▼運転できた小学生と、できなかった中学生(江草乗) | 日本のお姉さん

▼運転できた小学生と、できなかった中学生(江草乗)

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▼運転できた小学生と、できなかった中学生(江草乗)
クルマの運転は難しいのだろうかそれとも易しいのだろうか。オレは日頃からAT車の全廃を主張している。それは、MT車にさえすればこのようなことは防げるからだ。クルマを一度も運転したことのない子どもが動かせるのはAT車ならではである。もしかしたらAT車は猿でも運転できるかも知れない。以下、アサヒコムに掲載された二つの事件の記事を引用しよう。

小3男児、車運転3キロ 岐阜、「ゲームで運転覚えた」2008年11月6日19時8分
岐阜県大垣市の小学3年の男児(9)が祖父の軽乗用車を1人で運転し、自宅から約3キロ離れた同県養老町で、警察に保護されていたことが6日、分かった。車はAT車で、男児は「お父さんの運転やゲームセンターのゲームを見て運転を覚えた」と話しているという。 養老署によると、男児は3日午前6時ごろ、キーがついたままになっていた車を動かし、大垣市の自宅を出発。身長は約135センチで運転席の最前部に座ってハンドルにしがみつきながら、足を伸ばしてアクセルやブレーキを操作し、同県関ケ原町にある祖母宅を目指したという。 午前7時ごろ、「無人の車が走っている」と、通行人から110番通報があり、署員が約30分後、養老町のコンビニエンスストアの駐車場に特徴が似た車が止まっているのを見つけた。コンビニの中にいた男児が「自分が運転してきた」と答えたという。 男児は幹線の県道を走ったとみられるが、祝日の早朝だったため交通量は少なかった。車体に擦った跡はあったが、事故などの連絡はないという。家族は朝、起床した時に男児がいないのに気づき、近所を捜していたという。

この小学生が立派なのは、ちゃんとゲームで覚えて運転操作を理解していたということである。コンビニの駐車場に停めることができたというのも立派だ。世の中には駐車場に停めるという基本的な操作もできずに、店内に突っ込んでめちゃめちゃに破壊する下手くそドライバーも多いのである。しかし、身長135センチでもクルマはちゃんと運転できるのだなあ。足が届くのが不思議だよ。しかし、交通量の多い時間帯ならきっと事故を起こしていただろう。そんなものを勝手に動かしてしまうクソガキもまた問題なんだが、もしもMT車なら発進自体ができなかっただろう。

・中3女子を殺人未遂容疑で送検 大阪・淀川のひき逃げ 2008年11月6日20時53分
大阪市淀川区で10月、大阪府豊中市の飲食店従業員の男性(58)が約180メートル引きずられ重傷を負ったひき逃げ事件で、府警は6日、自動車運転過失致傷と道路交通法違反の容疑で逮捕された同市の中学3年の女子生徒(14)について、容疑を殺人未遂と危険運転致傷などに切り替えて大阪地検に送検したと発表した。女子生徒が「男性が死んでも仕方ないと思った」と供述したことから、殺人未遂罪に問えると判断した。 交通捜査課によると、女子生徒は「人を引きずっていたのはわかったが、無免許運転で警察に捕まるのが嫌だった」と供述したという。 府警のこれまでの捜査では、女子生徒はゲームセンターのレースゲームで運転に興味を持ち、事件があった10月18日、友人の男子中学生3人を誘って自宅のオートマチックの軽乗用車に乗り込んだ。 運転はこの日が初めてで、ギアを動かしているうちに車が動き出した。ヘッドライトもつけずに、右足をアクセル、左足をブレーキペダルに置いて発進。途中でセンターラインをはみ出したり、側溝にはまりそうになったりしながら約2.7キロ運転したが、3度目の左折の際、男性をひいた。直後、パニックになってアクセルを踏んだという。 男性は引きずられたことで頭や肩に重いやけどを負い、現在も入院中という。

こちらの事件は以前にこの日記で取り上げたこともある。どうやらこの女子中学生は初めて運転した時にこの事故を起こしたようである。それにしても「ギアを動かしているうちに動き出した」というあたり危なすぎる。すべてのクルマをMT車にすれば、今起きているアクセルとブレーキ踏み間違いの暴走事故はなくせるだろうし、このような子どもによる無免許運転の発生も防げることになる。それともう一つオレが訴えたいのは、

一度でも未成年時に無免許運転をしている人間には、永久に免許を交付しないでくれ

ということである。そういう遵法意識の欠けた人間というのは必ず将来大きな事故を起こすだろう。これに関しては一度でも罪を犯せば永久にアウトにして欲しい。今回逮捕された梅田引きずり殺人の男は、17歳の時に一度無免許運転で捕まってるのに18歳になったら免許が取れているのである。そして事故や違反を重ねて、しかも交通事故を偽装しての保険金詐欺で捕まったりしてるのに免許は剥奪されていなかったのである。もっともそういう無法者には免許のあるなしなど関係ないだろうが。スーパーの駐車場にクルマを置くとき、オレは場所に気を遣う。他のクルマの当て逃げが怖いからである。そばに車が置かれないようにできるだけ空いたフロアに停めるとか、両サイドを高級車ではさむとかいう方法もある。そこには運転の下手くそなおばちゃんたちが多数やってくる。これまでに何度か「こすり逃げ」された経験のあるオレは、そのような悲劇に遭遇したくないのでできるだけ安全な場所に停めるのである。景気が悪くなって車が売れない時に、オレの主張する規制案が認められる可能性は100%ない。しかし、もっとクルマが少ないときに将来を見越してこんな規制案を出していればもっとクルマ社会は変わっていただろうにと思うのである。
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▼【民に厳しく、官に甘く】大分採用汚職、収賄の二宮・元審議官に猶予付き有罪判決 ( 清谷信一)
大分採用汚職、収賄の二宮・元審議官に猶予付き有罪判決 
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20081106-OYS1T00398.htm

宮本孝文裁判長は、
「県教育長に次ぐ要職にあった被告が収賄を行ったことの影響は重大」としながら、「大分県教育界には口利きの体質があり、二宮被告一人に責任を負わせるのは相当ではない」だから、懲役1年6月、執行猶予4年、追徴金100万円(求刑・懲役1年6月、追徴金100万円)という判決にしました。教育機関の信頼を著しく毀損しても「みんながやっていることだから」事実上無罪というわけです。やはり公務員は得です。
今後学校で子供が悪さをしても「みんなやっています。なんでぼくだけ叱られるんですか?センセイたちも採用試験でインチキしてもみんなやっているからと事実上無罪になったじゃないですか」と抗弁されたら返す言葉はないでしょう。、その理屈ならば、強姦が増えたらがその年は強姦魔の量刑がかるくなるのでしょうか。万引きが多い地域では万引き犯の罪が軽くなるのでしょうか。判事閣下の「常識」は我々正常人市井の人間には理解できません。これは生徒や父兄だけに影響を与えるわけではありません。今後も「インチキ採用テイスト」は無くならないと教師を目指す若者が減りかねないという影響もあるでしょう。これでまた地方から都市部への人材流出は続くでしょう。田舎はコネ採用ばかりだ、都会に出ようと。ここは一罰百戒で死刑ぐらいしてもよかったのではないでしょうか。このような犯罪は全国津々浦々で行われているでしょう。金が絡まない情実採用はもっと多いでしょう。そうでないと教師の子供がどんな問題教師でもあれだけ採用される理由がわかりません。

「弱者のための喧嘩術」でぼくは小学時代の担任教師、関伯(せき・はく)(現姓・玉造泊たまづくり・はく)教諭の行状を告発しましたが、彼の子供が教師になっている可能性もあります。何しろ奥さんはぼくのいた、くだんの町立・植松(うえまつ)小学校と、敷地続きの同町立・植松幼稚園・保母さんで、両家とも教育者が多いそうですから。今度調べてみようと思います。しかし、地元の情報源によると玉造(旧姓・関)教諭に関してぼくだけではなく、多くの人間から教育委員会や学校に苦情があったそうです。ところがそれらは黙殺されてきたわけです。

それが教頭になってもです。実はぼくは教師志望だったことがあります。というのも教師になって、この玉造(旧姓・関)教諭の子供の学校に赴任して、死ぬほどいびり倒してやろうと思っていたからです。そういう底意地の悪いことも考えていましたが、あほらしいのでやめました。復讐するらほかにも手段があるし。そんなわけで本を書いたわけです。

裁判の判決は甘い、警察はろくに捜査もしない。恐らくは今後も同様の犯罪行為が教員の世界には温存されるでしょう。政治家の世襲制が非難されますが、むしろ教師の世襲の方が問題です。教師間の「同族結婚」が多く彼らの指定がまた教師になるわけです。政治家は選挙で落とされることがありますが、地方公務員の教員はハレンチ事件か殺人事件でも犯さないかぎり、少々の犯罪を犯しても限りは身分が保障されています。玉造伯(たまづくり・はく)教頭はぼくの本がでたあと、何故が定年まで間があるのに教壇を去ったとのことですが、これで幕引きが終わったと思ったら大間違いです。その内現地に乗り込んで本格的な調査を行おうかと思っております。何しろ現地には山のような証人がいますからね。

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▼ニューディールの神話(池田信夫)
オバマ大統領に「第2のニューディール」を求める声が強い。教科書で習うのは次のようなお話だが、これは本当だろうか:
神話1:大恐慌をもたらしたのは「有効需要の不足」であり、金融政策は効果がなかった
神話2:ケインズの提案した財政政策をルーズベルトが「ニューディール」で実施して、アメリカは大恐慌から脱却した
神話3:ピグーなどの「古典派経済学者」は賃金を引き下げれば失業は減ると主張したが、賃下げは不況を深刻化した
神話1はケインズが『一般理論』で主張したものだが、Friedman-Schwartzが実証したように誤りである。大恐慌を引き起こしたのはFRBの緊縮的な金融政策による信用収縮であり、それを世界に広げたのは金本位制による「信用収縮の輸出」だった。1933年に就任したルーズベルト大統領は、ただちに大胆な金融緩和を進めたため信用収縮は止まり、図のようにマイナス成長は終わった。経済の収縮を止めたのが金融政策の転換だったことは、バーナンキも含めて今日の経済学のコンセンサスである。

神話2は、ルーズベルト自身が否定している。彼は均衡財政主義者で、赤字財政は好ましくないと考えていた。彼は1934年にケインズと一度だけあっているが、「統計の数字ばかりで理解できなかった」と語っている。ルーズベルトの経済顧問も『一般理論』(1936)を読んだ形跡はない(読んでもわからなかっただろう)。また図のように、ニューディールが実施されたあとも2桁の失業率が続き、大恐慌を脱却したのは戦時経済体制のおかげだった。

神話3もケインズの主張だが、事実ではない。図からもわかるように、GDPが回復した30年代後半も、失業率は高いままだった。この原因は、20%以上のデフレで実質賃金が上昇したにもかかわらず、労働組合が賃下げを拒否し、ルーズベルト政権がワグナー法などによって労組を支援したからだ。このため労働需要が落ち込み、企業業績が回復しても高い失業率が続いた。不況のとき「労働者保護」と称して彼らの既得権を守ることは、失業者というもっとも弱い立場の人々との「格差」をかえって広げるのである。

要するに大恐慌のような金融危機では、総需要(特に投資)は現金残高や相対価格(特に賃金)の歪みに制約される従属変数であり、需要を操作するだけで不況から脱却することはできない。重要なのは、金融システムを立て直して信用収縮を止めるとともに、ケインズの強調した「アニマル・スピリッツ」のような将来に対する期待を高めて投資を増やすことだ。今年「定額給付金」をばらまいて3年後に増税する「追加経済対策」は、場当たり的な政府への不信感を強めて、かえって投資を減退させるだろう。
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