儒教文化の害毒(外交と安全保障をクロフネが・・) | 日本のお姉さん

儒教文化の害毒(外交と安全保障をクロフネが・・)

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▼儒教文化の害毒(外交と安全保障をクロフネが・・)
北京五輪で再確認できた漢民族の文化について、もう少し話を続けたい。漢字発祥の地・中国で行われた今回の五輪を一文字で表すなら文句無く偽だ。開会式では、鳥の巣スタジアムに向かって花火でかたどった巨大な足が一歩一歩近づいていくという演出があったが、実際はその瞬間、花火を打ち上げてはおらず、映像はCG合成であったことがすぐさまバレた。

こんなのは序の口で、各方面から絶賛されたという革命歌曲を歌った少女が実は口パクで、本当は別の少女がふきこんだ録音に合わせ、口をパクパクやっていただけだった。アテネ五輪でも著名なオペラ歌手が口パクをしていたが、それは本人が自分の実力で歌を歌い、その録音を使ったものだからまあ許せる。しかし北京五輪のケースはまったく別。中国共産党独裁政権としては、ルックスは口パクをした少女が理想的と考えたが歌は下手だと断定した。歌声が理想的だとされた少女は、ルックス的に不可と決めつけた。そのため、理想的な歌声とされた少女の歌を録音し、理想的なルックスとされた少女にそれに合わせて口パクさせたのだ。これには「歌を歌った少女だってかわいらしいじゃないか。どこがいけないのだ」と、世界から非難の声があがった。さらに開会式に出てきた、中国の56ある少数民族代表とされる子どもたちが、実際は芸能プロダクションから派遣された漢民族の子役だったことまで発覚。共産党独裁政権は、歴史教育の場で国定歴史教科書を使わせ、「チベット・ウイグル・モンゴル・朝鮮など各少数民族は、漢民族とは不可分の関係にあるひとつの民族、中華民族である」と子供たちに刷りこんでいる。民族とは本来、言語や文化が同じ人間の集団を言うが、言葉さえ通じない各民族に強制的に手かせ足かせをつけて一つの民族とし、漢民族がその他の民族を支配・隷属させるツールとして発明されたのが、”中華民族”という概念である。開会式に出す56の少数民族代表の子供たちをぜんぶ漢民族の子役にするという偽装工作の発覚は、本来民族とは呼べないものをムリヤリひとつの民族としてきた共産党独裁政権のウソ八百を象徴的に暴露したものだった。

世界中の人たちが注目する開会式で、チベットやウイグルの子供たちに自分たちがいかに漢民族から迫害され、独立を待ち望んでいるかをアピールされてしまえば、共産党独裁政権のメンツは丸つぶれになってしまう。それを防ぐために漢民族の子役を使わざるを得なかったのであろうが、”中華民族”なぞ現実には存在せず、北京五輪を祝福しているのは漢民族だけであり、一つの民族と言いながら漢民族が深い疑いの目をチベットやウイグルの人たちに向けていることの証明となってしまった。また、各会場のチケットは完売という発表だったのに、空席が目立つ競技もあった。その空席を埋めるべく共産党独裁政権側が派遣した、そろいのTシャツを着た”文明応援隊”が出現、逆に中国国民のスポーツ文化への理解の無さが際立ってしまい、かえって非文明的であった。これについてはどうも既視感があるなと思っていたのだが、思い出した。2002年サッカーワールドカップの韓国会場である。韓国側はチケット販売会社のせいにしていたが、韓国会場では韓国がからまないカードでスタジアムに閑古鳥が鳴き、それを埋め合わせるべく近くの学校から生徒が総動員されていた。特に女生徒だが、試合展開にまったく関係無く、スタジアムの大型ビジョンにイケメン選手のアップが映し出されるたびに「キャー!キャー!」と黄色い歓声を上げるので、TV中継で純粋に高いレベルのサッカーを楽しみたかった私としては興ざめも良いところ、ドン引きだった。ひどい場合(確か大邱スタジアム)になると、空席がありすぎてボランティア動員では埋め切れず、スタンドの最前列から1/3くらいにかけて大会公式マークの入ったシートをすっぽりかぶせ、はじめからスタンドが無いように偽装する始末であった。

2002年ワールドカップ観客数ベスト5(FIFA公式発表)

    カード        観客数     開催地
1 ドイツ-ブラジル    69029   日本・横浜
2 日本-ロシア      66108   日本・横浜
3 エクアドル-クロアチア 65862   日本・横浜
4 サウジ-アイルランド  65320   日本・横浜
5 ドイツ-韓国      65256   韓国・ソウル

観客数ワースト10

1 スペイン-パラグアイ  24000   韓国・光州
2 ドイツ-パラグアイ   25176   韓国・西帰浦
3 パラグアイ-南アフリカ 25186   韓国・釜山
4 ポーランド-アメリカ  26482   韓国・大田
5 中国-コスタリカ    27217   韓国・光州
6 スペイン-スロベニア  28598   韓国・光州
7 ウルグアイ-デンマーク 30157   韓国・ウルサン
8 スロベニア-パラグアイ 30176   韓国・西帰浦
9 ロシア-チュニジア   30957   日本・神戸
10ポルトガル-ポーランド 31000   韓国・全州

儒教文化の国・韓国の師匠にあたるのが中国だから、やることなすことソックリなのは当然のことなのだろう。サッカーと言えば、北京五輪サッカー競技のベルギー対中国戦において、中国代表選手がベルギー代表選手の股間を故意に蹴り上げ、生殖機能喪失の恐れがあるほどの大ケガを負わせるという大事件があった。

参考記事 <北京五輪>「カンフーサッカー」中国代表、自国サポーターもそっぽ―中国
2008年8月10日、北京五輪男子サッカー1次リーグ・中国対ベルギー戦で、中国代表のDF譚望嵩(タン・ワンソン)選手が相手選手の局部を故意に蹴り、負傷させた問題をめぐり、中国のインターネット上では自国選手の過激なプレーを非難する書き込みが殺到している。14日、大手ポータルサイト「網易(NETEASE)」に掲載された。ラフプレーが目立つ中国代表チームは、「カンフーサッカー」と揶揄されることも度々。遼寧省瀋陽市で行われた対ベルギー戦でも、再び醜態をさらし、しかも惨敗を喫した。後半8分、譚選手がセバスティアン・ポコニョーリ選手の局部を故意に蹴ったことで、一発退場。担架で退場したポコニョーリ選手が、下半身から血を流していたことから、インターネットの掲示板では、同選手を気遣う書き込みが並んだ。また、瀋陽在住の某ユーザーが、「(同選手を)診察した医師が、生殖機能を失う恐れが高いと証言した」と書き込んだことから、自国選手の悪質な行動に一気に非難が高まった。【その他の写真】 今回の暴行事件に対して、あるユーザーは「代表を降りろ。中国代表が出場する試合にはもう行く気がしない」と痛烈に批判。「他人を尊ぶことは、中国国民を尊ぶこと。(譚選手の行為で)中国国民の尊厳が損なわれた。中国代表の解散を厳しく要求する」との書き込みもみられた。また、ベルギーが中国に対して損害賠償を求める準備を進めているとの情報も流れており、自国選手のモラルのあり方が中国国内で大きく問われている。
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2002年の韓国も、イ・チョンスがイタリア代表のマルディーニ選手の後頭部をわざと蹴り、ユ・サンチョルが同じくイタリア代表のココ選手にヒジ打ちを食らわして流血の惨事となった。(ユ・サンチョルは日本代表だった城彰二選手にもヒジ打ちを食らわして前歯二本を折るケガをさせた常習犯)同じ儒教文化圏に属する中国・韓国のサッカー選手は何故こうも暴力的なのか。まず同じスポーツを愛するファミリーとして対戦相手に敬意を表するという文化に欠けていることが一つ、暴力だろうがインチキだろうが、どんな悪どい手段を使ってでも”良い結果”を得た者が勝ちという根強い信仰を持っていることが理由の二点目であろう。後者の場合、これも一種の偽装と言える。北京五輪の場合、あからさまに中国に買収されたような判定をする審判はいなかったようだが、女子体操で金メダルをとった中国人選手に年齢詐称疑惑が持ちあがっているのは、皆さんも良くご存知だろう。さてどうなることやらである。

以上みてきたように、中国や韓国など儒教文化圏の人々は、見かけの良さ・体裁を取り繕うのに異常な執着を見せることが多い。見せかけの結果のみではなく、プロセスや中身を比較的重視する日本人にはなかなか理解しがたい事であるし、知識が無いとそんな考え方が存在するという事がなかなか信じられないと思うが、例え中身がからっぽだろうが、ウソ・インチキ・暴力などのアンフェアーな手段を使って達成されたものだろうが、見かけの良さ・体裁さえ取り繕うことが出来ればそれでいいという考え、それが中国人が面子と呼び、韓国人が自尊心と呼ぶものの正体である。毒物にまみれた食品から、”南京虐殺の犠牲者”がいつのまにか30万になり尖閣諸島は古来から中国のものとうそぶく歴史まで、ありとあらゆるものが偽装されていく国・中国。
 
すべての日本人が、世界にはそういう考え方をする人たちがいるんだという正しい知識を持ち、中国あるいは韓国・北朝鮮といった儒教文化圏の国々にうまく対処していかなければならない。もともとアジア全体にそういう土壌があるのかもしれないし、渡来人などによってもたらされたのかもしれないが、儒教文化のそうした害毒は日本にも一部存在している。例えば、一度ペーパーテストの結果が出てしまえば、一度あの学校に入ってしまえば”優秀というブランド”を獲得でき、それ以後その人物が努力を怠り、実力がどんどん下降していっても優秀というブランドだけが一人歩きをして、相変わらずその人物を評価するときの判断材料になってしまうという東洋の悪しきブランド主義、儒教文化の「見かけさえ良ければ、中身なんてどうだっていい」という考え方が、日本にも存在する。実際に利益をあげていなくてもオフィスにへばりついてダラダラ残業していれば「仕事ができる人・会社に貢献している人」と評価されるのであれば、それも変だ。こういった東洋の悪しきブランド主義・儒教文化の体裁第一主義を日本人は今一度見なおし、物事の本質・中身を重視するよう自分たちの基本へと戻るべきだろう。前回取り上げた中華思想にしても事実かどうかは別として、いったん数千年前に中国や朝鮮半島の人たちの間で定着した、「自分たちの国は日本より優秀な文化を持つ先進国である」という空虚なブランドの一種(彼らが面子・自尊心と呼ぶもの)なのである。しかしその後、日本がアジアで初の産業革命を達成した近代国家となりアジアで初の先進国となったことで、自分たちが崇拝するブランドと現実の間に致命的な矛盾が発生した。普通なら、現実をもとにして自分たちの認識を改める道をえらぶのだろうが、原始的な感情に支配されがちな彼らはそうはしなかった。

あくまでも「自分たちは日本人より優秀」という一度定着したブランドに粘着し続け、ブランド(=妄想)を守るために現実の方をねじまげる必要があった。つまり現代の日本人も悪逆非道の非文明人であり続けなければならなかったのだ。だからこそ、白人が中国を侵略して謝罪・賠償せずともまったく問題視しなかったのに、黄色人種であり”文化的に中・韓・朝よりも劣る日本人”の血を引く者だけは、たとえ謝罪しても賠償しても許せないのである。そして歴史を捏造し、日本人および日本国を陥れるためのプロバガンダを世界に流し続けている。いったん許してしまえば、日本人は悪逆非道の非文明人ではないことを認めたことになる、自分たちが日本人より優れている部分が無くなってしまうと彼らは考えているようだ。そうなれば、日本が中・韓・朝より進んだ先進国であるという事実だけが残ってしまう。それは数千年にわたって存在してきた、「自分たちの国は日本より優秀な文化を持つ先進国である」という儒教ブランド(面子・自尊心)の崩壊を意味するが、それは感情的に受け入れられない。儒教文化圏の人々が、人種・民族・国家間に優劣・序列が存在し「優秀な能力は優秀な血によってのみ遺伝する」という極めて人種差別的な思想、偏狭で行き過ぎたナショナリズムを捨て去り、どの民族であろうと優秀な人は優秀であるしそうでない人はそうでないという、文化的に成熟した考え方を一刻もはやく身につけることが、日本と儒教文化圏との外交摩擦の解決につながるだろう。同じ東アジアに属しながら、日本と中国をはじめとする儒教文化圏とのあまりの文化的違い。数々の前代未聞の事件から、儒教文化に含まれる猛毒を再確認した、北京五輪であった。
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