◎クライン孝子の日記 ・ 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み
ようちゃん、おすすめ記事。↓
■2008/06/12 (木) 拉致問題は政府と民間両サイドからアタックしよう!
■2008/06/11 (水) 稲田朋美代議士と航空自衛隊励ます会出席
拉致問題で今回も中山恭子補佐官とお会いし、情報交換を致しました。
福田総理の「ワシントン・ポスト」紙(五月十七日付)
拉致問題に関する注目すべき発言
1)核問題についての合意だけでは問題の解決にならず、これだけでは、日本は北朝鮮との国交正常化を受け入れることはできない。
2)核問題、ミサイル問題及び拉致問題の3つは一つのセットになって
おりこれら3つのうち一つでも欠ければ問題解決にならない
と言う基本路線を固持し目下強持ての斎木昭隆・外務省アジア大洋州局長が、北の宋日昊日朝交渉担当大使と対峙し協議を行っている。中山氏と斎木氏は、以前からこの問題では体を張って、解決の道を探っておられる名コンビ!
福田首相の姿勢が上記の如く明確である限り、両氏もこの拉致問題
では動きやすいわけで、今回の拉致問題で北朝鮮「12日に考え表明」…日朝実務者協議
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も、いい加減な妥協は一切ないと思っていいでしょう。その一方で洞爺湖サミットという国際イベントの機会を捉えて政府サイドでは以下のように積極的な働きかけを行っている。
拉致問題のビデオ、成田と羽田で上映…英語字幕付き
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これに加えて、民間サイドでも同時に、この絶好のチャンスを捉え、大々的に世界へアッピールすることをお奨めします。G8ばかりか中国やインドなど数カ国のトップがここに集結する。これは拉致問題を世界に訴えるうってつけの場であります。
我が日記でもチベット問題を忘れずアクションを起こそう!
北朝鮮の拉致問題もこの場で、家族がその実情を国際社会に2008年 05月 30日 (金)と書きましたように国民がこの機を利用して世界に訴えることは効果大!何しろ世界中のメデイアが洞爺湖に結集するのですから。この一件に関しては、既に政府筋はむろん、警察庁(前回3月、警察庁幹部との会見にて)にも、お話しておきました。民間サイドの非暴力の働きかけは、日本にとってプラス。なぜなら国際的に日本の人権に対する意識の高さを世界に示すことになるからです。というわけで、民間サイドではチャンネル桜http://
の水島さんが中心となり、早速実行して下さるとのこと。有難いことです。
■2008/06/11 (水) 稲田朋美代議士と航空自衛隊励ます会出席
今回の日本滞在では
到着した最初の日 恒例の「航空自衛隊連合幹部会懇親会」に参列することから始まりました。お会いしたかったのは田母神幕僚長!
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お話していて実に豪快!でした。それから航空自衛隊幹部学校長森下一空将とも談笑し、一度是非学校訪問させていただきたいとお願いしたところ、早速ゴーサインが出ました。学生さんからいろいろお話を聞きたいし、一度学生食を彼らと一緒に食べてみたいと申し出たところ、これも快諾して頂きました。というわけで、次回をとても楽しみにしている所であります。
あと、三年か四年まえ、沖縄の航空自衛隊を当時機関誌「翼」の編集長だった南崎氏のご尽力で訪問し、講演させて頂いたときお会いし大変お世話になりました浦山長人空将に再会しました。今は東京勤務で肩書きは航空自衛隊補給本部長!いや懐かしかったです!
日本会議http://
女性の会会長小野田町枝氏もご主人と出席されて「あらまあ、クラインさん、ここで会うなんてびっくりするじゃないの。私を驚かすつもりだったの」って。お開きの後は、小堀桂一郎先生、水島聡チャンネル桜社長、日本商工会議所女性会会長吉川稲美氏、杉並区会議員松浦芳子氏、軍事評論家井上和彦氏と歓談、とりわけ井上氏のとっておきの軍事の話は貴重で、早速テレビ「BS11]http://
次は締めくくりとして9日稲田朋美代議士の渡部昇一、八木秀次両先生との共著出版記念会
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に出席、短い挨拶をさせて頂きました。その後懇親会では奥山篤信氏とその優れたお仲間、多くの日本を変えようと活動しておられる府中支部ら、その他若い女性、外国人参政権に反対する会の村田春樹氏らと歓談しました。そうそう映画「靖国」で孤軍奮闘された有村治子参議院議員とは久しぶりの再会で、「ありがとう、国会で奮闘してくださって」とお礼を申し上げました。
なお<<先夜9日に赤坂でお話させて頂いたものです。
その件についてブログに纏めましたので、お目通しくだされば
嬉しく存じます。ますますのご活躍をお願いします。(さんごママ)こと藤森妙子http://
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成20年(2008年)6月12日(木曜日)
通巻第2217号
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四川省大地震で核施設はどれだけの被害を受けたのか
なぜアメリカは偵察衛星の情報を公開しないのだろう?
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広元から北川、安県、綿陽にかけて四カ所に、大規模な核兵器製造工場、プルトニューム抽出工場、ミサイル基地、中性子爆弾製造工場、研究施設ならびに風洞実験場がある。地震発生から数時間を経ずして、人民解放軍が「救済」を表看板に、おっとり刀で現場に駆けつけた。人民武装警察も加わり、その数およそ十四万名。まるで戦争である。部隊は臨時混成のため、統率はうまく取れず、各部隊の横の連絡が悪く、そもそも合同練習不足、実戦経験無しだから、作戦に整合性がなかった。救援の役にはあまり立たず、いやむしろ現場での指揮は、核施設への交通を遮断したことが第一の任務であり、とくに外国人ジャーナリストと医療救援チームを、これら綿陽から山岳部の機密基地へは絶対に近づけさせなかった。
核施設保護が一番の目的だった。パラシュート部隊は四千メートル級の山岳地帯に落下傘降下を強行したが、四名死亡、十名行方不明となり、豪雨のなかの降下作戦は中断した。
温家宝首相はまっさきに特別機で現場に飛んだが、核開発のエキスパートが数名同行していた事実が後日判明した。三日後に胡錦濤主席と合流したのは綿陽であり、核施設のメッカだった。
かくて尋常ならざる事態が、地震によって発生していたのだ。
核施設の壊滅的打撃!これらの地域に展開されている核ミサイルはインドとロシアに照準を合わせたものだろうと推定される(台湾の有力紙『自由時報』、5月29日)。 毛沢東時代にロシアを仮想敵国として、中国は四川省の山奥に秘密都市と基地を建設し、山々に洞窟を何本もくりぬいてミサイルのサイロならびに核兵器隠匿場所を建設した。ロシアはもちろん、それを知っている。地震発生直後に北京を訪問した外国人賓客はメドベージェフ新ロシア大統領だった。
さて、中国が、これらの情報を一切公表しないのは当然だろう。しかし米国は偵察衛星で地上10センチのものまで精密に撮影している筈でり、中国よりも正確な情報を掌握している。
米国のCIA、ペンタゴンが機密を守るのは、これまた当然だろうが、これまでは必ずマスコミへのリークがあった。意図的にぼかした写真でも、地震発生から一ヶ月目の本日現在も、発表されていないことが不思議である。中国の核戦力がどれほどの壊滅的打撃を受けたのか、あるいは損傷は軽微だったのか、是非とも知りたい情報ではないのか? 福田首相は、『同盟国』の権利として要求するべきではありませんか?
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♪(読者の声1)通巻第2216号の「読者の声」で、インドのチベットから逃げて来た人たちのことが描かれていましたが、5年ほど前ブッダガヤに行った際、チベット人のバザールや食堂などがありました。
ちょうどインドのチベット人が集まる時期だったらしく広場にはチベットの旗やらヤクの毛で作った防寒着(夏場だったので誰が買うのだろう)などがありました。チベット人の食堂にはモモ(餃子のようなもの)がありカレー味に飽きた舌にはホッとする美味しさでした。カルカッタ(コルカタ)では普通に飲めたビールが新聞紙に包んで出てきたり、インドの田舎ではアルコールは隠れて飲むものなのですね。
ブッダガヤは仏教の街ではありますが、イスラム教徒もおり肉や魚などを扱うのはムスリムが多かったように思います。鶏卵を売っている農家では母親は目まで隠す黒尽くめ(インドでははじめて見ました)、娘は切れ長の眼差し、褐色の肌の美人でした。世界各国の仏教寺院が勢揃いしているブッダガヤですが、インド人観光客を見ていると、やはり派手なタイの寺院が人気でした。多神教のインドですから仏教寺院に参拝したところで問題はないのでしょうね。お釈迦様が悟りを開いたとされる菩提樹の木の下に勝手に座り込んで追い出されたのが麻原彰晃、オウム真理教の悪名はインドにまで伝わっていました。麻原ほか幹部は高級ホテルに泊り、一般信者は駅で寝泊りしたといいます。
よくインドに行って人生観が変わったとかいいますが、実際なにも変わりません。カルカッタではゴミ捨て場で犬とカラスと人間と野良牛が残飯を奪い合い、ブッダガヤでも豚と鶏と人間が同じ水を飲み、同じ場所で排泄をする。中国に劣らず非常に危険な状況です。田舎ではトイレがないのが当たり前ですから、中国以上に感染症などに警戒する必要があるかもしれません。(PB生)
(宮崎正弘のコメント)小生がインドへ最初に行ったのは1972年でした。理由は三島由紀夫の『暁の寺』のインドの克明な描写、それもベナレス(バナラシ)の「聖域」。村松剛氏から聞いた話。『三島がインド政府の招待でインドへ行くというのでベナレスの話をしたら『なんだ、それ』という顔つきだった。現地で衝撃をうけて、あのような作品になった』と。ベナレスの描写は圧巻です。爾来、インドへは五回ほど行きましたが、十年ほど前にベナレスを再訪しました。デリー、ボンベイ(ムンバイ)、ハイドラバードなどでは激しい都市化が進んでいますが、ベナレスなどは四半世紀、時計が止まっていました。
♪(読者の声5)貴誌2216号にでた、下記のコメントに関して。
(引用開始)「さて話は飛躍しますが、「秋葉原通り魔」事件。アメリカならポンと一発。犯人を銃撃しておしまいです。後に展開される(しかも国民の税金で弁護士も雇って)裁判も必要ありません。中国も同じです。米中はメンタリティが似ています。日本は警察も、庶民も、悪意のゲームにまったく摺れていないという側面があります。聖徳太子以来、じつに「優しい」のですが、それがいつか命取りにならないよう」(引用止め)。 ブラジル(サンパウロ市)に駐在経験がありますが、ブラジルではこのような事件が起こった場合、取り押さえられた犯人は、「民衆に、その場で、殴り殺され」ます。 民衆の正義の実行です。(電車内の痴漢など、(ほとんどないのですが、)、もし女性が助けを求めれば、周りの男性連が、よってたかって、その痴漢をボコボコにするでしょう) ジャカルタ市での駐在経験では、二、三人の集団路上強盗が頻発するのですが、被害者はすべて日本人駐在員です。韓国人駐在員は襲われません。なぜか? 強盗団いわく、「韓国人は殴り返してくる、絶対にひるまない。日本人は無抵抗でやりやすい」。これはすべての韓国人男性が3年間の兵役中に、「白兵戦の訓練」を積んでいるから、反撃法を体得しているからであろう、というのが当時の私の推測でした。(KI生、尼崎市)
(宮崎正弘のコメント)天ハ自ラ助ケル者ヲ助ク ?