「中国温家宝首相は近い将来解任される」という石平(せきへい)の見立てを読み解く (じじ放談)
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▼「中国温家宝首相は近い将来解任される」という石平(せきへい)の見立てを読み解く (じじ放談)
Voice8月号「特集記事:オリンピックで自滅するか中国」の中で石平(せきへい)が「温家宝を使い捨てる胡錦涛」と題する小文を寄稿している。その要旨は、四川大地震の発生とこれに対処する中国政府・軍首脳の動きを分析しながら、温家宝首相が、胡錦涛総書記・軍事委員会主席や軍最高幹部から孤立した行動をとっていたこと、つまり「干されていた」ことを論拠に挙げている。(石平の論点で主要な点を要約抜粋すると以下のとおりである。なお、カッコ内は筆者が補足した)
1.四川大地震への対応
(中国国営)新華社が発表した「抗震救災記」によると、5月12日午後4時40分ごろ、つまり地震発生からわずか2時間後、温家宝首相は災害地に赴く飛行機のなかにいて緊急対策会議を開いたという。だとすれば、彼は出発する前に、党総書記・国家主席の胡錦涛やその他の最高幹部たちと会議を開いたり対策を協議したりする時間を全然とっていないと推測できる。温家宝の行動は最高指導部(政治局常務委員会)の緊急会議の決定に従って行動するという党の「組織原則」を無視したもので、総書記・国家主席の胡錦涛を軽視した「傍若無人」な行為というほかないものである。「抗震救災記」によると、12日夜、胡錦涛は政治局常務委員会を開き、震災対策を協議した。この会議の席上、「抗震救災総指揮部」が設立され、温家宝首相が総指揮(本部長)に、国務院副総理の李克強と回良玉がそれぞれ第1副総指揮と副総指揮に任命された。15日付け「人民日報」によれば、「12日午後、災害が発生してまもなく、昆明軍区で視察中の郭伯雄副主席(軍事委員会)は、胡錦涛主席(軍事委員会)からの重要指示を受け取った。それに従って、郭副主席はただちに成都軍区・済南軍区および空軍に対して災害現場への救助部隊の迅速な派遣を命じ、救援活動の展開に全力を挙げよとの号令をかけた。温家宝は至る所で震災の現場を視察したり、被災者たちを慰問したり救助部隊の働く現場を激励した。温家宝首相が巡回した8つの市・県はそれぞれ数十キロから数百キロの距離があるから、温家宝の時間のほとんどは視察と移動のために費やされたと考えてよい。軍は温家宝首相とは全く無関係に救助活動を行っていた。温家宝の仕事ぶりは、救援活動全体を統括する「総指揮」というよりも、現場の慰問隊長か激励隊隊長のような役割をはたしているかのごとくである。
2.北京五輪後の政変劇
実際に救助活動の指揮をとっているかどうかは別として、少なくとも公的には「温家宝首相こそは最前線において人命救助活動を仕切る総指揮者であるとの印象が、中国国民や国際社会に徹底的に植えつけられているはずである。要するに胡錦涛総書記は、温家宝首相に実際の指揮権を与えない代わりに、人命救助というもっとも困難な仕事のリスクだけを、温家宝一人に負わせようとしているのである。温家宝は単なる使い捨ての道具なのだ。党内においてもっとも政治的基盤の脆弱な温家宝首相の立場がたいへん危ういことは明らかである。そこに、温首相が総責任者を務める経済運営上の問題もからんでくる。マクロ経済の引き締め政策はおおむね失敗に終わり中国経済のバブルはますます膨らんできた。バブルが崩壊すれば、温首相はその責任から逃れられない。いな、温首相に責任を負わせるしかない。中国経済のバブル崩壊の足音はすでに聞こえてきているが、共産党政権全体の失政を覆い隠すために温家宝首相の首が切られるのは、もはや時間の問題ではないだろうか。
以上、石平(せきへい)の主張を要約抜粋して紹介した。筆者の関心は「温家宝首相がバブル崩壊の失政の責任をとらされて解任される」という点ではない。事実に対する石平の読み方に「偏見と独断」を感じる。石平としては「珍しく冷静さを欠いた主観的見方を振りかざしている」ように思う。
第1の疑問(温家宝首相は「大衆の悩みを我が悩みとする」という聖人の道を歩もうとしているのか?
昨年、豚肉が高騰し大衆の不満が高まった折、温家宝首相は「地方の農業試験所係官の如く地方行脚に出かけた。出稼ぎ農家を慰問し、豚肉高騰に対する対策を地方政府の幹部を集め事細かに指導した旨、国営新華社が誇張して報じていた。13億中国人民を統率する最高指導者とは思えない腰の軽い言動である。四川大地震の発生直後、党中央政治局常務委員会で「救援体制を協議して対策を出す」という本来の任務を放棄し「真っ先に被災地に赴いた」のはなぜか?という疑問がわく。石平が憶測する「温家宝首相は胡錦涛総書記に無断で独断先行した」という見方には異論がある。胡錦涛の指示で温家宝が動き出したとはいえないだろうが、少なくとも「温家宝首相の強い申し出」を受けて、胡錦涛が了解した行為とみなすのが自然である。胡錦涛は地震発生直後、事実上の軍トップである郭伯雄軍事委員会副主席と連絡をとり、軍の救援活動を指示(又は要請)している。胡錦涛の動静がメディアで報道されないからといって、石平がいうように「3日間も胡錦涛は遊んでいた」訳ではあるまい。13億人の国家を統率する者が「大衆受け」するパフォーマンスに入れ込む方がおかしいのだ。温家宝の行動こそが「異常」というべきなのだ。なぜ、温家宝はパフォーマンスに入れ上げるのか。なぜ、温家宝は多くのメディアを率いて困窮せる大衆の中に分け入り、「大衆の悩みを我が悩みとする」という姿勢を顕示し、宣伝の見せ場作りに励むのであろうか。「共産党中央は人民に優しい」というアリバイつくりに励んでいるのだろうか。
第2の疑問(中国共産党における武断主義・法治主義・徳治主義の対立と協調について)
筆者の見立てでは、胡錦涛を首領と仰ぐ共青団閥の党官僚は「法治国家中国の建設」を志向する法治主義ではないかと思う。毛沢東や鄧小平のような独裁者の主観で政治を動かしたり、江沢民の如く地縁血縁の子分を抜擢する人治主義ではなく、近代国家中国を建設するためには法治主義を貫くべきだと考えていると思う。共青団出身の党官僚が実権を掌握するためには「法治主義を貫くほか方法がない」ともいえる。一方、温家宝の一連の言動を見るに「徳を以て人民の生活を安んじる」という徳治主義を目指しているように見える。「法の上に徳を置く」という姿勢のように見える。中国人民解放軍(以下「中国軍」という。)はもちろん、唯一の合法的武装集団であるから「武断主義」に傾斜しやすい体質を持っている。チベット騒乱を武力鎮圧したり、貴州省暴動を軍の下部機関である武装警察が武力で鎮圧するなど力の信奉者であることは疑いない。「馬上天下を取る」という武力で権力を簒奪する国家において、建国当初「武断主義」に依存せざるをえないことは明白である。武力統一が完成すれば、徐々に法律を制定して権力の安定を図る。しばらくすると、権力基盤にガタがくる。武力と法律だけで人民を統制することが困難になる。そこで登場するのが「儒教」を初めとする道徳ということになる。為政者は「人民を畏怖させる」武断主義から、「公明正大に政治を行う」法治主義へ、そして「人民と共に喜び、共に苦悩する」徳治主義に移行するという訳である。江戸時代でいえば、徳川家康が武断主義。2代秀忠、3代家光が法治主義といえようか。武家諸法度、公家諸法度を制定し、連坐制・縁坐性の刑罰制度を作った。「生類憐みの令」を発した5代綱吉が徳治主義であろう。大雑把にいうと以上のようになる。武断主義だから法や徳を無視する訳ではない。同様、法治主義だからといって、武力や道徳を軽視することもない。重点の置き方が若干異なる程度の違いだ。「暴力で権力を奪った政権」は国民大衆の信任を受けていないから武断主義、法治主義、徳治主義といっても濃淡の違いしかない。人民大衆を如何に統治するかという目的を実現するための政策の違いであるに過ぎない。
今回の四川大地震の救援活動に関する胡錦涛、温家宝、そして中国軍の動きを見ると「小異を残して大同につく」ことで、それぞれの役割を分担したのではあるまいか。その証拠に、中国国営新華社ウエブサイト・日本語版によると、最近、温家宝首相が精力的に各種会議を主宰している様子である。弱っている様子ではない。四川大地震という国家存亡の危機状態にあって、政治理念の相違を超えて役割分担し協力したと見るべきである。石平がいう「温家宝は胡錦涛からの疎外されている。両者の対立が激化している」という見立てに同意することはできない。だが、北京五輪を巡る以下の不穏な動きはある。
7月10日付け大紀元日本は「北京五輪警備費、100日で4235億円」と題する記事を掲載した。その中に、面白い記事があった。
「6月16日、胡錦涛軍事委員会主席は中央軍事委員会第17・18・19号指令に署名した。」
(第19号指令により北京地区に進駐する部隊)
南京軍区・・・第12集団軍 第36師団
済南軍区・・・第54集団軍 第162師団,第61師団
北京軍区・・・第63集団軍 第189師団、第28集団軍 第84師団
瀋陽軍区・・・第23集団軍 第69師団、第70師団
「第19号指令によると、6月28日から10月6日までの100日間、北京地区に前述の師団を進駐させる。なお、北京市並びに同市近郊ではすでに38組の紅旗7型ミサイルが配置され、内側環状部分に16チームが配置についている。」7月11日付け人民日報ウエブサイト日本語版は「五輪会場の安全確保に9大措置:北京市公安局」の記事と、「中国軍、北京五輪で7大安保任務を担当」と題する記事を掲載している。その中で中国軍は「北京五輪に関係する地域を警備するため、上空・海域の安全確保を行うほか、核、生物・化学兵器によるテロ攻撃に対処する態勢を整える」という。北京地区に進駐する陸軍は7個師団(1師団15000人とすると、10万5千人)という大規模なものである。その他、ハイジャックされた旅客機によるテロ対策という理由で、数十機の戦闘機が交代で北京市上空を警戒飛行する。渤海湾では海軍の駆逐艦多数が巡回し警備活動を行う。中国軍のほか、公安警察や武装警察10万人以上も配置につくであろうから、「超厳戒態勢」というほかはない。「戒厳令下の北京五輪」といっても誰からも異論は出ない。
(「胡錦涛軍事委員会主席は第17・18・19号指令に署名した。」という事実が意味するもの)
軍事委員会の中堅官僚が起案した「指令書原案」を、中国軍上層部が手直しさせて作成したものが第17・18・19号指令という文書であろう。それに、名目だけの軍事委員会主席である胡錦涛が「署名した」という。胡錦涛が「これほど大規模な軍を北京地区に進駐させるのは如何なものか」と考えたとしても、軍上層部が「万一、北京五輪開催中事故が発生すれば、中国の威信に傷がつく。念には念をいれないと事故が発生した後では手遅れになる。」と主張を押し通したとしても不思議ではない。つまり、胡錦涛には軍首脳が提出した指令書を書き直させる力はなく「認容する」ほか手段がなかったといってよいのではないか。首都北京を十万を超える陸軍が包囲し、戦闘機も多数出撃させ、渤海湾を海軍が巡回する行動は「軍事クーデターの予行演習ではないか?」と見られても不思議ではない。中国軍は「北京五輪警備」を名目にして近未来想定される戒厳令用の軍事演習を行うつもりか?との疑問がわく。戒厳令の演習意図がない場合でも、結果として戒厳令用の軍事訓練にはなる。北京五輪の責任者は習近平国家副主席・政治局常務委員・党中央書記処筆頭書記である。先般は北朝鮮を訪問していた。習の実父は元中国紅軍の幹部であったというから軍との縁も深い。若かりし頃、軍事委員会で勤務した経験もある。
中国軍の「北京五輪」を名目にした大規模な首都包囲軍事演習を主導しているのは、軍首脳か?習近平か?それとも軍事委員会主席の胡錦涛か?
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(まとめ)
「馬上天下を取った草創期」の統治形態は武断主義以外に考えられない。政権基盤の安定度合いに応じて法治主義や徳治主義が主流となる。官僚の腐敗が深化し、人民大衆の暴動が多発する政権末期には武断主義が復活する。我が国でいえば、幕府に謀反を起こした長州を征伐するために、14代将軍を指揮官とする征長軍が編成された。幕府自体も武断主義に傾斜した。
「温家宝は胡錦涛に疎外され解任される」と見る石平(せきへい)の主張には同意できない。「徳治主義を貫く温家宝」は、13億人民の心を党中央につなぎ止める重要な役割を担っている。温家宝を解任し放逐したならば、党中央に対する人民の信認が大きく低下する。という訳で、胡錦涛が温家宝を解任しても、メリットはない。デメリットが大きすぎるから、胡錦涛が自らの意思で温家宝を解任し放逐すると想定することはできない。胡錦涛が「温家宝首相の我がままな地方行脚」を黙認し、推奨しているのにも理由がある。余人に代えがたい徳を備えている温家宝の政治的価値を、胡錦涛は高く評価しているのではあるまいか。もっとも、党中央政治局常務委員会の多数派を握っている上海閥・太子党の面々は「温家宝首相を直接批判することがある」というから、温家宝が「居心地が悪い」と感じ「いつでも退任してやる。」と開き直っている可能性はある。温家宝が解任又は退任する要件は「胡錦涛がかばいきれなくなった時」か、又は「温家宝の辞任意思が固く慰留することが困難になった時」と考えるべきであろう。それが「バブル崩壊による経済不振の責任を取る」形式を踏むかどうかは、それほど重要な問題ではない。諸般の情勢を勘案すると「胡錦涛・温家宝」が追い詰められていることは間違いない。特に、党中央政治局常務委員会で少数派に陥り、公安並びに党規律部門ほかを上海閥に押さえられ、かつ中国軍の政治への関与が増大しているから、何があっても驚くべきではない。たとえば「軍事クーデター」が勃発しても想定の範囲内だ。中国の政治の激動は我が国にも大きな影響を与えるから、注意深く経過を観察する必要がある。