「済州四・三事件」は虐殺か暴徒鎮圧か 朝日新聞まで"参戦"した「自虐史観」論争=黒田勝弘(SAP | 日本のお姉さん

「済州四・三事件」は虐殺か暴徒鎮圧か 朝日新聞まで"参戦"した「自虐史観」論争=黒田勝弘(SAP

ようちゃん、おすすめ記事。↓

以前 とりあげましたが 済州島四・三事件知っていますか?詳しくは 
済州島四・三事件 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%88%E5%B7%9E%E5%B3%B6%E5%9B%9B%E3%83%BB%E4%B8%89%E4%BA%8B%E4%BB%B6  
要するに どういうことかは 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
▼NHK
衝撃?宮崎あおい、反日俳優と入籍(すがすが日記)

宮崎あおいがかねてより噂のあった反日俳優と入籍した。ダンナは高岡蒼甫という無名の俳優だ。俳優としては無名だが反日タレントとしては、軽く知られている。彼は自らのブログに「個人的には日本という国はあまり好きではない。韓国に対し、日本は卑劣なように思える。日本政府は正しい情報を国民に伝えるよう願う」と書き込んだ。ブログは炎上し、記述は削除された。しかし彼は大部分の在日が日本にいる本当の理由「済州島四・三事件」のことも知らないのではないか。終戦後、それまで日本本土に渡っていた朝鮮人の大部分は半島に帰還した。今日本国内にいる在日朝鮮人のほとんどは、194843日に勃発した「済州島四・三事件」の難民とその子孫だ。事件前28万人いた済州島島民は李承晩によって8万人虐殺され、事件後(1957年)島民は3万人を切ったとされる。残りの17万人強は難民化し大部分が日本に不法入国した。原因は貧しかった済州島が南朝鮮労働党の拠点と化したため、李承晩は島民もろとも皆殺ししようとした。北朝鮮の飛び地と化した済州島を壊滅させることで南朝鮮の共産化を防ごうとしたわけだ。ジェノサイドによって。この17万人の済州島難民こそが、今いる在日の核心部分だ。日本は彼らの命の恩人であって、そもそも恨まれる筋合いの話ではない。宮崎あおいは来年の大河ドラマ「篤姫」の主役が決定している。しかも歴代最年少である。彼女は入籍を事前にNHKに通知したのだろうか。彼女は現在21歳であり、大河が終わって結婚しても23歳だ。別に全くあせる理由などない。もし妊娠という話なら大河主役はクビだろうから、妊娠ではないだろう。NHKにとってこの結婚は、慶事ではないだろう。本音では、宮崎あおいを降板させたいくらいではないか。あるいは大河放映中のスキャンダルだけは何としても避けたかったNHKが、別れないのなら逆にケジメをつけろと要求したのか?高岡蒼甫の出演作は1本しか見てない。つい先日テレビでやった「パッチギ」だ。沢尻エリカの兄アンソンを演じた。朝鮮高校のチンピラ役だった。東映ヤクザ映画のような暴力シーンの連続だった。演技力があるのか(?)顔つき・ふるまいとも彼は正真正銘のチンピラだった。井筒監督は「パッチギ」続編に沢尻エリカの出演を熱望したという。しかし沢尻サイドは出演を拒否した。続編「パッチギ LOVE & PEACE」は作品の評価・興行ともに失敗した。特に評価は最悪だ。沢尻サイドの判断は大正解だった。しかしもし沢尻が出演していれば出演者の総入れ替えはなく高岡蒼甫も続編にアンソン役として出演できただろう。沢尻の出演拒否で、彼も職場を一つ失った。「日本という国はあまり好きでない」という俳優を日本人はあえて見たいとは思わない。当たり前のことながら。今後も「日本という国はあまり好きでない」高岡蒼甫の俳優人生はそう明るいものではないだろう。北朝鮮で「北朝鮮という国はあまり好きではない」といえば強制収容所送りだろう。韓国の俳優が「韓国という国はあまり好きではない」といえば即、社会から抹殺されるだろう。高岡蒼甫という人は、朝鮮のことも日本のこともあまり知らないおバカさんのようだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ようちゃん。↓
終戦後、それまで日本本土に渡っていた朝鮮人の大部分は半島に帰還した。今日本国内にいる在日朝鮮人のほとんどは、194843日に勃発した「済州島四・三事件」の難民とその子孫だ。事件前28万人いた済州島島民は李承晩によって8万人虐殺され事件後(1957年)島民は3万人を切ったとされる。残りの17万人強は難民化し大部分が日本に不法入国した。原因は貧しかった済州島が南朝鮮労働党の拠点と化したため、李承晩は島民もろとも皆殺ししようとした。北朝鮮の飛び地と化した済州島を壊滅させることで南朝鮮の共産化を防ごうとしたわけだ。ジェノサイドによって。この17万人の済州島難民こそが、今いる在日の核心部分だ。日本は彼らの命の恩人であって、そもそも恨まれる筋合いの話ではない。ちょっと 別の 切り口で 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「済州四・三事件」は虐殺か暴徒鎮圧か 朝日新聞まで"参戦"した「自虐史観」論争=黒田勝弘(SAPIO)2008520日 SAPIO
韓国の南端の島、済州島は風光明媚なリゾートとして有名だ。年中、緑があってミカンやパイナップルの産地になっている。今でこそ海外旅行が増え、それほどではなくなったが、以前は新婚旅行のメッカだった。今でもソウルから毎日、何十便もの航空便が飛ぶ、韓国最大の観光地である。この済州島で1948年4月に起きたのが、「済州四・三事件」といわれる住民多数が犠牲になった政治的流血事件だ。今年はその60周年。地元では記念館ができ記念行事が行なわれたが、事件の背景をめぐって"歴史論争"が展開されている。この事件は韓国(朝鮮)が日本支配から解放された3年後のことだ。朝鮮半島が米ソによって南北分割管理となり、北ではソ連軍が連れてきた金日成集団による共産化が急速に進められていた。南は米軍管理下にあったが、北につながる共産主義勢力が各界に浸透し、左右対立の政治混乱が続いていた。まだ大韓民国は発足していなかった米ソ対立や北の共産化で南北統一政府は難しくなり、南では親米的な新政府樹立に向け、国連監視による総選挙が行なわれることになった。北につながる南朝鮮労働党(南労党)など左翼勢力は当然、これに反対し政情揺さぶりに出た。その一環として本土から海で隔てられ、中央の威光が届かない済州島で、選挙反対を名分に住民を扇動し"反米民衆武装蜂起"を図った。済州島をいわば親北・反米の"人民解放区"にしようとしたのだ。これに対し本土から治安維持のため多数の軍・警察部隊が派遣され、南労党をはじめ左翼勢力に対する掃討作戦が行なわれた。多くの住民も犠牲になった。犠牲者は数万人に上ったという。ところが近年、金大中・盧武鉉政権下の左翼史観の影響で、事件を軍警による"住民虐殺事件"とする真相解明作業が政府次元で進められ、今回の記念館完成となった。この"真相解明"には当初から保守・右派サイドから反発があった。記念館についても、彼らは新聞広告などで「軍警や李承晩大統領を虐殺者とする一方、南労党など武装蜂起の暴徒を犠牲者として美化、歪曲している」と反論している。結局、済州島では選挙は行なわれず、ゲリラ化した左翼勢力に対する鎮圧、掃討作戦は長びき犠牲者は増えた。10月には軍内部の左翼系将兵が本土で反乱を起こし、街を占拠する事件も起きている(麗水・順天事件)。
2年後の1950年6月、北の金日成が南北武力統一を狙って南韓国に侵攻したのは、こうした政情不安と親北・左翼勢力の存在をあてにしてのことだった。しかし結果的に、韓国では左翼掃討作戦のおかげで金日成の人民軍を歓迎、支援する"民衆蜂起"は起こらず、金日成の武力統一作戦は失敗に終わった。済州島は日本に近く、戦前から日本との縁が深い。現在、人口は約54万人で、日本には大阪を中心に約10万人の同郷者がいる。一家族に一人は日本に親戚がいる計算だ。だから済州島には唯一の外国公館として日本の総領事館もある。「四・三事件」の背景には、敗戦直後の日本で左翼知識を得て島に帰った青年たちの影響もあったと、同郷者から聞いたことがある。日本の戦後社会の左翼的雰囲気を考えればよく分かる。日本帰りの左翼青年たちが素朴な島の人たちを扇動したというのだ。彼らは闘争に敗れ、一部は日本に逃避したという。"南労党くずれ"の日本密航者は相当いた。筆者も何人か知っているが、彼らは戦後日本の左翼運動や歴史観にかなり影響を与えた。今回、現地では「済州四・三事件」の記念館開館や慰霊祭が行なわれた。そのことを日本の朝日新聞が特集記事(4月5日付)で伝えていたが、見出しは「韓国、住民虐殺『済州四・三事件』60年」となっていた。これでは韓国で保守派がいう"自虐史観"だ。単に「住民虐殺」といってしまったのでは歴史の真相究明にはならないではないか。(産経新聞ソウル支局長)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ようちゃん。↓

済州島四・三事件と いうより 大虐殺も、済州島の歴史を 知れば、偶発的なことでは なく、コリアの残忍性が でただけです。以上 済州島について調べると、結論としては、済州島は 日本に返す。と いうのが済州島住民に とっても、日本にとっても よいことである。在日問題も 見方を 変えねばと、 思いました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー