*「女性らしさを生かして」ってヘンじゃないですか。(日経・鈴木雅映子 )
*「女性らしさを生かして」ってヘンじゃないですか。(日経・鈴木雅映子 )
「男女平等」で育ってきた私たちの世代は、就職活動を通して初めて「女性」を意識するという仮説をお話しさせていただきました(「私、ここで結婚できますか?」と聞く女子大生、どう思います?)。では、女性であることを意識したその結果、彼女たちが選ぶのはどんな職種なのでしょう。志望動機、それこそまさしく人それぞれです。それは大前提として、またまた個人的な体験で見聞きした、女子学生の口からしか聞こえてこない“ちょっと不思議”な志望動機があるので、そこからご紹介しようと思います。キャリア女性を輩出している、ある大学の就職進路相談室に取材をした時のことです。進路相談に応じる職員の方に「こちらの大学の女子学生に目立つ志望動機と、職種を教えていただけますか」と尋ねると、このような答えが返ってきました。「そうですね、実数を取ったわけではありませんが『女性の強みを生かして、消費財メーカーで開発を担いたい』という学生はかなり多いように思えますね」最初、私はまったく違和感を覚えませんでした。「なるほど。女性をターゲットにしている商品であれば、同じ女性である自分は商品開発に貢献できる可能性が高い、ということか」と。そういえば、私の友人はこんな理由で大手化粧品会社への入社を志望していました。だって化粧品会社に行けば、女でも活躍できる場がありそうだもの。商品企画部が『女性の能力』を買ってくれるから。男性が『今年の口紅の色は~』なんて話していても、ヒット商品なんて生まれるわけなくない?」考えてみると、同じ理由で家電メーカーの商品開発を志望している友人もいました。毎日使っている女性の方が、男性よりも要望が分かり、商品に活かせるはず。そりゃそうだと頷きそうになったのですが、よくよくその根拠を考えてみると、違和感を覚えるのでした。男性が、女性が使う商品開発に向いていない理由はどこにあるのでしょうか。その違和感を裏付ける一例になったのが、3月10日号「だから女は働かない」で取材をしたP&Gジャパンでの、こんな商品開発ストーリーでした。
・生理用品にクローバーのデザインを、と提案した男性
同社は生理用品の「ウィスパー」に四葉のクローバーのデザインをあしらい、それがヒット商品になりました。今では、他社でも絵柄をプリントした生理用品を発売しています。そして実は、このアイディアを提案したのは男性です。 生理用品を決して使うことのない男性が、です。なぜ男性がこのようなアイディアを思いついたのかを紹介したいと思います。P&Gの生理用品の開発チームは「生理というのは、古いものを排出して、新しいサイクルが始まることを意味するのではないか。もっと生理を明るいイメージに転換できないか」という発想で商品開発に取り組むチームを編成していたそうです。従来、開発の主眼は「いかに不快感を取り除くか」。吸収力や速乾性などが開発テーマの主軸にすえられていました。「生理を明るいイメージにする」。この開発課題に対し、チームメンバーのある男性社員は、自分でテディベアやハートのシールを生理用品に貼り、商品企画会議に提出したというのです。明るくなるようなデザインを施すことで、楽しい気分になるのではないかと。そんな男性に対して、開発部にいた女性社員の反応は失笑ムード。「なんでハートのシールを貼るの? 生理用品は白でしょ!?」と、あまり好意的な目を向けなかったといいます。 ユーザーである女性がしらけ気味。普通の会社であれば、ここで男性社員の提案はボツになったことでしょう。ところがP&Gは、この男性のアイディアをどう思うか、消費者に聞いてみたのです。すると、意外にもデザイン付きの生理用品商品化を希望する声が多く聞かれ、一発逆転、採用にこぎつけました。そして、ヒットに繋がったのです。この事実が意味することは何でしょうか。男性だから商品開発に向いていると言うことでしょうか。もちろんそうではありませんよね。女性だからとか、男性だからというのではなく、あくまでも個々の人が消費者の心理を想像して、アイディアを出したということなのだと思います。ありきたりな結論で結んでみましたが、改めて考えてみようと思います。「なぜ女子学生の中に「女性だから商品開発が向いている」という志望動機が生まれてしまうのか」を。ここ5年ほどの傾向なのですが、最近の学生は就職活動期に、自己分析を行うのが常です。採用試験でも「あなたはどんな仕事をしたいですか?」と問われ、学生は自分がどのような性格なのかを説明し、どのような仕事に向いているのかを答えなければなりません。そんなの非現実的だなあ、とは思いますが、ともあれ学生は「自己の個性と向き合おう」としているわけです。そんな学生が、個性ではなく性別を仕事の向き不向きに絡めて考えるのは、不自然なことではないか、と私は思うのです。その理由として思いついたのは、企業が「ダイバーシティ」を進めるときのやり方です。日本企業は2004年ごろから、女性の活用に力を入れてきました。企業は女性活用のメリットを全社員に理解させるために、女性の特性が生かしやすい仕事を定義しようとします。その中でよく出てきた部署が「商品開発」でした。たとえば、日産自動車。世界のダイバーシティを推進する米NPOのカタリストから「ダイバーシティが最も進んでいる企業」として選ばれた実績がある企業です。2004年当時、ダイバーシティの重要性をカルロス・ゴーン社長(当時)はこのように説明しました。「グローバルでビジネスを行っている日産自動車は、国籍、宗教問わず様々な個性を生かした経営を行うことが、企業の成長戦略として欠かせない。その手始めとして日本では女性活用から取りかかろう」と。日産自動車が2002年に新車を購入する顧客を調査したところ、3割が女性で、残りの3割も女性の意見を聞いて購入するという男性だったと言います。つまり購入者の6割が女性の意思決定が影響している。しかも女性の意見を聞く男性の割合は増加傾向にあったそうです。この結果を見たゴーン社長は、日産の社員は男性ばかりであることに疑問を投げかけたのでした。そして、育児休暇を拡充するなどの制度を整え、女性を含めた商品企画チームを作り、女性の消費者が好むものづくりに取り組んだ。ベビーカーを畳まずに積めたり、力を入れずに移動できるサイドシートをつけたりと工夫を凝らしたミニバン「セレナ」です。
・「ダイバーシティの代表例」と“誤解”した企業と学生
多くのメディアも日産の商品話を女性活用の先進例として取り上げたこともあり、この例は日産の社員だけでなく、社会的にも女性活用の効果を実感させました。「女性は使えない」と考える人がまだ多い2004年当時、これは有効な方策だったと思います。ただ、この「ダイバーシティの進め方その1・女性×商品開発編」がとても分かりやすかったので、企業の中で「その1」ではなく「定番」化してしまい、就職活動でジェンダーを過剰に意識してしまう学生の気持ちと組み合わさって「女性の強みを生かして商品企画をやりたい」という考えを女子大生に抱かせているのではないでしょうか。就職情報サイト「リクナビ」の編集長である岡崎仁美編集長からは、こんなお話が聞けました。「女性にとって商品開発は20年前から人気の職種です。ただし、20年前と今とでは、商品企画を選ぶ動機が変わってきています。20年前は女性が就ける仕事自体が限られていたので、消去法で選んだ女性が多かった。ところが、現在はどんな職種でも志望することはできます。それなのに未だに商品企画が人気なのは企業のPR方法が影響している面もあるでしょう。企業は人手不足から女性学生の採用に積極的になりました。女性が活躍できるという点を訴求しようと、わかりやすい事例を探し、先行事例がある『商品開発で、女性ならではの力を生かせます』というアピールを行う企業が出てきています」商品企画がどれほど人気なのかがわかるデータをいくら探しても見つからなかったのが残念ですが、定性的な裏付けになるのではないでしょうか。女子学生が「私は女だったんだ!」と思い出したところに、企業から「女性のあなたは商品企画が向いています」と言われると、自己分析の思考も止まってしまうのです。興奮気味で帰って早速執筆した私。ところが原稿を読んだ担当Yデスクの反応は私の期待を裏切るものでした。話がまるでかみ合わないのです。私が面白いと思う原稿の一部をYデスクは削除したがり、私が削ろうと思っていたネタをYデスクは絶賛するのです。実は、少々言い訳がましいのですが、このYデスクとのすれ違いこそ、本コラムがなんと3カ月近くも更新されることがなかった原因であり、「企業と学生の溝」なのです。
Yデスクとの会話はこんなふうでした。
鈴木:「Yさん、面白いことが見つかりました。企業が女子学生を採用したいがために、『女性の力を生かして商品企画をしてください』って学生に向けて話すのですよ。だから、自分の個性や、適性にあった職種を見つけようと悩んでいた女子学生が『女だから商品企画が向いている』と思ってしまうわけです」。
Yデスク:「え、それって面白いの? もともと商品の企画開発ってオレの頃から男女問わず人気職種だよ。それに、仮にそういう話があるとしても、企業側は女性に向いた仕事をなかなか定義できないんだから、女子学生にそういってアピールするのは、まあ当然じゃない?」
自分は面白いと思うのに、それがさっぱり伝わらない。これはなかなか辛いものですが、突破しないと「2年目女子ですがいいですか?」連載は第1回で終わってしまいます。開き直ってゼロから説明することにしました。
鈴木:「ええと、まず“ダイバーシティ”というのは、個人の個性を尊重し、多様性を認める発想ですよね。だとしたら、女性に向いたとか、男性に向いたとかいう切り分けをすること自体が、本当は遅れているんですよ」遅れている、という一言がまずかったのか眉をひそめるYデスク。しまった。もうちょっと慎重にやる必要がある。
・面白くないのか、それとも踏み絵か
「いえ、遅れている、というか、言葉が矛盾しているんです。ダイバーシティという言葉を正面から受けとめるなら、女性らしさを活かせる仕事、などと定義することがそもそもおかしいわけですよ。初めて総合職の女性が入る、といった初期の段階ならともかく。日産自動車だって、既に女性活用というよりは人種や宗教、個性を理解させるための研修プログラムなんかも始めていますし。でも、ここで滑稽なのは、その時代錯誤な考え方を持つ企業に、これから時代を作っていく学生がもろに影響を受けている事態です。わざわざ自己分析をして、「性差なんて関係ない!自分らしい仕事をしたい!」と標榜しているはずの大学生たちが、企業側のPRのひと言で『私は女だから』と言うようになってしまうのです」。ここまで話して、ようやくYデスクも納得してくださった模様です。やっと原稿をアップすることができると、私は安堵したのでした。
Yデスク:「いや、実はまだ半信半疑なんだよね。だってオレ自身がなんだかんだ言って、『男性に最適化』された組織で20ウン年働いてきたわけじゃない。その感覚からいくと、『女性だから商品企画がいいよね、と考えること自体が間違っている』って言われてもさ、正論だと分かっても心からそうだとは思えない。 『うーん、そうは言っても男女に向き不向きはそれなりにあるんだから、採用側や学生さんがそう考えても仕方ないんじゃないの? それに、採用担当だって女子学生の採用を増やせと言われたら、引きのある言葉に頼るのも無理はない…』って感じ。でも、君の原稿からは“古い犬”のオレには分からない面白さが潜んでいる可能性も感じる。だから、もう読者の皆さんに任せることにする。
直観だけど、この記事が面白がられるかどうかは、『ダイバーシティの視点から、日々の仕事の常識を疑ってみよう』と心底考えている人が、どれほどいるのかの踏み絵じゃないかな。オレは思いっきり踏んだわけだけど」いや、あともうひといきですから、なんとか心から分かってくださいよ、と粘ろうとしたのですが、Yデスクは「読者の評判が悪くても凹まないように」と言って取材に出てしまうのでした。 次回は「『いつ結婚する予定?』と部下に聞けますか?」を取り上げます。苦戦の予感がひしひしとします。
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