【ニュースを斬る】 流通改革で手取りが倍に~直売所が描く農業の未来食糧危機は最大の好機
ようちゃん、おすすめ記事。↓
▼【ニュースを斬る】 流通改革で手取りが倍に~直売所が描く農業の未来食糧危機は最大の好機――今こそ作れ、儲かる農業(7) (日経)
農協を中心とした出荷団体、卸売市場、仲卸、そしてスーパー。日本の農産物流通には数多くのプレイヤーが存在している・・・ 和歌山のミカン農家が始めた直売所が注目を集めている。それは「めっけもん広場」。産地の多くにある買い出し型の直売所とは異なり、都市部のスーパーに直接出店する出張型の直売所だ。「農家が儲かる直売所」として地元でも評判の存在になりつつある。 中間流通をなくした直販が儲かる、というのは誰もが知っていること。とはいえ、めっけもん広場に参加する農家の手取りは、農協などを通した市場流通に比べて倍も違う。それだけ、既存の流通システムには余計なコストがかかっているということだろう。 農協を中心とした出荷団体、卸売市場、仲卸、そしてスーパー。日本の農産物流通には数多くのプレイヤーが存在している。今日、小売りの店頭に多種多様な農作物が並ぶのはこうした仕組みが機能しているからだ。もっとも、中間流通のプレイヤーが多ければ多いほど高コスト構造になる。そのしわ寄せが生産者の手取りにいっている面は否めない。 「儲かる農業」の実現には流通改革が不可欠――。めっけもん広場に集う生産者の笑顔を見ていると、そのことを改めて痛感する。農家の手取りが倍になる直売所。その中身を見てみよう。 農業でカネを稼ぐ。それを当たり前に実現している女性が和歌山にいた。 山の斜面をミカンの木が覆う紀の川市。果樹園に囲まれたハウスでトマトを栽培している山下栄子さんは、相好を崩してこう言った。 「今はすごくおカネを取れるようになったんよ。ほいだら、農業が楽しくてね。元気が出てくるんよ」 ミカン農家だった山下さん。5年ほど前から1000坪のハウスで「ロケット」と呼ばれるミニトマトを栽培している。堆肥を使い土作りを丹精しているからだろう。山下さんが作るロケットは味の良さでは折り紙付き。地元のスーパーや大阪市内の百貨店の店頭に、「山下栄子さんのトマト」というポップ付きで並ぶほどだ。 ハウスに隣接した作業小屋。話し始めた山下さんのお国言葉は止まらない。 「私ね、パートさんを2人、使うてるんやで。2人に来てもらって月30万円、払うてるんやで。まわりのみんなパート代なんてよう出すなぁって笑うけど、それでも結構、儲かってます。毎日、晩に豪勢にしているさかい。みんなには言えんけど」 「農協に出してたらね、ほんまにね、後引いたら何も残らないんよ。私ほんまにね、1人の子供を大学に出すのに、のつこつ(大変な思い)をしましたよ。ほいでもね、“めっけ”に出してから、今は(手取りが)倍取れます。はっきり言って、(卸売)市場の倍!」 いかに農業が儲かるか――。取材で訪れた6月末、山下さんは生き生きとした口ぶりで語ってくれた。そんなニコニコ笑顔の山下さんが口にした“めっけ”。これは、紀の川市や和歌山市にある直売所、「めっけもん広場」のことである。
・スーパーに直売所が出店する“出張型”
農家が農産物を直接販売する直売所。新鮮な野菜などを安く買いたい消費者に支持されており、全国に1万3000カ所ほどあると言われている。こうした多くの直売所とめっけもん広場が違うところは、スーパーの中にあるインショップ型の直売所という点だ。 「“買い出し型”でなく“出張型”の直売所ですわ。こういうの、あまりないのと違いますか」。めっけもん広場を立ち上げた児玉典男氏は言う。実際に、スーパーの売り場を見ると、青果売り場が丸ごと、めっけもん広場になっていた。 実は、めっけもん広場は2つある。1つは、児玉氏が作ったインショップ型のめっけもん広場。そして、もう1つは、紀の川市にあるJA紀の里が運営するめっけもん広場である。後者は2000年11月にJA紀の里が作った大型直売所だ。2007年度の売り上げは約25億円。全国でも屈指の規模を誇る。 2つに分かれているのは、めっけもん広場の商標を児玉氏が持っているためだ。
JA紀の里のめっけもん広場が開業した直後、第三者が「めっけもん広場」を商標登録した。「地元に定着している直売所の名前を第三者に使われるのはどうか」。JA紀の里の組合員だった児玉氏はこう考えて商標を購入。その後、JA紀の里とは別に、インショップ型のめっけもん広場を立ち上げた。 児玉氏が始めためっけもん広場は、今のところ、和歌山市の食品スーパー「ゴトウ本店」の2店舗だけ。ただ、9月中にゴトウ本店の別の店舗で3つ目が開業する。さらに、1年以内に和歌山市内にあるゴトウ本店の全店舗にめっけもん広場を導入する見込みだ。 「産地に直売所を作ると、建物を建てたり、道を広くしたりせなアカン。それに、今はガソリンが高いし、フードマイレージとか言うでしょ。出張型ならトラック1台で済むからね。やっぱりね、お客さんの近くに農業者が寄っていく。これからは、それが一番大事なことと思うんですわ」 この児玉氏の言葉を証明するように、今では近隣の農家がこぞって野菜や果物などを持ち込む。農協や卸売市場ではなく、都会のスーパーにあるめっけもん広場に出荷するのはどうしてか。理由の1つは、農家の手取りが高くなるためだ。 めっけもん広場を運営しているのは、農業総合研究所という和歌山市の農業コンサルタントだ。ここが、ゴトウ本店と契約を結び、めっけもん広場の商標を貸与している。農家など生産者の募集や集荷、配送などを手がけるのも農業総合研究所の役割である。 めっけもん広場に参加したい生産者は農業総合研究所に5000円の入会金を払う。一度、入会金を払えば、農家は毎日、好きな農産物を好きな量だけ集荷場に持ち込める。こうして集められた農産物は1日2回、農業総合研究所のトラックで各店舗のめっけもん広場に運ばれていく。
販売価格の78%が農家の懐にJAなどを通した卸売市場流通の場合、出荷団体や卸売市場、仲卸、スーパーなどでマージンを取られる。ところが、めっけもん広場では、農家が集荷場に持ち込み、農業総合研究所が店舗に配送しているため、卸売市場流通のように中間マージンが発生しない。
青果売り場のスペースをめっけもん広場に提供しているゴトウ本店のインセンティブは農産物の販売価格の22%。農業総合研究所が生産者とゴトウ本店の間に入っているが、同社の収入はあくまでも5000円の入会金収入とゴトウ本店からのコンサルタント料が中心。農作物の販売価格からは手数料を取らない。だから、残りの78%が農家の懐にそのまま入る。 児玉氏が調べたところ、既存の卸売市場流通の場合、農協などの出荷団体の段階で30~40%、小売りで40%のマージンが発生していた。これでは、農家の手取りは販売価格の20~30%にしかならない。それに対して、めっけもん広場。多くの農家は周辺のスーパーや直売所よりも20~30%安い販売価格をつけているにもかかわらず50%前後が手元に残る。まさに、「市場の倍」である。
中間流通を省くだけでこれだけ農家の手取りが変わる。改めて示されると、中間の流通コストが農家を疲弊させていることが分かる。農業が儲からないのは多段階流通システムのため、と言っても過言ではないだろう。 しかも、めっけもん広場では、捨てるしかなかった規格外品を売ることができる。商品にならない野菜や果物がカネになる――。これも、農家がめっけもん広場に参加する大きな要因だ。
・捨てるしかなかった農産物がカネになる
紀の川市にあるめっけもん広場の集荷場。配送トラックが出発する午前9時と午後3時に合わせて、軽トラや自家用車に農作物を積んだ農家が次々とやってくる。この集荷場は使われなくなったスイミングスクール跡地。低コストで運営するために使われなくなった施設を借りている。 この集荷場に集められた農作物。よく見ると、ナス5袋、キュウリ3袋というように、小ロットの農作物が多い。取材当日、ジャガイモとタマネギを数袋、持ってきた家族連れがいた。話を聞くと、自家用に作っていた野菜の余りを売りに来た、という。 これまで採れすぎてもご近所に配るくらいしかできなかった。そんな野菜がカネになる。ならば、もっと作って売ってみたいと思うのは当然だろう。「来年、本格的に農業を始めますよ」。来年、定年退職するご主人はこう言うと、子供を連れて帰路に就いた。 大きさや長さが揃っていない、数量が一定量に達していない――。そんな理由で品質にも味にも問題がないのに捨てるしかなかった野菜や果物。それがめっけもん広場では立派な商品になる。この点も農家の手取りが増える一因だ。そして、消費者は野菜や果物本来のおいしさを手頃な値段で味わえる。 「これを食べてみてくださいよ」。そう言って、児玉氏が持ってきたのは大きな完熟の桃だった。皮ごとかぶりつくと、熟れきった桃の甘い汁が口の中に広がった。都心の大手スーパーに並んでいる桃とは味の深さがまるで違う。この味で6個1000円という安さだから驚きである。 卸売市場流通では、熟れすぎた桃は扱ってもらえない。消費者の手元に届く頃には傷んでしまうからだ。しかし、直売所は収穫したその日にスーパーの店頭で売ることができる。卸売市場流通では味わえない野菜や果物が手に入るのだから、消費者の人気も出るだろう。児玉氏も笑顔で語る。 「この間、あるお客さんが『今年はもう去年の倍の量の桃を食べたよ』と言うてました。安いからたくさん食べられるって。基本的に、ここでは農家さんが売りたい物を売ってもらう。農薬の使用や収穫後のワックスなど、JAS法は守ってもらわな困りますけど、それ以外にこちらで規格を作るようなことはしませんわ」 消費者が喜び、自分の手取りが増えるとなれば作る方も楽しいだろう。 集荷場にナスとキュウリを持ってきた紀の川市在住の土橋正幸さん。最初は口ごもっていたものの、話を聞くうちに照れ笑いを浮かべてこう言った。「今年の目標は500万円を売ることかな」。今年72歳になる土橋さん。仕事を定年で辞めた後、JA紀の里の直売所ができたことをきっかけに農業を始めた。「いくらがいいかな」。荷を降ろした土橋さん、集荷場に常駐している“悟郎”ちゃんに値段を相談すると、隅にあるパソコンの前に行き、慣れない手つきで名前や作物の種類、販売価格、数量を打ち込み始めた。「悟郎ちゃん」こと稲垣享浩氏は地元スーパーの青果担当を務めていた青果のプロ。時期や売れ筋を考えた妥当な価格をアドバイスしている。ここでは、生産者が自分で価格を決めるのだ。 そして、名前と品目、電話番号、値段が記されたバーコードシールを出力した土橋さんは、収穫したてのつややかな水ナスが入った袋に、一つひとつ丁寧にシールを張っていった。自分の作った農作物が日々、カネになり、町の人が喜んで食べてくれる。これ以上のやりがいはないだろう。 めっけもん広場に多くの生産者が農産物などを卸したがる理由はほかにもある。野菜や果物がスーパーの店頭で売れ残ったとしても、農家が自ら出向いて引き取りに行く必要がないのだ。 「その日に売れ残った農産物は農家が引き取る」。こういう決まりを取っている直売所は少なくない。それが、負担という声もある。だが、めっけもん広場では、売れ残った品物は鮮度が落ちないようにスーパーが保管し、翌日に販売してくれる。その際は値引きしての販売になるが、既存の直売所にはない利点を歓迎し、専業農家から兼業農家まで約300戸の農家が参加する。 このめっけもん広場、実は生産者だけでなくスーパーにも恩恵を与えている。
・新鮮な野菜がスーパーの目玉商品に
「集客の呼び水になっているのは間違いありませんよ」。めっけもん広場に青果売り場を開放したゴトウ本店の森喜寛・管理本部長は言う。この言葉に偽りはない。売上高が前年同月比で10%以上も割り込んでいた太田店。6月7日にめっけもん広場をオープンして以来、120%を超える売り上げを達成している。めっけもん広場の新鮮な野菜を目当てに来店し、ついでに肉や魚、加工食品などを買う客が増えたためだ。 めっけもん広場の農産物は、シールに生産者の名前と電話番号が記されている。消費者の食べ物に対する安心、安全の意識は高まるばかり。顔の見えるめっけもん広場の農産物は消費者のニーズに応えている。しかも、めっけもん広場に並ぶ農作物は地元和歌山で採れたもの。それが、ほかのスーパーよりも30%も40%も安いのだから、客が来るのも当たり前だろう。 中間流通を経ておらず農家の手取りは多い。地元の農家が作った顔の見える野菜や果物がより安く買えるため消費者の満足度も高い。そして、集客につながるめっけもん広場はスーパーにとっても利点が大きい。 生産者、消費者、小売り。既存の流通システムを廃しためっけもん広場の直売システムは、この3者ともに恩恵を与えている。言い換えれば、既存の流通システムを壊せば、3者ともに得ができる――。それを証明しているのではないだろうか。
・「仲間はずれが怖いんですよ」
「流通さえ変われば、農業は儲かりますよ」。児玉氏はこう語る。彼自身、紀の川市で「観音山フルーツガーデン」を経営する大規模ミカン農家である。季節によって異なるが、5ヘクタールの農地でミカンやレモン、ハッサク、デコポンなどのかんきつ類を生産している。 もともと卸売市場に個人出荷していたが、1998年からインターネットによる直接販売を始めた。試行錯誤で始めたネット直販。10年たった今では売り上げの80%をネット販売が占めるまでに拡大した。 インターネットを通じて直販のメリットを痛感した児玉氏。だが、高齢者も多い地元の生産者全員がネット販売するのは無理な話。手取りが増える流通の仕組みを作り、地域の農業を再生させる。めっけもん広場の商標を買い取り、直売所を作ったのはそうした考えからだ。 児玉氏はこまめに集荷場やスーパーの店頭に足を運び、農家やスーパー側の言い分を聞く。集荷トラックの運転手の話にも耳を傾け、それぞれの間に齟齬が見えれば、すぐに間に入ってコミュニケーションを取る。めっけもん広場を中心とした仕組みがうまく回り出したのは、こうした児玉氏のきめ細かな働きが功を奏した面も大きい。
「将来的に、農家は市場でなくこっちに流れてくると思いますわ」。そう語る児玉氏。だが、一方で厚い壁が立ちはだかるのも事実だという。それは。農村コミュニティーの閉鎖性である。 児玉氏の行動は、農協をはじめとした既存の流通システムを半ば否定している。そんな仕組みに参加すれば村八分。それが怖いからみな、知らぬ顔を決め込む。いくら儲かると聞いても「あいつはおかしい」と言って否定する。だから、新しい一歩を踏み出さず、農業の閉塞感ばかりを言い立てる。「仲間はずれが怖いんですよ、みんな」。児玉氏はそう言って笑う。 前述したトマト農家の山下さんも地域では変わり者扱いという。それでも、児玉氏のめっけもん広場にトマトを出すようになったのはなぜなのか。それを聞くと、「おカネ欲しさ(笑)。笑われてまうなぁ」と答えた。屈託のない笑顔には、プロの農家としての矜持がはっきりと表れていた。 自信を持って作った作物を売ることでカネを稼ぐことは悪ではない。山下さんのように新しい世界に一歩を踏み出す農家が増えれば、農業の未来にはまた違う光景が広がっていくはずだ。
* * *
・消費者と生産者の絆を取り戻せ
スイスのジュネーブで開かれていた世界貿易機関(WTO)閣僚会合。7月30日、WTO(世界貿易機関)の農業交渉が決裂したのを聞いた北海道の農協関係者は率直な気持ちを吐露した。「あの内容なら決裂した方がマシだ」。 農産品の関税削減率を例外的に低くできる「重要品目」。直前の交渉の流れでは「原則4%、条件付きで6%」という線で決まりつつあった。従来の日本の主張は原則8%。もし農業交渉が妥結していれば、大幅に関税を引き下げざるを得ない農産品が出ただろう。 日本の農業を保護するという意味では、農業交渉が決裂してよかったという安堵の声が出るのも理解できる。ただ、今回のWTOの農業交渉は決裂したが、将来的には自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)などが控えている。農業の自由化や関税縮小という今の流れが止まることはない。 世界競争に晒される農業。その中で生き抜くためにはどうすればよいのか。東京大学の鈴木宣弘教授はこう語る。
「FTAやEPAで農業自由化が進んだ場合、(日本の農家が)いくら規模拡大してコストダウンしてもコスト競争で海外産品に勝てる見通しはない。もちろん、大規模化や生産性向上は続けるべきだが、それ以上に目指すべきは、生産者が地域の消費者と密接に結びつくことだ」 鈴木教授によれば、イタリアの酪農はEU(欧州連合)統合後も生き残っている。牛乳そのものの価格は日本と比べても高いくらい。それでも、酪農が続いているのは地元の味を誇りとする消費者と生産者が一体となって、地域の食文化を守ろうとしているためだ。 そして、スイスの卵。国産の卵は1つ約60円。輸入卵は約20円という。それでも、ほとんどのスイス人が割高な国産卵を買っていく。なぜ高い方を買うのか。鈴木教授が現地の店頭で尋ねると、客の小学生はこう答えたという。「これを買うことで、農家の生活が支えられ、それで私たちの生活が支えられる」。
コスト競争力では海外の農作物にはかなわない。だが、たとえ輸入品よりも値段が高くても、生産者の顔の見える農作物を求める消費者が存在するのは確かだ。どんな状況でも国産を選ぶ消費者との絆を作る――。その努力を生産者は惜しむべきではない。消費者の側も、自国の卵を買うスイスの小学生のように、生産者の立場にまで思いを至らせる意識が必要だ。 企業の農業参入や農地利用の規制緩和、大規模化による生産性の向上など、日本の農業にはやるべきことが残っている。だが、食料自給率の低下や農業の荒廃、食の安心安全といった「食と農」を巡る今日の課題を解くのは、最後は生産者と消費者の絆である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー