これでも1300キロの射程があると推定され、日本に十分届くんだ。一段式のミサイルで、一説には200基を造り、トレーラーに載せて山腹のトンネルに隠している。核実験は2006年10月にやったし、核弾頭になる重さ1トン程度の原爆は多分できているだろう。今度発射するロケットはアメリカで「テポドン2」と呼んでいるミサイルと同じ物か、その改良型だが、変に細長くて隠しにくいし、発射準備に何日もかかる。軍用に使うにはあまり向いていないタイプだ。
故障時にも危険性は十分ある
日本は「決議違反」と中止要求
Q 日本の上を飛び越してハワイの方角に向かうとしても、故障して落ちてきたら大変。自衛隊の「ミサイル防衛システム」で撃墜できないの?
A 日本の上空でも宇宙は日本の領空じゃない。地球は自転しているから、いま日本の上の宇宙は一時間後には北朝鮮の上空になる。「空気のあるところまでが領空」との説が有力だが、空気は除々に薄くなるから高度何キロまで、と決められず、人工衛星の飛べるところは宇宙、と各国が事実上認めてきた。北朝鮮のロケットが日本のはるか上を通り過ぎるだけだと、こちらは攻撃できない。一方、2段目のロケットが不調になり、日本に落ちそうになれば、法律上はそれを壊してもよいが、相手の速度や針路が乱れるとコースを計算できないから、こちらがミサイルを撃っても当たらない。人工衛星用のロケット発射やミサイル実験では、北朝鮮も自爆装置を付け、故障すると電波信号を送って爆破するようだ。それも故障すると困るけど、大気圏に突入すると空気との摩擦で一部が溶け、空中分解する。それでも残骸が降ってくるから危険はゼロではない。ただ低空でこっちのミサイルが仮に命中しても残骸が落ちてくるのは同じなんだ。
Q 日本が北朝鮮の東にあるからといって、危ないものが上を飛ぶのを黙ってみているのもおかしい。何かやめさせる手はないの?
A 宇宙条約では、すべての国が差別なく、平等に自由に宇宙を利用できる、と決めているが、一方北朝鮮の核実験直後の国連安全保障理事会の決議では「北朝鮮が弾道ミサイル計画に関するすべての活動を停止」することを求めている。人工衛星とはいっても、打ち上げ用ロケットは弾道ミサイルにも使えるから、日本、アメリカ、韓国などは「人工衛星打ち上げは安全保障理事会の決議違反だ」と北朝鮮に計画中止を求めている。だが効き目はなさそうだね。
(田岡俊次 1941年生まれ。朝日新聞社で長年、防衛問題を担当し、米ジョージタウン大学講師、筑波大学客員教授などを歴任。現在は雑誌のコラム執筆のほか、テレビ番組のコメンテーターなどを務める。)
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