「ぼくは神さまはいると思っているですよ。」と、その人は言った。
人に悪いことをしたら、周りまわって同じような目にあったことが
何度もあるからだそうだ。そういう経験は、わたしだってある。
神さまは、人間を自由にさせているけれど、神さまを信じて
いる人にも信じていない人にも、神さまは関心を持って
見ておられるのだと、わたしは思っている。
神さまはすべての人に生きている間に行ったことに
従って、死後に罰を与えるけれども、生きている間にも
罰を与えて警告を与えたり、神さまを信じるチャンスを
与えたりしておられるような気がしている。
イスラム教の人は神さまが存在すると信じていて、自分の罪は、
ラマタン(断食)の時期に、日がでていない時間に食事をしな
ければ、神さまは赦してくれると思っているし、真面目にコー
ランを読んだり、モスクに行ってひざまづいて祈ったり、日に
何度も床に敷物を敷いて、頭をこすりつけて祈れば神さまは、
自分を天国に入れてくれると思っている。一生のうちに、一度、
メッカに参拝すれば特別な身分になれて、天国に行けると
思っている。そういうことを信じことは、個人の自由だし、
人の信念や信条で、人を差別したり、特別に敬ったり、
軽蔑したり尊敬したりはしないつもりでいる。
ただし、自分の信仰や信念のために、9・11のテロのように、
罪の無い人々を殺すのは、大反対だ。
友達のお母さんによると、罪のない人々を大勢殺して、人々を
恐怖で支配するのがイスラム過激派の目的なので、たとえ
テロで、大勢殺されても、恐怖に負けずに普通に暮らすことが
肝心なのだと言っている。
人殺しを正当化する宗教は、それだけでおかしいとわたしは
感じる。薬物を使ったり、洗脳したり、自分たちの気に入らない
相手を殺すのが正しいと信じる宗教は、それだけでカルトだ。
世の中にいる人は二種類に分けられると思っている。
世界を創られた創造主を信じる人と、なんでもかんでも
信じる多神教の人だ。
神さまは、自分の罪を認めて、それを神さまに赦して
もらいたいと思う人を探しておられるし、本当の神さまを
信じたいと思って探している人を、求めておられると思う。
聖書にも「求める人は与えられる」「探す人は、それを
みつける」と書いてある。どんな山奥にいる人でも
神さまを求めている人がいたら、神さまは、自分の存在を
自らその人に教えて、神さまを信じれるように導くのだと思う。
自分がした過ちが周りまわって自分に返ってくると感じる人が
いてもおかしくないと思う。神さまが、その人をかまって
おられるという証拠だ。神さまが全くかまわない人というのは、
悪いことをしても、警察に捕まらないし、どんどん繁栄して
そのまま死ぬ人のことだと思う。その人は神さまを信じる
チャンスがひとつもないままに死んでいく。
自分がしたことの報いは、いつか受けるようになっていると
感じるのは自由だ。神さまは、いろんな事柄を通してご自分の
存在を人に示しておられると、わたしは思っている。
でも、大阪で夜中に酒を飲んでいて車に曳かれて、15分間も
引きずられたあげく、苦しんで死んだいった人は、きっと何か
生きている間にそれ相当な悪い事をしていたからに違いないと、
その人が言いだしたので、わたしは猛反対した。
車に曳かれたのは、普通の人が車を運転しない夜中になる
まで酒を飲んでいたからだし、
横断歩道ではないところを渡ったからだし、いつも、歩道橋を
使わないクセがあったからだし、車にひかれそうになった時に
逃げることができなかったほど、酔っていたからかもしれないし、
酒を飲もうと誘う人がいたからだし、自分が誘ったのかも
しれないし、黒いワゴン車に乗った人を曳いたら逃げるような
悪い人が通る時間にその場所を通ったという悲しい偶然が
重なったからだ。落ち度はあったかもしれないが、その人が
普段から、何か悪い事をしていたからではない。
それは。いろんな偶然や、普段からの習慣が重なった結果
なのだ。
3キロも車に引き摺られて苦しみながら死ぬようなひどい目に
会ったのは、その人が普段から悪いことをしていたから、
神さまから罰を受けたという考え方は間違っている。
黒いワゴン車で、曳いた人が100%間違っていると、わたしは
思う。車ができた時から、社会には、車に関する規則ができ、
人を曳いたら車は止まって、被害者を救急車で病院に運ぶ
ようにするべきだと決まっているのに、規則に反して
3キロも引きずったあげく、タイヤに絡まった相手を振り払う
ために、ジグザグに走行して逃げて行った黒いワゴン車の
運転手が100%悪い。
聖書には、弟子たちがイエス・キリストに「あるいている時に
塔が崩れて下敷きになった人は、何か悪いことをして
いたから、神さまに裁かれたのですか?」と質問したらしい
箇所があって、イエス・キリストは、違うとはっきり否定して
いる。聖書には、人間は神さまに従わないと決めた瞬間から
人間もこの世も呪われたものとなってしまい、神さまの
祝福を受けることができない世界になってしまったと書いて
ある。動物は食い合い、人間はひたいに汗して毎日働き、
女性は苦しみながら出産をするような世界になってしまったと
書いてある。歩いていて塔が崩れて下敷きになって死ぬのも
人間が神さまに逆らったために、呪われた場所だからだ。
だから、事故も起こるし、自然災害も起こるし、人間が
作りだした物のせいで人間が死ぬような目にあうのだ。
害虫もいるし、病原体もいるし、みんながお互いに
せめぎあって生きている世界になっているのだ。いろんな
偶然や、落ち度が重なってしまったのだ。
夜遅くまで酒を飲んで、酔っ払っていて、
横断歩道や歩道橋を使わない人であっても、車でひいた
人が良心的な人であれば、曳いた瞬間に車を止めて、
救急車を呼んで病院に運んでくれたら、死なずにすんだ
かもしれない。15分間の間、車に引きずられて苦しみながら
死んだ人は、生きている間、悪いことをしていたから、
何かの罰を受けたのではない。
そういう目にあう確率は、どの人にもあるのだ。
そういう目にあう確率を少なくする努力は、各自がするべき
だし、車に乗る人は、規則に従わねばならないし、夜に
運転するときは、酔っ払いが横断歩道ではないところを
歩いている可能性もあるので、スピードをあげてはいけない。
日本の社会も車に曳かれて死ぬ人が減るように、
免許を取る人を教育しないといけないし、交通規則を作り続け
ないといけないし、警察は反則者を全力で探しだし、厳しい
処罰を与える必要があるのです。
キューリー夫人も、馬車で曳かれて死んだのです。人が
集まって住むような所には、危険がひそんでいるのが普通
なのです。だから、みんなが規則を守って生活しないと
いけないのです。信号に従うとか、歩道を歩くとか、
人を曳いたら、引きずらずに止まって被害者を病院に
運ぶように手配するのは、人間の社会の規則で、規則に
従わない者は、厳しく裁かれないといけない。
取り締まる警察官がいなければ、罰則がなければ、
誰も規則に従わないと思います。
社保庁の人が、勝手に他人の年金の額を変えてしまって
平気でいたり、仕事をいいかげんにしたり、官僚たちが
買ってもいない物を買ったことにして、みんなの税金を
盗んで貯め込んで、勝手に使っているのは、誰も罰則を
与える者がいなかったからです。
人間は天使ではなく、罪が心にあるいきものなので、
人間社会には規則と罰則が必要なのです。
そして、この人間社会は、誰でも、車に15分間も引き摺られ
て悲惨な死に方をする危険性を秘めた世界なのです。
こういう事件が二度と起きないように、みんなが自覚して
気をつけながら生きる必要があるし、警察は早く犯人を
逮捕し、日本の国は正しい裁きを与えるべき。
自分が加害者にも被害者にもならないよう、個人が気を
つけるべきだし、こういう事件がおきない工夫を政府や
車の制作会社が考えるべきなのです。
対策を練ってほしいのです。
そして、苦しい思いをして死なれた人のことを、生きている
間に何か悪い事をしたからだとか、前生で悪いことをした
からだとか、そんな仏教的なことを考えたり、言ったりしない
でもらいたい。苦しみながら死んだだけでもかわいそうなのに
そんなことを言うなんて、あんまりだ。
クリスチャンのわたしとしては、みんながこの事件を心にとめて
人間の生とははかないものだと自覚し、老衰以外では
死なないよう、各自が気をつけて、この世の中は、人間の
罪のおかげで呪われている場所であり、人間も罪の裁きを
死後に受ける罪びとだと気が付き、
生きている間に、神さまが人間に関心があることに
気がついてほしいのです。そして、
神さまに罪を赦していただき、死後の裁きを受けないで
神さまの国である天国に行けるように
なっていただきたいと願っています。
人間の罪の罰は、罪の無い神さまのひとり子が、聖書の
預言どおり、人間の世界で十字架にかかって罪の罰を
身代りに引き受けて死に、三日目によみがって、
天に帰られたので、それを「信じるだけで救われます。」
罪の裁きを受けなくてもよくなります。地獄から救われて
天国に行けます。別に、毎日、「罪を赦してください。」と
床に地面をつけて願う必要や断食や善行の必要はなく、
神さまのひとり子が十字架の上でしたことは、自分の
ためだったと信じて、救われた者らしく、神さまに感謝
しながら生きていたらいいのです。
本屋で聖書を買って、自分で読んでみて、聖書的な教会に
行って聖書のメッセージを聞けたらベストです。
ニセのキリスト教会が多いので、くれぐれも、聖書から
はずれたカルトの新興宗教のニセ教会に行かないように。
統一教会、物見の塔(エホバの証人)、モルモン教
(末日聖徒)、韓国系とアメリカ系の偽キリスト教会には、
行かないように。
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死因は3キロ引きずり=ズボンにタイヤ痕-大阪ひき逃げ
大阪・梅田の交差点で会社員鈴木源太郎さん(30)がはねられ、3キロ引きずられて死亡した事件で、鈴木さんは車との衝突ではなく、引きずられて重傷を負い死亡したことが22日、分かった。府警曽根崎署捜査本部は、犯人が鈴木さんを引きずっていることを認識していた可能性もあるとみて、殺人容疑も視野に捜査を進める。
司法解剖の結果、鈴木さんは頭や顔を骨折し、左後頭部から背中にかけて激しく擦れた傷があったことが判明。特に両肩の損傷がひどいという。はねられた現場に血痕はなく、20-30メートル先から約3キロにわたって血の付いたタイヤ痕が続いていた。
鈴木さんのズボンの左足すそ部分にはタイヤに踏まれたような跡が残っていた。道路や衣類から車の塗膜片やガラス片は見つからず、捜査本部はタイヤ痕から車種の特定を進める。
また、現場近くで「黒っぽい車を見た」と話していた目撃者の男性(51)が「ぶつかる瞬間を見た」と証言していることも新たに判明した。(2008/10/22-23:03)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200810/2008102201027&rel=y&g=soc
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このブログの下に変な教会のCMがついていますが、
クリスチャンのわたしは、病気が治るために祈るという
「キリスト教会」はニセモノ教会だと思っております。
聖書には、病人に必要なのは医者だと書いてあります。
そして人間は、罪の裁きから救われる必要があるのです。
病気なら、病院で医者が治せるし、各人の死ぬ時期はそれぞれ
神さまが決めておられます。短くても長くても人生の長さは
関係なく、生きている間に自分を創られた神さまに、
生きている間に罪を赦していただくようにイエス・キリストを
信じるのかどうかが大事なのです。
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