【「老百姓」たちのオリンピック】 (日経)
ようちゃん、おすすめ記事。↓
▼【「老百姓」たちのオリンピック】 (日経)
中国の首都であり、共産党と政府の中枢が集中する北京は、良くも悪くも政治的な都市だ・・・
中国の首都であり、共産党と政府の中枢が集中する北京は、良くも悪くも政治的な都市だ。普通のおじさん、おばさんから知識人まで、北京の老百姓(一般庶民)は政治談義が大好きである。 一方、その対極と言えるのが上海。中国随一の商都では、人々の最大の関心は「ビジネス」だ。誰しもそうだとは言わないが、政治談義は一般につまらない話題として敬遠される。しかし、政治に全く無関心というわけでもなく、意識しながらあえて距離を置いているようなところがある。 上海の人々はまた、北京に強いライバル意識を持っている。歴代王朝の都として栄えた北京の住民に、中華文明の継承者としての矜持があるとすれば、外国の租界をルーツに発展した上海の人々には、世界最先端の潮流をいちはやく取り入れるコスモポリタンとしての自負があるようだ。 北京オリンピックは世界的なスポーツの祭典であると同時に、中国政府が国家の威信をかけた一大政治イベント。上海のコスモポリタンたちは、それをどう見ているのだろう。
・挨拶は「金メダル今何個?」
最初に話を聞いたのは、コンサルタント会社を経営している楊さんだ。生まれも育ちも上海の、生粋の上海っ子である。日本や香港で働いた経験もあり、現在は上海を拠点に中国各地を飛び回っている。 オリンピック? ええ、上海も盛り上がっていますよ。友人や同僚の間では、『中国チームの金メダルは今何個?』が毎日の挨拶がわり。うちの会社ではオリジナルの応援Tシャツを作って、社員だけでなくお客さんにも配っているんです」
楊さんの関心がこれほど高いとは、正直、予想外だった。知り合ってもう7~8年になるが、彼女の口からオリンピックやスポーツの話題をついぞ聞いたことがなかったからだ。 「なんだ、実は楊さんも楽しみにしてたんですね」。そう改めて問うと、ちょと照れくさそうな声でこんな返事が返ってきた。
「本当はね、オリンピックのことは開幕式の2日前まですっかり忘れてたの。もちろん開催は知っていたけど、仕事が忙しくて開幕式が何日かちゃんとチェックしてなかった。ふと『明後日だ』と気が付いて、あわてて社員にTシャツを作らせたんです。せっかく中国で開かれるオリンピックなんだから、皆で応援して楽しまないと損でしょう?」 続いて話を聞いたのは、IT企業を経営している周さん。楊さんと同じく生粋の上海人だ。半年前に長女を出産したが、住み込みのお手伝いさんを雇ってすぐに仕事に復帰したバリバリのビジネスウーマンである。 「開幕式のテレビ中継は、自宅に両親を呼んで一家総出で見ました。途中で窓の外を見たら、路上にはクルマも人もほとんどいなかった。こんな静かな上海を見るのは初めてじゃないかと思いましたよ」 仕事と育児に忙しい周さんだが、それでも毎晩1時間ほど、テレビでオリンピックを楽しんでいるという。そこで、「中国が金メダルを獲ると嬉しいですか」と聞いてみた。彼女は筆者の質問の意図をすぐに理解したようだ。 「もちろん嬉しいですよ。でもね、中国だけが勝てばいいとか、他の国の選手は応援しないとか、ナショナリズム的な気持ちは全然ないです。あくまで一流のゲームを楽しんでいるという感覚。上海では、そう考える人が多いんじゃないかなぁ」 楊さんや周さんと話しながら興味深かったのは、北京オリンピックに対する微妙な距離感である。中国人として、祖国での初めてのオリンピックは誇らしいし、スポーツの祭典としても十分楽しみたい。とはいえ、ビジネスそっちのけで夢中になっているわけではないし、当事者としてイベントに参加するほどの思い入れもない。あくまで「上海」で、「テレビの前」でが前提なのだ。
・「上海人は合理的なんです」
「北京に行って試合を見ないんですか?」。そう2人に質問すると、楊さんは「この暑い中、移動するだけで疲れるし、警備も厳しくていろいろ面倒でしょう」と冷たい。片や周さんは、涼しい顔でこう答えた。 「わざわざ人の多い場所へ行くより、テレビの方が良いですよ。決して無関心なんじゃなくて、私たち(上海人)は合理的なんです」 最後にもう1人、上海でブティックを経営している鄭さんにも話を聞いた。出身は江蘇省だが、社会人になってからはずっと上海を拠点にしている。彼女の携帯に電話すると、呼び出し音がふだんと違った。実は日本に出張中で、国際ローミングで接続したのだ。
「オリンピック期間中は来店客が少ないから、お店は社員に任せて、新作のデザインの打ち合わせに来たの。開幕式は仕事の後、途中から日本のテレビで見ましたよ。北京に行って観戦? ははは、ありえない、ありえない。私って変わってるのかなぁ」 電話口の向こうで、鄭さんはそうからからと笑った。
今回話を聞いた3人は、意図したわけではないけれど、いずれも女性でかつ経営者だった。老百姓の声というにはいささか偏ったサンプルになってしまったが、上海の街を流れる空気はやはり北京とは違う。 中国は一党独裁の共産党が支配する社会主義国である。海外では、北京オリンピックをナショナリズム高揚の一大イベントととらえる論調が少なくない。それは一面では正しい。 しかし同時に、この国は広大な国土に13億人が暮らし、驚くほど多様な社会構造を持っている。オリンピックという国家的イベントに対する北京と上海の人々の距離感は、そんな多様性を映しているように感じる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー