【第5話】暴力団組長のそばで見た理不尽な“生き死に”
ようちゃん、おすすめ記事。↓【地上げ屋の道徳教育】(日経)
【第5話】暴力団組長のそばで見た理不尽な“生き死に”
バブル経済で大金を掴んだ小川だが、実際の立ち退き交渉では壁を感じていた。口先だけの甘言でなく、人の心を揺り動かす“本物”になるにはどうすればよいのか。悩み抜いた小川は、「継続した努力」と結論づけた。そして、立ち退き交渉の命とも言える言葉を磨くため、地道な努力を始めた
「不合理なこと」
この世の中、理不尽なことがいかに多いか。この6月にも、東京の秋葉原のホコ天(歩行者天国)にトラックで突っ込んだヤツがおった。計画的な犯行らしいけど、あんな理不尽なことがあってええんか。残された遺族の気持ちを考えるといたたまれない。オレだったら耐えられるやろうか…。
2007年3月10日に、このテーマでサクラとリュウジに話をしたわけやけど、その時も酔っぱらい運転の車が通学途中の高校生に突っ込んだ、という事件があった。殺された方からしたらこんな理不尽な話はないで。ともかく、世の中には不合理なことがいっぱいや。このテーマで子供らに話しておかな、と思うたんや。
****
小川:おい、お前ら! 今日は「不合理なこと」「理不尽なこと」や。
サクラ:えっ、不合理?
リュウジ:理不尽?
小川:まだ分からんやろうけど、こう書くねん。「不」「合」「理」、「理」「不」「尽」。この「不」という言葉は、「NO」という意味やし、「違う」ともいうし、「まだ」ともいうし。とにかく否定する言葉や。要するに、不合理は合理的でない、ということや。「合理的」って言葉はたまに聞くやろ。
サクラ:うん。
リュウジ:何となく分かる。
小川:「理不尽」っていうんは、不合理と同じような意味やけど、もっとキツイ感じかな。例えば、この間、携帯電話の出会い系サイトで待ち合わせして、初めて会って、殺された女の子がおったやろ。初めて会った人にいきなり殺されてしまうんやで。「そんな理不尽なことがあんのん?」って使うねん。
世の中には自分が正しいと思ったことでも通らんことがある。お前らも大人になれば分かるけど、役人が国民の血税を無駄遣いしても誰も責任を取らへんかったり、何も悪いことしてへんのに酔っぱらい運転の車に突っ込まれて死んでもうたり。不合理で理不尽なことがいっぱいある、っていうのは理解しとけよ。
サクラ&リュウジ:うん、うん。
小川:そやけどな、この理不尽や不合理、ほんまに避けることのできへんこともあるけど、自分が用心していれば、避けられるものもあるんやで。
サクラ:うん、知ってる。出会い系とかせぇへんかったらええんやろ。
小川:おう、そうや。お前、よう分かっとんな。夜中に不良のたまり場になってそうなとことか、人気のないとこに行かんといたらエエんや。
リュウジ:うん、そんなん怖いから絶対よう行かん。
サクラ:そうやな。リュウジはヘタレやしな。
リュウジ:黙れっ!!
小川:ケンカすな。じゃあ、不合理なことや理不尽なことをほかの人にしないためにはどうすればエエかな。前にも言うたけど、「心を強く持つ」ということやな。自分は人に対して理不尽なことはせぇへんぞ、っていう強い気持ちを持つことや。
サクラ:うん。
小川:そやけど、何が理不尽で何がそうでないか、分かるようにならんとイカンわな。それはどうする?
リュウジ:??
小川:そんな時はな、「人に対して迷惑をかけてへんかな」「嫌な思いをさせてないかな」って考えてみるんやぞ。そしたら、たいていは理不尽な思いを人にさせんで済むからな。あとは、お前らが理不尽な目に遭ったとしても、それを乗り越える強い心を持たなアカンねんぞ。なら、書けよ。
「不合理とは理屈に合わないことです」
「世の中には、理屈に合わないというようなことがたくさんあります」
「その様な不合理な目に遭わないためには、いつも正しい道を選んで行動するようにしましょう」
「正しい道とは、理屈に適うということです。すなわち、道理に合うということです」
「世の中を生きていくうえでは、不合理な目や理不尽な目に遭うことを避けて通れません。そんな時には、いつも心を強く持って、乗り越えるようにします」
「たとえ自分が不合理なことに遭ったとしても、自分は人に対して不合理なことや理不尽なことは絶対にしないようにしましょう」
小川:お父ちゃんな、地上げの世界に入る前、2カ月だけヤクザ組長の秘書をやっていたことがあるんや。末野興産のマンションにフィリピン人ホステスを仲介していた頃やな(第2回を参照)。この親分、右翼団体の代表もしておって、そっちの方の秘書ということやった。たったの2カ月やったけど、世の中の構造がよく分かったわ。
ミナミのワンルームマンションで仲介業を始めた話は前にしたやろ。独立してしばらく経ったある日、中学時分の連れから連絡があった。「ある会長の秘書をしてくれないか」。オレは「カネになるなら」とその話に乗った。 数日後、相手の指定する東京のホテルに行った。そのスイートルームにいたのが、“会長”やった。名前は控えるが、ある指定暴力団の組長や。ギャラは月100万円。オレの役目は、この会長の身の回りの世話をすることやった。60歳を超えていたが、会長の周囲だけピシっと空気が張りつめとった。その筋の人が持つ独特の雰囲気やな。 会長と一緒にホテルの中を歩いているやろ。会長は一定の速度で歩くから、自動ドアが近づくと、オレが早足で歩いてドアを開けとかないとアカン。でも、初めのうちは歩くペースがつかめんやん。自動ドアを開け損ねて、ケリを食らったことが何回かあったわ。 この会長、若い衆とカタギの区別をはっきりとつける人やった。自動ドアを開け損ねてケリを入れるような人やん。気を使ってタバコの火をつけようとするやろ。そしたら、「お前はヤクザではないからそんなことはしなくていい」と。気を利かさなアカンねんけど、若い衆のように媚びなくてもエエっちゅうことやな。まあ、不思議な人やった。
・この世の中、声が大きいヤツが勝つ
そんなある時、会長が「タケシ(仮名)に電話せえ」と言った。「タケシって誰」。そう思ったら、某広域暴力団の大物組長やった。 相手、暴力団のトップや。会長に言われて電話するやん。オレ、20代半ばの子供やん。「恐れ入ります。××と申しますが、親分はいらっしゃいますか」。電話口で向こうの若い衆にこう言うてしまった。その瞬間、会長にぶん殴られた。そして、すぐに受話器を奪うと、「おう、タケシはおるか」。 この時、ようやく気づいた。オレは会長の代理で電話しとるんや。代理なのに会長になりきらんでどうするんか、と。この大物組長と会長はそっちの世界では同格。同格の相手に、代理のオレが恐縮してどないするねん。それから、電話の時は「おう、××や」でおしまい。 オレの仕事は依頼主の依頼を受けて立ち退きを行う請負業。仕事を受けた以上、その会社や人の立場になりきって物事を考えなアカン。これは、立ち退きだけじゃなしに、普通の会社や社会でも当てはまることやと思う。相手の立場になりきって考える――。以後、このことは肝に銘じている。 この会長とつき合って、世の中、声が大きい人間が勝つ、ということが身にしみた。 ある時、会長の用事で大阪に戻ったことがあった。飛行機だからJALに電話するやん。「××だけど」。この一言だけで、「△時に□番ゲートに来て下さい」って言うんや。その通りに行くやん。すると、ジャンボの2階の一番前のファーストクラスが用意されている。スチュワーデスもつきっきり。何やこれは、と。 会長と一緒にJALの本社に行ったこともあるで。「御巣鷹山はちゃんとやっているのか。(遺族に)丁寧にせんかい!」。総務部長にこう言うと、総務部長が封筒を渡す。お車代や。会長は右翼の大物でもあったからな。理不尽というか何というか。あんなの見てると、真面目に生きるのがばからしくなるで。 声が大きいヤツが勝つ。オレも実践してみた。昼に店屋物を頼むやろ。昼時だから時間がかかんねん。それで、出前持ちに一発ぶちかます。「どりゃあ、どんだけかかっとんねん!」。すると、2度目以降、もの凄く早くなる。付け合わせのタクアンも山盛りや。ちんまい話やけど、世の中、そんなもんや。 「小佐野」の葬式の時に、経済界と裏社会のつながりも垣間見た。
“会長”のところに飛んできた五島昇
「小佐野」とは国際興業の元社主、小佐野賢治氏のことである。政財界に影響力を持ち、「昭和の政商」などと言われた。元首相の田中角栄氏や右翼の大物である児玉誉士夫氏などとの関係は深く、ロッキード事件では主役の1人として証人喚問を受けている。1986年10月27日、ストレス性潰瘍のため69歳で死去。告別式は1986年11月21日、東京・南青山の青山葬儀場で行われた。青山葬儀場に車で乗りつけたのは12時半頃やったろうか。参列者がずらっと並ぶ中、受付に行き、名前を告げた。すると、葬儀委員長の五島昇(編集部注:東京急行電鉄元会長)がすっ飛んできて、「先生、こちらへどうぞ」って。オレにも名刺をくれたで。さすがのオレでも東急電鉄の五島くらいは知ってるやん。経済界と裏社会がつながっていることを、この時に初めて知った。 でも、この会長とのつき合いは2カ月で終わるんや。会長は「ずっと秘書をせぇ」と言ってくれたんやけど、「申し訳ありませんが、大阪の仲介業務が忙しくなってきまして…」と辞退させてもらった。だって、いつオレに流れ弾が当たるか分からんもん。 会長と一度、大阪に帰った時があった。新大阪駅を降りた瞬間、自分のやっていることの危うさが分かった。 新大阪駅から事務所まで、ボディーガードが付きっきり。若い衆もピリピリしとる。確かに、この頃、会長が属する組織は別のヤクザ組織と激しい抗争を繰り広げておった。会長も、いつもヒットマンに狙われとる。東京のホテルにおった時は緊張感なかったけど、このまま会長といたら危険や、と思うた。 それを証拠に、数カ月後、この会長は殺されてしもうた。あのまま秘書を続けていたら、オレもどうなっていたか分からん。理不尽の話からヤクザの話になってもうたけど、それだけこの2カ月の体験は強烈に残っとるんや。まあ、会長の話を持ち出すまでもなく、理不尽なことは山のようにあるけどな。
・ヤクザを頼って1000万円を抜かれた借家人
地上げ屋として独立した後、大阪・住吉区の立ち退き案件を手がけたことがあった。ある水道業者が借家人やったけど、コイツ、煮え切らんヤツでな。「1500万円」と立ち退き料を提示しているのに、全然判をつかんわけ。 オレと話をしていても、うつむいてばかりでこっちを見ない。カネの話をしても全然、反応がない。出たくないなら弁護士を立てて、「出えへんぞ」と主張してくるはずや。全く反応しないというのはどういうことや。かなり欲どおしいヤツなんじゃないんか。オレはそう感じた。 こっちにしたら、立ち退きの期日はすぐそこまで迫っているし、(立ち退き料として提示できる)予算にも限度がある。前に「クリーンな地上げ屋を目指した」と言うたけど、この時はあんまり頭に来たから怒鳴りつけてもうた。 「おいコラ、エエ加減にせんかい。お前、懲役覚悟でやったろか。嫌なら警察でもヤクザでもつれてこい」 ほんだら、その日の晩、本当にヤクザから電話がきた。「××組の○○や。ヤクザでもつれてこいと言ったらしいけど、本当か」。この××組、親分は関西のヤクザ組織の大幹部。電話してきた○○はこの××組の特攻隊長や。「やってもうた」。オノレが切った啖呵とはいえ、本当に後悔した。 翌日、ミナミの日航ホテルに呼び出されて詰められた。その筋の人の常やけど、特攻隊長、真夏なのに長袖のニットを着とった。
ヤクザ:「お前、バックどこや」
小川:「つい勢いあまって言ってしまいました」
ヤクザ:「せやから、バックはどこや」
小川:「本当にありませんのや」
しばらくこの繰り返し。本当に平身低頭。最後は、納得してくれたんやが、「分かった。でも、絶対に出えへんぞ」って。そうは言っても、オレにも期日があるし、下りるわけにはイカン。立ち退きを拒否した特攻隊長を説得するため、それから特攻隊長に怒濤の電話攻撃。毎日、電話をかけ続けた。3カ月ぐらい電話したんと違うか。 数カ月後、一計を案じたオレは「私に考えがあるから一度、会って下さい」と電話した。そして、こう告げた。「水道屋に提示している立ち退き料は1500万円。これを、○○さんにとりあえず払います。水道屋にはいくら払っても構いません」。すると、特攻隊長はニヤリと一言。「何でそれを早く言わんのや」。その後、別の日に必要な書類を渡して、「こことここにハンコとサインをもらって下さい」と頼んだわけや。 後日、特攻隊長から書類がきた。水道屋がハンコを押した書類や。それを見て、仰天した。書かれている金額は500万円。しかも、サインの字が震えて歪んでいる。脅されたんやろう。1000万円を特攻隊長に抜かれてもうた。はじめは1500万円だったのに…。 ヤクザに頼むコイツが悪いんやけど、「エグイなぁ」「理不尽やなぁ」と思うた。「欲をかいたらイカン」「ヤクザにものを頼んだらイカン」「世の中、理不尽なことだらけ」。このエピソード、全部に当てはまるな。まっ、「理不尽」というより、「身から出たサビ」という感じもするけどな。次は「義務と権利」や。
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【第5話】暴力団組長のそばで見た理不尽な“生き死に”
バブル経済で大金を掴んだ小川だが、実際の立ち退き交渉では壁を感じていた。口先だけの甘言でなく、人の心を揺り動かす“本物”になるにはどうすればよいのか。悩み抜いた小川は、「継続した努力」と結論づけた。そして、立ち退き交渉の命とも言える言葉を磨くため、地道な努力を始めた
「不合理なこと」
この世の中、理不尽なことがいかに多いか。この6月にも、東京の秋葉原のホコ天(歩行者天国)にトラックで突っ込んだヤツがおった。計画的な犯行らしいけど、あんな理不尽なことがあってええんか。残された遺族の気持ちを考えるといたたまれない。オレだったら耐えられるやろうか…。
2007年3月10日に、このテーマでサクラとリュウジに話をしたわけやけど、その時も酔っぱらい運転の車が通学途中の高校生に突っ込んだ、という事件があった。殺された方からしたらこんな理不尽な話はないで。ともかく、世の中には不合理なことがいっぱいや。このテーマで子供らに話しておかな、と思うたんや。
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小川:おい、お前ら! 今日は「不合理なこと」「理不尽なこと」や。
サクラ:えっ、不合理?
リュウジ:理不尽?
小川:まだ分からんやろうけど、こう書くねん。「不」「合」「理」、「理」「不」「尽」。この「不」という言葉は、「NO」という意味やし、「違う」ともいうし、「まだ」ともいうし。とにかく否定する言葉や。要するに、不合理は合理的でない、ということや。「合理的」って言葉はたまに聞くやろ。
サクラ:うん。
リュウジ:何となく分かる。
小川:「理不尽」っていうんは、不合理と同じような意味やけど、もっとキツイ感じかな。例えば、この間、携帯電話の出会い系サイトで待ち合わせして、初めて会って、殺された女の子がおったやろ。初めて会った人にいきなり殺されてしまうんやで。「そんな理不尽なことがあんのん?」って使うねん。
世の中には自分が正しいと思ったことでも通らんことがある。お前らも大人になれば分かるけど、役人が国民の血税を無駄遣いしても誰も責任を取らへんかったり、何も悪いことしてへんのに酔っぱらい運転の車に突っ込まれて死んでもうたり。不合理で理不尽なことがいっぱいある、っていうのは理解しとけよ。
サクラ&リュウジ:うん、うん。
小川:そやけどな、この理不尽や不合理、ほんまに避けることのできへんこともあるけど、自分が用心していれば、避けられるものもあるんやで。
サクラ:うん、知ってる。出会い系とかせぇへんかったらええんやろ。
小川:おう、そうや。お前、よう分かっとんな。夜中に不良のたまり場になってそうなとことか、人気のないとこに行かんといたらエエんや。
リュウジ:うん、そんなん怖いから絶対よう行かん。
サクラ:そうやな。リュウジはヘタレやしな。
リュウジ:黙れっ!!
小川:ケンカすな。じゃあ、不合理なことや理不尽なことをほかの人にしないためにはどうすればエエかな。前にも言うたけど、「心を強く持つ」ということやな。自分は人に対して理不尽なことはせぇへんぞ、っていう強い気持ちを持つことや。
サクラ:うん。
小川:そやけど、何が理不尽で何がそうでないか、分かるようにならんとイカンわな。それはどうする?
リュウジ:??
小川:そんな時はな、「人に対して迷惑をかけてへんかな」「嫌な思いをさせてないかな」って考えてみるんやぞ。そしたら、たいていは理不尽な思いを人にさせんで済むからな。あとは、お前らが理不尽な目に遭ったとしても、それを乗り越える強い心を持たなアカンねんぞ。なら、書けよ。
「不合理とは理屈に合わないことです」
「世の中には、理屈に合わないというようなことがたくさんあります」
「その様な不合理な目に遭わないためには、いつも正しい道を選んで行動するようにしましょう」
「正しい道とは、理屈に適うということです。すなわち、道理に合うということです」
「世の中を生きていくうえでは、不合理な目や理不尽な目に遭うことを避けて通れません。そんな時には、いつも心を強く持って、乗り越えるようにします」
「たとえ自分が不合理なことに遭ったとしても、自分は人に対して不合理なことや理不尽なことは絶対にしないようにしましょう」
小川:お父ちゃんな、地上げの世界に入る前、2カ月だけヤクザ組長の秘書をやっていたことがあるんや。末野興産のマンションにフィリピン人ホステスを仲介していた頃やな(第2回を参照)。この親分、右翼団体の代表もしておって、そっちの方の秘書ということやった。たったの2カ月やったけど、世の中の構造がよく分かったわ。
ミナミのワンルームマンションで仲介業を始めた話は前にしたやろ。独立してしばらく経ったある日、中学時分の連れから連絡があった。「ある会長の秘書をしてくれないか」。オレは「カネになるなら」とその話に乗った。 数日後、相手の指定する東京のホテルに行った。そのスイートルームにいたのが、“会長”やった。名前は控えるが、ある指定暴力団の組長や。ギャラは月100万円。オレの役目は、この会長の身の回りの世話をすることやった。60歳を超えていたが、会長の周囲だけピシっと空気が張りつめとった。その筋の人が持つ独特の雰囲気やな。 会長と一緒にホテルの中を歩いているやろ。会長は一定の速度で歩くから、自動ドアが近づくと、オレが早足で歩いてドアを開けとかないとアカン。でも、初めのうちは歩くペースがつかめんやん。自動ドアを開け損ねて、ケリを食らったことが何回かあったわ。 この会長、若い衆とカタギの区別をはっきりとつける人やった。自動ドアを開け損ねてケリを入れるような人やん。気を使ってタバコの火をつけようとするやろ。そしたら、「お前はヤクザではないからそんなことはしなくていい」と。気を利かさなアカンねんけど、若い衆のように媚びなくてもエエっちゅうことやな。まあ、不思議な人やった。
・この世の中、声が大きいヤツが勝つ
そんなある時、会長が「タケシ(仮名)に電話せえ」と言った。「タケシって誰」。そう思ったら、某広域暴力団の大物組長やった。 相手、暴力団のトップや。会長に言われて電話するやん。オレ、20代半ばの子供やん。「恐れ入ります。××と申しますが、親分はいらっしゃいますか」。電話口で向こうの若い衆にこう言うてしまった。その瞬間、会長にぶん殴られた。そして、すぐに受話器を奪うと、「おう、タケシはおるか」。 この時、ようやく気づいた。オレは会長の代理で電話しとるんや。代理なのに会長になりきらんでどうするんか、と。この大物組長と会長はそっちの世界では同格。同格の相手に、代理のオレが恐縮してどないするねん。それから、電話の時は「おう、××や」でおしまい。 オレの仕事は依頼主の依頼を受けて立ち退きを行う請負業。仕事を受けた以上、その会社や人の立場になりきって物事を考えなアカン。これは、立ち退きだけじゃなしに、普通の会社や社会でも当てはまることやと思う。相手の立場になりきって考える――。以後、このことは肝に銘じている。 この会長とつき合って、世の中、声が大きい人間が勝つ、ということが身にしみた。 ある時、会長の用事で大阪に戻ったことがあった。飛行機だからJALに電話するやん。「××だけど」。この一言だけで、「△時に□番ゲートに来て下さい」って言うんや。その通りに行くやん。すると、ジャンボの2階の一番前のファーストクラスが用意されている。スチュワーデスもつきっきり。何やこれは、と。 会長と一緒にJALの本社に行ったこともあるで。「御巣鷹山はちゃんとやっているのか。(遺族に)丁寧にせんかい!」。総務部長にこう言うと、総務部長が封筒を渡す。お車代や。会長は右翼の大物でもあったからな。理不尽というか何というか。あんなの見てると、真面目に生きるのがばからしくなるで。 声が大きいヤツが勝つ。オレも実践してみた。昼に店屋物を頼むやろ。昼時だから時間がかかんねん。それで、出前持ちに一発ぶちかます。「どりゃあ、どんだけかかっとんねん!」。すると、2度目以降、もの凄く早くなる。付け合わせのタクアンも山盛りや。ちんまい話やけど、世の中、そんなもんや。 「小佐野」の葬式の時に、経済界と裏社会のつながりも垣間見た。
“会長”のところに飛んできた五島昇
「小佐野」とは国際興業の元社主、小佐野賢治氏のことである。政財界に影響力を持ち、「昭和の政商」などと言われた。元首相の田中角栄氏や右翼の大物である児玉誉士夫氏などとの関係は深く、ロッキード事件では主役の1人として証人喚問を受けている。1986年10月27日、ストレス性潰瘍のため69歳で死去。告別式は1986年11月21日、東京・南青山の青山葬儀場で行われた。青山葬儀場に車で乗りつけたのは12時半頃やったろうか。参列者がずらっと並ぶ中、受付に行き、名前を告げた。すると、葬儀委員長の五島昇(編集部注:東京急行電鉄元会長)がすっ飛んできて、「先生、こちらへどうぞ」って。オレにも名刺をくれたで。さすがのオレでも東急電鉄の五島くらいは知ってるやん。経済界と裏社会がつながっていることを、この時に初めて知った。 でも、この会長とのつき合いは2カ月で終わるんや。会長は「ずっと秘書をせぇ」と言ってくれたんやけど、「申し訳ありませんが、大阪の仲介業務が忙しくなってきまして…」と辞退させてもらった。だって、いつオレに流れ弾が当たるか分からんもん。 会長と一度、大阪に帰った時があった。新大阪駅を降りた瞬間、自分のやっていることの危うさが分かった。 新大阪駅から事務所まで、ボディーガードが付きっきり。若い衆もピリピリしとる。確かに、この頃、会長が属する組織は別のヤクザ組織と激しい抗争を繰り広げておった。会長も、いつもヒットマンに狙われとる。東京のホテルにおった時は緊張感なかったけど、このまま会長といたら危険や、と思うた。 それを証拠に、数カ月後、この会長は殺されてしもうた。あのまま秘書を続けていたら、オレもどうなっていたか分からん。理不尽の話からヤクザの話になってもうたけど、それだけこの2カ月の体験は強烈に残っとるんや。まあ、会長の話を持ち出すまでもなく、理不尽なことは山のようにあるけどな。
・ヤクザを頼って1000万円を抜かれた借家人
地上げ屋として独立した後、大阪・住吉区の立ち退き案件を手がけたことがあった。ある水道業者が借家人やったけど、コイツ、煮え切らんヤツでな。「1500万円」と立ち退き料を提示しているのに、全然判をつかんわけ。 オレと話をしていても、うつむいてばかりでこっちを見ない。カネの話をしても全然、反応がない。出たくないなら弁護士を立てて、「出えへんぞ」と主張してくるはずや。全く反応しないというのはどういうことや。かなり欲どおしいヤツなんじゃないんか。オレはそう感じた。 こっちにしたら、立ち退きの期日はすぐそこまで迫っているし、(立ち退き料として提示できる)予算にも限度がある。前に「クリーンな地上げ屋を目指した」と言うたけど、この時はあんまり頭に来たから怒鳴りつけてもうた。 「おいコラ、エエ加減にせんかい。お前、懲役覚悟でやったろか。嫌なら警察でもヤクザでもつれてこい」 ほんだら、その日の晩、本当にヤクザから電話がきた。「××組の○○や。ヤクザでもつれてこいと言ったらしいけど、本当か」。この××組、親分は関西のヤクザ組織の大幹部。電話してきた○○はこの××組の特攻隊長や。「やってもうた」。オノレが切った啖呵とはいえ、本当に後悔した。 翌日、ミナミの日航ホテルに呼び出されて詰められた。その筋の人の常やけど、特攻隊長、真夏なのに長袖のニットを着とった。
ヤクザ:「お前、バックどこや」
小川:「つい勢いあまって言ってしまいました」
ヤクザ:「せやから、バックはどこや」
小川:「本当にありませんのや」
しばらくこの繰り返し。本当に平身低頭。最後は、納得してくれたんやが、「分かった。でも、絶対に出えへんぞ」って。そうは言っても、オレにも期日があるし、下りるわけにはイカン。立ち退きを拒否した特攻隊長を説得するため、それから特攻隊長に怒濤の電話攻撃。毎日、電話をかけ続けた。3カ月ぐらい電話したんと違うか。 数カ月後、一計を案じたオレは「私に考えがあるから一度、会って下さい」と電話した。そして、こう告げた。「水道屋に提示している立ち退き料は1500万円。これを、○○さんにとりあえず払います。水道屋にはいくら払っても構いません」。すると、特攻隊長はニヤリと一言。「何でそれを早く言わんのや」。その後、別の日に必要な書類を渡して、「こことここにハンコとサインをもらって下さい」と頼んだわけや。 後日、特攻隊長から書類がきた。水道屋がハンコを押した書類や。それを見て、仰天した。書かれている金額は500万円。しかも、サインの字が震えて歪んでいる。脅されたんやろう。1000万円を特攻隊長に抜かれてもうた。はじめは1500万円だったのに…。 ヤクザに頼むコイツが悪いんやけど、「エグイなぁ」「理不尽やなぁ」と思うた。「欲をかいたらイカン」「ヤクザにものを頼んだらイカン」「世の中、理不尽なことだらけ」。このエピソード、全部に当てはまるな。まっ、「理不尽」というより、「身から出たサビ」という感じもするけどな。次は「義務と権利」や。
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