「貧困を克服しよう。貧困を克服するには努力しかない。。byオバマ | 日本のお姉さん

「貧困を克服しよう。貧困を克服するには努力しかない。。byオバマ

『from 911/USAレポート』第377回
「金融危機と民主党、共和党」
冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

■ 『from 911/USAレポート』第377回
「金融危機と民主党、共和党」

 金融危機がもたらした「暗黒の一週間」が人々の心理をネガティブに振っている、いや打ちのめしている中で、のんびりと政党の対立軸を議論している余裕などないのではないか? 多くのアメリカ人のホンネはそんなところだと思います。今週の火曜日、10月7日の第二回大統領討論はそれなりに関心を集めたものの、両候補からは余り危機への臨場感のある発言はなく、全体的には「期待はずれ」という感想が多いのもそのためです。確かに危機が毎日進行する中では、とにかく暴風雨に耐えるのが
第一であって、傘を右向きにさすか、左向きにさすかなどということは全く重要ではないのでしょう。

 ですが、ここはやはり「民主党と共和党」が今週の時点では、どのような「軸」をもって政局に臨んでいるのかを確認しておきたいと思います。理由はただ一つ、20日後に迫った大統領選で決まる次期政権が、この金融危機に対してどのようなスタンスで臨むのか、その兆候がこの政争にはあるからです。暴風雨の真っ最中に政治抗争なんて、という雰囲気は色濃いものの、政争というのはあくまで表面的な現象です。
政治というモノの本質は、その奥にある「社会の合意形成」なのであり、未経験の事態を切り抜けるためには、どうしてもそれが必要だからです。

 まず先週金曜日の「金融安定化法案」可決を受けて、この問題に関する対立軸はとりあえず克服された形です。ですが、当初案での否決を受けて、民主党と共和党それぞれが反対票を投じた造反議員への切り崩し工作を行った結果、民主党の大多数は賛成に転じたのですが、共和党にはまだまだ反対票がありました。この結果までは先週のこの欄でお伝えしたとおりですが、その原因はと言うと、この間に行われた法案修正による「細かな配慮」に反応したのが民主党、そうした修正でもダメで「ウォール街に税金のカネをやるな」という感情論を越えられないのが共和党の反対派だったということが言えると思います。

 そんなわけで、先週の終わりから今週にかけては、表面的には超党派の合意があり、その上で世論調査などでは「余程のことがない限りオバマ」という大差がついてきています。超党派的なムードを背負って新政権をスタートさせるのはオバマということが、現時点ではそこまで言い切る人は少ないものの、日一日と「織り込まれてきている」ようです。その一方で、共和党の草の根保守にはそうしたこと全てへの「怒り」が内向している、そんな判断もあるのか、マケイン陣営は唐突に「ネガティブキャンペーン」に走り出しました。

 先週の土曜日、4日からペイリン副大統領候補が演説で取り上げ始めたのは「オバマは国内テロリストと結託している」という「ネタ」です。この「国内テロリスト」というのは、ビル・アイヤースという人物で、1960年代末から70年代初頭にかけてベトナム反戦運動から始まって「アメリカへの否定」に行き着き、遂には「連邦政府への宣戦布告」を行ってNYやカリフォルニアで裁判所や警察に対して爆弾テロを行ったり、爆弾の誤爆で身内からも死者を出したりした「ウェザーマン」というグループの一員でした。多くのメンバーは処刑されたり、自殺に追いやられたりしているのですが、このアイヤースの場合は、テロ事件で逮捕されていながら検察の不手際で不起訴となり、その後、平穏な市民生活に戻っています。

 このアイヤースという人は現在シカゴに住んでいて、大学の先生をしながら(日本と同じように元新左翼の大学教授という存在が、アメリカでも大学の自治によって守られているのです)コツコツと、子供たちへの教育カリキュラムの研究を続けているのです。ペイリンが問題にしたのは、アイヤースがオバマと接点があるという「ネタ」です。とはいえ、内容的には、シカゴ時代のオバマが、コミュニティの教育改革
のプロジェクトに参加した際に、そこにアイヤースがいたという、それだけのことです。オバマ陣営によれば、アイヤースと言葉を交わしたこともほとんどないというのですが、恐らくそうでしょう。

 そこに「猛犬」ペイリンが噛みつきました。オバマは「恐ろしい国内テロリストとつながっている」というのです。ただ、この材料に関して言えば、ウェザーマンが最も行動的だった1970年にはオバマはまだ6歳で、アメリカ本土にはいなかったのですから、全くナンセンスな話以外の何物でもなく、主要メディアからも「呆れられて」不発に終わっています。その後も、ペイリンは全く懲りていないようで、今度はイラク戦費カットの問題を取り上げて「私の息子が行って戦っているイラク派遣軍の予算を削って、帰還を迫った」オバマは、まるで非国民というようなキャンペーンに変えています。ですが、これも「戦費カットを迫って撤退時期を明らかにしようとした」のは当時の民主党議員団の統一戦術だったわけで、オバマだけが「危険な非国民」というのは余りにムリがあります。後には、この非難役にシンディー・マケイン
夫人も動員されています。

 そんな中、主要なメディアでは「本番の大統領候補討論でも、ネガティブな作戦に出るようだと、マケインはもうおしまい」という声が高まっていました。これを意識したのか、あるいはネガティブキャンペーンそのものには、マケイン自身は乗り気ではなかったと見えて、7日の第二回討論でも、マケインは終始紳士的でした。この第二回討論は、いわゆる「タウンホール・ミーティング形式」ということで、NBCの重鎮トム・ブロコウの司会で、候補は立って歩きながら市民に語りかける形式、そして市民の代表が次々にいろいろな質問を行うという形式でした。

 金融危機の真っ最中とあって、経済問題に質問が集中したのですが、「滅多なことは言えない」ということで、二人からはそれほど新味のあるアイディアは出ませんでした。結果的に今回も大勢の見るところ、オバマに軍配が上がる形となっています。世論調査も、バトルグラウンドと呼ばれる「勝敗の鍵を握る州」は、ペンシルベニア、フロリダ、オハイオなどが軒並みオバマのリード、それだけでなく、今週に入っ
てからは「レッドステート」といわれ共和党の牙城と言われたインディアナなどまでオバマが拮抗してきている様子です。

 こうなるとオバマは残りの20日間を「安全運転」さえしていれば良いということになります。金融危機など人々が全く意識していなかった時期に集めた潤沢な資金を使って、一つ一つの州で支持を稼いでいくという姿勢です。来週には第3回、つまり最後の大統領候補討論が予定されていますが、第1回からわずか3週間の間に、世界が一変してしまった今、マケイン候補が逆転する可能性は日に日に少なくなっています。

 先ほどは、そのマケイン陣営が「オバマ叩き」のネガティブキャンペーンに走っているということを申し上げましたが、この問題に加えて、その共和党陣営では、草の根保守を中心に今でも「ウォール街の金持ちを救うな」という感情論が残っています。それは単に「格差」を背景にした嫉妬感情と言うだけでなく、漠然としたイデオロギーとしての情念にもなっているのです。例えば、今週水曜日8日のマケイン候補の「タウン・ミーティング」では、集会に参加した中年男性の支持者が「オバマが、ペロシが、ポールソンが、このアメリカを社会主義国にしてしまう。私は絶対に許さない」とマケインに詰め寄っていましたが、マケインは受け流すしかありませんでし
た。

 では、全く仮の話として(現時点では濃厚ですが)ホワイトハウス、上院、下院の三つを民主党が完全に抑えてしまったとすると、その先に待っているモノは何なのでしょうか。ちなみに、上院の場合は、もしかすると民主党が60の絶対多数を取ってしまい、共和党が審議拒否権(フィルバスター)を使って法案をストップすることもできなくなる、そんな可能性も囁かれています。そんな政局になったとして、いわゆ
る対立軸はどうなるのでしょうか。

 とりあえず今出ているのは、例えばマケイン陣営からは「公的資金で個人の不動産ローン債務を救済しよう」というアイディア、民主党のペロシ下院議長からは、第二回の「景気刺激小切手を全国民に」という、いずれも「バラマキ」政策が出ているぐらいで、とにかく経済政策に関しては大きな相違もなければ、具体的な提言もないのが現状です。混乱の中、その次の時代の方向性は全く混沌としています。ただ、その中から、新しい「軸」の兆候を探るとしたら社会に充ち満ちている「感情的な反応」を見て行くしかないと思います。その意味で、ここまでお話ししてきた共和党支持層のネガティブな方向での混乱というのは、それはそれで一つの何かを物語っているとは言えるでしょう。

 では、民主党支持層の方はどうでしょう。彼等は「久々の政権奪還、夢の黒人大統領の可能性」に喜んでいるのでしょうか。全く違います。民主党支持層というのは、階層に関わらず株価に敏感な層です。特に組合組織などで結びついた中流の賃金労働者層は、401Kの動向にはナーバスであり、今回の暴落で激しく動揺している層だと思います。そうした人々を引っぱって行くために、新大統領には精神的なリーダーシップが求められます。大恐慌の中で大統領に就任した民主党のFDR(フランクリン・デラノ・ルーズベルト)のように、人々に対して「恐怖に打ち勝て」というようなメッセージを発信し続けることができるのでしょうか。

 この点に関してはオバマは既に意識をしているようです。今週のインディアナ州での演説で「貧困を克服しよう。貧困を克服するには努力しかない。お茶の間で、子供がTVやゲームをしたいと言ったときに、ダメだ、宿題をやってからだ、そう声をかける親の努力、そしてそれに応える子供の努力が貧困に打ち勝つ唯一の道なんだ」というようなことを言っていました。苦労人としての生い立ちと、親としての責任感の
感じられる感動的なスピーチでした。

 こうした姿勢が、果たして「合衆国大統領」として危機に疲れた人々の心に響いて行くのかは分かりません。ただ、今現在のアメリカの政治家たちを見回して、こうした明らかなカリスマ性を持っているということでは、やはりオバマという人は希望の星なのだと思います。もしかしたら、来週の第3回討論ではそのような「オーラ」への期待が出てきているようにも思うのです。仮にオバマが「余りにも安全運転」であったり「強いメッセージを送れない」ようなことがあると、多少の失望感が出るかもしれません。

 もう一つ、民主党支持層、あるいは「株価に敏感な層」の間にあるのは「藁をもつかむ思い」です。この一週間、市場では、明るい材料はほとんどない中、金融や経済関係のニュースは正に「暗黒」でした。アメリカだけでなく、同じように苦悩する英国、市場閉鎖に追い込まれたロシア、厳しい情勢の韓国など、世界を見渡しても救いのない話ばかりでした。そんな中で、日本というのは唯一希望のように思われているのです。一部の金融機関への直接的な支援を始め、麻生首相の「緊急G8主催の用意がある」という発言、そして「IMF経由での資金提供の可能性」といった日本発の話題は真剣に受け止められていますし、円高に関しても「現在唯一信頼できる通貨」だからというように言われているのです。

 もしかすると、オバマ政権の元でアメリカが国際協調主義に復帰するとき、その傍らに非常に良い感じで日本が寄り添う、しかも日本がアメリカに依存するのではなく、アメリカが日本に対して謙虚に接するような、戦後の長い時間に全く見られなかったような光景が現出するかもしれません。アメリカ人は、そこまで傷つき悩み、方向性を見失っているのです。今週末の時点では、まだまだ混乱が続く中、金曜日の
夕方になってG7の会議が進んでいるとうニュースから僅かな光が差し込んできたばかりです。

 一点気がかりなのは、この間の混乱で「古き良き共和党のアメリカ」というアイデンティティーが急速に色あせていることです。もしかすると、危機からアメリカが本当に再生するためには、民主党による改革が進むだけでなく、その健全な対抗者として、共和党もまた生き生きとした存在に甦る必要があるわけで、真に危機から脱することができるのはその日を待つしかないのかもしれません。昨日とは全く違うアメリカということでは、私もまだ雰囲気がつかめていないところもあり、今週は中途半端なレポートとなることをお許しいただきたいと思いますが、とにかく大変な混乱と変化が起きつつあることだけは間違いないと思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』(日経プレミアシリーズ)
(
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