国際社会、決め手無し!(佐藤守)10月3日の記事です。 | 日本のお姉さん

国際社会、決め手無し!(佐藤守)10月3日の記事です。

国際社会、決め手無し!(佐藤守)

http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20081003

今朝の産経新聞3面にソマリア沖で海賊に乗っ取られたウクライナの「武器搬送船」の写真がでていた。

「貨物船はパナマ船籍でウクライナとロシア、ラトビア人の船員21人が乗船し、ケニアのモンバサ港に向かう途中、ソマリア沖で武装した海賊に乗っ取られた」もので、ロシア製のT72型戦車33両や多量の武器を積んでいる。これがテロリストの手に渡るととんでもないことになるのは自明だが、大国による武器輸送がこうして継続されている証拠でもある。 今回は「T72戦車」等、通常兵器だったから良かったものの、核弾頭だったら大変だった。しかし、いつかはこうして「原爆」なども拡散するのだろう。

 今回の事態を受けたソマリア暫定政府当局は「米国はじめ周辺海域に展開するフランス、英国などに海賊摘発を要請した。しかし各国とも自国民が直接かかわっていない上、海賊を逮捕してもソマリア国内での裁判さえ難しいため手をこまねいている」とある。さて、自国民が関与しているロシアも軍艦を派遣したが、どう処理するか見ものである。

 わが民主党は、国連中心主義だそうだが、今回「国連安全保障理事会は6月、ソマリア領海内で海賊行為の取締りを行う権限を各国に与える決議を採択したものの、【具体的な手段を定めずに各国に判断を任せており、実効性に乏しい】というのが実情だ」という。さあ、次期「影の内閣」ではどう対処するのか、民主党は国民に説明すべきである。


 ところで「国連」という呼称については、以前から強調しているが再度書いておくことにする。つまり、「UNITED NATIONS」を「国際連合」と意図的に?訳して判断しているのはわが国だけではないのか?ということである。丁度、三笠フーズの「汚染米」を「事故米」と農水省がトーンダウンしたように、「UNITED NATIONS」は「連合国」と訳すべきであって、どうして「国際連合」なのだろうか?という外務省に対する素朴な疑問である。逆に「国際連合」を英訳すると、どうして「INTERNATIONAL UNION」ではなく「UNITED NATIONS」になるのだろうか?

 現在はどうなっているか知らないが、外務省国連局に出向していた時もらった「国連憲章(日本国際連合協会発行)」の「CHARTER OF THE UNITED NATIONS」の「WE THE PEOPLES OF THE UNITED NATIONS DETERMIND」は、「国際連合憲章」「われら連合国の人民は」と訳されていて、第1条は「国際連合の目的」と訳されているが、第1項の「To maintain international perce~」は「国際の平和及び安全を維持すること~」と訳されている。

 外国の研究者達との討論で私が危惧しているのはこの点で、例えば中国の学者も「UNITED NATIONS」を「国連」とは解釈していないように感じている。つまり常任理事国の「中国」は、「連合国の一員」だという感覚で発言しているように感じられる。勿論通訳は「国連」と訳しているのだが・・・

 このあたりから十分な議論を積んでいかなければ、外交上問題であるような気がしてならない。ひとりわが国だけが「国際連合」という、何かばら色の平和組織があるように「錯覚」しているだけではないのか?そこに意見の食い違いがあると思う。


 とまれ、そんな?組織に「我らの安全と生存を保持しようと決意」してはならないのである。ソマリア沖に展開する多国籍海軍の一員、米国第5艦隊艦船の艦長が、海賊に乗っ取られたウクライナの貨物船をじっと監視しているこの写真から、惰眠を貪る「極楽トンボ」たちは何を感じるか?

 ついでに2日の産経7面に掲載された、お隣の韓国で行われた軍事パレードの写真も掲げておこう。

http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20081003


「建軍60周年を迎えた韓国軍は『国軍の日』の1日、5年ぶりにソウル市内で軍事パレードを行った」と言う記事だが、「江南区のオリンピック競技場で記念式典があり、李明博大統領による各部隊に対する閲兵などの後、約一時間にわたって市街地で歩兵部隊や戦車、野砲、ミサイル部隊などを動員したパレードが大々的に展開された。また、ソウル上空ではF-15やKF16戦闘機、ヘリコプター部隊などによる記念飛行もあった」。

 国旗を振りながら、行進部隊を見ている韓国国民の姿が印象的であり、わが国の最高指揮官が年に一度?の「シビリアン・コントロール」を発揮する場である高級幹部会同をすっぽかしたのに比べると雲泥の差がある、と感じるのはOBのひとりである私の僻みだろうか。

 残念ながら、人間が「神様」になり得ないかぎり、軍事力がものを言う世界が続く、という覚悟が必要であろう。地球上に、200に上る国家群がひしめき合っている以上、「国際社会に決め手なし!」というのが実情だと知るべきである。

 一国平和主義、ダチョウの平和が、そんな国際社会から浮き上がったもので、如何に自国民に対して“無責任”な政策であるかを良く示していると思ったので産経新聞から2枚を転載させていただいた! ご参考まで。

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日本のお姉さんの意見。↓

ダチョウの平和とは、ダチョウ恐いものから逃げる時、

茂みに頭だけ隠すと言われているからでしょうね。

日本人の言う「平和」」はダチョウの平和だと佐藤守氏は

言っているのです。世界の事実を見ないフリをしている

だけです。アメリカ軍がいるから。自分の息子を軍に

送り込みたくないから。アメリカに100%頼っていると、

日本の未来は、アメリカが弱くなったとたん、次の

保護者が必要になって、チュウゴクやロシアの属国に

なるしかないでしょうね。ロシアは、北方領土を返してくれない

敵国だから、日本はチュウゴクに擦り寄っていくのでしょう。

チュウゴクが尖閣諸島を奪おうとしない限り、日本人は

チュウゴクに擦り寄っていくと思う。共産国に擦り寄ると、

日本がチベットみたいになって、チュウゴク人がどんどん

日本に入ってきて、大きな顔をするようになる。

日本人が二等市民になるんだと思う。

長野で、警察は日本人を二等市民のように扱った。

あの、態度を忘れてはいけない。日本の首相が、隣の

嫌がることをしないで、全面的に隣の言いなりになると、

長野で起こったように、日本人は二等市民扱いにされて

日本人を殴ったり突いたりするチュウゴク人が許されて、

日本人や台湾人が逮捕されたりする国になるのだ。

そうならないように、今、日本人は考え方を改めないと

いけないと思います。