「ごねるヤツほど得をする。せやけどな…」(日経) | 日本のお姉さん

「ごねるヤツほど得をする。せやけどな…」(日経)

ようちゃん、おすすめ記事。↓【地上げ屋の道徳教育】

【第6話】「ごねるヤツほど得をする。せやけどな…」(日経)
ふとした縁で2カ月だけ暴力団組長の秘書になった小川宇満雄。この組長との2カ月を通して、「声が大きい人間が勝つ」という事実や経済界と裏社会のつながり――といった現実社会の一端を垣間見た・・・
「義務と権利」
前回書いた組長秘書の話は賛否両論あったなぁ。あの2カ月で経験したことはすべて事実やし、別に何か弁解する気はあらへんけど、オレは一度もヤクザ組織に身を置いたことはないよ。オレは右翼団体代表の秘書ということで雇われとった。立ち退き交渉の時も一切、その筋に何も頼まずに来た。それは、オレの誇りや。まあ、念のために言うとくわ。さて、今回の勉強会は「義務と権利」や。よく「権利と義務」と言われるけど、オレの感覚では、義務が先にあって権利がある。自分の義務をきちんと履行するからこそ、権利を主張できると思っているんやが、どうやろうか。だから、「権利と義務」でなしに「義務と権利」というふうに、子供たちには教えたいと思うた。

小川:おい! 今日の心の勉強は「義務と権利」や。言葉ぐらいは知っているやろ。
サクラ:うん。
リュウジ:知ってる。
小川:ほな、どういう意味か、言うてみぃ。
サクラ:まあ、権利はゴハンを食べさせてもらうとか。
リュウジ:義務は勉強や。
小川。そやな。お前らの場合、権利っちゅうんは、お父ちゃんにタダでゴハンを食べさせてもらうとか、子供同士のつき合いに困らん程度に小遣いをもらうとか、ゲームを買ってもらうとか、そういうもんがあるわな。そやけど、それを権利と言うんやったら、まず先に義務を果たさなアカンわな。
サクラ:うん?
小川:お前らの義務は、まず親や先生の言うことをしっかり聞いて、ちゃんと勉強することや。自分で働いてカネを稼げるようになるまでは、親の言うことを聞き、人に迷惑をかけず、勉強せなアカン。これが、お前らの立場では正しい行いや。
リュウジ:分かっとるで。
小川:じゃあ、パパの場合は何や。
サクラ:一生懸命、仕事すること。
小川:そうや。お父ちゃんは一生懸命働いて、カネを儲けて、お前らを養わなアカンわな。要は、義務っていうのは、自分の立場でしなければいけないこと。すなわち、正しい行いや。分かったな。
サクラ:うん。
リュウジ:うん。
小川:「うん」とちゃう、「ハイ」やろ。
サクラ:ハイ。
リュウジ:ハイ。
小川:そうや。「義務」や「権利」という言葉はそのうち学校でも習うやろ。そん時は「権利と義務」って覚えると思うけど、実際には、義務を果たしてから権利を主張せなアカンで。お前らが勉強せぇへんかったり、悪いことをして人に迷惑をかけたりすると、小遣いはもらえへんぞ。ゲームも没収やわな。 ほんで、この権利も人に迷惑をかけない常識的な範囲で主張せなアカン。いくら自分に権利があるからと言うても、それで人に迷惑をかけてしまったら本末転倒やわな。分かるやろ。
サクラ:ハイ。
リュウジ:はいっ!
小川:エエ返事や。ほな書けよ。
「人はいろいろと権利を持っています。しかし、その権利をもらうためには、先に義務を果たさなければなりません」
「義務をきちんとしてから権利を主張します」
「その権利も、人に迷惑をかけない常識的な範囲でないといけません」
「すなわち、正しい行いです」
小川:義務をきちんと果たして権利がある。これは、忘れたらアカンで。これまでの立ち退き交渉で、お父ちゃんはいろいろな人に会うてきた。その中には、やるべきことをやらんと主張ばかりしてくる輩が大勢おった。お前らにはそういう人間になってほしくない、と思うから、こんなことを言うんやで。
借地権や借家権を持つ居住者を説得し、カネを積む――。地上げは、借地権の買い取りや借家人に対する立ち退き料の支払いを通して、複雑になった土地の権利関係をまとめていくビジネスだ。当然、交渉では法外な立ち退き料を吹っかける借家人も登場する。
東京・中野区のある配送センターの立ち退き交渉を手がけたことがあった。2006年頃の話やろうか。3階建ての配送センターには、軽トラックを使った小規模の運送業者が10社ほど入居しておった。そこのワンフロアを借りていた強欲な店子のことは今でも忘れられんわ。60歳過ぎのこの店子。物腰は柔らかいが、のれんに腕押しという感じで、何を考えているのかまるで読めない。キツネ顔なのに、腹の読めないタヌキオヤジやった。このタヌキ、配送センターの1階部分を借りとった。ただ、自分で商売をせずに、個人経営の運送業者に又貸し(編集部注:転貸のこと)しとった。運送業者が払う家賃の一部を抜いて、配送センターの大家に支払っていたわけやな。これはよくある話や。

相場の4倍の立ち退き料を吹っかけてきた“タヌキ”

配送センターの大家から立ち退きを依頼されたオレはタヌキのところに行き、6000万円の立ち退き料を提示した。この6000万円、不動産鑑定士がちゃんと計算した数字や。近隣に代わりの物件を借りて、1000万円ほどのお釣りがる。決して、ケチった金額とは言えへん。 そしたらこのタヌキ、いくら要求してきたと思う? 2億5000万円やで。バカ高や。立ち退き料にも相場がある。その相場を全く無視して吹っかけてきおった。もちろん、少し高いぐらいなら交渉の余地もあるけど、この価格ではとてもとても。 ほんでな、2億5000万円というコイツの理屈がふざけとった。「オレは今、62歳や。90歳までは生きる。そのためには、年1000万円程度の生活費が必要や。だから、2億5000万円をよこせ」。細かい数字は忘れたが、こんな理屈を言いおった。 コイツ、借家人と言ってもほかの運送業者に又貸ししているだけや。それに、何で62歳で仕事を辞めなアカンの。別の場所に借りても1000万円は優に残るんやで。場所を移して、商売を続けりゃエエやん。ましてや、90歳まで生きるか分からんやろ。 「私は明日、記者を辞めます。だから、定年までのカネを下さい」。なあ、記者さん。あんたの会社でこんな理屈が通るか。しかも、このタヌキ、又貸ししていた業者には立ち退き料を一銭も払うてないんやで。立ち退き料、総取りや。 最終的に、タヌキとは2億円で話をつけた。話がまとまるまで1年近くもかかった。まあ、時間がかかってよかった面もあったんだけどな。 2006年頃って都心部の不動産価格が上がり始めた時期やろ。コイツが粘ったことで、このエリアの不動産価格が上がった。だから、タヌキに2億円払っても、当初の予定以上に利益は出た。まあ、結果的には良かったが、こんな強欲なヤツ、久々に見たで。

家賃滞納しているのに「立ち退き料をよこせ」

 もちろん、立ち退かされる方も胸くそ悪いと思うわ。オレみたいな地上げ屋が来て、「出てくれ」「出えへん」という話をせなアカンのやから。「オレはこの家を出たない。お前(小川)の無理を通すんだから、カネを要求するのは当たり前やろ。迷惑料や」。立ち退きする方の理屈も分かるわ、そりゃ。
ただ、何事にも相場ってもんがある。土地と建物の鑑定価格が1億円なのに、借地権の譲渡で5億円をよこせって、それは無理な話や。家賃を滞納しているのに、「立ち退き料を払え」というヤツも普通におる。 立ち退き料を云々抜かすんやったら家賃を払うてからにせぇ。家賃の支払いという最低限の義務を果たさんヤツがつべこべ抜かすな! ちょっと、乱暴な言い方になってしまったけど、皆さんはそう思わへん? 家賃滞納のケース、1年以上も家賃を滞納しているわけやから裁判をすれば勝てると思う。せやけど、裁判をすれば、ごっつい時間がかかってしまうわな。こっちは時間との勝負。だったら、「盗人に追銭」じゃないけど、立ち退き料を払うた方がマシっていう発想になってしまうわな。 今でこそ、理不尽な要求をしてくる借家人には腹も立たへん。高値を吹っかけてくるヤツは不動産のことが分からん赤ん坊と同じ。赤ん坊にいちいち腹を立ててもしゃあないやな。まあ、すべてに腹を立てていたら体が持たへんし。35歳頃、こんな境地になったんや。

30歳の時に作った「あるリスト」

 せやけど、若い頃は本気で腹を立てとった。大きな声では言えへんけど、30歳の時に「殺すリスト」を作った。1日だけ法律が無効になったら、本気で殺そうと思った10人の借家人リスト(笑)。今から思えば子供やけど、それだけ腹が立っていたということや。 「立ち退き」という仕事をしとると、ごねるヤツほど得をするという現実を痛感するで。
すいぶん前に、ボロのアパートを地上げしたことがあった。どんな交渉事でもそうやけど、初めは低めの金額を提示し、その後の交渉で折り合いをつけていく。こん時はボロアパートだったということもあって、初めに40万円の立ち退き料を提示した。大半の住民は40万円で応じてくれたんやけど、最後の1人だけは「絶対に出えへん」の一点張りやった。最後の1人になってもテコでも動かんという状態。立ち退きの期日も近づいていたこともあって、コイツには400万円を払うた。ほかの住民の10倍。何でこんな金額を出せたか、というと、ほかの住民の立ち退き料が安く収まっていたからや。ほかの住民の立ち退き料が最後の1人のところにいったようなもんやな。 地上げ屋のオレが言うのもなんやけど、立ち退き交渉の時、最初にこっちの話を理解し、ハンコをついてくれる人は道理の分かるいい人や。オレの話に耳を傾け、主張を理解し、立ち退いてくれるわけやろ。そういう意味では物事の道理の分かるまともな人やと思う。
せやけど、こういう道理の分かる「いい人」は言い方が悪いけど「カモ」やねん。こういういい人がおるから、ごねるヤツのところにカネが行く。
じゃあ、ごねるヤツの方がいいのか。オレは絶対にそうは思わへん。

・立ち退き料は汗水垂らして手に入れた金ではない
童謡にあるやろ(編集部注:「待ちぼうけ」)。農家が畑仕事をしてたらウサギが切り株にぶつかって転んだ。労せずウサギを手に入れたこの農家。「待っていれば、ウサギが手に入る」と、翌日から仕事をせんと切り株の前でウサギを待ち続けた。しかし、ウサギは現れず、畑が荒れてしもうた。 立ち退き料は汗水垂らして手に入れた金と違う。 童謡に出てきたウサギと同じあぶく銭とオレは思うとる。バブル時分に数億円を稼いだ話はしたやろ。時計や指輪、高級スーツ。身につけとったもんは全部で1000万円を超えていた。でも、バブル崩壊とともにどっかに行ってもうた。 あん時のカネは、汗水垂らして働いたカネやけど、当時のオレの器量を超えていた。やはり人間、自分の器量に応じたカネしか持てん。器量を超えたカネを掴んでも、そのカネは絶対に残らへん。オレはそう確信しとる。カネに対する考え方はまた別の機会に話すわ。

小川:いいか、ごねるということは無理を通すということや。無理を通すということは道理に反するということ。道理に反するのは辛いことや。道理の分かる人はカモやけど、自分で社会を生き抜ける人やとオレは思う。お前らには、そういう大人になってほしい。
 最後の方で「道理」「道理」と言ったから、次のテーマは「物事の道理」にしようか。
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