「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成20年(2008年)7月4日(金曜日)
通巻第2241号
エネルギー長期計画の根本を見直す機会になるか
四川大地震以後の中国エネルギー事情に異変がおきている
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地震と原子力発電の安全。日本のような原子炉技術世界一のくにでも、新潟沖地震(M6・8だった)で柏崎原発が被災し、いまも発電はとまったまま。東京電力は東北、北陸、中部などから補給をうけて関東の電力需要を補っている。昨夏は、なんとか乗り切った。今年も今のところ夏日が少ないので乗り切れるだろう。
四川省大地震はM8・0だった。四川省は核戦力のメッカであると同時に、中国のエネルギー供給のメッカでもある。原油は四川省でペトロチャイナとシノペックが生産しており、四川省から甘粛省、重慶から湖北省にかけてパイプラインで輸送し、精製基地もある。地震で原油生産に大きな被害がでた。
ガス生産も四川省で僅かながら生産している。石油とガスの供給に甚大な悪影響がでているが、詳細の発表はない。都合の悪いことは、北京の当局が公示しないのだ。四川省の水力発電量は、おそらく「中国一」で、他の地域にも電力供給を続けてきたが、多くのダムが被災し、電力が回復したというニュースはない。地震胡の決壊で冠水したり、まったく使い物にならないダムは無数。
四川省だけで391の水力発電所が稼働してきたが、内政的な視点からみると四川省には181の行政単位(村、郷、鎮、市、県)があり、中央政府の許可の要らない小規模の水力発電は110ヶ所。
これもまだ詳細の被害状況が掴めていない。とくに震源地の文川では70000名が死亡し、いまだ17000が行方不明。成都や都江堰、楽山、峨眉山周辺は復旧したが、ほかの箇所の復興状況は遅々として進んでいない。
▼四川省にも四つの原発プロジェクトが進んでいた
この四川省に原発建設プロジェクトが進行している。四川省だけで四基、総計58億ドルを投じ2010年に着工、2014年間生の青写真がある。プロジェクトを修正するという話は聞こえてこない。だから計画は廃棄されていない。中国全体の原発計画は2005年に6・95ギガワットを2020年に20ギガにするという壮大なものである。
くわえて原油の備蓄のために寧波、青島、大連など四カ所に巨大基地を建築中。これでも足りないので中国はペトロチャイナとシノペックを通じて、世界各地の鉱区を買いあさり、世界的なエネルギー不足をうみだす元凶となった。
中国全体の電力のうち18%が水力、72%が石炭による火力、原子力は4%内外。ほかに原油を炊きあげる火力、風力、太陽電池、報告されない自家発電。胡錦濤政権は「科学的発展観」を基調にエネルギー不足を補う総合的プロジェクトを進めてきたが、四川省大地震によって長期的展望にたてば、根本を脅かされている事態に気がついたようである。
中国全体のGDPに対して四川省GDPは最大4・2%であり、被災地のGDP合計は中国経済全体の0・7%でしかない。「だから中国経済の被害は甚大ではない」と多くのエコノミストが分析したが、それは中期展望にたてば確かにそうかもしれないけれども、長期的視野からみれば、電力とエネルギーの根本を揺らされている事態であり、楽天的分析は間違いである。
製油能力に地域的には限界があり、たとえば軽油を例に取ると、中国は国内の軽油需要のじつに九倍を輸入に頼らざるを得ず、このため各地では軽油の深刻な不足状況が一向に改善されていない。
四川省大地震を奇貨として、中国はこれからの総合的エネルギー計画の根本を見直すことになるか。
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♪(読者の声1)貴誌2240号、石原都知事が、皇太子殿下の北京五輪出席を福田首相に要請したというニュース。これで思い出されるのが、三島由紀夫の石原に対する諫言(いや忠告、いや揶揄)です。
「武士を自任するなら、悪罵を投げかけている相手である自民党と群れるな」といった趣旨だったように記憶。さらに思い出されるのが石原の議員辞職の弁。並み居る議員(まあ、ロクなもんじゃあありませんが)、「さながら去勢された・・・」と、まさに”イタチの最後っ屁”。小生、以前から石原の言動に裏に拭い難いコンプレックスを感じていました。オヤジは小樽支社長とはいうものの、某汽船テイド。湘南育ちとはいうものの、根っからの湘南ボーイではない付け焼刃。東大ではなく商人を作る格落ちの一ツ橋。文学では三島には到底叶わない。
日本語のボキャブラリーはお世辞にも・・・。青嵐会も中川亡き後の派閥も放り投げて一種の敵前逃亡・・・なにもかもがトップを目指しながらのズッコケ。「余人に代え難い」などと強弁して息子をあちこち押し込んだはいいが、どれもがパッとせず(一連の所業、大江健三郎と息子との関係に酷似してませんか・・・)。『弟』などを書いた時点で文学者としては破綻、いやジ・エンド。最後に猫騙しのような手法で辿りついた都知事も、どうやらオリンピック招致などという時代遅れのカラクリは通ぜず、雪隠詰め。ヘンテコ評論家ドノを副知事に引きずりこんでみたものの、アウト・オブ・コントロール。もう完全無欠のKY人生。ここは素直に撤収願っては如何でしょうか。かつて小澤に「岩手に帰れ」と忠言した江藤淳のように、石原に引導を渡せる御仁はいないものでしょうか。もっとも小澤は上野駅から夜行列車には乗りませんでしたので、いまや完全にブザマな逆噴射人生。石原に以下の言葉を送りたい・・・「六月裡的糞缸 越掏越臭」・・・六月の肥溜めは汲むほど臭い、つまり愈々評判が悪い。 (KH生、愛知県)
(宮崎正弘のコメント)。。。。ですか。。。。。。。いやはや。
三島が言ったのは「武士は帰属する藩(石原氏の場合は自民党)を批判するときは、批判ののちに切腹した」と毎日新聞に「公開諫言状」を発表したのでした。
♪(読者の声2)最新号の題に、皇太子殿下御御幸とありました。御幸、行幸は天皇陛下のご外出に使うもので、皇太子殿下のお成りについては「行啓」という言葉が適切と存じます。さしでがましいとは存じますが、気になりましたのでメール致しました。ご無礼の段、お許し下さい。(SS生、新聞記者)
♪(読者の声3)皇太子殿下がもし北京で、自爆テロなどの影響を受けられた場合、誰が責任を取るのでしょうか。「鳥の巣」競技場の屋根の溶接は不完全とのうわさもあります。雨漏りはすでにありました。もし怪我でもされたら、また故意の事故だってありえます。大いに心配です。(KY生、兵庫県)
(宮崎正弘のコメント)ちなみにブッシュ大統領の警備は600名の由です。福田首相の場合は、19人乗りの自衛隊の小型ジェットで行くという話です。日本から同道する警備陣は少数なのでしょうね。
♪読者の声4)貴誌 通巻第2239号にTF氏が(読者の声2)で割り箸について書かれましたが、日本における割り箸に関して以下に少しく述べさせてください。今を去る十数年前、日本で消費される割り箸の約50%は国産品で、残りは韓国と中国からの輸入でした。国産品は高級料亭で使われるごく一部を除いて、林野庁が伐採した下枝が原材料でした。木は、不要な下枝を伐採しないとよく育ちません。したがって、林野を健全にたもつには下枝を伐採することが重要です。その際に出た廃材ですが、山から下ろしてくる費用だけで輸入物より高くなってしまいます。また、当時林野庁は下枝伐採の予算を確保することが難しいという理由で、下枝伐採を減らそうとしていました。そして、今では、日本で使われる殆ど全ての割り箸が輸入品です。しかし、今こそまた、国産割り箸、しかも環境破壊どころか林野の育成に役立つ割り箸の時代がやってこようとしています。環境対策として国有林の下枝伐採をやるのです。ボランティアだって集まるでしょう。林野庁や農林省にだって日本の林野を憂える憂国の士が少しはいることでしょう。少なくとも、まだ多少の可能性は残っていることでしょう。オリンピックの日本招致の少なくとも百万倍は有意義です。(ST生、神奈川)
(宮崎正弘のコメント)ついでに小生もちょっと口を挟みますと、三十年ほど前、まだ貿易会社を経営していた頃ですが、アメリカとカナダの投資家から、割り箸の機械、製造一式を技術者ともども、プロジェクトとしてカナダで展開したいというので、割り箸製造機械メーカー(これは当時でも神戸にしかありませんでした)に何度か足を運びました。
カナダは原料のパルプが入手しやすく、現地で製造し、米国市場で売るという話でした。北米にも箸の需要が巨大化しつつあった頃です。
割り箸は原木切り出し、パルプを粉にして乾かす場所(広大な敷地が必要)など、これほど大がかりで、しかし割に合わないビジネスはありませんね。結局、投資金額が巨大なわりに消費末端のコストが安くて割にある投資とは言えない、という結論でしたが。。。
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成20年(2008年)7月5日(土曜日)
通巻第2242号 (7月4日発行)
チベット代表団との話し合いを北京は始めたが、
イスラム過激派の地下活動が五輪めがけて活発化
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チベットのダライラマ亡命政府代表と北京との二回目の話し合いは、7月3日に行われ、北京は初めてチベット急進派(「チベット青年会議」)とチベット亡命政府との区分けを示した。
従来は「ダライ一味」と呼び捨てて両者を一括してきたが、軌道修正し、実力行使を辞さないセクトを話し合いの場から排除したということだろう。
一方、ウィグル人の反中国活動は、世界的規模に広がっており、中国共産党にとっては頭痛のタネ、政治的苦痛とオリンピックの政治的成果とのジレンマが日々強烈になっていく。
新彊ウィグルの南部パミール高原から陸伝いにタジキスタン、アフガニスタンからタリバン軍事基地で訓練を受けたウィグル過激イスラム教徒が、ロケット砲や、マシンガンなどの武器を携行して新彊へ潜入している。この道は同時に麻薬、覚醒剤の密輸ルートでもあり、またイスラム団体の支援を受けて、東トルキスタン独立を志向するゲリラが潜入してくる。中国は「かれらの資金が潤沢なのは麻薬だ」と非難している。イスラムの喜捨によることを理解できないらしい。サウジはアルカィーダとの繋がりを否定しながらも巧妙なイスラムの喜捨システムを利用してアルカィーダとに献金したように。
パキスタン、アフガニスタンに散在する亡命ウィグル人は、どうやら「東トルキスタン」独立を謳って欧米社会にとけ込んだウィグル人とは同床異夢の様相で、前者は「ウィグルスタン」としての独立を求めている。「スタン」というのは場所、国家という意味で、パキスタン、アフガニスタン、タジキスタン、カザフスタンなど。インドもヒンズー語を充てれば「ヒンズースタン」と呼称されている。
東トルキスタン独立を求めるのは北部(イリなど)地域出身者。南部ホータン、カシュガルのそれは、もっと広大に「ウィグルスタン」建国が最終目的で、この両者の間に共通の政治綱領はない。ワシントンで一昨年結成されたウィグル人会議が憲法を発表したが、各セクトは別の思惑で動いている。
現在の新彊ウィグル自治区には、貧困、失業、社会的差別にくわえて元々存在している宗教的部族的独自性が混沌として混在し、中国共産党への失政への不満が爆発する。原油ビジネスの美味しいところは殆どが漢族が占めている。
▼過激組織、穏健派、そしてタリバン派
暴力による独立の訴えなど、すべてのウィグル人が賛同しているわけではなく、カディール女史のように非暴力主義の団体もあって、統一がとれていないのがチベットとまったく異なる。
アフガニスタン北方のタリバン基地で軍事訓練をうけているセクトは、新彊ウィグル自治区から中国全土への潜入をはかり、五輪競技会会場およびその周辺や外国機関への爆破などを画策しているらしい。
そういう情報がチャイナウォッチャーのあいだに飛び交っているが、カディール女史などは「北京が大げさに吹聴して、弾圧の口実に使っている可能性がある。情報操作の一環」と批判している。
しかしウィグルのどのセクトも北京五輪を絶好の機会ととらえ、国際社会にウィグル人の置かれた位置や、主張を訴えるチャンス到来とばかりに、様々な運動形態を模索してきたのだ。
上海シックスの警戒網をかいくぐって、過去二年間だけでも、四つの注目すべき事件がおきた。
第一は07年1月5日、「グローバル・イスラミック・レジスタンス」を名乗る組織が爆弾闘争を準備していた、そのアジトを警官隊が急襲し、18名が死亡した事件。アジトには「ジハードを訴えるアル・スリ師のビデオが見つかったとされた。このセクトは「東トルキスタン・イスラム運動」の組織とも言われる。ヴィデオには、この他にタリバン最高指導者のひとりザワヒリ師が中国を敵視した発言が挿入され、さらには四人の中国人の標的が明示されていたという(AFP、07年3月9日)。
第二の事件は「五輪を標的」とした過激セクト(本部ウルムチ)の手入れで、やはり銃撃戦で二人が死亡し、15人が逮捕されたという。本当にあったのか、当局のでっち上げ情報なのかは分からない。
第三の事件は、飛行機乗っ取り、もしくは飛行爆破未遂事件で、中国南方航空6901便に搭乗したパキスタン国籍の女性が、機内トイレで爆発物引火直前に取り押さえられた。08年3月7日である。
この事件は日本でも報道された。警備当局が驚いたのは女性がパキスタンのパスポートを所持していたからで、共犯の男も一緒に逮捕された。男は30歳前後で氏名も名乗っていないという。この前後には中南海付近でバスの爆発テロもおきた。
第四の事件はホータンで起きた千人規模の抗議デモである。これは3月23日におきたとされ、豪商でイスラム運動の大スポンサーでもあり、篤志家としてしられた実業家=ハジム氏の当局に拘留中の不審な死を発端に大規模な抗議行動が発生、おりからのチベット争乱に呼応したかのように見られ、厳重な警戒態勢が敷かれた。(シドニー・モーニング・ポスト、3月15日付け)。
イスラムのテロルと関わりは不明だが、7月1日には上海で警官五人をナイフ男が刺殺する事件も発生。警備本丸で警官が殺されるというのは綱紀粛正の必要がある。治安の安定は遠い先のはなし、目下の話題は北京五輪の警備に関する事ばかりである。
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♪(読者の声1)貴誌 通巻第2241号(読者の声2)で新聞記者SS氏が「最新号の題に、皇太子殿下御御幸とありました。
御幸、行幸は天皇陛下のご外出に使うもので、皇太子殿下のお成りについては「行啓」という言葉が適切と存じます」と書かれたことで昔読んだ小学校の教科書に書いてあったことを思い出しました。
天皇陛下が神社に行かれるとき、伊勢神宮のように天皇家のご先祖様が祀られている神社の場合は参拝され、これを「親拝」(シンパイ)あるいは「ご親拝」といい、靖国神社のように天皇家のご先祖様以外の方が祀られている場合は、行幸といい、拝礼せず会釈される、と書かれていました。ちなみに、サイパンで朝鮮系日本人が自殺した断崖を陛下が参拝したとマスコミが報道しましたが、テレビ映像を見れば、参拝したのではなく、会釈したのは明確です。新聞記者の方で、行幸と行啓の意味の違いの分かっている方なら当然ご存知のはずです。富田元宮内庁長官も当然知っていたはずです。それなら、いわゆる富田メモの中にある、「私はあれ以来参拝していない」の中の「私」が昭和天皇ではないことは100%確実です。SS氏に是非新聞に書いていただきたいものです。また、いわゆる昭和天皇独白録も小室直樹氏が指摘しているとおり、宮中のルールに反してありえない発言があります。内容は毒にも薬にもならないものですが、あれを第一級の資料などという歴史学者がいることにはびっくりします。自身が第六級以下のロクデモナイ歴史学者であることを告白したようなものです。どんなに内容がもっともらしくても、西郷隆盛から幼友達への手紙が東北弁で書かれていたら偽物に決まっています。あの独白録は木戸幸一氏が天皇陛下が訴追された場合の弁護資料として、寺崎英正氏に書かせたものです。
寺崎氏が宮中儀礼に詳しくなかったためのああいうものが出来上がったのです。(ST生、神奈川)
(宮崎正弘のコメント)富田メモは偽造とか、改竄ではなくて主語が不確かなページのみを編集し、都合のわるいページを破って、左翼解釈が通じるように編成し直した? という疑惑が残りますね。後味はいまも悪いままです。
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