貢がされて捨てられる日本 (田村秀男)
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▼貢がされて捨てられる日本 (田村秀男)
漁民の一斉休漁、は実は日本の国難の本質を思い起こさせます。
以下は、雑誌「正論」8月号の拙論
貢がされて捨てられる日本
産経新聞特別記者 田村秀男
その国の豊かさとか貧しさというものが外との関係で決まるという基本的な問題意識が今の日本の政治指導者には欠けているようだ。
7月の主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)参加8カ国の通信社代表を相手にした6月17日の福田康夫首相の記者会見は、今の日本の政治指導者の国益思考の弛緩ぶりを端的に示していた。首相は消費税引き上げが不可避だと外国メディア主体の記者団に語りかけた。日本の消費税引き上げがサミットの課題である金融・エネルギー・食糧のトリプル危機やいわゆる地球環境問題にいったいどんな関係があるのかという脈絡のなさよりも、首相の頭の中にはもっと重要な視点が欠落している。それを端的に言うと、昨年8月の米低所得者向け高金利型住宅ローン(サブプライムローン)危機勃発後の急激な石油・穀物相場の上昇以降、日本からは消費税11%相当以上の富が外に流出している、という重大な事実である。
グローバル市場の激動について行けず日本国が貧しくなるばかりだというのにそこに目を向けず、年金財源がないので増税だというのだったら、首相も超エリートの官僚も要らない。政治家は町を歩いて豆腐屋さんの嘆きを聞いてみるがよい。「あっと言う間に、大豆の値段が3倍になった。仕入れた大豆を豆腐にせずそのまま売ったほうがもうかる」(東京豊島区駒込商店街の豆腐屋さん)。同業者やスーパーと競争していて、値上げできない。手取りが減っても家族みんなで耐えるしかない。この豆腐屋さんは日本経済の窮状を象徴している。メーカーは海外産の石油や穀物など原材料の値上がり価格分を転嫁できない。
豆腐屋さんの困窮ぶりは実は首相のお膝元の内閣府のデータが示している。内閣府が定期的に発表している「国民経済計算」によると、今年1~3月期には日本人1人当たり約4万5800円、年間にして約18万3000円の富が失われ海外に流出している。国全体では年率で23兆2,765億円に上り、消費税1%は約2兆円なのだから、消費税11%以上の国民負担に相当する。
これは「交易損失」と呼ばれ、先進国の中でも日本は最悪の部類に入る。不可解なのは交易損失がそれほど深刻なのに、消費税引き上げのように重大事態だと政治もメディアも取り上げないことだ。首相に仕えているはずの内閣府はそんなデータをまとめておきながら、その重大性を首相にも説明しようとしない。民間エコノミスト出身の大田弘子経済財政担当相が単なる数値データとしか考えていないなら、政策に責任を持つ閣僚としては失格である。おそらく、内閣府のエコノミスト達は聞かれても日本の交易損失はどうしようもない、日本の構造から来ているだと説明するだろう。
つまり、基軸通貨ドルを持つ米国と欧州統一通貨「ユーロ」を持つ欧州は、自国通貨で輸出する。製品価格を引き上げさえすれば、損失はただちに相殺できる。日本の場合、ドル建てで貿易しており、ドル建て価格を引き上げるまでには海外市場だけに時間がかかる。そもそも韓国、台湾、中国などとの競合製品が多くて家電、自動車などメーカーは価格転嫁したがらない。それよりも、国内の方でパートの雇用により人件費を圧縮したり、系列や下請け部品メーカーを絞って購買コストを下げてしのぐ習性が身に付いている。そんなビジネス慣行を改めることは現実には不可能だ、と。
だが、そうだとして無為無策を決め込むのはまさしく政府の怠慢というものである。日本はあくまでも原材料高騰の被害者である。被害者を代表する日本の政府が被害者の体質がおかしいですから、原材料をつり上げる加害者側を不問に付すというなら、日本国民に対する裏切り行為ではないか。そんな政府はないほうがましだいうことになりやしないか。まともな「国益」意識を持つ政治家なら、あるいは敏腕な経営者なら、何もしないことを正当化するような説明は一蹴するはずである。当然のように豆腐屋さんの疑問は続く。「それにしても犯人はだれでしょうね」。「それとも直下型地震に見舞われたようなものですかね」。この見方は本質を衝いている。
投機資金というマグマが商品市場というプレート(地球表層を形づくる厚さ100キロ内外の岩板)を突き動かし、先進国、発展途上国を問わず世界のあちこちで人々の生活を直撃し、苦しめている。いわば世界同時多発型地震である。人々の暮らしに必要なカネ、エネルギー、食料の3つの危機が同時進行しているのだから、先進国、発展途上国を問わず、世界各地でストや暴動が起こるのは当たり前である。より深刻なのは危機緩和の道筋を世界が見失っていることだ。自然現象の地震なら地殻変動を測定して、正確な震源地や規模、さらにその行方を突き止められる。ところが「市場激震」は原因究明すらままならない。市場というものはヒトの手で成り立っているというのに、ヒトは解明できない。国際政治がからむからだ。
6月14日に閉幕した大阪市での主要国(G8)財務相会合では、投機資金が「元凶」とみるフランスなど欧州代表に対し、米国は「中国など新興国の需要増が高騰の主因」と主張して譲らなかった。中国に代表される新興国の経済成長に伴う資源消費増はめざましい。例えば石油。自動車の普及台数は100世帯当たりで日本が116台なのに対し、人口10倍の中国はまだ4、5台にすぎない。その中国の自動車年産は1000万台とすでに日本の2倍、このまま二ケタの高度経済成長が続けば、中国の石油需要は際限なく膨らむ。「今は世界の資源需要の中心が新興国にシフトする過渡期と言え、相場上昇は長期間続く」(丸紅経済研究所の柴田明夫所長)のは間違いない。だが、わずか10カ月間で2倍、ことしに入ってから30%以上という原油値上がりペースはどうみても異常だ。
抽象的な「需要増」のせいにするのは一見、もっともらしいが震源地を見失ってしまう。
米国は、実は世界の余剰資金のたまり場である。住宅バブルにひきつけられて米国に流れ込んだカネは、バブルが崩壊するとやはり同じドルで取引できる国際商品市場に資金を移してきた。ヘッジファンドやアラブ産油国や中国などの政府系ファンドも容易に稼げると判断したからだ。だが商品市場というものは証券市場の数百分の一と極端に器が小さい。
米国には年間で2兆ドル以上の資金が流入しているのだが、ニューヨーク原油先物市場の取引規模は約1500億ドルにすぎない。おまけに米年金ファンドまでも数年前から商品投資の常連客であり、相場の高騰に味をしめて徐々に商品投資の割合を増やしている。
最大の年金基金であるカリフォルニア州職員退職年金ファンドは総資産の60%を占める株式を今後数年間で56%まで減らし、国際商品や不動産の比率を高めるという。
国際経営コンサルタントの米ワトソンワイアット社の調査によれば、米国の年金ファンドの資産規模は2007年末で15兆260億ドルと米国内総生産(GDP)の109%(日本は68%)に達し、過去5年間に年率10・9%(日本4・2%)も伸びてきた。米年金資産のうち、わずか1%だけでも米原油先物市場の取引規模約1500億ドルに相当するのだから、原油相場が沸き立つのは当然である。
年金基金は原油、穀物、金などを総合指数化した商品インデックスに投資し続けるので、原油が上がれば穀物も連動する。その結果、年金資産がさらに増える。
こうみると、サブプライム危機後の米国は決して「負け組」ではないことが分かる。金融危機の本家の米国の年金資産は2007年でも8.3%増えたのに、日本はわずか0.1%の伸びと惨憺たる状況だ。米大統領選の民主党オバマ候補が赤字財政を抜きに減税、環境支出、住宅を失った者の救済策を提案し、共和党マケイン候補と競うのはむしろ米国のゆとりの表れといえる。米国は証券、不動産、商品と膨大な資金を循環させることで金融ビジネスの収益を稼ぎ、他方で商品相場の高騰のおかげで退職者の老後も安泰というわけなのだから、「投機」を非難するはずがない。一般の犯罪者に限らない。追及されないと社会に害をなす者は一層増長し、事態をますます悪化させる。
ここで思い出すのは、イソップ寓話(ぐうわ)の「セミとアリ」である。黙々と働くアリとは対照的に、歌ってばかりいたセミが冬場になって食べるものに困り、アリに助けを求めるがすげなく断られる。ところが米国は1934年に制作されたディズニー映画でセミをキリギリスに置き換えて「キリギリスとアリ」の物語に仕立て直した。結末も、アリがキリギリスを助ける「美談」に変えた。「ディズニー」の威力で「アリとキリギリス」が一挙に世界に広まった。
ここでキリギリス=アメリカ、アリ=日本という想定で現代版に再改訂してみよう。現代ではアリがキリギリスに貢ぐことがならいになっている。1980年代に債権大国となった日本は米国債を買って資金を提供する同盟国として忠誠を尽くしてきた。
助ける者と助けられる者の力関係も逆転した。アリはキリギリスなしではやっていけない。日本の金融機関は手元でだぶつく超低金利の資金を持て余して、米国のヘッジファンドに流してきた。
日本アリが来なくても、韓国、台湾など新興工業経済群(NIES)というアリ達が日本アリに負けじと頑張る。さらに圧倒的な数の安いチャイナ・アリがあとからあとへとやってくる。
アメリカ・キリギリスは楽器を取っ換え引き換えてはにぎやかに演奏する。90年代は情報技術(IT)、2000年代はサブプライム、それがバブル(泡)になって崩壊しても次がある。今度は原油、穀物の商品先物というわけだ。米国のヘッジファンドが年金ファンドと一緒になってニューヨークで大々的に相場急騰の音楽を奏でると、それにつられてアラブの金持ちから中国など新興国の政府機関までも余剰資金持参で一緒になって騒ぎ出すので原油や穀物の国際価格がますます急騰する。
この結果、世界の中低所得層が原油価格高騰によるインフレ懸念と、食糧危機に苦しめられる。
国内ではコメも余り、全体としては所得水準が高い日本人の多くはあまり飢気がつかないかもしれないが、実際には前述のように莫大な交易損失を被っている。
この損得勘定は金融という続きがある。
アメリカン・キリギリスはアラビアン・キリギリスからドルを提供され、金利を低めに抑えてドル価値を下げ、高騰を続ける原油や穀物相場に投資して儲ける。特にヘッジファンドと年金基金でそれを仲立ちするのが大手投資銀行である。石油大手資本も製品価格にさっさと転嫁して史上空前の利益を更新する。産油国は稼いではいるが、アメリカン・キリギリスが刷っては流すお札の値打ちが下がるので、インフレになり、国民大衆が豊かになるわけではない。中国に劣らずアラブもアフリカの産油国も貧富の格差が広がり、インフレは下層階級を直撃し、社会に亀裂を生み政情を不安定化させる。
日本企業は新興国や産油国に製品を売ることで生産を維持できるが、価格転嫁できない分だけ富が移転しその分貧しくなる。産油国などはその富をドル資産で運用する。ドル建ての原油、穀物先物市場に資金が還流し、これらの相場を引き上げる。
本来なら、製品価格が全般的に引き上げられ、インフレ、景気後退が同時進行するスタグフレーションになり、石油需要が減退、産油国も輸入インフレのために手取りが少なくなる。これが市場経済のメカニズムであり70年代の一次、二次のオイルショック後の世界不況だったわけだ。石油は一転してだぶつき、価格は急落、長期低迷する。需給メカニズムが働くことが市場経済の神髄であり、当然の帰結だった。今回はどうだろうか。中国は人民元の大幅な引き上げを回避し、同時に国内のエネルギーや食糧価格も統制し、輸出品の低価格路線を維持している。輸出製品の構成が日本と似ている韓国、台湾、ASEANは日本企業にひきずられて価格転嫁しないので、これらの交易損失も深刻だ。輸出先の米国や欧州のインフレはその分抑制される半面で日本を含むアジアの富は米欧にも移転する。
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・Commented by 巴茶寮 さん
田村様、解りやすい解説をありがとうございました。ロンドンが、単なる乗り継ぎ空港にすぎないことも解りました。
>民主党のオバマ大統領候補にアドバイスしている民主党長老が東京に来たので会って聞いてみた。彼は米大手投資銀行の顧問を務めているが、こう言う。「オバマ候補は市場規制を考えている。市場が混乱して投機が横行するのを放任するような共和党の政策とは違う」と打ち明けた。原油投機による 世界同時インフレも半年後には一応の決着がつくのでしょう。日本の政権も、国際経済がよくわかり、ディベート能力に長じた有能な閣僚が登用され、国民の鬱積した不満が解消されることを願うばかりです。 2008/07/16 17:16
・Commented by truth-of-truth さん
一度読んだだけなので、正確には理解できないでしょうが、日本は、昼はまじめに働いて、そこそこお金を蓄えているのだが、夜になると遊び人の悪友が現れて、無理矢理マージャンに誘われ、いつも愛想笑いを浮かべながらカモられる。もしも日米関係においてこのような環境を変えることが出来ないとすれば、日本は何としてでもマージャンが強くならなければならないようです。ジャパーンファンドを作って、プロの雀師を目指しましょうか。もっとも、麻雀に負ければ、チェスをやろうと言うのが欧米人かもしれません。日本に、昼間、働きながら、麻雀の腕を上げ、麻雀をやりながら、ひそかにチェスも勉強する予見があれば、日本人の暮らしはもっと楽であっただろうし、これからも楽だろうということですね。 2008/07/16 20:04
・Commented by 曹布1C2ジ さん
年配な福田さんに無理のご要望だと思います。説明しても分からないと思います。このことを理解できるのは、角栄しか居ません。 2008/07/16 20:48
・Commented by 曹布1C2ジ さん
再び、ごめんなさい。”福田首相は洞爺湖でフランス、ドイツと組んで米、英を説き伏せ”のご提案は、正論だと思います。ただ、そもそも、バブル崩壊後、日本は苦手の金融業から撤退する傾向があると小生が思います。つまり、民間でも金融企業と専門家が足りません。アメリカ、イギリスは、産業で日本に地位を譲ったが、投機マネー業を発展させたとも言えます。資源があまり足りない日本こそ、今のうちに、投機産業を発展させ、少なくとも、アジアのマネーを集まってこないと、車などの製造業は、新興国に圧迫されてしまうとき、挽回しにくくなります。 2008/07/17 00:17
・Commented by izappaa さん
政治家のことを金儲けのために無責任に批判してばかりいますが、自分が政治家になって、自分が思う政策の実現を目指すのが責任ある考え方ではないですか。私は、日本の政治家はマトモであり、日本がおかしくなっているのは、日本のマスメディアが世界最悪だからと考えます。日本のメディアのよく批判するものとして族議員、世襲議員などありますが、族議員(専門家議員)がいなければ官僚の暴走を止められないのではないですか。世襲でも小泉さん安倍さんのような立派な政治家はたくさんいます。安倍総理のような一流政治家を官僚とマスメディアの謀略で失ったのは日本において大きな損失でした。
逆にメディア出身のマトモな政治家は日本で過去現在においてなぜか一人もいません。朝日新聞や講談社のような腐った記事を書くメディアを、なぜ政治家を批判するように舌鋒鋭く批判しないのですか。日本では政治改革よりマスメディア改革が一番大事です。 2008/07/17 01:10
・Commented by ana5 さん
田村秀男さん、原油や穀物がドル建てではなく、ユーロ建てや円建てに切り替わると、これはもう暴落が間違いないでしょう。そのときはアメリカ帝 国が崩壊するわけで、その事態だけは絶対に避けなければならない。早い話、米国の軍事力の世界的展開はドル札で成り立ちます。米兵がドル札を持って横須 賀、那覇、六本木のバー、あるいはドイツの飾り窓に行っても「紙切れだ。フン」と受け取ってもらえなくなったら、一体どうなりますか。「強いドル」とブッシュ大統領が協調するときは、実は、日欧の首脳に「ドルがこけたら世界がどうなるかわかっているな」という凄みでもあるのでしょう。だからユーロの仏独だって、ユーロ建ての石油取引市場をつくる、なんて絶対に言いません。
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