ようちゃん、おすすめ記事。↓
▼望みが絶たれた「9月1日」、最後まで見せた「現実主義」(福田首相辞任の真相を探る:その3) (途転の力学)http://keyboo.at.webry.info/200809/article_3.html
ブッシュに「約束させられた」瞬間に「給油継続」がMUSTとなった福田首相。それは同時に、「ねじれ解消」が至上命題になったことを意味していた。なぜなら、連立相手の公明党が衆院での再議決に難色を示していたからだ。そうなると残された道は2つしかなかった。民主分断工作によって、参院から「17人」を引き抜くか、解散総選挙に打って出て、「勝つ」かどちらかだった。分断工作は功を奏したかに見えた。それを証拠に先月末、民主党から離反した「参院議員」が電撃的に新党を結成したからだ。しかし、その目論見は土壇場9回裏に崩れ去った。5人目の参加者だった「姫」が離反してしまったのだ。政党助成金がもらえるギリギリの人数である「5人」をようやく集めたにも関わらず、この離反によって、「4人」で出発せざるを得なくなった新党は「政党」にすらなれなかった。功を奏したかに見えた「切り崩し作戦」は残念ながら、ここまでが限界だった。そうなると、残された道は「解散総選挙」しかない。しかし、これはまだ最後まで使いたくない。まだオバマになる可能性も十分あるのに、自らフライングしてリスクを取りに行く必要はない。少なくとも雌雄が決する11月までは様子を見るのが賢明な判断だったはずだ。それなのに、福田さんは、早々と「9月1日」に辞任を決断した。これは一体なぜだったのでしょうか。福田さんが重役に辞意を伝えたのは
「午後6時」だと言われている。【参考】企画「政権崩壊」 公明離反で孤立感(080901:産経)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080902/stt0809020134000-n1.htm
首相、福田康夫は1日午後6時前、幹事長・麻生太郎を首相官邸の執務室に呼ぶと唐突に辞意を打ち明けた。首相は続いて官房長官、町村信孝を執務室に呼び、辞意を伝えた。町村は狼狽(ろうばい)し、「考え直してください」と翻意を促したが、福田はさばさばした表情でこう告げた。週末に「決断」して、腹が決まっていたのであれば、午後6時まで一体何をしていたのでしょうか。週末に本当に「決断」したのであれば、月曜の午前中には重役に伝えて、午後一番にでも記者会見となるのが普通ではないのか。なぜ福田さんは、「決断」していながら、夜になるまで誰にも言わなかったのか。週末に「決断」したはずなのに、月曜一日中黙っていたのは正直信じがたい。そう考えると、実は福田さんは記者会見での弁明とは裏腹に、月曜の朝の段階では、まだ辞任の「決断」はしていなかったのではないだろうか。つまり、週末はおろか、月曜のある時点までは、迷いこそすれ、辞任を「決断」する段階までには至っていなかったのではないだろうか。そう考えないと、週末に「決断」したはずなのに、重役に打ち明けたのがなぜ夜になってからなのか、また辞任記者会がなぜ晩の9時半になったのかという疑問に説明がつかないのではないか。であれば、福田さんが辞任を決断したのは週末なんかではなく、実は「月曜の日中」だったと考えるほうが自然だ。では、月曜日の日中に一体何があったのでしょうか。<とある大物政治家の来日福田さんの辞任会見が行われた翌日の「9月2日」。東京が政局で大揺れになる中、被爆地広島では、一人の大物政治家の訪問に注目が集まっていた。【参考】ペロシ下院議長、原爆慰霊碑に献花 米現職要人では最高位(080902:AFP通信)
http://www.afpbb.com/article/politics/2512933/3283865
主要8か国(G8)下院議長会議(議長サミット)に出席するため広島市を訪問中のナンシー・ペロシ(Nancy Pelosi)米下院議長は2日朝、市内平和記念公園の原爆死没者慰霊碑を訪れ献花した。ペロシ議長は米大統領と副大統領に次ぐ地位にあり、広島を訪問した現職の米国要人としては最高位となる。~(中略)~広島での議長サミット開催は、平和外交推進派として知られる河野洋平(Yohei Kono)衆院議長の呼び掛けで実現した。議長サミットでは同日、非公開で核軍縮について協議される。その大物政治家の名は「ナンシー・ペロシ」。米国初の女性下院議長であり、「民主党」リベラル派の重鎮だった。広島を訪れる前日の「9月1日」午前、実は、ペロシは議長サミットの呼びかけ人である河野衆院議長と国会内で会談していたのだ。そして、その会談内において、「民主党の」重鎮であるペロシの口から、驚くべき言葉が発せられたのです。<トドメを刺した意外な一言>ペロシの口から飛び出したのは、なんと、思いもよらぬ「給油継続」要請だった。
【参考】米下院議長、インド洋での補給活動継続を要望(080901:産経)
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080901/plc0809011755003-n1.htm
米国のペロシ下院議長は1日、国会内で河野洋平衆院議長と会談し、インド洋での海上自衛隊の補給活動について「共和党、民主党と問わず、米社会全体で評価が高い。継続していただくことを切に希望する」と述べ、新テロ対策特別措置法により派遣期限が切れる来年1月以降も継続するよう求めた。ブッシュやシーファーなど、「共和党」の面々であるならばまだしも同じ要請がなんと「民主党」の重鎮の口から飛び出した。まさかこんな展開が待っていたとは。オバマになったら給油継続の「約束」を反故に出来る可能性この瞬間に崩れ去った。福田さんが「させられてしまった」約束は、「共和党」だけでなく、「民主党」に対してもさせられた格好となってしまったのだ。オバマになっても逃げられないことが判明した。民主分断作戦が「姫」の離反によって失敗した今、このペロシの一言が、福田さんのトドメを刺すことになってしまったのだ。つまり、福田さんが本当に辞任を「決断」したのは、ペロシと河野議長の会談の後、少なくとも「月曜の午後以降」だったのではないだろうか。だから、記者会見が「午後9時半」にまでずれ込んだのだ。当に「解散総選挙」しかなくなった。「ねじれ」を解消させるための最後の手を出さざるを得ない状況になってしまった。
しかし、福田さんは最後まで「現実主義者」だった。自分が総裁では絶対に勝てないことがわかっていた。選挙に勝てる「顔」は自分ではない。
【参考】「先週末に最終決断」 首相会見要旨(080901:産経)
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080901/plc0809012306017-n1.htm
私が続けていって、そして国会がですね、順調にいけばいいですよ。そういうことはさせじという野党がいる限りですね、新しい政権になってもそうかもしれんけども、しかし私の場合には、内閣支持率の問題もあるかもしれませんしね、いろいろな状況がありますから、その辺はたいへん困難を伴うのではないかと思います。「給油新法」の期限が切れるのは来年1月15日。
【参考】シーファー駐日米大使:給油の重要性強調(080821:毎日)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080821ddm003030187000c.html
自民党の麻生太郎幹事長は20日、党本部でシーファー駐日米大使と約40分間会談した。シーファー氏は、来年1月15日で期限が切れる海上自衛隊の給油活動の重要性を強く訴えた。「給油継続」のためには、年内解散をやらなければいけないが、9月1日から数えてあと130日程度。そんなに猶予は残されていない。選挙の「顔」となる新総裁を一刻も早く選ばなければならない。父が果たせなかったサミットの議長もやったし、「消費者庁」も創設したし、個人として思い残すことは何もない。だから、最後の望みが絶たれた瞬間に、地位にしがみつくことなく去ることを決めたのだ。そして、その退場のタイミングは、結果的にこの人に大きな置き土産を残すことになったのです。(次回に続く )
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ようちゃん。↓
★<米国のペロシ下院議長は1日、国会内で河野洋平衆院議長と会談し、インド洋での海上自衛隊の補給活動について「共和党、民主党と問わず、米社会全体で評価が高い。継続していただくことを切に希望する」と述べ、新テロ対策特別措置法により派遣期限が切れる来年1月以降も継続するよう求めた。まさかこんな展開が待っていたとは。オバマになったら、給油継続の「約束」を反故に出来る可能性がこの瞬間に崩れ去った。つまり、福田さんが本当に辞任を「決断」したのは、ペロシと河野議長の会談の後、少なくとも「月曜の午後以降」だったのではないだろうか。だから、記者会見が「午後9時半」にまでずれ込んだ。>この推理は おもしろいですね。口約束でホゴに出来ると思いきや、米民主党も同じなのねー。と嘆いたでしょう。少なくとも ダメ押しに なったことは 確かでしょう。
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