【正論】 最高裁の判事たる資格を問う(屋山太郎)【一日一中】 政治と抜け殻 (阿比留瑠比)
ようちゃん、おすすめ記事。↓
▼【正論】 最高裁の判事たる資格を問う(屋山太郎)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/175304/
≪重大犯罪の社保庁不祥事≫
年金記録漏れ問題は、日本の官僚制度始まって以来の無責任、悪質な事犯ではないか。どこかで大きな汚職事件が起これば、犯罪はいずれ摘発され犯人は処罰され決着する。しかし年金記録漏れは全国民を不安に陥(おとしい)れ、いつ収拾するかの見通しも立たない。この間、きっちり始末がつくまで全国民が我慢と辛抱を強いられるというような行政の失敗は、どのような悪質犯罪に勝るとも劣ら昨年6月、年金記録問題検証委員会(座長・松尾邦弘元検事総長)が発足し、同年10月報告書をまとめた。私もこの委員会に加わったのだが、精緻(せいち)で濃密な調査を行ったと思っていた。ところが、その後に「やっぱりそうか」と思い当たる事件が続々と発覚したのである。記録漏れの原因の一つは組合(旧自治労国費評議会、現全国社会保険職員労働組合)のオンライン化に対する徹底した非協力である。第二は当初、漢字入力したが具合が悪いというのでカナ入力に切り替えたこと。その際不完全に入力された漢字を元にカナ入力された。名前が消えた原因のほとんどはこの入力切り替え失敗に起因している。漢字入力が失敗だったのだから、再入力に当たってはもう一度原簿に当たるのが筋だ。民主党の長妻昭議員は当初から原簿から再調査せよと主張していたが、これには2000億円もの費用がかかるといって厚労省は反対していた。最重要なのは信用の回復であって費用の問題ではないだろう。
≪労組の責任・当局の責任≫
報告書が出されたあとに浮き上がってきたのは長期にわたって組合「ヤミ専従」が行われてきたことだ。全国社保労組の高端照和委員長は今年3月17日記者会見し、20、30人が関与し、社会保険庁側も黙認してきたことを明らかにし、「違法行為で国民の信頼を裏切った」と辞任を表明した。要するに国から不正に給与を受け取ったわけだが、その総額は過去10年間に7億5000万円にのぼるという。許せないのは社保庁の幹部がこれを知りつつ長年黙認し、検証委員会の聴取の際も労使がぐるになって隠し通したことだ。さらに最近、明らかになったことは、厚生年金の算定基準となる標準報酬月額(月給)の改竄(かいざん)が社保庁ぐるみで行われていたことだ。個人は月給に見合って年金保険料を払い、同額を会社が企業側負担として社保庁に納めるのが規則だ。ところが月給を低くして減額したり、加入期間を短くする不正は、会社側にとっては保険料の負担を抑えることができる。一方、社保事務所も見かけ上の収納率を上げることができる点で、両者の利害が一致する。しかし従業員は知らないまま、将来の年金受給額が減るはめになる。社保庁は2010年に潰(つぶ)されて日本年金機構として発足するが、これまでに懲戒処分を受けた者を再雇用しないことを原則としている。しかし処分者を全部オミットした場合、再雇用を求める裁判に勝てるかどうか。ヤミ専従者にもA評価を与えていたような職場の責任は当然、当局側にもあるからだ。
≪長官経験者“天下り”許すな≫
検証委員会は過誤は当初からあったとの認識に立って、昭和37年以降の厚生大臣、事務次官、社保庁長官の名前を報告書に列挙した。これを元に厚労省が遡(さかのぼ)って退職金の返還を求めたり、当事者が責任を感じて自発的に返還することを期待したのだ。社保庁は「返還があった」ことは明言しているが、誰がいくら返したのか、寄付したのか総額についても発表しない。こうした空前絶後の“犯罪”について責任を問えないのは現行公務員法の処罰規定がおかしいと断ずるほかない。責任者に“恥を知れ”といいたい。彼らは少なくとも公職から去るべきだ。社保庁長官から次官になった者もいるが、通常、社保庁長官は次官レースからはずれた人のポストで、ここで箔(はく)をつけて華麗で重厚な天下り人生が始まる。この中で平成13年最高裁判事に“天上り”を遂げたのが横尾和子氏である。横尾氏は昭和61年に厚生省年金局企画課長に就任し、基礎年金制度改正を担当した。引き続いて同氏は大臣官房政策課長を経て、平成6年から約2年間社保庁長官を務めた。基礎年金番号が導入されたのは平成9年1月で、横尾氏は長官として基礎年金番号の導入の検討に参画した。この作業が国民に未曾有の不安を与える“大犯罪”となったのだ。その人物が最高裁判事を務めているから、他の社保庁長官経験者が公益法人に天下っていることを咎(とが)められない。横尾氏は最高裁判事を務める資格は全くないと知るべきだ。即刻、辞任を求める。(ややま たろう=政治評論家)
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ようちゃん。↓
★なぜ 歴代の責任者の 追及を うやむやにしたか 不思議でしたが、それが 自民の凋落へ つながるのだから、自業自得と構えて放置して置くのは、最悪です。いまからでも 遅くはない。法改正でも なんでも やれる事はやるできです。でないと 自民党は 野垂れ死になる。その象徴が平成13年最高裁判事に“天上り”を遂げたのが横尾和子氏である。(天下りより悪い、天上がりを許すな!)
唐無稽な発表を聞いていると、もはやどうにも手のうちようがないのだろう。
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▼【一日一中】 政治と抜け殻 (阿比留瑠比)
今朝の新聞各紙には、福田首相が退陣表明を理由に、原則として1日に1~2回行っていた記者団のぶらさがりインタビューに今後は応じない意向を内閣記者会に伝えたことが掲載されています。「辞任表明した以上無用な雑音を立てるべきではない」というのがその理由だそうですが、これから自民党の新総裁・新首相が選ばれるという中で、自らの発言を雑音に例えたのか、それとも記者団との質疑応答そのものがもはや雑音であるという意味なのか。真意はどこにあるにしても、最後まで言葉遣いが下手な人ですね。平成14年9月、初訪朝を控えた小泉首相(当時)に拉致被害者の家族会が面会を求めた際には、官房長官だった福田氏は「首相の心が乱れるから」という理由で面会を拒否したわけですが、このときに家族らから「私たちの訴えは雑音なのか」と反発の声があがったことを咄嗟に思い出しました。まあ、もともと「道で財布を拾った」(中曽根元首相)かたちで首相に就任したわけですし、そもそも政治家になりたくてなったわけでもない人なので、今回のような態度をとるのも分かる気はします。安倍前首相の対抗馬としてマスコミに持ち上げられた一昨年の自民党総裁選にしても、ナベツネ氏にお膳立てされて何の努力も政策発信もしないまま日本の指導者という地位につくことになった昨年の総裁選にしても、ご本人としては、周囲が勝手に騒いで、オレをその気にさせただけではないか、と言いたい気分かもしれません。53歳で国会議員となり、森内閣で官房長官となるまでは、まったく誰にも注目されず、他の議員との交流も少ないため派閥内でも「世捨て人」と言われていた人でした。官房長官時代も、失言もいくつもあったし、政府のスポークスマンとしても、内閣の要としても特に活躍したわけでもなく、自分の政策を発信したわけでもありませんでしたね。他人をバカにしたような態度で記者の質問にまともに答えない記者会見のありようは、歴代官房長官の中でも私が知る限り最低でした。それでも、福田赳夫元首相の長男というだけで父親の世話になったり、縁があったりした報道各社の幹部らにちやほやされ、新聞紙面では「飄々とした味わい」「調整型」などと優しく扱われ、週刊誌は週刊誌で「こんな地味な政治家をたたいても売れない」として目立った批判はせず、なんとなく「できる人なのではないか」という虚像だけが膨らんだのでしょう。これも、必ずしもご本人の責任ではないのでしょう。首相を退任したら、再起を期待する声など皆無でしょうし、森元首相のようにキングメーカーを気取って活躍することもないでしょう。特別に政治信条も信念、政策もないので、政治家たちが集まる一つの局となって政局を左右することも考えられませんね。もとの隠遁者のような立場に戻り、選挙区を息子に譲ってひっそりと引退するのだろうなと思います。いや、もうすでに抜け殻モードに入っているのかもしれません。私はこのブログを始めた当初から、福田氏についていろいろと批判を書いたり、この人の手法や人柄、やりそうなことに関して注意や警戒を促すことをしてきました。ですから、今日の事態も不思議でもなければ意外でも何でもありません。もはや、これ以上どうこう言うつもりはありません。今となっては、この人自身がどうであるかということよりも、こういう人をよってたかって日本の首相にまで押し上げ、1年近くにわたって、「こんな人がリーダーになる国の国民か」と国民に恥ずかしい思い、いたたまれない屈辱を感じさせ続けたナベツネ氏とその策動に乗った自民党の派閥領袖たちには、今こそ、心からの反省を述べていただきたいと思います。まあ、そんな自省とは無縁の人たちなのかもしれませんが…。
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▼【正論】 最高裁の判事たる資格を問う(屋山太郎)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/175304/
≪重大犯罪の社保庁不祥事≫
年金記録漏れ問題は、日本の官僚制度始まって以来の無責任、悪質な事犯ではないか。どこかで大きな汚職事件が起これば、犯罪はいずれ摘発され犯人は処罰され決着する。しかし年金記録漏れは全国民を不安に陥(おとしい)れ、いつ収拾するかの見通しも立たない。この間、きっちり始末がつくまで全国民が我慢と辛抱を強いられるというような行政の失敗は、どのような悪質犯罪に勝るとも劣ら昨年6月、年金記録問題検証委員会(座長・松尾邦弘元検事総長)が発足し、同年10月報告書をまとめた。私もこの委員会に加わったのだが、精緻(せいち)で濃密な調査を行ったと思っていた。ところが、その後に「やっぱりそうか」と思い当たる事件が続々と発覚したのである。記録漏れの原因の一つは組合(旧自治労国費評議会、現全国社会保険職員労働組合)のオンライン化に対する徹底した非協力である。第二は当初、漢字入力したが具合が悪いというのでカナ入力に切り替えたこと。その際不完全に入力された漢字を元にカナ入力された。名前が消えた原因のほとんどはこの入力切り替え失敗に起因している。漢字入力が失敗だったのだから、再入力に当たってはもう一度原簿に当たるのが筋だ。民主党の長妻昭議員は当初から原簿から再調査せよと主張していたが、これには2000億円もの費用がかかるといって厚労省は反対していた。最重要なのは信用の回復であって費用の問題ではないだろう。
≪労組の責任・当局の責任≫
報告書が出されたあとに浮き上がってきたのは長期にわたって組合「ヤミ専従」が行われてきたことだ。全国社保労組の高端照和委員長は今年3月17日記者会見し、20、30人が関与し、社会保険庁側も黙認してきたことを明らかにし、「違法行為で国民の信頼を裏切った」と辞任を表明した。要するに国から不正に給与を受け取ったわけだが、その総額は過去10年間に7億5000万円にのぼるという。許せないのは社保庁の幹部がこれを知りつつ長年黙認し、検証委員会の聴取の際も労使がぐるになって隠し通したことだ。さらに最近、明らかになったことは、厚生年金の算定基準となる標準報酬月額(月給)の改竄(かいざん)が社保庁ぐるみで行われていたことだ。個人は月給に見合って年金保険料を払い、同額を会社が企業側負担として社保庁に納めるのが規則だ。ところが月給を低くして減額したり、加入期間を短くする不正は、会社側にとっては保険料の負担を抑えることができる。一方、社保事務所も見かけ上の収納率を上げることができる点で、両者の利害が一致する。しかし従業員は知らないまま、将来の年金受給額が減るはめになる。社保庁は2010年に潰(つぶ)されて日本年金機構として発足するが、これまでに懲戒処分を受けた者を再雇用しないことを原則としている。しかし処分者を全部オミットした場合、再雇用を求める裁判に勝てるかどうか。ヤミ専従者にもA評価を与えていたような職場の責任は当然、当局側にもあるからだ。
≪長官経験者“天下り”許すな≫
検証委員会は過誤は当初からあったとの認識に立って、昭和37年以降の厚生大臣、事務次官、社保庁長官の名前を報告書に列挙した。これを元に厚労省が遡(さかのぼ)って退職金の返還を求めたり、当事者が責任を感じて自発的に返還することを期待したのだ。社保庁は「返還があった」ことは明言しているが、誰がいくら返したのか、寄付したのか総額についても発表しない。こうした空前絶後の“犯罪”について責任を問えないのは現行公務員法の処罰規定がおかしいと断ずるほかない。責任者に“恥を知れ”といいたい。彼らは少なくとも公職から去るべきだ。社保庁長官から次官になった者もいるが、通常、社保庁長官は次官レースからはずれた人のポストで、ここで箔(はく)をつけて華麗で重厚な天下り人生が始まる。この中で平成13年最高裁判事に“天上り”を遂げたのが横尾和子氏である。横尾氏は昭和61年に厚生省年金局企画課長に就任し、基礎年金制度改正を担当した。引き続いて同氏は大臣官房政策課長を経て、平成6年から約2年間社保庁長官を務めた。基礎年金番号が導入されたのは平成9年1月で、横尾氏は長官として基礎年金番号の導入の検討に参画した。この作業が国民に未曾有の不安を与える“大犯罪”となったのだ。その人物が最高裁判事を務めているから、他の社保庁長官経験者が公益法人に天下っていることを咎(とが)められない。横尾氏は最高裁判事を務める資格は全くないと知るべきだ。即刻、辞任を求める。(ややま たろう=政治評論家)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ようちゃん。↓
★なぜ 歴代の責任者の 追及を うやむやにしたか 不思議でしたが、それが 自民の凋落へ つながるのだから、自業自得と構えて放置して置くのは、最悪です。いまからでも 遅くはない。法改正でも なんでも やれる事はやるできです。でないと 自民党は 野垂れ死になる。その象徴が平成13年最高裁判事に“天上り”を遂げたのが横尾和子氏である。(天下りより悪い、天上がりを許すな!)
唐無稽な発表を聞いていると、もはやどうにも手のうちようがないのだろう。
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▼【一日一中】 政治と抜け殻 (阿比留瑠比)
今朝の新聞各紙には、福田首相が退陣表明を理由に、原則として1日に1~2回行っていた記者団のぶらさがりインタビューに今後は応じない意向を内閣記者会に伝えたことが掲載されています。「辞任表明した以上無用な雑音を立てるべきではない」というのがその理由だそうですが、これから自民党の新総裁・新首相が選ばれるという中で、自らの発言を雑音に例えたのか、それとも記者団との質疑応答そのものがもはや雑音であるという意味なのか。真意はどこにあるにしても、最後まで言葉遣いが下手な人ですね。平成14年9月、初訪朝を控えた小泉首相(当時)に拉致被害者の家族会が面会を求めた際には、官房長官だった福田氏は「首相の心が乱れるから」という理由で面会を拒否したわけですが、このときに家族らから「私たちの訴えは雑音なのか」と反発の声があがったことを咄嗟に思い出しました。まあ、もともと「道で財布を拾った」(中曽根元首相)かたちで首相に就任したわけですし、そもそも政治家になりたくてなったわけでもない人なので、今回のような態度をとるのも分かる気はします。安倍前首相の対抗馬としてマスコミに持ち上げられた一昨年の自民党総裁選にしても、ナベツネ氏にお膳立てされて何の努力も政策発信もしないまま日本の指導者という地位につくことになった昨年の総裁選にしても、ご本人としては、周囲が勝手に騒いで、オレをその気にさせただけではないか、と言いたい気分かもしれません。53歳で国会議員となり、森内閣で官房長官となるまでは、まったく誰にも注目されず、他の議員との交流も少ないため派閥内でも「世捨て人」と言われていた人でした。官房長官時代も、失言もいくつもあったし、政府のスポークスマンとしても、内閣の要としても特に活躍したわけでもなく、自分の政策を発信したわけでもありませんでしたね。他人をバカにしたような態度で記者の質問にまともに答えない記者会見のありようは、歴代官房長官の中でも私が知る限り最低でした。それでも、福田赳夫元首相の長男というだけで父親の世話になったり、縁があったりした報道各社の幹部らにちやほやされ、新聞紙面では「飄々とした味わい」「調整型」などと優しく扱われ、週刊誌は週刊誌で「こんな地味な政治家をたたいても売れない」として目立った批判はせず、なんとなく「できる人なのではないか」という虚像だけが膨らんだのでしょう。これも、必ずしもご本人の責任ではないのでしょう。首相を退任したら、再起を期待する声など皆無でしょうし、森元首相のようにキングメーカーを気取って活躍することもないでしょう。特別に政治信条も信念、政策もないので、政治家たちが集まる一つの局となって政局を左右することも考えられませんね。もとの隠遁者のような立場に戻り、選挙区を息子に譲ってひっそりと引退するのだろうなと思います。いや、もうすでに抜け殻モードに入っているのかもしれません。私はこのブログを始めた当初から、福田氏についていろいろと批判を書いたり、この人の手法や人柄、やりそうなことに関して注意や警戒を促すことをしてきました。ですから、今日の事態も不思議でもなければ意外でも何でもありません。もはや、これ以上どうこう言うつもりはありません。今となっては、この人自身がどうであるかということよりも、こういう人をよってたかって日本の首相にまで押し上げ、1年近くにわたって、「こんな人がリーダーになる国の国民か」と国民に恥ずかしい思い、いたたまれない屈辱を感じさせ続けたナベツネ氏とその策動に乗った自民党の派閥領袖たちには、今こそ、心からの反省を述べていただきたいと思います。まあ、そんな自省とは無縁の人たちなのかもしれませんが…。
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