米紙報道にみる、洞爺湖サミットの 「2つの成果」(国際派時事コラム・商社マンに技あり・泉 幸男)
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▼米紙報道にみる、洞爺湖サミットの 「2つの成果」(国際派時事コラム・商社マンに技あり・泉 幸男)
今回の洞爺湖サミットで印象に残った偽善は、7月8日付の英国各紙が付和雷同して歓迎夕食会を偽善的と皮肉った 「偽善的報道」 だ。
日本人なら物理的に食べきれない分量の食事を日頃から食卓に出す英国人ふぜいに「豪華ディナーを食べながら食料危機を語るとは」などと言われたくないものだ。地元産の食材を使うことでエコロジカルなおもてなしをした心を読めぬ英紙の二流記者ども。まさか北海道の食材がこんなにすばらしいものとは想像していなかったか。ジャーナリズムは 「賤業」 だと思うのは、こういうときである。G8+14ヶ国の22名の首脳に、世銀総裁、EU委員長、アフリカ連合の委員長、連合国組織の事務局長も加わり、膨大な人数の事務方が支え報道陣が取り巻いた行事。大きな騒乱なく運営し終えた警察をはじめとする関係者の皆さんに深甚なる感謝をしたい。報道のネタになることを起こさせないのが仕事という地味な役回りこそ、聖職である。お疲れさまでした。
◆ 率先すればいいというものではない ◆
7月10日付の日経2面に、サミット閉幕後の野党からの批判が出ていた。相変わらず民主党のコメントが 「あさって」 状態。「いずれの課題も抽象的な表現に終始した。議長国の日本が率先して具体的な目標と行動を提示し得なかったことが大きく起因している」と民主党の鳩山由紀夫幹事長の発言が引用されている。「起因する」 という動詞の使い方が文法的に間違っているが、それは措(お)くとして、「何もやらない」 ことが唯一の取り柄である福田康夫首相にとって、今回のサミットはむしろ格好の場であったと、コラム子は積極的に評価しているのである。気候変動の問題は、原因が科学的には十分解明されていない。
(CO2悪玉説をわたしは未だ信じない。)平野が少なく山がちで、海水面が多少上昇しても影響の少ない日本国が 「率先して具体的な目標と行動を提示」 するなど、愚の骨頂である。サミットで環境問題を中心に据えて「やっているフリ」をしつつ、実際には損をせぬように立ち回る。CO2悪玉説の是非にかかわらず 「エネルギー浪費を避ける生活文化」 は積極的に推進する。これこそが日本の正しい道であり、今回のサミットはそれに沿っていた。
◆ 米・印の原子力協力 ◆
日経・産経では報じられたふうではなかったが、米紙を読んでいたら今回のサミットの場の成果として2点あげられていた。1つ目が、原子力分野での協力に合意した米印会談。ブッシュ大統領が印度のシン首相と会談して、米国企業から印度の原子力発電に投資・技術供与ができるよう政策を転換すると応じた。
7月10日の 『クリスチャン・サイエンス・モニター』 紙で Howard LaFranchi 記者が評して「ブッシュ政権における最も意義ある地政学的イニシアティブのひとつだ」と言っている。平たく言えば、中国への対抗勢力として印度をしっかり盛り立てることにしたのを、ほめている。もっとも、米国が大統領選に突入するまでに国際原子力機関(IAEA)の承認を得て米国議会両院の賛同を得るのは、望み薄だという。同じ7月10日の 『ウォールストリート・ジャーナル』 紙は、ワシントン特別市にある核不拡散政策教育センター Henry Sokolski 代表の論評を載せているが、こが意外に辛口だった。「G8サミットの最も注目すべき出来事のひとつ」と論評しつつ、「印度が今以上に核軍備を大きく増強せぬことに合意するか、ないしは米国として印度の核軍備増強は容認すると明確な方針を立てない限り、この決定を実行に移すのは早計だ」と言っている。米印合意ができても、印度に売れるのはロシア製・フランス製の原子力機器かもしれない。米印合意でウラン燃料の輸入が可能になったら、印度は民用原子炉では輸入ウランを使い、限られた国産ウランは軍用炉に回して高濃度のプルトニウム生産に使う、ということもありうるから。
◆ EUのアフリカ支援 ◆
サミットの場の2つ目の成果が、不要となった域内農業補助金から10億ユーロをアフリカ諸国支援に回すとしたという、ヨーロッパ委員会からの発表だ。「サミットの場では食糧危機に対する明るい話題もあった」と7月10日の 『クリスチャン・サイエンス・モニター』 紙が報じていた。EUの予算の4割が域内の農民のための補助金だというから驚きだが、昨今の食糧価格上昇のおかげで補助金が不要になってきた。そこで、余ったカネをアフリカ支援に回すことにしたというのだ。これにより、ブリュッセルの官僚諸氏の予算利権も引き続き維持されるわけで、まことに悦ばしい!なァんだ、サミットの場の 「2つの成果」 に日本は関係ないじゃないか、などと卑下してはいけない。そういう外交の舞台を日本が提供するというのは、大事なことなのだ。当事者になろうとすると、余分なカネがかかる。やることはやっているというフリをするのが一番である。
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あらためて7月8日の日経を見たら、≪日本はサミット直前に5千万ドルの食料援助を発表。欧州連合(EU)のバローゾ欧州委員長は農業支援に新たに10億ユーロを拠出する計画を表明した。≫すみません。わたしの見落としでした。英紙が「やっかみ報道」した夕食会は、日経によれば≪メニューは地元の北海道産の食材を使った料理が中心。スープにはオホーツク産の毛ガニを丸ごと使ったカプチーノスープが登場。メーンの魚料理は網走産のきんきの塩焼き、肉料理は釧路市の隣町の白糠(しらぬか)町で育った子羊のローストが振る舞われた。出席者は地元の上質な素材に満足げな表情で舌鼓を打った。≫このていどの食事会を皮肉るとは、ロンドンのレストランのレベルは上がっても、英国人のメンタルな「食」は依然として貧しいようである。
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▼五輪運営できるのか??記念紙幣がミスプリ (すがすが日記)
今月発行された北京五輪記念紙幣に、重大な瑕疵があったらしい。紙幣は10元(日本円で約150円)紙幣で600万枚出回っているという。この600万枚という数はあまり多くなく、すでに100倍のプレミア価格がついているらしい。(鳥の巣スタジアムの上に天檀公園祈念堂のシルエットが薄く浮かんでいるが、祈念殿の頭頂部が切れ、切れた部分は下に印刷されている。思わず笑ってしまうバカげたミスだ。)オリンピックは中国の国家プロジェクトであり、問題の紙幣はオリンピック記念紙幣だ。こういうものは、胡錦濤の机の上にまで、事前に見本紙幣がまわっていたはずだ。
そりゃ胡錦濤は忙しい。紙幣デザインのディテールまでチェックしないだろう。しかし形として、胡錦濤まで含めて、ミスをみすみす見逃したのだ!誰もが見落としたのだ。中国のお役人様は、ワイロを自分の懐に入れることに忙しく、紙幣のデザインごときをチェックする「バカ」など、誰もいなかったのだろう。この紙幣を手に入れた中国人民は大喜びだという。しかし国家の根幹をなす紙幣で、普通ミスプリントするか???しかもオリンピック記念紙幣だ。中共にオリンピック運営が、本当にできるのか?そもそもガバナンスはちゃんと機能しているのか?開会式入場行進の国別の順番が間違ったりとか、アメリカの選手が金メダルをとったのに、ロシア国歌が流れたりとか、ブラジル国旗が掲揚されたりするのではないか。国旗の向きが逆さに掲揚されることなど、当たり前のように起りそうだ。ちなみにフィリピン国旗を逆さに掲揚すると、宣戦布告の合図になる。なにせ紙幣のミスプリントが平気で起こる国だ。違う国の国旗が掲揚される程度、ミスとは感じないかもしれない。中国人は。しかし中国人がオリンピックを開催するというのは、偏差値30の人が東京大学を受験するようなものだろう。今回の紙幣問題をみても、受験当日まで1ヶ月を切っているにもかかわらず、いまだに偏差値は30のままだ。
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▼【何を今更大騒ぎ】教委、教組にも「採用枠」~大分汚職で関係者証言 (清谷信一)
今回の事件が「発覚」してメディアは大騒ぎをしているわけですが、公立校、特に田舎では縁故採用は昔からの常識です。そういうことを告発することも多々行われてきました。が、メディアはそれを報道してこなかった。それほど問題とも思ってこなかったから今まで話題になってこなかったのでしょう。
例えばぼくは鹿島郡波崎町(当時)の上松小学校在籍当時の担任であった玉造伯(旧姓関)教諭の行状が酷いと執拗に告発してきました。卒業後高校生になっても大学生になっても社会人になっても町の教育委員会に何度もも抗議と調査を申し込みましたが黙殺されてきました。何しろこいつのせいであたしゃ本当に自殺寸前まで追い込まれましたから。 しかし黙殺されるのは当たり前で、教育委員会は教師OBの天下り先でした。彼らがことを荒立てるわけはありません。同教諭はゴムサンダルで児童にビンタを張る、はさみの柄で殴る、昼食時に一人づつ歌謡曲を歌わせ、歌わないと給食を食べさせない、理科の時間はNHKの番組を見せてお茶を濁す、自分の気分次第でビンタを張る、朝から酒臭い息を吐いて授業を行うなどおよそ教師としては失格問題教師でした。
彼は当時の大月教頭の甥でした。このような人物が教師になれたは身内からの手引きがあったからでしょう。また問題にもならずクビにもならず教頭まで出世したのも同様の理由でしょう。同じ学校にはこれまた親が別な学校の校長をしてたヒステリー女教師がおりました。このな例は枚挙にいとまがありません。
因みにぼくの一級上の女の子は彼のイジメでノイローゼとなり転向しました。ところが学校側は転向を「個人的な理由にしろ」、しないと認めないと脅したりしたわけです。ぼくはこのことを「弱者のための喧嘩術」(幻冬舎アウトロー文庫)で告発したところ、町役場では大騒ぎになったそうです。で、同教諭は定年待たずに自主退職したそうです。ぼくが物書きになった理由のひとつは彼を告発するためでした。ぼくのように延々と30年かけても蛇のように執念深くこういう告発を行う人間はそう多くありません。ですから、本来ムショに入っているべき多くの問題教師がのうのうと定年まで居座り、年金その他を受けて温々と余生を送っているわけです。恐らくこの本が出ていなかったら玉造教諭は定年まで教師として居座っていたことでしょう。公立学校は閉鎖社会です。教師は職場結婚が多く、その師弟が優先して教員として採用されて、また職場結婚をする、彼らがまたコネ採用されるこのサイクルが延々と続いてきたわけです。この結果ある意味近親相姦が起きて教師の質が下る、また社会人としての常識に欠けた教師が量産されてているわけです。
これは個々の教師ではなく長年、組合もふくめた教師社会が延々と行ってきた犯罪行為です。別に親と同じ商売を選ぶのは結構なのですが、ですが資質もやる気も無い輩がコネをつかって他人を押しのけて教師になっているわけです。これはとうてい許されません。一人のダメ教師が生涯に何万人もも児童・生徒に関わるわけですから国家的な損失です。当然ながら彼らが採用される分、意欲ある教師志望の学生が閉め出されてきたわけです。田舎に嫌気がさして大都市に若者がでていくのはこういう地方の利権体質も一因になっているのではないでしょうか。このような無法は農協や郵便局、役場でもあります。こういう体質でもって地方に活気がないとか過疎が進むってそらしょうがいないでしょう。
今からでも遅くないですから、教師の採用は公平に行うようにシステムを替え、違反者には執行猶予なしの厳しい罰則を与える。教師に相応しくない人物には学校を去ってもらうシステムが必要です。また採用を新卒だけにするのではなく、社会人を経験した中途採用も導入すべきでしょう。日教組が教育を改革する気があるならまず自分たちの縁故採用に関する関わりの自己批判を行い、これを改善していくべきでしょう。日の丸・君が代などこの問題に比べればはるかに些細な問題です。まあ他人に厳しく、自分たち甘い日教組には到底改革できないでしょうけどね。
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