日米政府が秘密合意!? ドル/円の「影の管理ゾーン」とは?吉田 恒(ひさし) | 日本のお姉さん

日米政府が秘密合意!? ドル/円の「影の管理ゾーン」とは?吉田 恒(ひさし)

日米政府が秘密合意!? ドル/円の「影の管理ゾーン」とは?吉田 恒(ひさし)

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9日発表された日本の1月経常収支が、13年ぶりの赤字に転落して、一般報道でも大きく取り上げられています。これは、中長期的な円の価値を考える上ではとても重要なことであり、こういうこともあるので、本来、70円を大きく越えるような円高は難しいと私は思います。

 さて、そう考える理由を説明する上で、今回は購買力平価(PPP)(※)という考え方を使いたいと思います。

 購買力平価というのは、為替の適正水準に関する考え方の1つですが、実はこれはドル/円にとって「影の管理ゾーン」のようなものに結果としてなってきたのです。

 下の図は、ドル/円相場(青のライン)の推移に、2つの購買力平価を重ねたものです。2つのうちの1つは日米の輸出物価で計算した購買力平価(緑色のライン)、もう1つは日米の生産者物価(卸売物価)で計算した購買力平価(ピンク色のライン)です。

(編集部注:「購買力平価」(PPP=Purchasing Power Parity)とは、その通貨でどれだけのモノが買えるかということを基準として導き出された理論的な為替レートのこと。その際、どんな“モノ”が使われるかによって、購買力平価にはいくつかの種類がある。マクドナルドのビッグマックを使って算出された“ビッグマック指数”も購買力平価の一種)


これをみると、ドル/円相場は、1980年代半ば以降、基本的にこの2つの購買力平価のレンジ内で推移してきたことがわかると思います。私が購買力平価を「影の管理ゾーン」と紹介したのは、この結果から納得してもらえるのではないでしょうか。

日米政府間でドル/円レートの「秘密合意」があった!?

もしかしたら、日米の政府間には、ドル/円相場の上限、下限に関する「秘密合意」があり、それに基づいて為替を管理しているのではないか。そして、そんな上下限の「管理目標」は、実はこの2つの購買力平価とほぼ一致しているのではないか――。

 さて、そんな具合に、想像をたくましくするということもあり得ると思いますが、それはともかくとして、2つの購買力平価が過去20年間、ドル/円相場のほぼ上下限になってきたことは事実です。その状況がこの先も続くなら、ドル/円相場はこの2つの購買力平価のレンジを大きく抜けないといった見通しになるでしょう。

 実は、1月末現在で、輸出物価で計算した購買力平価は70円程度、一方、生産者物価で計算した購買力平価は110円程度です。ということは、当面70~110円が「影の管理ゾーン」のようになる可能性があるでしょう。

 グラフを見るとわかるように、購買力平価も数年スパンでは微妙に変化するものです。たとえば、この2つの購買力平価レンジは、2006年頃には90~120円程度でしたが、上述のように最近では70~110円程度に、ドル安・円高へシフトしてきたわけです。

 ただ、それにしても、この「影の管理ゾーン」からすると、2007年にかけて120円を越えた円安は行き過ぎだったということになります。そしてこの「影の管理ゾーン」からすると、最初に述べたように、この先円高が70円を大きく越えていくのも微妙ではないかという結論になるでしょう。

ドル/円相場と購買力平価の関係に変化あり
さらに、この「影の管理ゾーン」を詳細に見てみましょう。

 80年代後半から90年代にかけては、「影の管理ゾーン」でドル下限の役割を果たしてきた輸出物価の購買力平価にほぼ沿った形でドル円相場が推移してきました。ところが、1990年代後半から2000年以降は、そんな輸出物価の購買力平価からドル/円相場が大きく離れた動きとなってきました。

これはこんなふうに考えるのが基本だと思います。輸出物価の購買力平価が、生産者物価の購買力平価より円高・ドル安になるのは、輸出大国、貿易黒字大国・日本において、輸出物価で計算した購買力平価こそがもっとも競争力の高い結果になるためでしょう。

 そして、そんなもっとも円高の結果を示す輸出物価の購買力平価と、ドル/円の実勢相場が近い動きになっていたのは、まさに貿易黒字大国・日本の全盛期を反映していたということではないでしょうか。

 一方、そんな輸出物価の購買力平価からドル/円相場が離れ始めたのは、貿易黒字大国・日本の退潮と連動した面もあるのではないでしょうか。

大きく変質し始めた黒字大国・日本
最初に述べたように、日本の1月経常収支(※)は13年ぶりの赤字となりました。それ以上に、貿易収支(※)は年末年始に3ヵ月連続で赤字となっています。

(編集部注:「貿易収支」とはモノの輸出入の収支のこと。また、「経常収支」とは前記の「貿易収支」と「サービス収支」「所得収支」「経常移転収支」を合わせたもの)

これは世界的な景気後退に伴う日本からの輸出急減の影響が大きいようですから、このまま貿易赤字が定着するということではないでしようが、それにしても「黒字大国・日本」は大きく変質し始めているようです。

 黒字大国・日本の全盛期には、もっとも日本の競争力の強い結果を示す輸出物価の購買力平価に近づく円高となっていたのです。それは今でいえば、70円前後の円高ということになります。ただ、黒字大国・日本が衰退し始めた中で、果たして再び輸出物価の購買力平価に近づく円高が起こるのでしょうか。
歴史的な転換点に立っているドル/円
米国発の金融危機から始まった世界的な経済混乱は、まさに100年に一度の危機とされ、その中で震源地・米国の危機から脱出するための政策総動員は、いずれドル急落の圧力としてのしかかってくるとの見方はまだまだ根強いと思いますし、私も基本的にはそう思っています。

 ただ、その結果、円が買われるとしても、かつての黒字大国・日本というよりどころが崩れ始めたことは重要な意味があると思います。

 相場は行き過ぎが常ですから、この2007年6月から始まった円高・ドル安も、「3幕」(※)以降で80円割れに向かう可能性があると私も思っていますが、しかしそんな円高も、「サドンデス」となり、あとから振り返ったら、ドル/円相場の重大な転換点だったと思うことになるような、そんな局面に今があるのではないかと思っています。

(編集部注:「円高1幕、2幕…」については「吉田恒さんに聞く(2) ~今は円高局面の中休み~」 を参照)