紀元前1290年から続いている「過ぎ越しの祭り」
紀元前1290年にイスラエル民族がモーセという指導者に
よって、エジプトでの奴隷生活からのがれ、
40年間、シナイの荒野をさまよった後、神さまの約束の地で
あるカナンの地に入った。
その時に、エジプトを出るきっかけとなった過ぎ越しの夜の
記念として、イスラエル民族が守り続けてきた祭りが
過ぎ越しの祭り(英語でパスオーバー)(ユダヤ語でペサハ)だ。
どうして過ぎ越しの祭りと
いう名前がついたのか。
モーセは、エジプトの王さまにイスラエルの民をエジプトから
脱出(エクソダス)させてくれと頼んだのだが、王さまは
なかなかうんと言ってくれなかった。そこで、モーセは
神さまに言われたとおり、疫病や蛙や虫による害で、エジプトを
苦しめた。実は、モーセが使った技はすべて、エジプト人が
普段から神としてあがめているモノだった。
イスラエル人が信じている神さまこそ、力のある本物の神さま
なのだと、エジプト人が理解するために、エジプト人の
信じる「神」がエジプトに害を与えるように神さまが
仕向けられたというワケだ。
エジプト人の王さま専属の魔術師たちも、モーセに対抗して
同じような技を行ってみせたらしい。
エジプトがイスラエル人を奴隷にしてこきつかったのは、
イスラエルがなぜ、エジプトに来たのか知らない王さまの
時代になり、エジプト人より、イスラエル人の人口が増えて
きたから、エジプト人が危機感を持ったからだ。
モーセが交渉をする前のエジプトの王さまは、
産婆たちに、生まれた子供が男の子なら
殺すように命令していた。
でも、産婆たちは、もちろん、そんなことは実行しなかった。
王さまが産婆たちに怒ると、「イスラエルの女性は
エジプト女性のようにヤワじゃないから、行った時には
生まれてしまっていて、殺せないのです。」と言い訳した。
そこで、王さまは、イスラエル人の男の子は、生まれた
瞬間に川に流すよう命令を出した。
モーセの母親は、生まれた男の子があんまり可愛いので
川に流すことができず、家でこっそり育てていたが、
大きくなってきて鳴き声が隠しきれなくなったので
アシのカゴを編んでアスファルトで防水し、モーセを
乗せて川に流した。モーセの姉のミリアムはカゴを
追って様子を見ていたのだが、ちょうど川に水浴びにきていた
エジプトのお姫さまに拾われた。お姫さまはあんまり
モーセが可愛いので養子にすることに決めた。
それを見ていたミリアムがお姫さまの前に進み出て
「知り合いにちょうどいい乳母がいます。」と申し出て、モーセは
実家で育てられた。大きくなってからは、お姫さまの家で
暮らすことになり、エジプト人として教育を受けた。
大人になったモーセは、奴隷を使った建築現場の監督が
イスラエル人を傷めつけているのを見て腹を立てて
現場監督を殴り殺してしまい、こっそり処分するものの
殺人の場面をイスラエル人に見られてていたことが
分かって恐くなり、エジプトから逃げて遠くの地方に
住んで羊飼いをしていた。
そのモーセに神さまが燃える柴の中から語りかけられて
イスラエル民族をエジプトから約束の地、カナンに連れて
いくように命令されたのだ。
約束の地と言うのは、イスラエル民族の父である
アブラハムに約束された場所で、境界線もきちんと
決められている。ゴラン高原ももちろん含まれる。
アブラハムと妻は子供がいなかったし、すでに年寄りだったが
神さまに海の砂のように、空の星のように多い民族の
先祖となるという約束を信じた。
その信じる気持が、神さまによって「義」とされた。
サラは、なかなか子供が生まれないので焦って
自分の奴隷のハガルをアブラハムに好きにしてよいと
言って与えたので、イシマエルという子供が生まれた。
ハガルは、調子に乗ってサラをバカにしだした。
そのうち、サラにイサクという男の子が生まれた。
サラは、イサクがイシマエルにいじめられているのを見て
頭にきて、アブラハムに、ハガルとイシマエルを荒野に
追い出すように頼んだ。ハガルとイシマエルは荒野で
神さまにいのちごいをしたので、神さまは彼らを助けて
荒野で弓矢で狩りをして生きる大きな民族になるという
約束を与えた。彼らもまた、アブラハムの子孫なのだ。
イスラム教では、なぜか、イサクはいなかったことに
なっていて、後で神さまがアブラハムの信仰を
試すために、山の上で捧げるように命令されたのは
イシマエルだということになっているが、
本当のところは、アブラハムの約束の子は
イサクひとりなのだ。アラブ人は、アラブ人の子孫が
イシマエルだと知っているので、ワザとイサクが
いなかったことにしているのだ。
イサクは、親戚のリベカ(レベッカ)と結婚して二人の
子供が生まれた。兄のエサウは狩りが大好きで、
ヤコブは料理が好きで母親と一緒にいた。
神さまの恵みを受け継ぐのはヤコブだった。
ヤコブは、年寄りで目が見えない父、イサクから祝福を受け継ぐ
儀式を受けるため、毛深い兄に変装して兄の代わりに祝福を
受け継いでしまう。そんな小細工をしなくても、神さまの約束では
ヤコブが祝福を受け継ぐはずだったのだが、待てなかったのだ。
ヤコブは兄に殺されるのが怖くて親戚の家に逃れて
おじさんの娘のラケルと結婚。
式が終わって妻の顔のベールをとってみると、なんと姉のレア
だった。おじさんは、姉がまだ結婚していないのに、
どうして妹をやれるかと、ケロッして言うので
仕方なく、妹と結婚するために、また無料でおじさんの家で
御奉公することになる。
レアの子供は10人、ラケルの子供は2人。
ラケルの子供のヨセフが、父に溺愛されていて、兄に
ねたまれていたため、ある日エジプトの奴隷商人に
売り飛ばされてしまう。兄たちはヨセフの着物に動物の血をつけて
ヨセフが荒野で動物に殺されたことにしてしまった。
ヨセフは、エジプトで奴隷としてエジプト人に重宝されて
いたが、ある時、金持ちの奥さまにモーションをかけられ
それを断って逃げたら上着をつかまれ襲ったことにされて
禁固刑を言い渡される。
王が恐い夢を見て、それを解き明かす者がいないので
王は激怒して知識人を皆殺しにすると言ったので、
牢屋番がヨセフのことを思い出す。
ヨセフは、王さまの夢が温暖化の前触れであると預言。
王さまに頼まれて、作物をめいいっぱい貯めて
その後のききんを回避。周辺国からも、エジプトの
食品を求めて大勢の民がやってくるようになった。
その中に兄たちがいて、ヨセフは弟と父と再会し、
家族をエジプトに引き寄せる。
エジプトでは、大事にされていたのだが、何百年かたって
イスラエル人がエジプトにいる理由をしらないエジプトの
王さまによって奴隷にされて苦役についていたのだ。
日干しレンガを決めらた量だけ用意しない者は
容赦なく罰せられ、病人や体が弱い者はどんどん
使い捨てにされたらしい。あまりのひどい扱いに
イスラエルの民は神さまを思い出して祈りだしたそうだ。
それから80年以上もたってから、モーセが神さまに
呼ばれて、時代が変わって王さまも変わっていたが
王さまと交渉をすることになったのだ。
王さまはガンコなので、ついにモーセは神さまから
最終手段を使うことを命じられた。
モーセは、イスラエル人に過ぎ越しの準備をするように
命令した。ここから聖書の言葉を引用します。
モーセは、イスラエルの長老をすべて呼び寄せ、彼らに命じた。「さあ、家族ごとに羊を取り、過越の犠牲を屠りなさい。そして、一束のヒソプを取り、鉢の中の血に浸し、鴨居と入り口の二本の柱に鉢の中の血を塗りなさい。翌朝までだれも家の入り口から出てはならない。主がエジプト人を撃つために巡るとき、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、その入り口を過ぎ越される。滅ぼす者が家に入って、あなたたちを撃つことがないためである。あなたたちはこのことを、あなたと子孫のための定めとして、永遠に守らねばならない。また、主が約束されたとおりあなたたちに与えられる土地に入ったとき、この儀式を守らねばならない。また、あなたたちの子供が、『この儀式にはどういう意味があるのですか』と尋ねるときは、こう答えなさい。『これが主の過越の犠牲である。主がエジプト人を撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越し、我々の家を救われたのである』と。」民はひれ伏して礼拝した。 |
出エジプト記、12:21~27
門柱のかもいに羊の血が塗られている家には、
天の使いは素通りした。(パスオーバー)
血が塗られていない家には、天の使いが入り、その家で
一番先に生まれた者が死んだ。
モーセは王さまに、このことを伝えましたが王さまは
相手にしなかったようだ。
次の日の朝、エジプト中で泣き叫ぶ声が聞こえたと
聖書に書いてある。エジプト人は、イスラル人を
追い出すことに大賛成で、イスラエル人に金銀宝石まで
持たせてくれたそう。王さまも、イスラエル人が
直ぐに出て行くように命令したが、途中から気を変えて
軍隊を整えてイスラエル人を追いかけていった。
モーセは、神さまの命令とおり、腕をあげて、
紅海の水を壁のように
せき止めてイスラエル人を乾いた海の底を歩かせて
対岸に渡り、追ってきて海の底の道に入り込んだ
エジプト軍がまだ、海の底にいる間に腕を下げ、
エジプト軍は全滅。
その時の記念として、イスラエル人は、
ユダヤ暦のニッサンの月[3月か4月)の15日から8日間
にわたって、過ぎ越しの祭りをしつづけている。
その時には、大掃除をして家中のパン種(イースト菌)を
取り除き、種をいれない平たいパンと苦菜(西洋わさび)を
添えて食べる。(セーダと呼ばれる料理で、マッシャと
呼ばれる種なしパンと苦菜の他にもパセリやりんご菓子や
羊の肉も食べる)
エジプトをいそいで脱出したイスラエル人はパンを発酵させて
いる時間がなかったので種なしパンを食べたから、その
記念として種なしパンを食べる。
過ぎ越しの祭りは種なしパンの祭りとも呼ばれる。
パン種とは、パンに入れるとどんどんふくらむので、
家中のパン種を取り除くとは、
高慢な心や偽善を取り除けという意味がある。
そして、家の門柱のかもいに塗られた羊の血とは
やがて神さまが送られる救い主を意味する。
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羊が代りに死んで血が塗られた家では、最初に生まれた
子供は死ななかったのです。神さまは、イスラエル人に
高慢な心や偽善を取り除いて救い主が身代りに血を
流す日を待つように預言されているのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
イスラエル人は、神さまが遣わした救い主が血を流して
人類の罪の身代りに死に、その血を見て、神さまは
罪を赦されるということを信じていませんから
今でも過ぎ越しの祭りをしています。祭りでは最初の日と
二日目の夜に特別な食事を食べます。
お母さんがまず祈り、父親がひたいに黒いはこを付けて
テーブルに座り、家で一番若い子供が、ハガダを読み、
「どうして今晩はいつもと違うの?」というような質問を
四つして、父親がその質問に答えます。
家族で、イスラエル人がどうやってエジプトから脱出した
のかモーセが書いた聖書の個所を読みます。
そうやってイスラエル人は紀元前1290年から続いている
「過ぎ越しの祭り」(ペサハ)を祝い、エジプトを脱出し
救われたことを思い出すセーダと呼ばれる儀式を続けて
いる。イスラエル人は、イエス・キリストを信じていない
けれど、それでも世界に創造主である神さまの存在を
伝える役目を今も背負っている。
イエス・キリストも十字架にかかる前に過ぎ越しの祭りを
された。イスラエル人は、本当は、この祭りは
イエス・キリストの「型」なのだと知らねばならない。
そして、世界中の人が罪を赦されるためには、
神さまは罪の無い神さまのひとり子の血が
流されなければならなかったのだと知らねばならないし、
門柱に血を塗るとはそれを受けいれるということ。
信じるという行為です。
信じる者は罪の裁きから救われ天国に入る者となる。
それが神さまの約束です。
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過ぎ越しの祭りの本当の意味。↓
http://homepage2.nifty.com/bebrave/essey/04_12/12_09_essey.html
過越(すぎこし)の祭りと言われている出来事の起源がここにあります。羊が屠られ、その血が家の鴨居に塗られ、その血が塗られている家は守られ、そうでない家は最初の子供が殺されるという出来事があり、それをきっかけにして、ヘブライ人はエジプトから脱出できるようになりました。
この出来事は、とても重大な出来事なのですが、しかし、この出来事は実は完結してしまっているわけではなく、誰かの血が犠牲として流される事で助けられ、救われるという発想は、まさにイエスキリストの十字架によって最終的な出来事として記録されています。
イエス様が過ぎ越の子羊として、私たちの身代わりに裁かれ、いのちを捨てて私たちの罪を赦すために十字架に死んでくださいました。私たちは、誰かの血が流され、誰かの犠牲の上に立って、生かされているのだなあとつくづく感じます。
パウロはこう書きました。
「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通 して、神の恵みにより無償で義とされるのです。神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。」
ロマ3:23-25
誰かが血を流してまで、命までのかけてあなたを愛してくれているのだということを考えたことがありますか。なんだか心が躍ります。
祝福がありますように。
関根一夫
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