理系天皇論:道徳より血統が皇室の正統性 (EmpireoftheSun太陽の帝国)
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▼理系天皇論:道徳より血統が皇室の正統性 (EmpireoftheSun太陽の帝国)
Will 8月号(サイドバーにあり)をAmazonで購入し・巻頭論文:西尾幹二氏の「これが最後の皇太子さまへの御忠言」を読みました。例の7月号「西尾幹二さんに敢えて注告(これは編集部の裁量)します これでは『朝敵』(これも編集部の裁量による)といわれても・・・」竹田恒泰氏(慶大講師・明治天皇の玄孫)への反論と思いましたが(私は5月31日に「西尾氏は謝罪し撤回すべきだ!」
という竹田氏支持の記事を書いております)今回は「皇太子殿下と妃殿下への不満と本来あるべき皇室と国民との関係」についての自説を述べるに留まっています。ただし「続きは9月号で・・・」とありますから次号では「本格的な竹田氏批判」がなされるかもしれません?西尾氏の論文を要約しますと以下のようになります。
・・・・天皇は古来はもとより近代は特に「国民共同体の中心」であり常に「民を思う心」をお持ちになって来られた。しかるに皇太子ご夫妻は、その地位に相応しい「民を思う心」をお育みになっているようには思えない。国民も「ただのセレブ」としか認識していない。今上天皇も皇太子時代は、京都の大宮御所には「寒くてやりきれない・・・」と仰って泊まられずに市中の都ホテルに泊まられていた。皇室と国民との距離もさらに開いてしまったし、皇室自体も世代交代のたびに威厳を失っていく。これでは、皇室は自らの存在理由を失ってしまう。今回のブラジル訪問でも雅子さまは、「病気治療で行けない」と公務と私事を混同している。また妃殿下はご婚約会見でも「愛情に満ちた温かい家庭であることを・・・」と愛子さま満1歳のご誕生日でも「お陰さまで、とても今のところは身体が丈夫で・・・」と”雅子さまとリズム体操を楽しむ愛子さま”と題したビデオ映像の公開に当たっても 「愛子さまのプライベートな場面を本人の了解なしに出すことを気にされていた」(東宮職の紹介によるお言葉) と言われている。これでは「公的存在である皇族の役割を理解していない」ばかりか「(雅子妃は)アメリカナイズされた民主主義にとっぷり浸った、自己主張の強い性格」としか私(西尾氏)には見えない。
また雅子妃殿下が、宮城や東宮御所への清掃奉仕団に対して年に1・2回ほどしか”嫌々ながらのご会釈”しかしないのは、天皇と公民の関係性を傷つけ・ひいては国家秩序の大枠に罅(ひび)を入れていることになる。既に妃殿下が平成15年9月から宮中祭祀にいっさい参加されていないことは 周知の事実である。古来より日本の皇室は、聖徳太子の「国土王有」(天皇の名において土地と人民を直接統治すること)の思想や大化の改新での「公地公民制」それから50年を経ての「班田収授の法」(6歳以上の男女に口分田が与えられた) の例を挙げるまでもなく階級対立を超えた・権力を伴わない超越者の位置を占め続けて来た。その意味で「公」は天皇を示す最もふさわしい言葉である。また新嘗祭(にいなめさい)は、皇室の水田から収穫された米が用いられるのに対して、大嘗祭(だいじょうさい)では一般百姓の田・公民の耕作田で収穫された米が用いられる。これも「神人共食」の神事を通じて、そのときの新穀が「あらゆる階級を超えた国家全体の成員を代表している」ことと軌を一にしている。日本人は「自己同一性が著しく高い国民」(人間は皆平等)であるが「同じでないものが一つだけは存在しなくてはならない!」とする 合理を超えた真理が
万世一系の世襲制度として125代も続いて来た天皇制度である。これがわれわれ日本人の宗教観念である。天皇を通じて実現される「 平等らしきもの 」が” 日本流儀の民主主義 ”なのである。(天皇を別格とする無階級社会)
中国史では、君子階級:道徳的に正しいことにだけ関心がある優秀な人間。小人階級:私利私欲を唯一の関心事とする劣等な人間の2つの階級しか存在しないとされてきた。1300年も続いた科挙の制度もこの考えに由来する。しかし我が日本国は、皇室が祖国と民の守り神であることへの国民の宗教的信仰心がまずあり、民を思う天皇の「無私の精神」と相俟(あいま)って「公が成り立つ」のであってどちらか一方が欠けてもうまく行かない。
以上・私(西尾氏)は、皇室の原理と将来の危機について述べてきたが、皇太子ご夫妻に慎重さと努力が足りないことは明らかで、今のままで今後も何も変らないとしたら「公」は無視され・国民の心は天皇家から離れてゆくであろう(この稿続く)。なお7月号で竹田氏の私に対しての反論記事への回答は本稿で充分になされていると思う。(以上・・・Will誌上での西尾氏の論文より抜粋)私がまず意外に思ったのは、西尾氏が「東宮ご一家」としてまとめて批判するのは別にして、皇太子殿下1人を批判はしていないことです。そして私が注目したいのは、西尾氏が「天皇が持つべき資質として公(的存在としての)意識」をまず求めていることです。言葉を変えて言えば「皇太子殿下は道徳が足りない・・・」「高い道徳を持て!」と言っていることです。
しかし私は高崎経済大学教授・八木秀次氏の「天皇という存在は完全なる血統原理で成り立っているものでありこの血統原理の本質は初代:神武天皇↓の血筋を受け継いでいるということにほかならない」(「女性天皇容認論」を排す71p:清流出版)を提出いたします。西尾氏が今回のWill論文で今上陛下の5代前の(江戸時代末期)119代:光格天皇の事例を持ち出すのに対して八木氏はむしろ初代:神武天皇の方を”天皇原理の原型”と見ています。
私も八木氏同様「神々に連なる家系」であるからこそ皇室は日本人の尊敬の対象となり・日本人の誇りとなるのだと思います。左翼・憲法学者の奥平康弘氏(東京大学名誉教授)も「世界2004年8月号」で「・・・万世一系とは男系・男子による血統の引継ぎであり 女系・女子がこの間に入り込む余地はないのである」と” 血統絶対 ”の姿勢を見せています。
・・・まぁ、西尾氏と八木氏はかなり仲が悪いんですが・・・天皇に必要とされるのは「道徳」か?「血統」か?たしかに難しい問題ですね・・・世の親たちは自分の息子や娘が勉強が出来・スポーツ万能で・おまけにピアノが弾ければ・・・と高望みしますが天皇も「道徳・血統」両方あれば良いことに違いありません。
しかし世の中は「2者択一を迫られる」ことがママあります。フランス革命でもアメリカ独立革命でも「自由か?死か?」というスローガンが掲げられて戦われました。「自由を与えよ!然らずんば死を与えよ!」「自由が無いなら・死んだ方がマシだ!」ということです。タイタニック号が沈むときにも女・子どもが先に救命ボートが与えられて・次に老人最後は壮年・青年男子でした。(紳士はコーヒーを飲んでいましたね・・・)何事にも「優先順位」はあるのです。さて天皇の資質としては「道徳」「血統」どちらを優先させるべきでしょうか?その前に中国史では禅譲:自分の子にではなく有徳者に皇位を譲る や易姓革命:徳を失った王朝を倒し・別の王朝が立てられるが王朝交代の原理とされていますが、これは「実力主義」(実力ある者が皇帝となる)という意味では一緒です。1300年以上も続いた科挙も実力主義の官吏登用制度です。しかし日本では、科挙は採用せず・皇室の継承も血統原理という中国とは別の原理で成り立っています。
これは現日本国憲法の第2条「皇位は世襲のものであって国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」にも表わされています。私が今回・強調したいのは「道徳」という”努力次第で何とでもなる”資格を皇位継承の条件とすれば、例えばの話、コンテストで美女を選ぶように、科挙や選挙で選出するように、天皇が選ばれてしまう危険が出て来るということです。下手をすると”外国から”ということも考えられます。つまり「男女平等」や「世襲の不公平・差別」という左翼(の道徳)原理が 幅を利かすことになるのです。だから私はこれには反対です!
誰しも考えれば分かることですが、皇統 100 道徳 0 でも皇位継承の資格はあります。「道徳というものは努力すれば獲得できる!」からです。しかし皇統 0 道徳 100 では皇位継承の資格はありません!いくら努力しても皇統は獲得出来ないからです。やはり、天皇・皇室の正統性は、天皇に道徳があるから ではなく、皇統を受け継いでいること(血統の正統性) なのです。神々に連なる家系の総本家が皇室であり、日本国民もまた・遡ればその皇統に連なるのですから、その大家族の集合体が日本国の姿であり本質なのです。世界人類の祖先がアフリカの、ミトコンドリア・イヴにたどり着くなら、日本家族・総本家の祖先は、Y染色体ジンム(神武)にたどり着く というところでしょうか・・・西尾氏は「雅子妃殿下が皇室祭祀をおろそかにする・・・」と嘆かれていますが皇室祭祀で1番重要と言われる 「大嘗祭」:新天皇が真床襲衾(まどこおふすま)により天皇の祖霊と一体化・同一化して皇位を継承する儀式でさえも15世紀後半の103代後土御門天皇から、17世紀末の113代東山天皇の再興のときまでは、「宮中財政が逼迫!」(お金が無い!)という理由で、実に ”221年” の長きに渡って「途絶していた」のです。
それでも、皇位の継承は連綿と続いて現在に至っています。ですから西尾氏の心配は分かるのですが祭祀の中絶という最悪の場合でも皇室の権威は損なわれないのです。まぁ、西尾氏も「杞憂のしすぎ」で頭がハゲたのかも知れません・・・。とにかく、高天原(たかまがはら)の神々は、天孫(天照大御神の孫の瓊瓊杵尊)を降臨させたのであって道徳を基準に選んだのではないからです。
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日本のお姉さんの意見。↓
わたしは、天皇に関する神話は信じないけど
歴史のある日本の王様出し、日本国の父親的な役目を
勤める大切な家系なんだから、大事にするべきだし、
ちょっとぐらい個人主義でもいいではないかと思っている。
ウツ病は一生物なのだ。ストレスで心が壊れてしまった雅子
さまは、みんなでそっと見守ってあげたらいいと思う。
あまりストレスをかけるとまた壊れてしまう。皇太子は
結婚の時に、命をかけて雅子さまを守ると約束したんだから、
ちゃんと守ればいい。(ウツ病は死にいたることもある病気です。
自殺者の3割以上は明らかにウツ病にかかっていた人です。
本当はウツ病だった人を入れるともっと数字は上がるかも
知れない。早めに治療をしたら、自殺しなかった人はいるはず。)
お二人が天皇のお仕事がちゃんとできないなら、
弟さんに次の天皇になってもらえばいいと思います。