シナリオ通りの医療崩壊(CBニュース)すごく大事なことが書いてある。 | 日本のお姉さん

シナリオ通りの医療崩壊(CBニュース)すごく大事なことが書いてある。

シナリオ通りの医療崩壊(CBニュース)
【第51回】
堤晴彦さん(埼玉医科大総合医療センター
高度救命救急センター長・教授)
「高度救命救急センター」は2008年12月1日現在、
全国に21施設。埼玉県川越市の「埼玉医科大
総合医療センター」の救命救急センターは、
1987年に埼玉県で2番目の「第三次救急医療
施設」として開設され、99年に旧厚生省と埼玉県
から全国で9番目の「高度救命救急センター」に
指定された。
 2007年10月からは、「ドクターヘリ」の運用を
スタートさせ、広域の重症救急患者にも対応。
「断らない救急医療」を目指し、一次・二次救急
患者は年間約4万人、命にかかわる重症の三次
救急患者は年間千数百人に及ぶ。
 「高度救命救急センター長」として指揮を執る
堤晴彦さんは、日本救急医学会で理事を務める
ほか、救急医療に関する埼玉県内の協議会に
参加するなど、救急医療体制の改善に向けて
取り組んでいる。そして、現在も実際に当直を
行っている“現役”の救急医。また、医療事故の
調査委員会設置について検討する日本救急
医学会の委員会で副委員長を務め、厚生労働
省の検討会では、「医療安全をやるなら、(刑法
学者ではなく)医療側が座長に座るべき」などと
痛烈に批判、歯に衣(きぬ)着せぬ発言が話題
を集めた。
 3月に公開される救命救急センターを舞台にし
た映画「ジェネラル・ルージュの凱旋」で医療
監修を務めるなど幅広く活躍している堤さんに、
救急医療の現状や今後の課題などを聞いた。
(新井裕充)

■医師の志気が低下
―近年、「医療崩壊」といわれます。
 「医療崩壊」が最も顕著に表れている分野は
救急医療です。救急医療に携わる医師が急性
期型の病院から“逃散”し、その結果、救急病
院の告示を取り消す医療機関が増加していま
す。全国の救急病院(救急告示施設)が過去
5年間で約1割減少したことや、救急患者の
“たらい回し”が急増していることなどが報道され
ています。
埼玉県の調査では、救急隊が医療機関に患者
の収容の依頼をして5回以上断られた件数が
年々増加しています。7、8月の2か月の調査では、
05年が403件、06年は985件、07年は1409件と
急増しており、事態は悪化しています。

―先日、東京都の関係者が、「埼玉県は医師数
が全国最低で病院も少ないのに、なぜ救急が
うまくいっているのか」と首をかしげていました。
 いえ、決してそんなことはありません。埼玉県
でも、救急医療の崩壊は急速に進んでいます
ので、早急な対策が必要です。先程の調査で
分かるように、救急患者の受け入れが困難な
ケースが日常的に発生しています。“たらい回し”
が表立って報道されないのは、救急隊と医療
機関との関係がうまくいっているからでしょう。
日ごろから関係を密にして、顔の見える関係を
つくっているため、救急隊が「たらい回しが
あった」と、関係機関に“告発”しないからでは
ないでしょうか(笑)。先日、現場の救急隊員に
同じ質問をしたら、「それは埼玉県の救急隊員が
粘り強いからですよ」と笑顔で答えてくれました。

―救急隊員と医療側との関係がカギですね。
 近年、救急隊員の志気と医師の志気が、もの
すごく乖離(かいり)しています。救急隊員は皆
元気で、やる気満々です。「救急救命士」の
資格ができてから、救急隊員のレベルは確実
に向上していますし、彼らはプロフェッショナルを
目指しています。ところが、病院の各科に属して
いて救急を“やらざるを得ない”立場にいる医師
は、救急に対する意識が極めて低調です。
救急隊員はきっと、心の中でこう思っています
「CTを撮る前に気道を確保しろよ」「最初に
血圧をコントロールしろよ」「低血糖に決まって
いるんだから、CTを撮る前に血糖値を測らなく
ちゃ」と。「挿管ができない医者は当直しない
でくれ!」と思っている救急隊員もいますよ(笑)。
 また、救急救命士の判断が当直医より優れ
ていることもよくありますので、このままだと、
大変なけんかになる。既にけんかが勃発して
いる地域も全国にはあるようです。わたしは
救急隊員に、「今はけんかするな。けんかしても
改善するものは何もない」と言って、抑えて
もらっています。

―これに対し、医療側の志気はどうでしょう。
 「たらい回し報道」もそうですが、国民から責め
られっ放しです。なぜ、医師の志気が低下して
いるのでしょうか。救急医療の崩壊が進んで
いるのはなぜか。理由はいろいろ考えられま
すが、大きな原因として、わたしは3つあると
思います。
それは、「医療費の抑制」
「医事紛争・クレームの増加」
「勤務医の労働環境の悪化」です。
 国が医療費抑制策を進めた結果、多くの
病院で、特に救急医療を行っている病院ほど
赤字が増大しています。救急告示を取り下げる
病院が増えたことで、残りの救急病院に患者が
殺到しています。これは、医師に過重な負担を
発生させますので、勤務医を辞めて開業する者
が後を絶ちません。そうすると、残された医師の
負担がさらに増大し、疲弊してしまうという
悪循環です。
これは、“崩壊の連鎖”と言うべき現象です。

―過労死の問題など、勤務医の過重労働が問題と
なっています。
 皆さん、ご存じないかもしれませんが、医師の
労働時間は一般企業の労働者に比べてはるか
に長く、夜間の当直料がファミリーレストランの
アルバイトさんの時給よりも安い病院もありま
す。頑張っても給料が安い。救急患者をいくら
診ても給料は同じ。それは、救急医療に取り
組む病院が赤字になる構造があるからです。
 例えば、点滴に使うチューブや注射針などの
医療機材は保険請求できません。創傷の処置
に用いる大量のガーゼや包帯、尿をためる袋も
病院の持ち出しです。心臓マッサージの医療費
は、サウナや温泉のマッサージよりも安い。
 このほか挙げれば切りがありませんが、医療
廃棄物の処理に掛かる月数百万円の費用や、
感染対策に掛かる経費も病院の負担です。
救急医療をすればするほど赤字になるという、
信じられない仕組みです。それに追い打ちを
掛けるように、救急車をタクシー代わりに使う
軽症患者が増加し、医療訴訟やクレームも
増えています。こんな状況では、医師の志気が
低下するとは思いませんか。

■「不作為の医療行為」を追及、救急医療が崩壊へ
―医療訴訟も増えているようです。
 わたしは、1999年に起きた「杏林大学割り箸
事件」の刑事訴追が「救急医療の終えんの
始まり」と考えています。これは、5歳の保育園
児が綿あめの割りばしをくわえながら転倒して、
その割りばしの一部が頭蓋内まで達したため
に死亡した事件です。事故が発生した当初は、
まさか脳内に割りばしが刺さっているとは、
救急搬送された病院の担当医はもちろん、
専門医にも分かりませんでした。脳内に残った
割りばしは、法医解剖をして初めて発見され
たのです。
 担当医の業務上過失致死が問われた裁判で、
検察側は「CT検査をしていれば助かった」
「ファイバースコープを行うべきだった」
「入院させるべきだった」などと主張しましたが、
最終的には、CT検査で割りばしが発見でき
ても救命できなかったと判断され、被告人の
医師は無罪になりました。
 この事件の最大の問題点は、「不作為の医療
行為」の刑事告訴であるということです。
これまで、医療訴訟の多くは、血液型を間違え
て輸血したとか、消毒薬を静注したという
「作為」の医療行為、つまり、実際に行った医療
行為に対する責任が問われていました。
しかし、「何もしなかった」という点について
責任を追及されたら、救急医療は成り立たない。

―「不作為の医療行為」には、ほかにどのような
ケースが考えられますか。
 例えば、頭痛の患者さんに頭痛薬を処方して
帰宅させたが、その後、自宅でクモ膜下出血を
起こして死亡したような場合が考えられます。
また、患者さんが院内で転倒して頭部外傷で
死亡したような場合もそうです。「クモ膜下出血
を予想せず、頭部CT検査を行わなかったから
医療過誤だ」とか、「看護師が見ていなかった
から転倒して、頭部外傷で死亡した」とされては、
医療は成り立ちません。
 これらはすべて、「死亡した」という結果からの
判断です。重大な結果が発生したから刑事訴追
の対象になるのでは、医療という営みそのもの
が成り立たないのです。もし、裁判に負けたら、
医師は「犯罪者」となり、億単位の賠償を
求められ、さらに医師免許を剥奪(はくだつ)
されます。刑事、民事、行政上の責任を負うの
です。それだけではありません。裁判には、
膨大な時間と労力がかかります。そして、
実名報道などで名誉が著しく傷つけられます。
 「杏林大学割り箸事件」では、その患者さんを
断った病院は複数ありました。断った病院は
非難されず、まじめに受け入れた病院だけが
マスコミなどからもたたかれたわけです。
これでは、患者さんを受けない方が安全に
決まっています。わたしは、「不作為の医療行為」
が刑事訴追されたこの事件を契機に、多くの
医師が防衛医療、萎縮医療に走り始めたと
考えています。

―今後、救急医療体制の改善に何が必要で
しょうか。
 救命救急センターは、救急医療の“最後の砦
(とりで)”といわれますが、むしろ“最初の防波
堤”にされている感があります。救命救急セン
ターの本来の責務は重症患者の診療です。
軽症患者のために、助かるべき命が助から
ないということがないよう、二次医療機関も
本来の二次救急を担える状況に変えていか
なければなりません。“コンビニ感覚”で受診
する患者を減らすため、住民への普及・啓発が
必要です。
 一方、救急外来の現場では、「これはわたし
の専門分野ではない」と断る医師が増えている
ことも確かです。例えば、心臓と腎臓に障害が
ある場合、心臓内科医と腎臓内科医との間で
押し付け合うことがあります。大学病院など
大きな病院で、内科が臓器別に細分化される
傾向があることが原因として考えられます。
病院が救急部門を整備しても、専門的な診療を
する各科がこのような対応をするなら、その
救急部門はいずれ崩壊します。
 病院の中には、病院長など病院幹部が「各科
から嫌われるようなことは言いたくない」と考え、
各診療科の負担増となる救急医療に対し、
腰が引けているところがあるようです。救急
医療が改善するか否かは、病院長の強い
リーダーシップに懸かっていると言えます。

―救急医療の改善には、国の財政的な
バックアップも必要ですね。
 確かにそうですが、いかなる対策であれ、
「人は快・不快や損得で動く」という人間の行動
原理を無視しては成功しません。救急の受け
入れ拒否をめぐる問題などで、医師のモラル
低下を主張する意見も一部にあるようです。
しかし、医師に対して、「医師としての社会的
使命や倫理」を求めるだけでは何も改善され
ないでしょう。医師をはじめ、看護師、コメディ
カル、救急隊員など救急医療を担う医療従事
者が「心地よい」と感じる環境や魅力を整備し
なければ人は動きません。政策や対策を考える
際に重要なことは、理詰めの議論だけではなく、
人間の行動原理に配慮することです。

■「政・官・財」が考えるシナリオ
―「医療崩壊」は、厚労省の政策ミスが原因
でしょうか。
 「医療は30兆円産業」といわれます。32兆-
33兆円の市場が目の前にある。今は、その
利益を医師が独占している。財界が食指を
伸ばさないわけがないと思いませんか? 
医療崩壊は、厚労省の政策の失敗の結果なの
でしょうか? わたし自身も、数年前までは
厚労省が悪いと思っていたのですが、実際に
厚労省の人たちと会って話をしているうちに、
「ひょっとして大きな勘違いをしていたのでは」
と思うようになりました。彼らは、現場で起きて
いることを非常によく知っています。実は、医療
崩壊の裏で進行している“本当のシナリオ”が
あるのではないでしょうか。
 わたしは、現在の医療崩壊は、「政・官・財」の
ごく一部が考えている大きなシナリオ通りに進行
していると読んでいます。以下の話は、全くの
管見です。何のエビデンスもありません。わたし
の想像、妄想の話として聞いてください。ただ、
このように考えると、今、医療の現場で起きて
いることがうまく説明できるのです。

―どのようなシナリオでしょうか。
 病院の経営を悪化させ、赤字にするのです。
赤字にして、多くの病院を銀行や株式会社の
管理下に置き、これに大手商社や生命保険
会社などが参入するというシナリオです。
つまり、「病院の再編」です。例えば、ある商事
会社は医療ファンドを設立し、国民から集めた
資金を元に病院の経営に参入しようとして
います。その商事会社は医療(ヘルスケア)
部門をつくっており、商社故、高額な医療機器も
輸入しています。
 彼らのターゲットになるのは、公立病院や公的
病院でしょう。銀行や商社が設立した各種
ファンドが買収したいと思うのは、医療機器が
整備された立地条件の良い、比較的大きくて
新しい病院です。実際に、四国地方のある公立
病院は、PFI(private financial Initiative、民間
資金の活用による公共サービス)が導入され、
有名な流通業界の会社が運営に参加して
います。社会保険庁が解体される時には、
全国の社会保険系列の病院も、これらの買収
の対象となるのではないでしょうか。さらに、
都心で立地条件の良い病院もターゲットに
なります。最悪の場合は、マンションに建て替え
ればいいのですから。ただ、昨年の秋以降の
不況の下では、この話は成り立ちませんが。
 一方、小さい個人病院や老朽化した病院は見
捨てられる可能性が高いでしょう。ではその時、
患者さんはどこに行くのでしょうか。考えられ
るのは、介護施設の新設や介護施設への
業界の参入です。財界は、“雇われ院長“を
置き、経営の実権を握るのです。介護保険は、
今後さらに大きな市場が見込まれており、費用
対効果が病院よりはるかに良いからです。
何と言っても、介護施設は、医療機器の整備
などの設備投資が必要ありませんから。
来年度は、介護関連の報酬が引き上げられ
るようです。

―「政・官・財」で、医療や介護を“食い物”に
しようということでしょうか。
 そうです。病院の買収が終わり、医療機関の
再編が行われた時には、流通業界が参入して
くるでしょう。物資を安価で大量に仕入れて流通
させ、コストを削減するのです。現在、個人病院
は病院ごとに購入していますが、コンビニなど
流通業界では、段ボールの処理など“銭”単位
の商売をしています。そのような流通業界の
実績からすれば、十分なうまみがあると考え
ていると思います。
 また、次には生保が参入するでしょう。
混合診療に賛成している医師は少なくありま
せんから。つまり、民間の健康保険の導入です。
通常の健康保険で受けられる医療はここまで、
それ以上の良い医療を受けたかったら民間の
健康保険を使うように、という流れです。
確かに、憲法で保障しているのは「健康で
文化的な最低限度の生活」ですから、誤りでは
ないでしょう。ちなみに、自動車事故などを扱う
損害保険会社は、既に相当の利益を上げて
いるようです。
 特に、「官界」は財務省主導ですから、
われわれがターゲットにすべきは、厚労省では
なく財務省であり、財界です。そして、それらを
つなぐ一部の政治家です。さらに、日本市場へ
の参入をたくらむ米国の外資系企業です。
 しかし、日本医師会が反対すれば、このシナ
リオが思い通りに動きませんから、当面は、
病院の保険診療点数を抑制する一方で、診療所
やクリニックなどの「開業医」の保険診療点数を
温存するようにしているのです。開業医(診療所)
の利益を保障しておけば、病院の医療費を抑制
しても、日医は最終的に反対できないと計算して
いる。病院の経営はどんどん悪化し、銀行など
の支配下に入るというわけです。

■医療再編で、診療所の経営が悪化
―最近、日医は内部的にいろいろとあり、
「分裂するのではないか」との声もあります。
 確かに、開業医と勤務医の集団に分裂する
可能性もあります。しかし、もし分裂するようで
あれば、「政・官・財」の思うつぼです。彼らに
とっては、分裂してくれた方が医療の再編が
やりやすいと踏んでいる節があります。
分裂すれば、笑いながら高みの見物をする
でしょう。
 では、病院の経営権が銀行や商社に移った
後はどうなるでしょう。つまり、医療機関の
再編が行われ、病院の系列化がほぼ終了した
時点で、次に打つ手は何でしょうか? それは、
病院の保険診療点数を高くする一方で、
開業医の診療費を極端に下げてくるでしょう。
そうしないと、自らが支配し、管理している病院
の経営が成り立たなくなるからです。PFIが
導入された四国の公立病院の例を見れば
分かるように、いくら“経営のプロ”が運営に
参加したとしても、現在の医療制度の下では、
経営がうまくいくはずがありません。
そろそろ契約解除という話もあるくらいです。
 従って、彼らの利潤追求のために、開業医の
診療費を極端に下げてくるはずです。
この段階になったら、日医が反対しようが、
「政・官・財」はびくともしない。大手マスコミを
通じて日医をたたけばいいのです。マスコミの
大きな収入源は広告収入ですから、財界の
言いなりです。

―中小病院がつぶれて日医が分裂した後、
つまり医療界が再編されたら勤務医の待遇が
改善されますか。
 若干、改善する可能性があります。ただし、
だまされてはいけません。診療所の経営は、
急激に悪化する危険性があります。現在の
歯科医並みになることも予想されます。
ですから、現在開業を考えている人は、もう一度
考え直した方がよいかもしれません。
 では、病院が銀行系列になった時、次に必要
なものは何でしょうか? それは、労働者です。
すなわち、医師と看護師の確保が必要になり
ます。ですから、2004年にスタートした
「新医師臨床研修制度」も、実はシナリオ通り
です。これまで、大学の医局が医師の人事権を
持っていました。しかし、これでは財界が病院の
経営権を握った後、医師を集められません
つまり、臨床研修制度は、大学から人事権を
奪い、医師集めを容易にするためのものなの
です。医療界には、「臨床研修制度は失敗
だった」と考えている人が多いと思います。
そして、「早く制度の変更をしてほしい」と願って
いるでしょう。しかし、「政・官・財」のシナリオ通りに
進行しており、財界は失敗とは考えていない
でしょう。病院の再編が終わるまでは、現在の
臨床研修制度を大きく変更する気はないと
思います。

―商社や銀行が病院の経営権を握っても、
勤務医の待遇は改善されないと。
 臨床研修制度を導入する際、厚労省の提案
に財務省が素直に従ったとは到底思えません。
当時の国の財政状況から考えますと、財務省が
臨床研修制度にそんなにお金を付けるはずは
ありませんから。臨床研修制度は、財務省と
厚労省の思惑がたまたま一致した結果
でしょう。「同床異夢」です。
 さらに、文部科学省にも圧力が掛かっていると
考えます。少子化で「大学全入時代」といわれ、
倒産する大学も出ていますが、看護系・医療系
の大学や短大、学部の新設だけは、どんどん
認可されています。これは、どう考えても、非常
に不自然です。結局、病院経営に必要な労働者
を確保するためのシナリオが進行しているのです。
 そして、再編が行われた後に病院経営の実権
を握るのは、医療従事者ではなく病院の事務
職員です。われわれ医師は単に、彼らに雇用
された労働者であり、使い捨ての労働者の
ままでしょう。

■「文系学部」対「医学部」の闘い
―財界が病院の実権を握った時、医療は良く
なるでしょうか。
 営利企業ですから、当然のことながら、利潤
追求型の経営になります。利益率の悪い分野は
切り捨てられます。つまり、“お金にならない
患者”は、確実に見捨てられるでしょう。
 埼玉県の調査によると、特に重症とされる
三次救急で“たらい回し”にされた病態のうち、
最も頻度が高かったのは精神科的な問題が
ある救急患者でした。2位は高齢者の吐血や
下血などの消化器疾患、3位は意識障害の
患者でした。これらの患者さんは、手間がかかる
割に収益が少なく、時にトラブルや訴訟に
発展するリスクがあるからです。「診れない」の
ではなく、「診たくない」から断っているのです。
 経営効率ばかりを重視した利益追求型の
医療になると、このような精神疾患の患者
脳卒中の患者、高齢者、重度の障害を持つ
患者、血液疾患の患者などが切り捨てられ
ます。

―現在よりも深刻な事態になりそうです。
 現状を見る限り、医療側に勝ち目はありま
せん。負けることは確実です。
「医師や患者を見捨てるようなことはしないだ
ろう」と考える人もいると思いますが、
「政・官・財」は、そんなに甘くありません。
太平洋戦争を思い出してください。若者が
何万人死のうが、国民がどれだけ貧困に苦し
もうが、そんなことにお構いなく、戦争に突入
した国ではないですか。最近の農業政策を
見ても同じです。幻想は捨てて、現実に戻り
ましょう。
 今、医師がストライキを断行したところで、何も
改善しません。一般市民も医療側をサポート
することはないでしょう。マスコミが医療側を
支持する記事を書くと思いますか? そのよう
なキャンペーンをしますか? 医療事故で、あれ
ほどまでに医療界をたたいたじゃありませんか。
広告収入を大きな財源とするマスコミは財界の
言いなりですから、医療側に立った記事を
書くはずがないのです。

―解決策はありますか。
 これからは医療訴訟もますます増えるでしょう。
司法試験制度改革でロースクールができて、
弁護士が増加しています。医療訴訟は大きな
収入になります。民事訴訟は、訴えられた側は
多大な負担を強いられた上、勝っても何の
メリットもありませんが、弁護士にとっては、
負けてもそれなりの収入が確保されます。
わたしは、医療事故の原因を調査する公的な
機関ができたら、刑事告訴の増加よりも民事
訴訟が増加することを危惧(きぐ)します。
弁護士は、調査委員会の報告書を訴訟に
利用しようと待ち構えているのです。このような
調査委員会の創設は、法曹界(法学部)の
シナリオ通りでしょう。
 結局、うがった見方かもしれませんが、これは
法学部や経済学部など「文系学部」対「医学部」
の闘いと言えるでしょう。文系の医系に対する
「ねたみ」「ひがみ」「やっかみ」という精神的な
要素も多分にあるのではないでしょうか。

彼らは、天下り先の確保など、自らの権限を
拡大するために、ありとあらゆる手を尽くして
います。医療機関や国民のことなどは、これっ
ぽっちも考慮していないことは明らかです。
このような崩壊へのシナリオに、果たして国民は
いつになったら気が付くのでしょうか。このことに
医療界は既に気が付いている。防衛医療、
萎縮医療に向かっている。医療崩壊が行き
着くところまで行かないと、国民は気が付か
ないのかもしれません。
 わたしは、今の日本に必要なことは、
“物を作る”ところを大事にする文化であろうと
思っています。すなわち、農業をはじめ漁業、
林業、町工場、中小企業など、あるいは芸術
分野なども含まれますが、“物を作る”ところを
大事に育てるような社会構造の変革が必要
です。マネーゲームでもうける職種、
すなわち、人から集めたお金を横に流すだけで
莫大(ばくだい)な利益が得られるような社会
構造を変えていかなければ、日本の再生は
ないと考えています。

【略歴】
1952年 大分県生まれ
77年 東大医学部卒
77年 東京警察病院脳神経外科 医員
77年 東大医学部附属病院脳神経外科 研修医
78年 東京都立豊島病院脳神経外科 医員
80年 大阪府立病院救急医療専門診療科 非常勤医員
80年 東大医学部附属病院救急部 研究生
85年 東京都立墨東病院救命救急センター 医長
95年 現職