田中宇の国際ニュース解説2
▼ポーランドやウクライナのパニック
すでに米に頼って反露的な態度をとっている国々の指導者たちは、パニックになり、米に頼ってロシアと敵対する姿勢を強めざるを得なくなっている。EU内で最も反露的なポーランドは、グルジアが米に見捨てられたのを見て、それまで1年半も米と協議を続けながらまとまっていなかったミサイル防衛協定を、突然に締結した。これはロシアのミサイルを迎撃できる米軍の地対空ミサイル基地をポーランドに置く協定だ。この協定を結ぶと、ロシアがポーランド敵視を強めるのは必須なので、ポーランドは従来、米に対し「有事の際に米軍がポーランドを守る条項を付帯してほしい」と要請していたが、米は渋っていた。今回、この点について米は曖昧な条文を提案し、ポーランドはその条件で協定を締結することにした。今春グルジアと並んでNATOに加盟申請し、反露的な姿勢が強いウクライナ政府も8月15日、米とポーランドが締結したようなミサイル防衛協定を、欧米と結びたいと表明した。ウクライナは、西部にウクライナ語住民が多く、東部にロシア語住民が多い二重国家で、04年にウクライナ語住民が米の支援を受けて行った「民主化運動」(オレンジ革命)の結果、反露的なユーシェンコ政権ができ、その後は国内の反露派と親露派、中間的漁夫の利派との三つどもえの政争が続いている。ウクライナ東部の黒海岸には、ロシア軍が租借するセバストポリ軍港があり今回の戦争でロシア海軍は、セバストポリからグルジア沖に軍艦を派遣して威嚇した。これに対し、ユーシェンコ政権は8月13日「ロシア軍は今後、軍艦を出港する72時間前までにウクライナ政府に通告せねばならない」との通達をロシア側に出した。
ユーシェンコは開戦直後、グルジアに飛び「民主化革命」の盟友であるサーカシビリを応援したほどで、露軍が正直に軍艦の出港を通告したら、その情報はすぐグルジア政府に伝わることは間違いない。当然、ロシア政府はユーシェンコの通達を無視した。同時に、ウクライナ東部(クリミア半島)の親露派勢力は、ウクライナから分離してロシアに統合する政治運動を開始すると言って、ユーシェンコを脅した。ポーランドやウクライナが、米と反露的な軍事協約を結ぼうと動いていることは、米露が新冷戦体制に向かっていることの兆しとも考えられるが、同時に、ポーランドは反露的になるほどEU内で孤立し、ウクライナは反露的になるほど内政が混乱し、いずれも弱体化する。ドイツは親露的で、独露が隠然と組んでポーランドに邪険をする傾向が強まっている。現状は、米ソ対立が始まった1940年代ではなく、独ソがポーランドを分割した1930年代に似てきている。このほか、中央アジアやアフガニスタン、イラク、アラブ地域などでも、米が今回グルジアを見捨てたことを見て、親米的な傾向を持っていた政権が今後、米を当てにしなくなり、米の言うことを聞かなくなる傾向が予測される。
▼グルジアを裏切ったイスラエル
今回の戦争で、難しい立場に追い込まれているもう一つの国は、イスラエルである。8-9世紀にユダヤ教のハザール国の影響圏だったグルジアには、もともとユダヤ人が比較的多かった。イスラエルには8万人のグルジア系コミュニティがある。サーカシビリ政権の閣僚のうち、国防相と国家再統一相はユダヤ人で、イスラエルとの二重国籍を持ち、ヘブライ語を流暢に話す。サーカシビリが、ネオコン(軍産複合体とイスラエル右派をつないで米政界を牛耳ることを目指した強硬派勢力。ユダヤ系が多い)を通じて米政界に食い込んだこともあり、グルジアはイスラエルとの関係が深い。イスラエル軍は傘下の民間企業を通じ、グルジア軍の特殊部隊を訓練し、無人偵察機など諜報機器を売ってきた。サーカシビリは、ロシアと戦争になったら、米とイスラエルが軍事支援してくれると思っていただろう。
しかし実際には開戦後、米軍は動かず、イスラエルもほとんどグルジアを支援してくれなかった。イスラエルはロシアから圧力をかけられ、グルジアへの軍事支援を止めてしまった。ロシアはイランやシリアと親密で、イスラエルがグルジアへの軍事支援を続けたら、ロシアはイランやシリアへの軍事支援を強化しかねなかった。ユダヤ人であるヤコバシビリ国家再統一相は激怒して「イスラエルは、裏切り者の欧米に仲間入りした」と表明した。中東では、米はイランへの空爆をせず、イラクからの撤退を検討しており、パレスチナ和平にも実質的な協力をしないまま、中東での影響力を減少させている。このままだとイスラエルは、ロシアやEUなど、米以外の大国に頼って国家的生き残りを模索せねばならなくなる。それを考えるとイスラエルは、グルジアを見捨てても、ロシアとの敵対関係は避けたい。米の「軍産イスラエル複合体」は、反露プロパガンダを噴出させる軍産と、反露になれないイスラエルの間に、亀裂が入っている。ロシアの金持ちユダヤ人たちは、すでに親プーチンであり、今回の戦争でもグルジアを非難している。ロシアユダヤ人会議の議長(Boris Spiegel、露上院議員)は「虐殺を経験したユダヤ人の一人として、オセチア人を虐殺したサーカシビリは許せない。戦犯として裁くべきだ」と述べている。ロシアの金持ちユダヤ人に支持されて当選しているイスラエルの国会議員は、この点をマスコミに尋ねられ「地政学的な紛争に首を突っ込むべきではない」と苦しい返答をしている。
▼ロシアは手ぐすね引いて待っていたが
今回の戦争では「ロシアは今年4月から戦争を準備し、7月中旬には北オセチアなどで軍事訓練を行い、侵攻準備を整えて、サーカシビリが陽動に引っかかって侵攻してくるのを待ちかまえていた。だから悪いのはロシアだ」と、米のジョージ・ソロス系のシンクタンクが指摘している。(投資家のソロスは、グルジアやウクライナの「民主革命」を支援してきた)ロシアが手ぐすね引いて待っていたことは事実だろう。だが歴史を見ると、日本軍が真珠湾攻撃をした時、米は手ぐすね引いて日本の攻撃を待ち、引っかかって日本が先制攻撃してきたので、戦略どおり「正当防衛」を掲げて反撃し、日本を潰した。戦争の時、悪いのは、先に国際法違反の攻撃を行った方である。「グルジアが少し攻撃しただけで、ロシアは何百倍も反撃しており、過剰な反攻だ」との批判もあるが、それを問題にすると「日本の敗戦が確定的だった戦争末期に、広島長崎に原爆を落としたのは過剰だ」という話が蒸し返される。今年7月、露軍がグルジア国境近くで軍事訓練を行った際、同時期にグルジ
ア駐留の米軍顧問(海兵隊)は、グルジア軍と一緒に対抗的な軍事演習をやっている。米とグルジアは、露軍が戦争準備をしているのを知っていたどころか、挑発的な対抗軍事演習をしていた。そもそもロシアが4月にグルジア戦争の準備を始めたのは、2月に反露的(セルビアはロシアと同じスラブ人の国)なコソボ独立が米によって決行され、グルジアとウクライナのNATO加盟が検討されて、ロシア包囲網が形成されていたからである。米は今年2月から7月までロシアを挑発し続け、戦争が起きそうなのを知っていた。また、グルジアとロシアが戦争したら、すぐにグルジアが負けることも知っていただろう。それなのに米は、サーカシビリにロシアと戦争させ、サーカシビリが期待した米軍の派兵もせず、グルジア軍を無駄に敗北させ、南オセチアとアブハジアをロシアにやってしまった。米はなぜ、こんな自滅的なことをやったのか。多くの人は「ブッシュ政権の能力が低いから」と、いつもながら思うだろうが、私はいつもながら「ブッシュ政権が隠れ多極主義だから」と思ってしまう。
▼この戦争を機に多極化が進む
トルコのアブドラ・ギュル大統領は、グルジアでの展開を見て「米はもはや、単独で世界の政治体制を形成し続けることができなくなっている。米は(ロシアや中国など)他の諸大国と覇権を共有せねばならなくなった。新しい、多極的な世界体制が出現しつつある」と述べている。ギュルは、今回の戦争を機に、米単独覇権体制の終焉と、世界の多極化が進むと指摘している。EUはすでに「ロシアとは対立しない。協調を保つ」と決めている。今後、可能性は低いが、もし米軍がグルジア軍を支援するために派兵した場合、ロシアと戦争する気の米と、ロシアとは戦争したくないEUとの意見対立が明確になり、NATOは空中分解する。米がグルジアのNATO加盟をごり押しした場合も、同様である。米はNATOを結束させて新冷戦体制に向かうどころか、NATO解体の危機に瀕している。これも、多極化の傾向である。ブッシュ政権は、親米国を見捨てたり、振り落としたりする一方で、ロシアや中国、イランなどの反米非米諸国の台頭を誘発している。どう見ても「隠れ多極主義」である。軍産英イスラエル複合体の一部のように振る舞いつつ、実際には複合体が作りたい冷戦体制や米英中心世界体制を破壊している。ブッシュ政権は本質的に、軍産英イスラエルと暗闘している。なぜ米に隠れ多極主義が存在するのか。それは、今年初めに書いた記事「資本の論理と帝国の論理」などで分析してきたが、前回記事「覇権の起源」の、これから書く続編で、さらに説明できると思う。